君の幸せを願う

※ドレスローザ編後くらいの謎時空

政府の目を逃れるため革命軍が拠点にしているバルティゴは白い土と岩の島だ。痩せた大地の、およそ人が住むのに適していない土地を風が吹き抜けると、岩場の隙間からひゅるひゅると掠れた音がする。
そんな乾いたメロディーをBGMに今日も今日とて書類を捌いていると浮足立ったような足音が聞こえてきた。ギリギリ走っていない程度の早いリズムで近づいてくるその音の持ち主を思い浮かべ、これはしばらく仕事にならんだろうと書類の山を机の端に避けたところでノックもなしに扉が開かれた。ウェーブがかった金髪を揺らして駆け込むように入ってきた人物にああやっぱりと苦笑いがこぼれる。参謀総長らしからぬ、子どものような無邪気さでやってきたのは同僚のサボだった。

「ナマエさん見てくれ!」

部屋に入ってきた勢いのまま机の前で興奮したように目を輝かせ、突き出した手が近すぎて肝心のものに焦点が合わない。普段の冷静さは道中に落っことしてきたのか、こちらの反応を待ってうずうずしている。
話したいことは沢山あるがまずは俺の感想が聞きたいという感じか。イワさんみたいなオーバーリアクションはできないタイプなのに、サボはなにかあれば俺に話し相手を求めてくる。子どもの頃から兄貴分として接してきた自覚があるので懐かれているのは嬉しいのだが、最近の話題はほぼ麦わらに関係することばかりなので少し食傷気味だ。ドラゴンさんも胸焼けがすると顔色を曇らせていたので、サボのルフィ語りはそこかしこで猛威を振るっているらしい。まあそれでも楽しそうな弟分を前にすると「もういい」とはとても言えないわけで。
少し椅子を下げ顔を離して見れば、サボの持つ紙にはもはや見慣れた顔が写っている。凶悪犯として手配されるには人の良さが滲み出た笑顔の青年。その下に書かれた数字が以前見たものから変わっているのでまた懸賞金が上がったらしい。ということは、また何か大きな事を、世間には脅威と捉えられるような何かを成し遂げたのだろう。

「すごいじゃないか」
「そうだろう!そうだろう!なんたってルフィはおれのーー」
「弟だから、だろ」
「ああ!」

耳にタコができるほど聞いた台詞を先に言ってやっても、サボはにこにことそれはもう誇らしげに顔を綻ばせる。手配書を両手で持ち直すと大切そうに折り畳み内ポケットにしまった。きっとこのあとはサボのコレクションに加えられるのだろう。

「どういった経緯で額が上がったんだ?」
「この間ドレスローザが崩壊しただろう。あの事件の中心にいたのがルフィだったんだ」
「また七武海と戦ったのか。アラバスタといい、あの一味はよく国を巻き込んだ大騒動に巻き込まれるな」
「はは、まったくだ」

頂上決戦でのエース死亡の記事を見た時は喉が裂けんばかりに慟哭して気を失い、しばらく寝込んでいたが気持ちに整理をつけたのか、それからサボは兄弟達に関係する新聞や手配書を片っ端から集めている。革命軍には過去から現在に至るまでたくさんの資料が集められているので、複数ある新聞の1部をもらったり、はじめて懸賞金がかけられた頃の手配書を引っ張り出してきたりと資料室をひっくり返す勢いで2人の情報をまとめていった。
革命軍のNo.2が倒れた出来事は、その立場もあって軍内の人間は全員知っている。事情が事情だけに止める者もいない。むしろルフィに関するネタを掴んだら真っ先にサボに連絡が行くくらいだ。熱烈なファンのようだと言う人間もいるが、俺には失っていた時間を取り戻しているように見える。

エースが死ぬことも、サボが記憶を取り戻すタイミングも知っていて何もしなかった俺は、せめてサボが兄弟たちに思いを馳せている間は聞き役に徹しようと決めている。こんなことが償いになるとも思わないし、そもそもサボや革命軍の人たちには俺が異世界人であることも伝えていないので、本当にただ自分の罪悪感を軽くしたいだけの自己満足だ。もし仮に今、俺の出自を告げたところで何が変わるわけでもない。俺の持っている漫画の知識は魚人島までで、彼らはとっくに俺の知っている範囲を追い越してしまった。これから先、サボやルフィの身に起きることはわからない。だからもう今更で、手遅れで、どうにもならないことを蒸し返すようなことはしない。

「麦わら君は、いつか海賊王になるのかもしれないな」
「なるさ。四皇だって打ち倒してあいつがワンピースを手に入れるっておれは信じてる」
「いいのかぁ?参謀総長が1つの海賊団に肩入れして」
「夢を追いかける兄弟を応援して何が悪い」

にやりと意地の悪い笑みを浮かべてからかえば、むす、と唇を尖らせる。どれだけ強くなって大人びても、子どもの頃の面影が残る年下の同僚はいくつになっても可愛らしい。冗談だよと頭を撫でれば、やめろと言いながらされるがままになるのも昔から変わらない。

「サボ、弟に会えてよかったな」
「……ああ、本当に、よかった。いつかナマエさんにも紹介するよ」
「うん、楽しみにしてる」

もみくちゃにされた頭を手櫛で整えてドレスローザ騒動について身振り手振りを交えて語るサボに、引き出しから取り出した茶菓子を勧めながら相槌を打つ。火拳のエースが宿していた炎の力を受け継いだと、嬉しそうに、切なげに微笑んで指先に炎を灯すサボがもう2度と泣き叫ぶことがなければいい。

世界革命なんて信念を掲げずに革命軍に身を置いてきた俺にも目的ができた。
恩人であるドラゴンさんたちの役に立つ、という理念は変わらない。それに盃兄弟と彼らの仲間を死なせないという目標が加わった。未来を知っていたせいで、その大きな流れを前に何をしようとも思えなかったが、もはやそれもわからなくなったのだ。これからは自分が信じた道を進んで微力でも彼らの手助けになりたい。
いつか、サボとルフィが一緒にいるところを見たい。
2人が並んで、笑って、食事をしたり語らっているところを見てみたい。イワさんは黒足のサンジと知り合いらしいし、革命軍と麦わらの一味で宴ができたらきっと楽しいだろう。ドラゴンさんとルフィの親子が対面するのはあまり想像がつかないが悪いことにはならないと思う。ロビンに会えればコアラも喜ぶだろう。
そんな夢のような光景を見るのが俺の夢になった。