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ゲロ吐きそうなくらいヤバめの繁忙期を乗り越えた週末、泥のように寝て起きたらゲームの世界にいました。過労死だったのかもしれない。元気な赤ちゃんとしておぎゃあと産まれた今となっては確認のしようもないんだが。
今流行りの異世界転生モノね。なんて簡単に受け入れられるわけなかったけど、どうにもならない事に足掻いても仕方ないよね、と渋々受け入れたのが生まれて3年目の時。かつてはオタクな人間だったので、当時話題だったソシャゲのタイトルと大まかなあらすじは知っていた。魔法の使えない人間がどういうわけか魔法学校にやってきてしまい、様々な事件やトラブルに巻き込まれていく、みたいな感じだったと思う。
薔薇の王国で第二の人生を始めたオレは間違いなく主人公ではないので、このままNPCだかRTAだかに入学しなければゲームシナリオに関わる事なく平穏な人生を送れそうだ。学校名も怪しい記憶力だけど名門校とは縁のない成績なのでまあ大丈夫でしょ。
なんて思った翌日に黒い馬車が迎えにきた。選考基準は成績じゃなくて魂の資質らしい。初耳ですけど?
あまりにも不審な馬車だったので手に持ったスマホで警察を呼ぼうとしたら両親に止められた。だって、ねえ、棺桶乗ってるよ。ヤバいでしょ。お迎えってそっち?息子が棺桶に入るのを喜ぶ親ってなかなか狂気じゃない?

はしゃぐ両親の手前「行きたくねえです」とも言えず、入学した名門校だったが、この学園は変だ。
特定の人達以外の生徒はみんな同じ髪型で、目元がぼやけてはっきり見えない。5、6種類くらいある髪型のパターンと体格の差はあれど、それを含めても兄弟かと思うくらいそっくりで、入学した頃は目を疑った。
恐ろしいことに、この異常な有様に違和感を覚えているのはオレだけらしく、他の教師や生徒たちはそれぞれの見分けもちゃんとできているようだった。コツがあるのなら教えてほしい。性格や仕草や癖でようやく個人を判別しているのでめちゃくちゃ神経を使う。
目元が暗くぼんやりとしているのも、そういうものだと思うようにした。無理矢理でも順応しないとやってけないのは生まれた時に経験済みだからね。
友達とスマホで写真を撮って「半目になってんじゃ〜ん」なんて言ってても、オレは彼らの目元がちゃんと見えないので曖昧に笑って流している。
ただでさえ人の名前や顔を覚えるのが苦手だというのにとんだ縛りプレイだ。ちなみに学園の外に出るとこの縛りは適用されないらしいので、息抜きも兼ねて買い出しなどの学外に出る雑務は積極的に引き受けている。
まじで実家に帰りてえな。でも中退は体裁が良くないしな〜。
なまじ社会人を経験した記憶があると「その後」を考えてしまうのが辛い。転校も考えたが、以前マジフトの見学で行ったRSAも同じ状態だったので目が死んだ。後輩の人魚が「死んだ魚みたい」とケラケラ笑っていたのでよほど生気がなかったんだろう。一緒に来ていたクローバーがギョッとして、色々と気を遣ってくれたので悪いことをしたと思っている。
トレイ・クローバーは学園内では個性を失うオレ達とは違い、目元もはっきり見えて髪型もパターン化されていない清潔感のある短髪の青年だ。多分メインキャラクターなんだと思う、そしてオレ達はモブなんだろうな。入学式の時にたまたま隣になり、寮もクラスも同じだったのが縁でよく話す間柄になった。実家がケーキ屋らしくハーツラビュルのお茶会ではお菓子作りをよく任されるくらい彼の作る物は美味い。新しいお菓子の味見と称してたまにお裾分けしてくれる良いクラスメイトだ。外見の判別ができず、名前を間違えると気まずいので基本的に人の名前を呼んだり、話しかけることはしないんだけど、クローバーは他の生徒たちと違って見分けがつくのでオレが自発的に話しかける数少ない生徒のうちの一人だ。
暫定メインキャラクターの彼らを精神安定剤にしつつ、同じ顔の人であふれる学園生活が3年目に突入した年、魔獣と魔力のない人間がやってきた。どうやら物語が始まるらしい。

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夏に回ってくるフラミンゴの世話当番ほど辛いものはない。休日だと尚更だ。
炎天下の中、気ままな彼らの体調を確認して餌をやったり掃除をするのはかなりの重労働である。汗でべたつくシャツを洗濯機に放り込み、シャワーで埃や泥を落としてようやくひと段落着くころには、太陽が少し西に傾き始めていた。
あつい。
キンキンに冷えた麦茶が飲みたい。
そういえば、以前うっかり白くまが食べたいと呟いたら獣人にドン引かれたんだが、あれは氷菓の名前なんだと説明して納得してもらうまで時間がかかったな。細かく砕いた氷に練乳や凍った果物の組み合わせは最強なのだとプレゼンしたら、人魚がどこかで聞いていたのか、後日モストロ・ラウンジで似てるようでちょっと違うおしゃれなかき氷が限定メニューとして話題になっていた。ダイヤモンド曰く「マジカメ映え」だったらしく、誘われて向かったラウンジで食べたそれはとても美味だった。ダイヤモンドはオレが頼んだかき氷の写真を撮って、自分はカルパッチョやパスタを食べていたが。
今年は去年のものにアレンジを加えたかき氷が販売されているらしい。とても心惹かれるが、懐が寂しいし、かといって自分で作る気力もないので、今日は食堂に行くオレである。学生って使えるお金が限られててやりくりに苦心する。学生の本分は勉強だけど、バイトのシフトもうちょっと増やそうかな。

昼食の喧騒が去り、人がまばらな食堂でビュッフェプレートを手に保温器に盛られた料理を眺めていると、隣から心の底から絞り出したような、かなしげで切実な声が聞こえてきた。

「米食いてえ…」
「わかる、熱々の白米に冷えた緑茶かけてお茶漬けしたい」
「えっ」
「アッ」

最近何かと噂の中心にいるオンボロ寮の監督生だった。近くで見たのも、話すのもこれが初めてだが、モブのパターンに当てはまらない、目鼻立ちがはっきりとわかる容姿の少年だ。そんな彼に砂漠でオアシスをみつけたような、そんなきらきらとした目を向けられて思わず後ずさる。いやでも夏は素麵か冷やし茶漬け食べたいじゃん。こちとら生まれて17年パン食の文化で生きてるんだから白米に対する欲求がすごいんだわ。心の声が漏れちゃうのも仕方ないんだわ。

「あの、貴方も日本人ですか?」
「いや薔薇の王国出身だけど」
「TKGって何の略?」
「たまごかけごはん」

やっちまったんだわ。
逃さねえぞという強い意志が反映された瞬発力と握力でガッチリと手首を掴まれたので、大人しく観念した。希望を見出した表情は飢えた獣みたいな顔に豹変していた。

「お米ありませんか」
「食堂のメニューにリゾットならあったよ……」
「うぅ……うっ……そうじゃない……」

涙を浮かべる監督生に同情心がむくむくと湧いてくる。わかるよ。リゾットも美味いけど今欲しいのは茶碗によそわれたふっくらつやつやの白米なんだよな。
手首は解放されている。お役に立てずごめんね、なんて言って立ち去ることもできるが、さめざめと泣く姿があまりにも悲壮だった。主役級の生徒に関わると後々面倒事(と書いてシナリオ内のイベントと読む)に巻き込まれるかもしれない。この程度の接触で、と思うなかれ。何がフラグかわからんのだ。ここはヴィラン系学校の生徒らしくバッサリ見捨ててしまってもいいが、ここで置いていくのは良心が咎めた。

この子、知らない土地で、独りぼっちなんだよなあ。

そう思ってしまうともうダメだった。
結局放っておく事ができず、ハーツラビュルの調理場で、自室から持ち出したオレ秘蔵の白米を振る舞っている。ついでにお湯に味噌を溶かしただけの味噌汁(具は調達してなかった)も作って2人で遅めのランチタイムだ。食堂では明らかに情緒がアレだった監督生は、静かに噛み締めてゆっくりと食べ進めている。泣くか食べるかどっちかにしなよとは言えなかった。
食材の入手元はミステリーショップ。サムさんに頼んで取り寄せてもらっている。IN STOCK!を謳い文句にしているので、入学してすぐにダメ元で聞いてみたらなんと取り扱っていたのだ。秘密の仲間が教えてくれたらしい。つまりミステリーショップは最強ってワケ。でも普段はあまり売れないらしいので、というかほとんどオレしか買わないらしいので、陳列せずに店の奥にしまってあるらしい。「いつものください」と言えば持ってきてくれるので常連みたいでちょっと楽しい。
同郷のよしみで監督生に教えると「生活が苦しくて……」としおしおした顔でやんわり余裕がないのだと返された。グリムの食費や寮の修繕費や生活必需品で生活費がほぼ飛ぶらしい。
せめてお礼に片付けだけでもとシンクで食器を洗う監督生の背中を見る。あの子の事情を知らなければ知らんぷりできた事だが、自分から関わってしまったしなあ。

「修繕だけど、よかったら手伝おうか?」
「エッッッ」

ガバッと音が付くような勢いで監督生が振り返る。

「いやそんな、悪いですよ。ご飯ご馳走になった上に他所の寮のことまで…」
「たいていの3年生ならひび割れたガラスや穴の空いた屋根の修理は魔法ですぐできるよ」
「ウゥー!で、でも、お礼なんてなにもできませんし…」
「うん、それなんだけど。アニメや漫画はお好きですか?」
「大好きです。オタクですから」

ス○ダンみたいな返しするじゃん。
せめて寮の修繕代が浮けば、その分もう少し監督生が欲しいものを買えるんじゃないかという、そんなお節介だった。育ち盛りなんだからもっと食え。持ち帰って調理できるように秘蔵たちもお裾分けしたら泣かれた。

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掃除は好きではないし、四角いところを丸く掃くオレでも無いわと思う汚さだった。なるほどオンボロ寮。
立て付けの悪い扉や窓を杖を振って直し、全開にして換気をする。水回りやベッドなどの調度品は学園側に直してもらってたらしいので(どうせなら全部直せばいいのに)雨漏りをするという屋根やギシギシ軋む床板を直してひとまず清掃は終了した。先住のゴーストたちに配慮して、監督生やグリムの普段の生活や彼らの友人が泊まりに来た時に使用する範囲のみに留めたのでブロットも貯まらないくらいのお仕事だった。やっぱ魔法ってすごい!と目を輝かせる監督生に、こっちで初めて魔法を見た時の自分を思い出して少し懐かしい。すごいよね魔法って。

自寮の消灯時間まではまだ時間があったので、ここからは持ち込んだお菓子やジュースを広げてオタトーク全開だ。
長年気になっていた、そして何よりも知りたかった、オレが死ぬ直前まで読んでいた大好きな漫画がある。
ハーツラビュルからオンボロ寮への移動中や、掃除しながら雑談してわかったことだが、オレとユウくんのトリップ時期は数年程度ズレているらしいのでタイトルを伝えてわかるかはちょっと賭けだったが、「よく知ってます自分も大好きです」と返ってきた言葉に天を仰いだ。
こう、好きな話題を共有できる相手がいるって、いいね。どちらともなく手を差し出してがっしりと握手した。同志よ。こんなに気分が高揚したのはこの世界に生まれて初めてかもしれない。
彼から齎された情報にオレは咽び泣いた。既に完結していて、しかも1番好きなエピソードが映画化していたなんて。よもやよもやだわ。観たかった。むしろ知りたくなかった。知らなければこんな思いをせずに済んだのに…。

「自分は10回見ました!」
「おうマウントか?その頃のオレはおぎゃってたわチクショウ」
「最推しが2期で活躍して自分はそれ見れない状況なんですがなにか?」
「すみませんでした」

軽口を叩いて、ふざけ合って、久しぶりに白熱した楽しい時間だった。ハーツラビュルにいた時や掃除中は恐縮したような雰囲気だったユウくんも、気付けば随分と砕けた様子でリラックスできているように見える。魔獣のグリムくんは食事やお菓子に喜んで、飛びついてがっついていたが、お腹が膨れて眠くなったのかいつのまにかソファで丸くなっていた。

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また語り合おうと約束して、オンボロ寮をお暇した。
実に有意義な時間だった。最高。めっちゃ楽しい。
何より彼が彼だとわかる、オレが見分けられることが嬉しい。これでモブ系容姿だったらオレから話しかけるのは至難だったろう。同じ姿がひしめき合う中から見つけられる気がしない。好きだったアニソンを鼻歌で歌いそうになるくらい気分がいい。歌詞はもう思い出せないけどなんか地球がまるい歌だったと思う。あの子は知ってるだろうか。今度聞いてみよう。

「こんな時間まで出かけるなんて珍しいな」
「お、おう、たまにはそういう日もあるよ」

まだ規則を破るような時間でもないのでゆったりとした足取りで自室に向かっていると、背後から声をかけられた。深夜に目が冴えないよう照明の灯りが弱く設定された廊下に、赤と白の両服が浮かび上がっている。いつものような気さくな声色なのに、時間帯のせいなのか少し怖い。急に話しかけられたからビクッて体が跳ねたの、見られたろうな。恥ずかしい。クローバーはそういうの見て見ぬフリしてくれるから助かる。

「監督生とは随分と仲がいいんだな」
「ユウくんのこと?うーん、まあ、成り行きで」

白米(故郷)に飢えて情緒がヤバめの監督生を見てられなかったもので。アニメの話して結構心の距離が近づいたのはある。お互い名前で呼び合う程度には仲良くなった。

「新しいメニューを考えたんだ。よかったら味を見てくれないか?」
「あー悪いけど、明日でもいい?まだシャワーも浴びてないんだ」
「…ああ、それは悪い。冷蔵庫に入れておくから、明日の朝にでも食べてみてくれ」
「ありがと。またな」

時計を見ると流石に少し急がないとまずい時間だ。早歩きで自室に戻り、着替えを持って浴室に向かう。コックを捻ると暖かいお湯が掃除で肌や髪に付いた埃と一緒に疲労も流してくれるようで心地よい。ああ、今日はいい夢を見れそうだ。


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食べられることのなかったタルトを冷蔵庫に仕舞う。オレの気持ちも一緒に冷えていくようだった。

「悔しいな」

他人に食事を振る舞っていた。
掃除や修繕をしようかと自分から提案していた。
誰かを気にかける姿を、はじめて見た。
いつも誰にも心を許さず誰からも一線を引いているあいつが。
極め付けは、帰ってきた時のあの表情。満ち足りたような、あの笑顔。

「オレは3年かけてまだ『クローバー』なのにな」

素直で可愛い後輩が、今は少しだけ憎らしい。オレが知らないあいつを引き出した、あの少年が。オレがいくら話しても、味見を口実に菓子や料理を渡しても、あんな顔したことがないのに。