エンカウント

僕には好きな人がいる。
同じクラスの影浦雅人くん。ボサボサの髪が特徴的な野良猫みたいな人。友人の友人という知人以上友人以下みたいな微妙な間柄。僕はクラス委員だから、プリントの回収とかで事務的な会話はするけどそれ以外じゃほとんど話さない。けれどたった一度、ほんの数秒、普段は前髪で隠れている彼と目が合った。それだけで僕は恋に落ちてしまったらしい。あの鋭く釣り上がった双眸が焼き付いて離れないんだ。
今までは粗野な言動もあって、怖い人なのかと思っていたけど、よく見れば怖いだけの人でもないらしかった。僕の友達でもある村上くんや隣のクラスの北添くんと話している時は笑うことも多かった。提出物も、たまに忘れることもあるけど、だいたいちゃんと持ってくるし。あと、僕の家の近くにあるお好み焼き屋が彼の実家だと知った時はびっくりした。一度食べに行ってみたいけど一人で行く勇気はない。
影浦くんについて知っていくたびに好きな気持ちが育っていく。今まで好きになる人はみんな女の子だったし、同姓にこんな気持ちを抱くなんておかしい事だってわかっているけど、心の隅に生まれた凝りを掻き消そうとする度に彼への想いが膨らんでいく。押し込んで蓋をしても、溢れて積もるこの想いはいつしか見て見ぬフリもできなくなっていった。彼へ気持ちを伝えようとは思わない。困らせたくないし、煩わしいと思われたくないから。
今日も影浦くんは授業中にも関わらずうとうとと船を漕いでいる。いくら注意しても聞く耳を持たない彼に、先生も諦めているのか特に気にかける様子はない。揺れる頭につられてぴょこぴょこと跳ねるくせっ毛がかわいい。最近はかっこいいだけじゃなくてかわいいとさえ思い始めたから結構重症だなって思う。くせ毛もそうだけど、にやりと笑うたびに見えるサメみたいなギザギザの歯とか。北添くん達と雑誌の星座占いで騒いでいた時に彼の星座を知った時にはギャップにやられた。
好きです。何度目かわからない告白を心の中で呟く。当然、彼には伝わらない。
お互い3年生で、一年後には僕らは卒業する。同じ進路には進まないだろうから、多分彼とは来年から会えなくなるんだろう。お付き合いがしたいとか友達になりたいとか、贅沢な事は望みませんから、だから卒業までは好きでいさせてください。なんて、少し後ろめたさを感じながら、今日も僕は斜め前の席に座る彼の背中を見つめていた。



最近気になる奴がいる。
同じクラスの澄ました面の優等生。ここ暫く教室の斜め後ろの方から向けられる感情の出処があの野郎だった。あいつから向けられるのは鋼や荒船みたいな、所謂ダチの感情でも他の連中が向けてくる怯えとかそういう負の感情でもない。針で刺されるような苛つく感覚というより、むしろ羽みたいな柔い物で擽られてるような感じだ。腹が立つほど不快じゃねえけど無視するほど気にならないモンでもない。これが信頼や恐怖とかそういった類の意識じゃないのは経験上わかるが、だからといってこの擽ったい感情を、あの男がどういう思考で、どういう意味を持って向けているのかはさっぱりわからなかった。あいつとダチらしい鋼にこの事を話せば、何か勘付いたような顔をしたけど「まあそれは本人に聞くべきだな」と詳しい事は何も言わずにはぐらかされた。なんだってんだクソ。訳知り顔で笑いやがって今度ランク戦で当たったら潰す。
かったるい授業なんざ受ける気にもならず、むしゃくしゃした感情を落ち着ける為に寝る体勢を取れば、また今日も後ろからむず痒い意識が当てられる。だからおめーは何考えてんだよ。自分で制御できない上に、感情はわかるのに思考までは読めないこの能力はやっぱり不便極まりない。
放課後になって、本部に向かう為にゾエと合流して正門に向かっていればまたあいつの感情が刺さった。なんとなく振り返ってみれば、鋼と一緒に下校するらしく下駄箱から出てきたところだった。俺が見てると思っていなかったらしく、少し見開いた視線とぶつかる。そういえば、いつも背後から意識を感じるだけだったから、こいつの顔をちゃんと見るのは初めてかもしれない。夕日を受けてか顔が少し赤らんで見えた。声をかけようとして、そういえば俺はこいつの名前も知らなかった事を思い出した。進級してすぐにクラスで全員自己紹介をしたけど、興味ない奴らの顔と名前まで一々覚える気もなかったし。いきなり名前を聞くのもどうなんだと逡巡してる間に、あいつは鋼に一言二言告げて、こっちに会釈して足早に帰っていった。

「良かったのか?」
「…別に話す機会なんざいくらでもあるだろ」

苦笑する鋼に舌打ちして、状況がわかっていないゾエを無視してあいつが出ていった正門に足を向けた。