蝉時雨

「帰りコンビニ寄ろうぜ」
「シャンクスの奢りな」
「えー!しゃーねーな、パピコ半分こするか」

 背もたれに腕を置いて椅子を跨ぐように座ったシャンクスは言葉とは裏腹に楽しそうに笑みを浮かべた。ホームルームが終わり生徒もまばらな教室でナマエの前の席にお邪魔してだらだらするのが恒例になっている。いつもなら他にもメンバーがいるのだが、今日は部活やデートで帰宅部である2人以外の姿はない。

「夏休みどうするよ」
「海とお祭りは外せねえだろ」
「外暑いからやだ」
「またお前はそういう……高2の夏は今しかねえんだぞ?」

 どちらかといえばインドアなナマエとバリバリのアウトドア派なシャンクス。
 趣味嗜好の違う2人がどうしてつるんでいるのかといえば、彼らが幼馴染だからというのが大きい。家が近所で家族ぐるみの付き合いがあったため、生まれた時から今に至るまでずっと一緒だった。幼稚園から高校まで、クラスが離れても主にシャンクスがナマエの教室に遊びに行っていたので縁が切れることもなく良好な友人関係が続いている。

「去年も一昨年もそのずっと前からだいたい同じことしかしてないじゃんか。毎年シャンクスやベックマン達と遊んで夏休み終わる前に一緒に宿題してるだろ」
「楽しいよな!」
「楽しいけどさ〜。今マジで金がねえんだわ」

 眉を下げる幼馴染の出費の行方を知っているシャンクスは左手に巻いた腕時計に視線を落とした。遅めの誕生日プレゼントと言って寄越されたそれは、シャンクスが雑誌を立ち読みした時にいいなと思っていたもので。
独り言のつもりもなかった、ただの呟きを拾って、わざわざ小遣いを貯めて買ってくれたのだと思うとどうしても頬が緩んでしまう。シャンクスの宝物のひとつだ。ちなみに一番最初の宝物は、筆記用具を忘れた小学校のテストの日にナマエがくれた使いかけの鉛筆と消しゴムだったりする。
 しかし、だからといってこの夏をどこにも行かずに終わらせてしまうのは勿体無い。何かいい方法はないかと考えを巡らせると、数日前に知り合いから送られてきたメールの内容が過ぎった。

「やっぱ海行こう」
「だからさ……」
「おれに考えがある」 

目の前に差し出されたスマホの液晶画面を見たナマエは微妙な顔をした。

***

「ほら、やっぱりこうなると思ったんだ」
「海にも来れて金までもらえるんだからいいじゃねぇか」
「お前はホールだからいいよな!オレはこのクソ暑い中鉄板と向き合ってなきゃいけないんだよ!」
「あ、それは……ごめん……」

 照りつける太陽。きらめく海。
 元気に遊ぶ親子連れにカップルその他諸々。
 そんな海水浴客を目当てに軒を連ねる出店。そのひとつで2人はアルバイトに勤しんでいた。
 レイリーという男が運営に関わっている海の家のスタッフに欠員が出たということで急遽声がかかったのが彼の年下の知り合いであるシャンクスだった。
 5日間、開店から15時までという短期で時給も良く、交通費も支給されるというので引き受けたことをナマエはバイト初日にして後悔し始めている。
 2人と対面した店長は、シャンクスをホール、ナマエを厨房に配置した。不満げな顔をする幼馴染に対しナマエが「そうなるよな」と遠い目をしたのはつい数時間前。鮮やかな赤髪に整った顔と程よく引き締まったスタイルのシャンクスは、まあモテるのだ。さっぱりとした性格も相まって昔から人の中心にいるような人間だった。対するナマエは細身の体に日焼けしていない肌、人混みに紛れたら見つからないような目立たないタイプ。売上を出すために人目を惹く方を表に出すのは当然だろう。

 天井に取り付けられた扇風機のぬるい風は鉄板の熱気を前にしたらほぼ意味がない。顎を伝う汗を首に巻いたタオルで拭いながら、ナマエは無心で焼きそばを炒めていた。ホールに回されたイケメンが功を奏したのか途切れない客足に厨房はフル回転だ。
 暑い。死にそう。
 そんなワードで頭の中を埋め尽くしながらひたすら手を動かして注文を聞いてを繰り返し、ようやく今日のバイトが終わった。

***

「しぬ……」

 賄いと飲み物をもらってホールを覗いてみたらシャンクスはまた女性客に声をかけられていた。目が合うと何やら伝えようとしてきたが、腕を絡められて苦笑いしていたので、ごゆっくりの意味を込めて手を振って裏口から外に出た。
 暑さと空腹でイライラしていたので待つつもりはサラサラなかった。
 楽しそうでいいね。こちとら汗と跳ねる油とソースで全身ドロドロなんだよバーカバーカ。
そんな気持ちが舌打ちに出ちゃったけど許されたい。今日すごく頑張ったんだよ。
 蝉たちの大合唱の中、海の家の裏手にある日陰に座って焼きそばを啜る。ソースと絡んだ麺とシャキシャキの野菜がいい塩梅だ。
うまい。さすがオレえらい。誰も褒めてくれないから自分で褒めていくスタイル。
 それにしても、今回もすごかった。開店してから今まで5回はああいった光景を目撃していたので、オレが鉄板見てた間にもう2、3回はナンパされてたかもしれない。昔から人前に出ると年下から年上まで幅広くモテる奴だったから予想はしてたけど。
 それでも、根っからの人気者気質なのに誰からの告白もナンパも断っている幼馴染からは、これまで一度も浮いた話を聞いたことがない。良いなと思う子や好きな人はいないんだろうか。バレンタインには紙袋いっぱいにチョコを貰うくらいなのだから、1人くらいビビッとくる子がいてもおかしくないのに。オレたちはまだ見ちゃいけない本を「借りた」と笑って持ってくるくせに、他の友人たちほど盛り上がってるわけでもない。
 恋愛より友達と遊んでる方が楽しいとかそういう感じか?
 そこまで考えたところでほっぺに冷たいものが押し当てられた。

「うっわ!」
「おや、驚かせてしまったかな」

 飛び上がるようにそちらへ顔を向けると、金色の長髪を後ろに撫で付けた男性がペットボトルを差し出して微笑んでいる。

「レイリーさん!」
「差し入れを持ってきたんだが、シャンクスはいないようだな」
「お姉さん方にナンパされてましたよ。満更でもなさそうでしたし、そのまま遊びにいったんじゃないですか?」
「はは……なるほど、アイツが苦労するわけだ」

 隣に座ったレイリーさんは何か納得するように頷いて、微笑ましいものを見るように眦を細めた。
この人は時々今みたいな眼差しでこちらを見つめてくるのですごく子ども扱いされている気がしてしまう。10歳くらい歳が離れてるらしいからレイリーさんからすればオレたちはまだまだ子どもなんだろうけど。なんだかむず痒い。嫌じゃないけど恥ずかしいような。自分の周りにいないタイプだからだろうか。
 さっきまでがっついていた焼きそばを行儀良く食べようだとか、ソースの匂いが染みついた服に消臭スプレーを持ってくればよかった、なんて、そんな事を考えてしまう自分にもむずむずしてしまう。

「急な頼みだったのに引き受けてくれてありがとう。初日からよく働いてくれていると店主から聞いている」
「いえ、こちらこそ金欠でしたし助かりました」
「そう言ってもらえるとありがたい。じゃあこれも受け取ってもらえるかな」

 差し出されたのは2枚のチケット。そこに書かれていたのは最近公開された映画のタイトルだ。気になっていたけど例によって懐が寂しく諦める方に天秤が傾きかけていた。それをこのタイミングで。神か。レイリーさんから後光が差して見える。

「いいんですか?!」
「貰い物なんだが、私はあまりこういったものには詳しくなくてな。よければ誰か誘って行ってくれ」

 明日からもよろしく頼むよ。
 そう言って去っていった大人のなんと素敵なことか。このクソ暑い炎天下で涼しげにしてたし、立ち振る舞いから差し入れまで全部がそつなくスマートだった。

「かっこいいなぁ……」
「……ナマエ!」

 もう見えなくなった背中を思い出すようにレイリーさんが歩いていった方向を眺めていると慌てた様子でシャンクスが駆け寄ってくる。そんな急ぐと転けるぞ。

「わーモテ男くんの登場だー」
「やめろって。悪かったよあいつらしつこくてさ」
「はいはい、いいから賄い食べろよ。ついさっきレイリーさんが来てさ、スポドリくれたんだ」
「……ふぅん」

 すでにぬるくなり始めているそれを一本渡せば、受け取ったシャンクスは複雑そうな顔をした。

「遅いからてっきり遊びにいったのかと思った」
「そんなわけないだろ」
「綺麗な人たちだったじゃん」
「別に、仕事の邪魔されただけだし」

 むすっと不機嫌を態度に出しながら遅めの昼飯をかきこむシャンクスに何をそんなに怒っているんだと首を傾げる。朝は楽しそうだったのに。
 頬いっぱいに詰め込んだ焼きそばを飲み込んで、憮然としたままのシャンクスは俯いてぽつりと声を漏らした。

「お前は……レイリーさんみたいな人が、好みなのか、よ」
「え?」
「さっきとか……いつものお前とは全然違ったし」
「……覗き見してたん?」
「違ェよ!裏口出たらたまたまッ!見えただけだ!」

 唇を尖らせながら、それでも話題を変えるつもりはないのか、どうなんだよ、と横目でこちらを見る幼馴染は少し泣きそうに見えた。さっきから情緒不安定な様子に早めに帰って休ませたほうがいいんじゃないかと思うが、答えるまで逃がさないというようにじっと見つめてくるので、改めて自分の中のあの人について考えを巡らせてみる。

「好きは好きだけど、憧れとかそんな感じのやつだと思う」

 ああいう大人になれたらいいよね、みたいな。
 自分でもふわふわした返答だと思ったが、シャンクスは納得したのか体から出ていた不機嫌オーラはなりを潜めている。なんか知らんが元気になったんならよかった。

「そうそう、レイリーさんから映画のチケット貰ったんだ。いつ行く?」
「おれでいいのか?」
「お前以外いなくね?」

 レイリーさんが渡してきたんだし、シャンクスと2人でどうぞってことじゃないん?言外にそう伝えると意図が伝わったのか、ぱっと表情を明るくした。
 おーおーそんなにタダ券が嬉しいか。現金な奴め。オレも人のことは言えないけど。

 相変わらず雨のように降る蝉の鳴き声の中、オレたちの夏は始まったばかりだ。