*幼少期に違うタイミングで逆トリしてきた鰐とか鷹とかドンキ兄弟を数日世話した夢主がワンピにトリップ
主の不在時に主の客人を名乗る男がやってきた場合どうすればいいんだろう。
アポなしで窓から入ってきた大男はどうみても怪しさしかないが、自称だろうが客ならばもてなさないわけにはいかない。使用人の質が主の評価にも繋がるのだから。実は敵でした、なんてオチだった場合は俺の首が飛ぶわけだが、それを判断するには材料が足りないのでひとまずピンクのモフモフ男の言葉を信じることにした。
インペルダウンから脱獄をはたし新世界に渡ったクロコダイルは、新たに会社を設立するため金策に余念がない。今日も何かの取引だかどこかの海賊船を潰して宝を奪うとかで留守にしている。夕刻までに戻ると告げてダズさんを率いて出ていったのであと2時間もすれば帰ってくるはずだ。
ドンキホーテ・ドフラミンゴと名乗った男は、クロコダイルは不在だと伝えても『待つ』と言ってきかない。
我が物顔でソファにふんぞり返る姿は自分の雇用主とはまた違った支配者の風格があった。力ある者。自分が命じれば世界は思うままになる。それが当然であるといった傲慢さが滲み出ていた。
テーブルに置いたティーカップはごく普通の大きさのものだが、この男が持ち上げると小さく見える。もとよりドフラミンゴの身長が高いのもあるが、他者を圧倒するプレッシャーが余計に男を大きく見せていた。長い足をローテーブルに投げ出してくつろいでいるのを綺麗好きなオーナーが見たら怒りそうなものだが、行儀の悪さも看過できるくらいには気の置けない間柄なのだろうか。クロコダイルと出会って5年ほど経つが、本人の秘密主義もあってまだまだ知らないことばかりだ。
そうしてあちこちに思考を巡らし意識を逸らしてきたが、ニヤリと口角を上げてサングラス越しに頭のてっぺんからつま先まで値踏みするように見下ろされるのは居心地が悪い。
早く帰ってきて社長、このピンクモフ怖い。笑いながらずっと見てくる。
堪りかねて退出しようとしたら『クロコダイルの部下は客人をほったらかしにするのか、随分といい躾をされたもんだ』と煽りながら圧をかけてくるのだから出ていくわけにもいかない。
怖い人の知り合いはやっぱり怖いんだな。
なんとか無表情を保ちながら待機していると、いよいよ暇を持て余したのかドフラミンゴが話しかけてきた。
「お前、名は?」
「ミョウジと申します」
ミョウジ、ミョウジ ナマエだな。
知っているとばかりに自分が口にしていないファーストネームを言い当てられて肩が跳ねた。わかりやすい肯定にフフフ!とドフラミンゴが機嫌よく笑みを深める。下の名前を知っているのはクロコダイルとダズだけのはずだ。戸籍もなく家族も友人もいない世界で、B・Wという閉ざされた組織に身を置いてきた俺の存在を知っている人は限られている。
「歳は?」
「29です」
「出身は?」
「極東の島国です。」
「おれに見覚えはねぇか?ドフィという名に思うことは」
「、いえ、七武海のおひとりであらせられるということは存じ上げておりますが、拝謁するのは今日が初めてかと」
「……そうか。ハジメテか。まぁ、いいだろう」
教えてないことを知っているドフラミンゴはよほど素晴らしい情報収集力を持っているのだろう。ならば隠しても無駄だし、そもそも知られて困ることもないと素直に口を開けば、答え合わせをするように俺の言葉に頷いていた男は、最後の質問の答えに一瞬表情を歪ませて尚も笑って見せた。
一方的に質問を投げて満足したのか、テーブルに乗せていた足を降ろしソファに横たわるように姿勢を変える。目当ての人物が現れないから寝るつもりなんだろうか。さすが海賊は図太い。二人掛けのソファに収まりきらない長い足が肘置きからはみ出しててもお構いなしだ。
本当に眠るつもりならブランケットでも持ってくるべきかと静観していれば、ドフラミンゴは右手を持ち上げる。その指先が動くのに合わせ体が何かに捕らわれるような感覚に見舞われた。
この人も能力者か……!
とっさに身構えようとしたが、意図に反して右足が引っ張られる。一歩踏み出せば次は左足が持ち上がる。訳の分からないまま扉の前にいた身体は見えない糸に操られるようにソファに近づき、そのままドフラミンゴの上に乗り上げていた。
「ほぉ、積極的じゃねえか。『そういう』もてなしでもしてくれるのか?」
「いえ!あの、申し訳ございません…体が勝手に」
「勝手に、なァ。おれは何もしてねえんだが。不思議なこともあるもんだ」
両手を上げて無実だとのたまう姿が白々しい。至近距離で何をされるか分かったものではないと離れようとすれば、今度は両手が引っ張られる。自分の下にある大柄の体の、腹筋から胸へ這うようにするりと滑る手に重心がブレて体が倒れる。ドフラミンゴの首に両腕を回し指を絡ませてようやく停止した自分の体だが、今度は固定されたようにピクリとも動かない。まるでというか、どうみても自分から抱き着いている体勢だ。
「お戯れを。どうか離してください」
「フフフ!そういうのも悪くねえ。だが、せっかくなら、もっと、と言ってもらいてぇもんだ」
「ドフラミンゴ様、」
「ドフィと呼べ、昔のように」
「え……?」
「あの時と逆だな。今ならおれがお前を囲える」
こんなふうにな。
腰に腕が回され、指先で顎を掬われる。かさついた親指で唇をなぞられ耳元に息を吹き込むように囁かれるとぶわりと鳥肌が立った。
昔ってなんだ。何の話だ。ドフィという名前に覚えはある。この世界に来る前に、短い時間一緒に暮らした子どものうちの1人がそんな名前だった。皆バラバラのタイミングで現れて消えたのに、ドフィは弟のロシーと2人でやってきた。4年前に突然現れ、唐突にいなくなった少年。だがあの子はの腰くらいの背丈しかない子どものはずだ。年月が経ったとはいえ、どう見ても俺より年上のこの男とは計算が合わない。別人のはずなのに。この人を見ていると、あの子の顔がちらつく。小生意気なことばかり言ってベッドを占領するくせに、悪夢にうなされては泣きながら布団に潜り込んできた悪ガキが。
「おれは、お前をーー、」
ドフラミンゴの言葉は耳をつんざく轟音にかき消された。
吹き飛ばされた扉はざらざらと崩れ原型を失いながらも窓際の壁に突き刺さっている。砂埃の向こうに見えるのは今一番会いたい人だ。ナイスタイミングです社長!かっこいい!助けて!
「てめぇ、何してやがる」
地を這うような低音が鼓膜を揺らした。
「クロコダイルさん…!」
自由を奪われた体で視線を向けると見たことがないくらい怖い顔をした雇い主がいた。ええ…あんな顔してるの見たことない。客に粗相してんじゃねえということですか。でもこれは俺の過失じゃないんです。上向いた気持ちが萎びていく。怖い。誰か助けて。
「あの、あのこれは、」
「今イイところなんだ。野暮なことすんじゃねえよ」
もつれそうになる舌を動かして事情を説明しようとすれば遮るようにドフラミンゴが言葉を重ねる。挙句ぎゅう、と抱き込まれて視界も声も封じられてしまった。それでもわかる殺気に怖気が走る。今日が命日かもしれない。
「おれの私物にべたべた触るな。手垢が付く」
「フフ、フッフッフ!見てわからねえのか?こいつから抱き着いてきたんだ。愛想のねえ男よりよく笑うやつの方が好みだとよ」
違います。冤罪です。見た感じ完全に俺がドフラミンゴを抱きしめてる体勢でダウトなんですけど無実なんです。好みのタイプは小柄でおしとやかで優しい人なので2人とも論外。
理解の及ばない言葉の応酬に現実逃避している間に煽りあいが剣呑な空気を帯びていく。俺のいないところでやってほしい。密着した体を伝う威圧が増していくのにまだ体が動かない。泣きそう。
「……砂にしてやろうかフラミンゴ野郎。それはおれが拾った、おれのものだ」
「違うな。こいつは30年前からおれのものだ。気安く扱ってんのはてめぇだ鰐野郎!」
びりびりと震える空気にもう駄目だと目を瞑った時、指先に感覚が戻った。
動くことを自覚するのとほぼ同時に襟首を掴まれて後ろに引っ張られる。
カエルが潰れたような声を上げて瞼を持ち上げた時には二人から離れた部屋の隅にいた。
「邪魔だ。ここにいろ」
「だ、ダズさぁん…!ありがとうございます!」
猫のように持ち上げられてぽいと放られ受け身も取れなかったがそんなの気にもならない。殺気の渦から離れられるならなんでもいい。さっきまでいたソファは切り刻まれて砂になっていた。一歩遅ければ俺がああなっていたかもしれないと思うと寒気がする。だってそうだろう。狙いすましたかのようにこちらを見る二対の視線は目の前に立つダズさんではなく俺に向けられている。心当たりはないが、よほど琴線に触れるやらかしをしてしまったらしい。
「興が削がれた。今日のところは帰ってやるよ」
ドフラミンゴが大きなため息を吐いて大げさに肩をすくめた。大仰な仕草に男が纏っているモフモフがわさわさ揺れる。
来た時と同じように窓際に足をかけるドフラミンゴを止める者はいなかった。
客を自称していたのに好き放題した挙句、取引相手だか顧客だかわからないが目的の人物としていたはずのクロコダイルとは言い争って殺し合い一歩手前の様相を呈しておいて、結局よくわからないまま帰ろうとする。もうさっぱりわからない。わかったことといえば、この二人の相性がとんでもなく悪いということだけだ。
昔のように呼べと言う、あの人の昔とは30年前のことのようだし。自分の年齢より長い年月なのだからやはり誰かと勘違いしている可能性が高い。
人違いだと思う。
けれど。
「ド、フィ」
呼んでほしいと乞われた名を口にした。
笑顔でもしかめ面でもない、あっけにとられたというように呆けた顔は短い時間で見たどの表情より幼く見えた。あの子どもの面影が重なる。
たった一言で何が嬉しいのかフフフ!と勝ち誇るように笑う大男に青筋を浮かべた社長がけしかけた砂をひらりと交わし、夜の闇に飛び出したドフラミンゴは派手なマントをはためかせてあっという間に見えなくなった。後を追って仕留めろと指示されたダズさんも窓から飛び降りていく。
迎えに来るからな。
去り際にそう言い残したからにはまた来るのだろう。できれば俺がいない時に来てほしいものだが、あの様子では望めまい。流石に、誰を目的に定めたかわかってしまった。無責任な優しさで勘違いを加速させてしまったことに罪悪感が増す。やっぱり名前を呼ぶべきではなかったかもしれん。
星が瞬く夜空を眺め、近いうちに訪れるだろう再会に気が遠くなる思いだったが、背後から後頭部をぐわんと鷲掴みにする掌に強制的に思考が引き戻された。一難去ってまた一難。今日だけで俺の寿命は数年縮んだことだろう。
「おい」
「ハイ」
背後に死神が立っている。両手を上げて降伏を示してもじりじりと握力を強めるクロコダイルに潰れたリンゴが頭をよぎった。この人なら頭蓋骨を素手で砕いても不思議じゃない。いよいよおしまいかもしれん。
「フラミンゴ野郎とはいつ知り合った?」
「今日はじめてお会いしました」
「そのわりに、随分と親しげだったように見えるが?」
「体の自由を奪われました。俺の意思ではありません」
「……あれも能力者だ。糸を使って対象を操る力がある」
文字通り操り人形にされてたわけだ。というか、知ってたのならわざわざ聞かなくてもいいだろうに。
「初対面で随分と深い仲になったもんだな」
「誰かと勘違いされていたのでしょう。お話を聞いてもいろいろ辻褄が合いませんし」
クロコダイルは警戒心の強い人だ。いくら本当の事を並べても、見るからに不仲だったドフラミンゴと親密そうにしていた俺はもうお払い箱だろう。
また仕事探さないとなあ、なんて悠長な事を考えていると覇気のない声が聞こえてきた。
「おれの事は思い出しもしないくせに、あの野郎の名前は軽々しく呼ぶのか」
悲しむような、失望したような声色だった。緩められた圧迫感に振り向くが、想像に反していつもと変わらない無表情でクロコダイルはこちらを見下ろしている。
「あなたも、俺を誰かと勘違いされているのですか?」
その言葉にギリ、と奥歯を噛み締めた男は鉤爪を振りあげた。俺の首を湾曲したフックに引っ掛けて持ち上げられる。無理矢理引き上げられる体をつま先で踏ん張って倒れそうになる体を支えた。
「おれがお前を見間違えるわけねぇだろう…!勝手に現れて頼みもしねぇのに住む場所を与えておいて、いきなりいなくなったてめェを、おれがどんな思いで探してきたと思う…!」
鼻先が触れ合うくらい顔を近づけたクロコダイルが唸る。見たことのない剣幕に、その中で揺れる悲しみのような、冷たくどろどろした感情に圧倒された。
もし、ドフラミンゴが本当にドフィ少年なのだとしたら。思い当たる節がひとつある。
一番最初に現れた、荒んだ目の子ども。思えばあの子たちはみんな目つきも口も悪かったけど、その子は特に心の壁が分厚くて声を聞けたのも彼が消える2日前くらいだったと思う。触れる物みな切り刻むナイフみたいだったからはじめて名前を呼んでくれた時は嬉しかったっけ。
「昔、俺の家に子どもがやってきたんです」
唐突に昔話を始めた俺に、目の前の男は伏せていた顔を持ち上げた。先程までが嘘のように剣呑さが失せた表情で、続く言葉を待っている。待ち望んでいる、ように見えた。
「突然目の前に現れた少年はクロと名乗りました。傷だらけなのに手当てもさせてくれないくらい警戒心が強くて、ナイフで脅してくる怖い子だったんです。だけど一緒に生活するうちに少しずつ心を開いてくれるのが嬉しくて、楽しかった。そんな風に思った矢先に消えてしまったんです」
かつての日々を思い出しながら語る俺をクロコダイルはただ見つめている。似ても似つかないのに。ドフラミンゴを前にした時に感じたものと同じ既視感が過ぎった。
「間違っていたら申し訳ないのですが、あなたはあの時の…?」
「……気付くのが遅ぇんだよ」
いや、わかるわけないじゃないか。
クロは声変わりもしてない子どもで、線が細くて顔に傷もなければフックもなかったんだから。目の前のクロコダイルとはまるで別人だ。どうしてこうなった。
勝手にいなくなったと責められても、いきなり現れて消えたのはそちらなのだからこちらには非がない。むしろ急にいなくなるのだからこちらの方がよっぽど心配した。風邪引いてないかとか、お腹空かせてないかって。どの子もボロボロだったから、なおさら。
それでも、クロと呼びかけただけでくしゃりと顔を歪めたクロコダイルにそんなこと言えるわけがない。姿形が変わっても、泣きそうな顔をするくせに絶対泣かないところはあの頃と同じだ。
「ごめん、クロ。近くにいたのに」
「……ゆるさねぇ、償いたけけりゃ死ぬまでおれの隣にいろ」
「それは、」
どうだろう。
以前の君たちが今の俺の状態なんだとしたら、ある日突然元の世界に戻るのかもしれないし。
言葉に詰まる俺など知ったことかと唇に噛みつかれた。背中に回された腕に持ち上げられて体が密着する。
あやすつもりで抱きしめ返しても両手が回らないくらい厚く大きな体に立派に育って、とかつての親心がくすぐられる。
それはそれとしてファーストキスだったんだけどどうしてくれるんだ、ワニくんよ。角度を変えてちゅ、ちゅと吸い付いてくる唇にもういいでしょ、と押し返してもマッチョくんはビクともしない。体格差め。くく、と吐息で笑って舌まで捩じ込まれたのでナニクソと噛みついてやった。調子に乗るな。
雇い主なら従うが昔面倒みたクソガキ相手ならちょっと強気になる俺である。内弁慶みたいで情けない。
だがそれでも他人行儀に一線を引かれるより良いと笑みを浮かべるクロコダイルは随分ご機嫌だった。いつも苗字呼びなくせにナマエ、と名前を呼んでするりと頬を撫でられる。普段とは打って変わって、まるで恋人であるかのような甘やかな空気を醸すクロコダイルにどう反応したらいいかわからない。豹変しすぎでは。