peaceful time

白ひげの海賊旗が掲げられた港町の空を大きな鳥が飛んでいた。青い炎が鳥の形をなした姿は神々しくもあったが、住人たちは見慣れているのか特に気に留める者はいない。
かつて、海沿いにあるこの町の人々は、度々やってくる海賊の略奪行為にほとほと困り果てていた。我が物顔で往来を闊歩してはタダ飯を喰らう。酒に酔っては暴れて物を壊し、大笑いして去っていく様はさながら嵐のようである。海賊というだけあって腕っ節は強いので、抗議した町人は返り討ちにあい、気にくわないと難癖をつけられた者は一方的に殴られ怪我人は増えるばかり。しかし、港を訪れた白ひげ海賊団の船長が、己が旗を街に掲げ縄張りを主張する事で、今ではその人災は過去のものとなっている。
白ひげの名に守られるようになってからは、他所の海賊への牽制と物資の補給を兼ねて、海賊団はしばしばこの町の港に停泊するようになった。
自分たちが親父と呼び慕う船長が守ると決めた町に、何か良からぬことが起こっていないか、一番隊隊長を任されているマルコは町を訪れた時に散歩ついでに空から町を見回る事を習慣にしていた。

町外れまでぐるりと巡回して異常がない事を確かめると、青い鳥は郊外にぽつんと建つ小さなレストランの前に降り立った。
纏っていた炎が揺らめきながら人の形を成していき、一人の男の姿を現していく。その様子は不死鳥の異名を体現するかの如く神秘的なものであった。
男は店の扉にオープンと書かれたプレートが掛かっている事を確認しドアノブを捻った。キイと軋んだ音を立てる扉をくぐれば、来店を察知した店主がマルコを見てぱっと咲くような笑顔を見せる。

「マルコさん、半年ぶりですね。お元気そうでなによりです」
「よお、お前さんも変わりねえみたいだない」

カウンターにテーブル席が4つというこじんまりとした店内に客の姿はなかった。マルコは笑顔を浮かべる店主に小さく手を挙げて、一番奥のカウンター席に腰を降ろす。店主もそれがいつものことであると認識しているのか、マルコが席に着いたところで水の入ったグラスとお手拭きをテーブルに置いた。

「相変わらず客の入りが少ねえなあ」
「そんな寂れた店みたいに言わないでくださいよ。ちょうどお昼のお客さんが帰ったとこなんですから…マルコさん以外にもちゃんと常連さんだっていますからね」
「へぇ…そうかい?」
「あっ信じてませんね?」
「へいへい、いいからいつものやつ頼むよい」

腹が減ったと言外に告げれば、はいはい少し待ってくださいねと店主はカウンターに背を向ける。少しして、包丁が食材を切り分ける小気味よい音が聞こえてきた。

マルコがこの店に初めて訪れたのは今から約5年前。それまでは港に近い飲食店を利用していたが、町の巡回中にたまたま立ち寄って以来、船が停泊した時は必ず訪れるようになった。きっかけという程の出来事はない。初めて訪れた時に、適当におすすめを注文して出されたしょうが焼き定食が彼の口に合ったのだ。それから店に来るたびに違うメニューを頼んだが、結局最初に食べた定食に落ち着き、今では「いつもの」で伝わるくらいには常連になっている。初めはただ飯が美味いからと通い始めた。しかし最近では、どこか懐かしさを覚えるような空気を持つこの男が調理する様子を眺めるのが、マルコの密かな楽しみになっている。彼と同じ海賊団に属するコックが腕を振るうような、無駄がなく洗練されたものとはまた違う、家庭的な雰囲気が心地よかった。他愛のない話題に花を咲かせるのも、モビーディックで航海をするのとはまた違った楽しさがある。それに気づいてからは、あえて客のいない時間帯を見計らって行くようになったし、クルーにも店のことは話していない。なんとなく、この場所は誰にも知られたくないと思うようになっていた。

男の切りそろえられた後頭部から、動きに合わせてゆらゆらと揺れるエプロンの腰紐に視線を向けたところで、料理が出来上がったらしい。「おまたせしました」そう言って目の前に置かれたトレーには、特製のタレの香りが食欲をそそる肉、千切りキャベツ、ほかほかと湯気を立たせるご飯にスープという見慣れた献立が並んでいた。いただきますと手を合わせて箸を取る。程よく柔らかい肉に生姜の効いた甘辛いタレがよく絡んでいていつもながら美味い。白米を口に運べばタレが米の甘さを引き立たせて、それがまた箸を進ませる。食欲を満たす為に黙々と食べ進めていたマルコが箸を置く頃合いになると、甘みのある芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。ごちそうさまと手を合わせれば、コーヒーの注がれたカップとソーサーが用意された。食事のタイミングを見計らって気を遣ってくれるのもマルコがこの店と店主を気に入っている理由の1つだった。

「航行中は何か変わった事はありましたか?」
「そうだない。こないだエースって奴が新しく仲間になったんだが、その経緯が面白くてよい」

マルコが店に来ると店主の男は必ず航海中の話を聞きたがった。町人曰く、ある日突然ふらりと現れたこの男は、港の酒屋に住み込みで働き、金を貯めて空き家だったこの店でレストランを開いたらしい。かつては放浪者だったのかもしれないとマルコは予想している。町に根を下ろしても外の世界が気になるのだろうとマルコは船や町であった面白いこと、珍しいことや他の海賊団との戦闘時の状況などを語ってやる事にしている。

昼下がり、町の外れに佇む小さなレストランには穏やかな時間が流れていた。