時間が解決しない

「俺を倒すんだったっけ?」

パネルに表示された対戦結果を指差しながら、戦闘の高揚感からにやりと口角をあげて見せれば、唇を噛み締めてこちらを睨み上げる少年。
8対2、実力差は歴然だ。それも少年が勝ち取った2点については太刀川がわざと隙を見せて取らせてやったもので、本人もそれに気づいている。火に油を注いでいるという自覚はあるものの、相手の反応が面白くてついついちょっかいをかけてしまった。

「次は勝ちます」

それだけ言って踵を返し去っていく姿に「頑張ってねー」と激励の言葉を投げればギラリと睨みつけられた。忍田さんに憧れて、その弟子の俺を敵視しているらしいが、俺を超えるにはまだまだ弱い。それでも、口先だけじゃなくちゃんと鍛錬を重ねて日に日に強くなっているのは戦っていてわかるから、ランク戦にも付き合ってやろうという気になる。正直面白くて仕方ない。今は片手で倒せるあの少年が、いつか俺と対等に戦えるまでに育ったら、きっともっと面白いんだろう。

子犬とじゃれるような楽しさと今後への期待ににまにまと口元を緩めていると、少年は恨みがましい視線をふっと打ち消した。

「そういえば、レポートの提出期限は明日みたいですけどちゃんと済ませているんですよね。これ以上忍田さんの心労を増やさないでください」

「………っあ"ーーーーー!!!忘れてた!!!!えっ待って待って手伝って!」

「大学生が中学生に縋らないでくださいよ!みっともない!」

「前は手伝ってくれてたじゃん!お願い!!」

「お断りします!」

結局レポートは提出期限には間に合わなかったが、教授の留守を狙って研究室の扉の下の隙間から滑り込ませて事なきを得た。

しかし単位は落とした。

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ミョウジと出会ったのは1年ほど前のことだ。入隊試験を上位で合格したということで上層部でも少し話題に取り上げられていた少年は、忍田さんに憧れてボーダー入りを決意したらしい。C級の頃から頭ひとつ抜き出た才覚でB級に昇格し、ランク戦でもチームと連携を組んで順調に勝ち進んでいる。彼が入隊した当時、すでに本部長に就任し、多忙だった忍田さんもミョウジの事は耳に入っていたらしい。少しでも時間を作っては話をする程度の事はしていたが、稽古をつけられる程の余裕はなかったらしく、忍田さんの弟子で既に個人総合1位になっていた俺に白羽の矢が立ったわけだ。

「よろしくお願いします。太刀川先輩」

そうしてミョウジは俺の後輩になった。忍田さんみたいに言葉で教えるのは苦手だったから、あいつとの稽古はほぼ実践形式、それも入隊したばかりの初心者に俺が敵として一方的に切りつけるような力量差もなにもあったもんじゃないようなものだった。それなのにミョウジは俺がだいたい伝えたかったことを的確に汲み取って自身の力に変えていった。人懐っこいし、稽古は健気に受けるし、言う事は素直に聞くから、最初は面倒くさがってた俺もミョウジに稽古をつける事が楽しくなっていた。

ミョウジの態度が変化していったのはそれから約半年後のことだ。
好物のきなこ餅を食べるためにきな粉の袋を開封したら、いつもなら飛散したきな粉を片付ける為に箒とちりとりを持って控えているはずのミョウジは用事があるからと帰るようになった。
コピー機が壊れたから直してもらおうとミョウジに声をかけたら、今までなら笑顔の二つ返事で受けてくれるのに「コンセントが抜けてるかインク切れか用紙がなくなったかのどれかじゃないですかね」と言ったきり取り合ってくれなくなった。
読めない漢字があったから教えてもらおうとしたら「スマホに聞いたらいいじゃないですか」と素っ気なく返された。

いつもみたいににこにこ笑わなくなった。先輩先輩と纏わりついてこなくなった。むしろなんだか視線が痛い気がする。影浦みたいに例えるなら呆れや嫉妬のようなじくじく刺さるような感情を向けられている気がする。俺はいつも通りだったし、そんなに嫌われるような事をした覚えはないんだけどなぁ。

「なんでだと思います?」

単位を取るための追加レポートを提出して本部に戻って来たところで、風間さんと迅にばったり会ったからここ数日頭の隅にあった疑問を解決できないかと相談と腹ごしらえを兼ねて食堂に誘った。

「そりゃあ、太刀川さんが悪いんじゃない…?」

それまで黙って話を聞いていた迅が苦笑した。それに同意を示すように風間さんも頷いている。

「尊敬する先輩が戦闘時以外かなりその…抜けてるっていうのが許容できなかったとか…」

「そうか?読めない漢字があったから聞いたら「スマホに聞けばいいじゃないですか」と素っ気なく返されたんだけど、それも抜けてるって事になるのか?勉強熱心ないい先輩だろ」

「ちなみにその漢字って?」

「月極」

「あー…微妙…」

「さすがに大学生にもなって中学生レベルの漢字が読めないというのはどうかと思う」

迅なりにオブラートに包んで言葉を選んだのだろうに、風間さんがぶった切った。言葉の刃が胸に刺さる。仕方ないだろ、勉強とか興味ないし面白くないしつまらないんだから。

「ていうか、風間さんだって俺のことそんな言えないじゃないですか。こないだ酔っ払ってポストと戦ったって聞きましたよ」

「俺は外見的にセーフだと諏訪が言っていた」

「何をもってセーフだと思ったんだ諏訪…」

話がだんだん逸れてきているのを咳払いで引き戻した。ぐだぐだしているがこれは俺の先輩としての威厳を取り戻すための大事な話なんだ。

「迅の言う、理想の先輩像が崩れたから幻滅したっていうの。あれさあ、今更キャラ変えるとか無理だろ。俺昔からだいたいこんな感じなんだけど」

「ですよねー、太刀川さんって昔から戦い以外だと心身ともにだるだるですし、今から性格変えられたところで正直違和感しかないです」

「おいちょっと傷ついたぞ迅」

自分で自分を卑下するのはいいが、他人から言われるとムッとするのはなんでだ。公私共にキリッとした俺。提出期限は余裕で守るし機械や漢字にも強い俺。うーん、我ながら想像できんな。じゃあやっぱりこれからもアイツからは嫌な視線を向けられ続けるんだろうか。
はあ、と零れたため息は思ったより重かった。

「反抗期なのかもしれんぞ」

特に打開策も見つからない。会話もなくなって、迅が持ち込んだ揚げせんを咀嚼する音しかしなくなったところで風間さんが呟くようにそう言った。

「反抗期ですか?」

「思春期の時期によくあるらしい。俺は経験していないが。考えてみれば、嵐山の弟妹の嵐山に対する態度と似ているんじゃないか?歳も近いだろう」

「たしかに…」

言われてみれば似てる気がする。こっちがちょっかい出せば鬱陶しがる様子とか特に。じゃあ反抗期が終われば以前のように素直で可愛げのある後輩戻るのだろうか。戻るよな。きっとそうだ。なぁんだこのピリピリした距離は俺じゃなくてミョウジに原因があったのか。

「風間さんありがとうございます。なんか時間が解決する気がしてきました」

「そうか。役に立てて何よりだ」

「解決したじゃん、よかったね太刀川さん」

引っ掛かっていた小骨が取れたような気分だ。そういえば腹が減ったな。食堂に来て暫く経つのにまだ水しか飲んでなかったんだからそりゃあ腹も減るよな。うどんでも食うか。



メニューから顔を上げて店員に天ぷらうどんを頼む太刀川は気付かなかった。よかったねと祝福する迅の目が乾いていた事に。
サイドエフェクトで見えたいくつかの未来に、かつてのように太刀川を犬のように慕うミョウジの姿はなかったのだ。しかし、同時にこれ以上打開策について頭を捻らせても、太刀川が望む結末を迎える可能性も低かった。むしろ下手な策を講じるほうがミョウジの太刀川への印象が悪くなる未来が見えたので、何もしないほうがまだマシだと判断したのだった。
そんなことは露知らず、太刀川はずるずると麺を啜った。