着物の帯

「ゾロ十郎、ちょっと待って」
「どうしたナマエ之進」

 ワノ国に到着し、各々が得意とする方法で目立たず潜入する事になった翌日。浪人として活動を開始したゾロが寝床にしていたあばら屋の扉に手をかけた時、後ろから少し焦ったような声が届いた。不備があったかと振り返ると、同じく浪人の役割(主にゾロの迷子防止役)を当てがわれたナマエが着物の帯を手に眉を下げている。

「ごめん、帯の結び方がわからなくて」
「そんなもん適当に巻いときゃいいだろ」
「そうなんだけど……」

 うまくいかないんだ、と困ったように自分の体を見るナマエに倣って視線を下げると合わせた衿が緩んで着物が皺になっている。この国の普段着なのだから着崩した格好をしていようが誰も気に留めやしないと、急かそうとしたゾロは目に入った光景に思わず動きを止めた。
 変装のために襟足を結っているせいで、普段隠れているうなじが露わになっている。着方が雑なために浮いた衿から覗く首筋から鎖骨のラインがどうにも目を引く。合わせから覗く胸元は、日頃の鍛錬の成果で僅かにふっくらと盛り上がっていて、男のくせに妙に艶かしい。
 これは毒だ。いらん虫が寄ってくるタイプの毒。
 ざわざわと熱が立ち上がりそうになるのをため息を吐いて沈めながら、渋々とゾロは手を差し出した。

「貸してみろ」

 何も考えずに前から着付けをしたせいで腰に帯を回す時に体が密着してしまう。抱きしめるような形になっているが、気付けを覚えようとゾロの一挙手を見つめるナマエからは全く色気を感じない。当たり前だ。ただ服をきせているだけなのだから。
先程のおかしな雰囲気のほうがどうかしていた。服も着れないと恥ずかしそうに目を伏せていた先程の光景を頭から追い出そうとゾロは無心で手を動かした。雑念め、散れ散れ。

「終わったぞ」
「ありがとう」

 乱れなく気付けられた着物に安心したようにナマエが笑うのを横目に、今度こそ引き戸を開いてあばら屋を後にした。
 舞い散る桜を見上げ、軒を連ねる店を興味深げに眺める姿は悪くない。
 数歩先を行くナマエの後ろ姿を見つめてながらのらりくらりとゾロは足を進めた。エイガムラみたい、と呟いた言葉の意味はわからないが、どこか懐かしむように時折目を細めているので、故郷を思い出しているのかもしれなかった。
 結構長い付き合いになるが、こいつの生い立ちついて聞いたことはなかったな。仲間の過去の因縁が立ちはだかって大事になるケースはこれまでに何度かあった。今も船長たちが家庭の事情に巻き込まれたコックを取り戻しに厄介事に首を突っ込んでいる。昔話にはさほど興味も湧かないが、ナマエの話は、酒の肴くらいにはなるかもな。今夜の晩酌のネタを決めながら、ゾロは団子屋に心惹かれているらしい仲間のもとに足を向けた。

 結局、月見酒をしながら語らおうとしたところで辻斬りの冤罪で2人ともお縄にかけられることになるのだが。