「もう昼休み終わるぞ。起きろナマエ」
ゆさゆさと少し強い力で体を揺さぶられて目を覚ます。
ああ、せっかくいい気分だったのに。こんな仕打ちをするのは両親を除くと1人くらいだろう。
なんて酷い奴だ。そんな気持ちを込めて幼馴染みを見れば、自分の頬を指してほっぺ赤くなってんぞ、と呆れた顔をされた。
仕方ないだろ。昨日はほとんど寝てないようなもんなんだから。
出会いと別れ。新学期。新生活。そんなキャッチコピーが取り上げられる季節に、古い記憶を頭にぶち込まれるという世の流れに逆らうような経験をした。
スピリチュアルな表現をすると、あれは前世の自分になるのだろうか。全体的にぼやけている幼少期から少しずつ鮮明になる青年期をダイジェスト映画のように見せられて飛び起きたのは今朝のことだ。なんだこれ、とパニックになるのと同じくらい、あれは生まれる前の自分だった、とすんなり受け入れられたのは我がことながら謎だったが、すっかり寝坊して遅刻寸前という状況の前では些事にすぎない。だって今日は小テストがあったんだもん。
そんなこんなで寝不足の頭を働かせてテストを終え、給食を食べれば眠くなるのも仕方のないことなのだ。暖かな陽気が差しこむ窓際の一番後ろの席だぞ。寝ない方がどうかしている。
昔の自分などという、強烈な情報がインプットされたとて今の俺が何か変わるわけでもなかった。元々あまり目立たない子供なので様子がおかしいなどと言われることもなく、性格もさして変わらないのか幼馴染みにも不審がられていない。特に頭が良かったわけでもない普通の社会人だったので、ラノベみたいな強くてニューゲームにもならない。強いて挙げるなら、昔はバリバリの文系だったので、今世は理系の勉強も頑張った方がよさそうってくらいだ。数学の知識って社会に出てから意外なところで使うことがあるし、あの時もっと勉強しとけば、なんて頭を抱えた場面は沢山あった。
なにより驚いたのは、今生きている世界が前世じゃフィクションで、さらにその登場人物として今の俺の幼馴染みが出てきたことだ。
見た目は子供、頭脳は大人な名探偵が活躍する作品の世界。漫画やアニメは見なくても毎年春に公開される映画だけはなんとなく観に行く、みたいな人も多かったかもしれない。昔の自分もそのクチだった。土曜にテレビつけてた時にやってたら見てた程度の浅いファンだ。
ダイジェスト人生映像の最後の方、死ぬ数日前にも再放送していたのを万年床に寝っ転がって見てた。そこに出てきた登場人物が今の俺の幼馴染み。ぶっちゃけコナンの世界に生まれたことより松田陣平が出てきたことに驚いた。しかも故人。二十代で爆死。ショックな事実に呆然としたし、あの未来を回避したい気持ちはある。陣平は物心ついた時からの友達だ。
しかし今の俺たちは小学生なのだ。
将来はボクサー!って毎日父親のジムに行ったり試合を見に行ってる彼が本当に警官になるのか?あれはただの俺の妄想で、リアリティのある夢で、単に俺の頭がおかしくなっているだけの可能性も大いにある。むしろそっちの方が納得できる。
ああでも、もしもあのアニメのように陣平が死んでしまったらどうしよう。そんなふうにぐるぐる悩み続け、不眠症とストレスで体調を崩した俺は心配する母によって少し大きな病院に連れていかれた。精神的に限界だった俺は馬鹿正直に自分の身に起こったことを名医と名高い先生に伝えてしまう。
「前世の夢を見てから色々考えて眠れなくなったんです」
「あ、わかる〜。先生も前世が魔法士だったんだよね。急に思い出すとびっくりするよねぇ」
先生も前世持ちだった。
こちらの気を楽にするために嘘をついてるのかと思ったけど、学校の名前とか友達とか変わったお茶会とか思いつきでは出てこないような、おとぎ話みたいなエピソードをつらつら話されると信じる気にもなる。
母はちょっと引いてたけど人生2周目だから腕もいいのかしら、とか言って無理やり納得してた。この人もたいがいメンタルが鋼である。
「君の言うとおり、ここは漫画の世界かもしれない。でもその流れまで全く同じとは限らないよ?生死がわかっていて、何かしてもしなくても、それは君のせいじゃない。他人の人生をどうにかできるなんて思うのは傲慢だ。どうにかしたいって気持ちはわかるけどね。でもまずは自分の人生をしっかり生きてみようか」
マジカルペンがあればおまじないでもかけてあげられたのになあ。
小型犬みたいな先生は、そう言って立てた人差し指で円を描くようにくるりと回した。何か起きることはなかったけれど、話を聞いてもらえて少し楽になったように思う。
まるで自分が世界を変えられるような気分になっていたけれど、人間ひとりができることなんてたかが知れている。将来陣平が殉職したとして、それは彼が選んだ道の結果なのだろう。一度決めたら譲らない奴だって知ってるし、危ないからやめてなんて言ったって止まらないのもわかってる。あいつの決断を見届けたい。それがどんなに辛い結末になっても。
なんて思いながら20年経った。
いつぞやに観覧車で爆弾とランデブーした幼馴染みは爆死することなく今も隣で酒飲んでまーす!小学高学年あたりで仲良くなった萩原もなんやかんやあって生きてまーす!
つまり、今までの俺の心配は全くの杞憂だったってワケ。本当に何もしなくても勝手に無事だった。この広い地球で人間1人の存在のちっぽけさを痛感したよね。他人の人生をどうこうしようなんて傲慢。先生の言った通りでした。思い上がりも甚だしい。穴があったら埋まりたい。そんなやけっぱちな気持ちでいつもよりハイペースに酒を入れた俺はあっさり潰れた。明日は二日酔い確定。
モブはモブらしく大人しくしてまーす。なんかもう全部どうでもいいや。
親父が冤罪で捕まって、周りの連中が離れて行った事があった。酷い言葉が書かれた紙をランドセルに貼られたこともある。
そんな時に「俺は陣平と陣平のお父さんの方を信じてるから」なんて、いつものように笑って隣にいてくれたことがどれほど嬉しかったか。
あの頃からオレは幼馴染に片想いしている。
どうにも素直に気持ちを伝えられず、アイツが言うところの幼馴染や腐れ縁などというポジションに収まり続けて早くも二十数年。いい加減なんとかしないとな、と思いながら、酒に酔って寝落ちしたバカの頬を指の背で撫ぜた。こりゃ完全に落ちたな。
「どーすんの、じんぺーちゃん」
「帰るときに起こせばいいだろ」
「送ったげればいいのに」
「めんどくせえ」
「あはは、送りオオカミになっちゃうかもしれないもんねぇ」
「ハギ、お前も酔ってんのか?」
まさか、とジョッキをあおった萩原は店員に追加のビールとつまみを注文した。高層マンションでの爆弾騒ぎから辛くも命を拾った友人は、長い入院とリハビリを終え、久しぶりのアルコールと濃い味の食事によほど飢えていたらしい。乾杯から10杯は飲んでいるのに涼しい顔をしている。ザルめ。
「さっきどーすんのって聞いたけど、あれ告白はいつすんのって意味も込めてたからね」
「……」
「そうやっていつまでも先延ばしにしてたらさ、ナマエちゃん他に良い人ができちゃうかもよ?」
「わかってんだよ。ていうか既に若干面倒なことになってる」
「お、なになに。面白そうじゃん」
運ばれてきた枝豆に手を伸ばしながら目を弓なりに細めた悪友に舌打ちして、目下悩みの種になっている事柄について口を開いた。
「それはなんとも……がんばれって感じだな……っ」
「笑ってんじゃねえよ……」
「いや無理でしょ!おもしろすぎる!」
「クソ野郎が!」
俺と捜査一課の佐藤がいい雰囲気になってる。
どこのどいつからの入れ知恵か知らんが妙な噂を信じたナマエは、うっかり見惚れてしまうような笑顔で言いやがったのだ。
「おめでとう。スピーチとか余興はやらないけど式には呼んでくれよな、ご祝儀投げつけてやるから」
付き合ってねーーーーよ!!
佐藤といい雰囲気なのは高木だ!!!こないだ付き合い始めたって伊達が自分のことのように喜んでたわ幸せになれよ!
ぶり返してきた怒りをウイスキーで流し込むとカッと熱が回る感覚がした。いつまでもはっきりしない俺も悪いが、アイツも鈍感が過ぎるだろ。心から祝福されて、自分が恋愛対象じゃないことを突き付けられて結構落ち込んだ。諦めるつもりはさらさらないが。
「まあ、お前ことはさておき佐藤さんへの誤解は解いとかないとね」
「さておくなっつーの。ったく、誰から聞いたんだか」
「松田が一課にいた時はいいバディだったらしいし、そこから派生したのかねえ」
「馬鹿らしい。噂してる連中にも釘差しとくか」
「そんなことするよりさっさと告っちゃえば〜?」
「脈なしだってわかっててそんな博打するかよ」
これ以上勘違いされたらたまったもんじゃない。仕事だなんだと最近は会う機会も少なくなっていたが、改めるべきだろう。余計な虫が寄ってこないとも限らないし。
こんな明け透けに話しているというのに渦中の男は呑気に寝こけているのだから腹が立つ。鼻をつまんでやれば苦しそうに眉を寄せる姿に少し溜飲が下がった。間抜け面め。ああくそ、かわいい。ちくしょうが。
後日、あらぬ誤解を吹き込んだ人間についてナマエに尋ねると高木から聞いたと返ってきた。なんでだ。
予想外の人物に困惑したが、伊達を経由して呼び出してみれば、なんでも告白しようと決意したものの尻込みしていたところにナマエと出くわしたらしい。冴えない自分よりワイルドでかっこいい松田さんの方が佐藤さんの隣に相応しいんじゃないか。そんな弱音から出た言葉が「佐藤さんと松田さん、いい雰囲気っていうか(信頼関係が)出来てるんですよね」とのこと。「やらない後悔よりやって後悔してもいいんじゃない。骨は拾ってあげるよ」と背中を叩くナマエに押されて告白したという流れだった。キューピッドかよ。
「紛らわしいんだよ!」
「すすすみません!!」
「ごめんで済んだら警察はいらねえんだっつの。おかげでこっちはいらん被害がでたわ」
「え、何かあったんですか……?」
同席していた伊達も巻き込んで顛末を話せば協力の約束を取り付けることができた。好意を寄せる人と結ばれた連中から同情の眼差しを向けられたときはマウントかと思ったが、まあいい。爆弾のコードを切るように一つずつ外堀を埋めていってやるからな。