昨日まで一緒に遊んでいた友達に遠巻きにされた。オレの方を見ながら教室の隅でひそひそと話すクラスメイトたち。隣のクラスの奴はこちらを指差して見下すように笑った。
人殺しの息子。
嘘だ。オレの親父はそんなことをするような人間じゃない。何かの間違いなんだ。何度言っても、誰に言ってもみんな首を横に振って近づこうともしない。親に言われたから、一緒にいられないの。そうしてみんな離れていった。
だって警察に捕まったじゃないか。
ランドセルに「人殺し」と書いた紙を貼り付けた子供はそう言って鼻で笑った。何をどれだけ言われても手を出してはダメだ、と母に言われていなければ殴ってやりたかった。違う。違う。違う、はずだ。机に書かれた落書きに腹が立つ。汚された上履きに悔しさが募る。どうしてオレがこんな目に合わなくちゃいけない。味方をしてくれるのは母と親父のジムの人たちだけだったから、学校にいる間は苦しくて仕方なかった。先生は愛想笑いで誤魔化すか、知らないふりをした。陸にいるのに水の中にいるみたいで、息苦しくてたまらなかった。
そんな時にミョウジと出会った。学校の端に作られたビオトープに投げ捨てられていた教科書を、オレより先に来ていたそいつが回収していた。池の水にズボンの裾がつかないように捲り上げ、裸足でこちらに向かってきた。
「干してもしわしわになるから、先生に言って新しいのもらったほうがいいよ」
「なんで拾ってくれたの…?」
「花壇の水やり当番だったから、ついでだよ」
池にかかった木製の橋の上に本を置いて、ハンカチで足を拭って靴下と靴を履いた子供は池のそばに置いてあったジョウロを手に取った。本当にたまたま見かけたから拾ったらしい。それでも、裏表紙にあるオレの名前を見たら誰も近づこうとは思わないだろう。
「おまえ、オレが誰か知らねえの?」
字面だけ見ればとんだナルシルト発言だが、当時の自分は自虐と疑念を込めて尋ねた。
「松田くんでしょ、オレ隣のクラスのミョウジ」
ジョウロを用具小屋に突っ込みながら子供は自分の名前も名乗った。同級生らしいが、知らない名前だった。
「オレがなんて呼ばれてるのか、知ってるのか?」
苦虫を噛むような思いだった。聞きたくもない、わざわざ自分で自分を痛めつけるような行為だ。それでも、理由もなく今の自分に親切にする奴が学校にいるとは思えなかった。何か裏があるんじゃないかという気持ちがあった。人間不信気味だったのだろう。
「知ってるよ」
あー、と用具小屋の鍵を閉めて、思い出したように答える姿にやっぱり、と肩を落とした。
「でも違うんでしょ?」
また人殺しの子供だと蔑まれるのだろうという予想は裏切られた。少年は真っ直ぐにこちらを見ている。同い年の誰かと目を合わせて話をするのは随分と久しぶりに思えた。
「そう、そうだよ。オレの親父は、誰も殺してない。警察が間違ってるんだ。オレは、オレは、人殺しの子なんかじゃない…!」
堰を切ったように言葉が溢れ出す。震える体を抑えるようにシャツの裾を握って絞り出すように声を吐き出した。
「うん、わかった」
滲む視界の中であいつは笑っていた。悪意も嫌悪もなく、オレの言葉を聞いて、ただ受け入れてくれた。
あの時の笑顔を、今でも覚えている。