如意棒に掴まって神殿に向かった悟空の姿が豆粒ほどになるまで見送ったナマエは、隣で空を見上げるカリンに問いかけた。
「あの、先ほどおっしゃられていたテストって何なんです?」
ピッコロ大魔王との戦闘でボロボロになった道着のまま神様に謁見しようとする悟空に、身なりを気にしたヤジロベーが声をかけた際、カリンは「どうせまたボロボロになる」と言っていた。言葉通りの意味ならば、神に何かされるのだろうか。
「神様に会うためには資格が必要だ、と言ったじゃろう?」
「はい。"強く、たくましく、心の清き者"でなければ認められないと……。その証明が悟空に渡された鈴なんですよね?」
「そうじゃ。より具体的には、神様に会うためのテストを受ける資格じゃな」
「え?……てことは、悟空は、」
「神殿で戦うことになるじゃろうな。まあ、あやつなら大丈夫じゃろうて」
ひげを撫でながらさらりと言ってのけたカリンに、ヤジロベーは腕を組んで鼻を鳴らした。
「おいおい、アイツはほんの一日前までピッコロ大魔王と命がけで戦ってたんだぜ。いくら回復したからってそんな連戦して勝てるのかよ?」
「う、うーん、どうだろう……。でも、勝てなくても自分より強い人がいる事にわくわくする奴だしな……。勝てるまで修行する、とか言い出す気がする」
それでも神様に会えなければ神龍も復活させてもらえないし、そうなるとクリリンや武天老師さまたちも生き返れない。
祈る思いで空を見上げる。カリン塔の屋根から伸びた如意棒の先はもう見えなくなっていた。
「力が及ばなくとも、その精神性が見込まれて合格する可能性もあるしの。すべては神殿におわす御方次第じゃ」
「……オレも、もっと強くなりたいです」
「ケッ。お前も戦うのが好きなのかよ」
「いいや、力試しならまだしも殺し合いなんてまっぴらだ。でも、こうして何もできずに待つより、少しでもあの子の力になれたらって、思うよ」
強敵と戦うとき、最後はいつも悟空に頼ってしまっている。本人は戦うことを楽しんでいるから嬉々としているが、世界の命運がかかっている局面で悟空にだけその重責を負わせたくないと、そう思ってしまうのだ。たとえ、これからどれだけ力の差が開いてしまったとしても、戦力にならないとしても「もう全部悟空に任せればいいや」なんて心持ちにはならないようにしたい。悟空はそんな事望んでなくて、余計なお世話で、押しつけがましいだけかもしれないけれど。
「ならば、より鍛錬を積むことじゃ。さすればおぬしに鈴を渡す日もくるじゃろう。今回資格を与えるには至らなかったが、全く見込みがないというわけではない。少なくとも、そこのヤジロベーよりは」
「うるせー!こっちから願い下げだわ!」
茶化すような視線を向けられたヤジロベーがべっ、と舌を出す。悟空がいつ戻ってくるかわからないまま屋根で待っていても仕方ないから、と言うカリンの言葉でナマエたちは塔内に戻った。
カリンの出してくれた茶を飲んで3人で時間を潰していると、空が暗くなった。陽が暮れたわけではない突然の変化は、神龍を呼びだした際に起きる特有の現象を思い起こさせる。
「こ、こりゃあ、つい最近にもあったやつだよな……?」
「神龍が蘇ったんじゃ」
「ああ!悟空がやってくれたんだ……!これでみんな生き返れる!」
少ししてすぐに元の青い空に戻った光景を見てナマエは喜びの声を上げた。
「早くクリリンたちに会いたいなぁ。悟空はいつ戻ってくるかな」
「あやつは暫く戻ってこんじゃろう」
カリン塔の柵から身を乗り出して上空を見上げるナマエにカリンが穏やかな口調で呟いた。
「神殿におられる方は間違いなく今の悟空より強い。あやつの実力だけではテストの合格は難しいじゃろう。だが、天界で修行する、という条件付きで願いを聞き入れてくださることを見越して送り出したんじゃ」
「なぜ悟空が神様の下で修行することが条件になるのです?」
「……神様にもいろいろあるのじゃよ」
肝心なところを濁すカリンに片眉を上げたヤジロベーが愚痴をこぼした。
「そんなに強いなら何でピッコロを倒してくれなかったんだ?」
「事情があるんじゃ」
「ほんとかねぇ?めんどくさがっただけでねぇの?」
「ええい口を慎め!」
けんけんと言い合う2人をよそに、ナマエはもう一度空を見上げた。
強い相手と戦う事、自分が強くなることがなにより好きな悟空のことだ。そんなに強い相手なら、神から持ち掛けらなくとも自分から鍛錬をつけてほしいと願い出るくらいするだろう。どのくらいの期間天界で修行するのかはわからないが、カリンの言葉を信じるならここで待っていても悟空は戻って来ない。
ならば、オレもこれからの事を考えなくては。まずは死んだ仲間が本当に生き返ったのか確認して、それから旅に出よう。今までは悟空について回ってばかりだったけど、1人で世界を見るのも良い経験になるかもしれない。道中で強い相手と戦ったり大会に出てみるのも良い。
「カリン様、オレもう行きます。生き返った皆に会って、修行の旅に出ようと思います」
まだ言い争う2人を振り返ってそう告げると、カリンはうむ、と頷いた。
「おぬしもよう頑張ったしの。ひとつ贈り物をやろう」
そう言って呼び出したのは、少し前に悟空に分け与えるために呼んだ巨大な筋斗雲。あの時と同じく、「好きな大きさにちぎって持っていくといい」と笑うカリンに礼を言ってナマエは柵を飛び越えた。
筋斗雲に乗る時はいつも緊張する。どこまでも平凡な自分は聖人君子のような綺麗な心の持ち主ではないという自覚がありながら、どうしてかこの不思議な雲はオレを落とす事なく柔らかな弾力で迎えてくれるのだ。どういった基準で心の清らかさを測っているのかわからないが、感謝を込めて筋斗雲を撫でれば、ぽよんと返事をするように小さく跳ねた。
「では、オレはこれで失礼します。本当にありがとうございました。あ、ヤジロベーはどうする?途中まで乗ってくか?」
「いや、オレはもうちょっとここにおるでな。下界よりこっちの方が安全そうだで」
「そっか。じゃあまたな」
成人1人が余裕を持って座れる大きさに雲をちぎってカリンにもう一度お礼を言い、ヤジロベーにも別れを告げて、ナマエはカメハウスに向けて飛び立った。
***
「なあ、修行する前にオラの兄ちゃんも連れて来ちゃだめかな」
神龍を復活させた後、修行として座禅を組むために地面に座った悟空は神に問いかけた。ダメ元であったが、それでもわずかな望みをかけて。しかし、神は悩む素振りもなく悟空の頼みを一蹴した。
「あの者は神殿に登る資格を有しておらぬ。資格なき者を迎えることはできんのだ」
「そっか……でも兄ちゃん下で待ってんだろうな」
「……お前の兄はカリン塔から去った。お前がここで修行する事をカリンから聞いたのだろう。かの者も3年後に向けて研鑽を積むつもりだ」
「そ、そっか。良かった。だったらオラも負けてらんねぇ!」
早速はじめようぜ、とやる気を見せる悟空に、ミスター・ポポがまず心を落ち着かせることからだと精神統一を促した。
心を無にすることに苦戦する悟空を見守りながら、神は目の前の少年の兄について思いを馳せる。
ナマエという名の青年には不可解なことがあった。どう見ても普通の人間であるはずなのに、ほんのごく僅かに神の気配がするのだ。青年自身からではなく、体の外側を薄い膜のように覆うそれからは自身より高位の神格が感じ取れた。加護と呼べるほど強固ではなく、見守っているような、そんな微弱な気配を察して、思慮深く慎重な神は青年の扱いに困っている。
彼自身には神殿に登るほどの資格はまだない。だがその判断を知った、青年を見守る神の不興を買ってしまうのではないか。だが忖度をしてしまえば神としての威厳が損なわれる。立場の板挟みに頭を悩ませながらも、神は悟空と修行に取り組んだ。
***
カメハウスで武天老師ら生き返った仲間たちと再会を喜びあった数日後、カリン塔へ行くというクリリン、ヤムチャ、天津飯、餃子と別れたオレはパオズ山に帰って来ていた。
ブルマや悟空と一緒に山を降りてから、天下一武道会の後など時たま帰って来てはいたけど年単位で家を空けていると埃が溜まってしまっている。獣に荒らされてないのは幸いだった。扉と窓を空けて調度品を避け、はたきと箒で埃や蜘蛛の巣を掃いて雑巾で拭きあげれば、そう時間をかける事なく綺麗になった。家具の位置を戻しながら、夕食をどうするか考えていると、突然頭の中に声が響いて肩がびくりと跳ねる。変な声も出たせいで脳内の声がおかしそうに笑った。
「やっほー!ナマエくん」
「び、びっくりした……。え、この声、界王神さま……?」
「ええ、お久しぶり。元気そうね」
「はあ、まあ、おかげさまで。いろいろありましたけどなんとか」
「ほんと、たまに見てたけど大変そうよね〜」
他人事のように言われてしまった。実際他人事なんだろうが、オレがこんな人生を送ることになったきっかけは時の界王神さまなんだよな。言わないけど。
「そうそう。悟空くんが神殿で修行することになったんでしょ。だったらあなたもコントン都に戻ってみない?」
「コントン都って、界王神さまやトランクスさんがいる場所でしたよね。いいんですか?」
「ええ。想定してた流れとちょっと変わっちゃったから、そのあたりの話をしておきたいの」
弟が近くにいない今、元より断る理由もないが、界王神の言葉に疑問符を浮かべたナマエは、ともかく一度こっちにいらっしゃい、と促す界王神に言われるまま普段から持ち歩いていた巻物を握りしめた。光の輪が広がり体を包んでいく。懐かしい感覚に身を任せ、瞼を閉じた。
***
少しの浮遊感のあと、目を開くと、たくさんの巻き物が置かれた棚が壁に沿ってずらりと並ぶ物々しい部屋にいた。かつて地球に送られた時と変わらぬ刻蔵庫と、こちらに手を振る少女、背中に剣を背負った青年にほんのりと懐かしい気持ちになりながら頭を下げる。
「お久しぶりです」
「ええ。それにしても、赤ん坊から随分大きくなったわねぇ。人間の成長って早いわ」
「お二人はあまりお変わりないですよね。というか、全然変わってないような……?」
「ここは時間の流れが特殊なのよ」
神様がいる土地だし、そういうもんなんだろう。空飛ぶ雲も願いを変えてくれる龍もいる世界なのだ。いちいち驚いていたら生きていけない。この世界に来てから良い意味で大雑把になった気がするなあ、なんて、感慨に耽っていると、トランクスが本題に入りましょうと話題を切り替えた。
「今回、ナマエさんに戻って来てもらった理由は2つあります。ひとつは、あなたが歩んだ歴史について。次にタイムパトローラーへの勧誘です」
順を追って説明します、と椅子に座るよう促され腰掛けると2人も対面に座って少し神妙な顔で話し始めた。どことなく気まずそうというか、顔色が悪いように見える。
「まず、先に謝らなくちゃいけないわ」
言いづらそうに口を開いた界王神曰く、オレを地球に転送する時に手違いがあったらしい。本来ならパオズ山の麓の村に降ろして村人に見つけてもらうつもりだったそうだ。
「ちょーっとだけ座標がズレちゃって。いつもならこんな事ないんだけど。それで、誰かに見つかる前に移動させようとしたら、孫悟飯、悟空くんのお爺ちゃんに見つかっちゃったの」
「つまりオレの人生がハードモードなのは界王神さまのミスが原因と……」
「うっ……か、神だってうっかりすることもあるわ!」
言うつもりはなかったのに思わずちくちくしてしまったのは許してほしい。このくらいの八つ当たりは仕方ないだろう。文明の利器に飼い慣らされた現代人にとって、インフラのイの字もないような大自然の中で自給自足の生活はかなり苦しかったのだ。今ではもうすっかり慣れてしまって獣の丸焼きも野宿もへっちゃらになったけど。
「やり直そうにも、既にこの歴史の正史として確定してしまったので、僕らにはもうどうにもできないんです……」
「だ、大丈夫よ!あなたならなんとかなるわ!多分!今までだって無事だったんだし……!」
困り顔で補足したトランクスに、問題ないと胸を張る界王神は冷や汗をかいて目を逸らしている。過ぎたことはどうしようもないが、あまり反省してるように見えないせいでナマエは少し呆れた感情が顔に出てしまった。
「本当なら、普通の人間として穏やかに暮らしてたかもしれない。……でも、今の暮らしも充実してるでしょう?」
「……まあ、そうですね」
優しい養父に天真爛漫を絵に描いたような義理の弟。癖は強いが気のいい友人たち。いつだって波瀾万丈な事ばかりで、穏やかな日々とはとても言えないが、少なくとも出会いには恵まれている。なんだかんだと思うことはあれど、結局のところ、今の暮らしも嫌ではないのだ。
俺の言葉に満足げに頷いた界王神は、じゃあこの話はおしまい、と手を叩いてもう一つの話を切り出した。
「単刀直入だけど、あなた、タイムパトローラーにならない?」
「さっきも言ってましたけど、そもそも何ですか、それ」
「あら、話してなかったかしら。そうねぇ、簡単に言うと歴史改変を修正したり、改竄を目論む悪人から正しい歴史を守ることが仕事よ」
なんでも、この世界にはいくつもの時空があり、それぞれ少しずつ異なる歴史が紡がれているらしい。そんな歴史に介入して、正史を歪め、本来あり得ない歴史に変えようとする者が時々現れるらしい。偶発的な事故で正しい歴史から外れてしまうこともあるので、そういった綻びや派生してしまう歴史も修正するのだとか。
またいろんな情報が出てきたな、と頭を整理するナマエに界王神はある提案をした。
「トランクスもタイムパトローラーなの。これからしばらく1人で修行するつもりなら、こっちで鍛えるのはどうかしら?」
界王神の言葉を受けて、ちらり、と彼女の隣に座る青年を見た。
目が合ったトランクスは優しげな笑みを浮かべている。自分の周りでハンサムだと評されている人たちとはまた違う整った顔立ちに正面から笑顔を向けられて、少し面食らってしまった。
コートでよくは分らないが、均整の取れた身体をしているし、背中に剣を差しているし、きっと戦う人なんだろう。少なくとも、自分よりずっと強いことはわかる。正直、どんな鍛錬をしたものか困っていたのでこの提案はとても魅力的だった。心が揺れていることが伝わったのか、界王神は「それにね」とさらに言葉を続ける。
「悟空くんの周りでも結構な頻度で改変が起きるのよ。ほら、あの子って強いし性格も明るいじゃない?そういう目立つ人間の周りにはいろんな人が集まるのよ。良くも悪くもね」
ふむ、と顎に手を添えてナマエは思考を巡らせる。
例えば、何かの行き違いで悟空がブルマと出会わなかったり、ピッコロ大魔王に負けてしまう歴史になってしまうことがあるのか。
それは、嫌だな。
強くはなりたい。けれど、就職するならできれば普通の、農家とかそういった世間一般に広く知られた仕事に就きたかった。サラリーマンは散々やったので違う職種が良いな、とは考えていたけれど、タイムパトローラーか。
中々決めきれないオレを見て、「お試し期間を設けるのはどうですか」とトランクスが声をかけてきた。
「まずはインターンとして、実際にどんなことをしているのか見学、体験してしてもらって、それから決めてもらうのはどうでしょう。合わないと思ったら断ってくれて構いませんので」
「……それでしたら、はい。お願いしたいです」
控えめに頷いたオレに界王神は「決まりね!」と指を鳴らした。人手不足で困ってたのよ〜、なんて口ぶりから既にオレの内定は決まっている気もしないでもないが、お試し期間という言葉を信じるしかない。
「オレはあなたと一緒に働けたら嬉しいです」
「は、はあ……」
よろしく、と手を差し出すトランクスにおずおずと左手を伸ばした。
この人は、初めて会った時も思ったが、こう、親しげというか、馴れ馴れしくはないけど少し距離が近いというか、なんだろう。会うのは2度目だし、そんなに話した事もないはずなのに、まるでオレのことを昔から知っているような、そんな態度で接してくるから対応に困ってしまう。助けてくれたし、優しいし、嫌な印象は無いんだけど。
***
ああ、だからオレの時代には彼がいなかったのか。
あの人がこの世界に現れて、これから歴史が紡がれる時空に旅立った時に、頭の片隅でずっとひっかかっていた小さな疑問の答えを得た。
タイムマシンで過去の時代に遡り、人造人間やセルと戦った時、自分の時代には存在しない人物がいて、当時は混乱したものだった。不審すら抱いたこともあった。言葉にすることはなかったが戸惑いが態度に表れていたのだろう。あの人は必要以上にこちらに近づこうとはせずにサポートにあたっていた。他にも16号や自分の時代とは様子の違う人造人間など、状況が大きく変わってしまって、彼1人に意識を割くこともなくなって、別れ際も一歩引いたところから手を振っていたように思う。
その後、タイムパトローラーになってたくさんの歴史を見てきた。けれどそのどれにもあの人だけがいなくて不思議に思ったものだ。
どの時空のどの歴史にもいない、時の界王神さますら認識していなかった人物、この世界の外から流されてきた異邦人。
今でこそ歴史を守る立場に就いているが、元は世界の流れを変えてしまった罪人でもある自分だけが持っていた、不可思議な記憶。
会いたかったかといえばそういうわけでもなかった。彼と話したのは片手で数えられる程で、人柄がわかるほど親しくなるような時間もなかったから。自分の時代も平和になって、復興に忙しい毎日の中で彼の姿も声も朧げになっていて、きっと忘れてしまっても気付かなかっただろう。
だから、あの人が目の前に現れた時は驚いた。突然これまでの生活を全て失って、身一つで異世界に放り出された事に同情し、それでも挫けず生きる姿には巻物越しながら好感を持った。かつての、よくわからない不思議な人、という印象は、周りに振り回されがちで苦労人ながらも頑張り屋で優しい人に変わっていった。
この人のことをもっと知りたい。最近はそう思うようになった。
***
3年なんてあっという間だ。
トランクスに手解きを受けながら鍛錬を積み、たまに起きる時空の異常に対処するのを見学したり、手伝ったりと慌ただしくも充実した時間だった。
インターンも終わり、結局オレはタイムパトローラーになった。なし崩しな部分もあったが、自分で決めた事だ。大事な人たちが生きる世界を守る手伝いができるならいいかな、というのが動機だったりする。ちょっとカッコつけてるみたいで恥ずかしいから悟空たちには言わないけど。
歴史改変については、オレが未来の事を知ってしまうと何かと支障があるらしく、自分が経験した時代と同じ経緯を辿る歴史の歪みだけ介入することになった。今はピッコロ大魔王を倒すまでの歴史に異常が発生したらお呼びがかかるようになっている。つまり歳を重ねるほど仕事の幅も増えていくわけだ。なので、今後は平和な時間がたくさんあることを願うばかりである。世界滅亡の危機とかもうほんと勘弁してくれ。
とはいえ、まずは自分の人生を楽しむ事を第一に、というのが時の界王神さまの方針らしいので、召集がかかるまでは地球で普通に生活していいそうだ。「この世界で生きた証を残さないと、あなた消えちゃうしね」とさらりと笑った界王神さまだが、オレにとっては死活問題なのでしっかり人生を謳歌していきたい。
こっちにきてから肉体労働が多すぎるので、もうそろそろ文明の利器に頼ってぐうたらした生活もしたいな。体が鍛えられるし、前世(といっていいのか?)からは考えられないほど強くなったし、良いこともあるけど。めんどくさがりでインドア派だった以前からは考えられない。
そんなこんなでコントン都から地球に戻り、悟飯じいちゃんの墓参りやら荷造りやらを終えて2日後。あいにくの天気だったがそれでもお祭りのように賑やかな武道会場に懐かしさを感じながら、筋斗雲が目立たないように人気のない場所に降り立った。また後で、と飛んでいく黄色い雲に手を振って人混みの中から受付へと足を進めていると、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「武天老師さま、ランチさん。お久しぶりです」
「ん?おお、おぬしナマエか?いやはや見違えた。大きくなったのう」
「ええ、一瞬どなたかわかりませんでした」
「へへ、おかげさまで」
外見の変化については自分も自覚している。山暮らしや野宿でのワイルドすぎる偏った食生活からコントン都の栄養管理された生活になったからか(悟空より頭ひとつ大きかったものの)年齢に比べてだいぶ低かった身長がこの3年でぐんぐん伸びていったのだ。忘れていた成長期を取り戻す勢いだったので成長痛もそれなりにあったが、年相応の背丈になったので嬉しい限りである。今の身体年齢的にトランクスとそう歳も離れてなさそうだったのに、ずっと見上げてばかりで少し気になっていたのだ。今では目線が変わらないので平均身長くらいはあるだろう。いやぁ、これについては本当によかった。
少し驚いた様子の2人に迎えられ再会を喜びあっていると、程なくして近くに一台のタクシーが止まる。中から降りてきた人物にランチが「あら!」と声を上げた。
こちらに近づいてきたブルマたちがランチと笑顔で挨拶している隙に尻に手を伸ばしかけていた武天老師に、すかさずブルマから容赦のない肘鉄が入る。外見は大人びても中身は相変わらずで思わず苦笑した。老師さまも、欲に正直なところは変わらないな。ああいうところはもう少し落ち着いてもいいと思うのだけど。
ウーロン達と近況について軽く話す中でクリリン達も各々修行の旅に出たことを知った。悟空に刺激を受けたのだろう、と頷く老師さまに、確かに3年前の悟空は凄かったよな、と記憶を辿っていると「それもだけど」とヤムチャに置いて行かれたことにぷりぷり怒っていたブルマがこちらに視線を向けてきた。
「ナマエくん、あなた随分でかくなったじゃない。びっくりしたわよ」
「ああ、うん。さっき老師さま達にも言われた」
「背丈だけじゃなくて、なんか全体的にすっかり大人になったわよねぇ。前は私より身長低かったのに、ちょっとかっこよくなったんじゃない?」
「……あ、ありがとう」
ブルマは昔から思ったことをストレートに言う人だけど、こうやって面と向かって褒められるとなんだか面映い。まだ何か言おうとするブルマに話題を変えようとしたところで、こちらに近づく人の気配を感じた。
「おっす!」
背後から聞こえた声に振り向くと、頭にターバンを巻いた青年が立っている。心当たりのない人物が親しげに話しかけてきたことに、武天老師さま達は顔を見合わせた。
元気で爽やかな印象の好青年といった感じだろうか。口調から人違いをしている印象は見受けられない。こちらを見渡すように視線を動かしていた瞳と目が合うと、少し瞠目したあとゆるりと眦を細めて微笑まれた。
これはオレのことも知っている顔だな。知り合いは少ない方だし、あんな風に気さくな挨拶をしてくる相手なんて片手で足りるほどだ。男性にしては少し声が高くて、
「──あ、」
思い返すと、どことなく聞き覚えのある声に思わず声が出てしまった。えぇ、でかくなりすぎでは。
首を傾げるブルマ達を気にした様子もなく、ピッコロに殺された人が生き返ったこと、クリリンらの名前を口にしたことで彼女達も気付いたらしい。
驚きをありありと顔に浮かべ、確認するように悟空の名前を呼べば、当人からは何を当たり前なことをいった反応が返ってきた。
それでも信じられないとウーロンが声を上げると、小雨になった天気に傘をたたんだ悟空がターバンを解き始める。現れた特徴的な髪型に確信した一同はぽかんと口を開けていた。わかる、わかるよ。オレもまだ受け止めきれてない。
言葉も出ないブルマたちから視線を外した悟空がこちらに向きなおる。顔立ちに少年の頃のあどけなさはあるものの、すっかり大人になっていた弟の姿に動揺が隠せない。
「……悟空、大きくなったな」
「へへ、兄ちゃんもな!でもすぐわかったぞ。元気そうでよかった」
「ああ、お前も。いや、それにしても……立派になったなぁ」
感嘆の声を上げることしかできず目の前の姿を見つめるばかりのオレに近づいてきた悟空は、ぽんとこちらの肩に手を置いて、そしてゆっくりと背中に両手を回してきた。
「会いたかった」
優しくも力強く抱きしめてくる悟空に、おろおろしながら抱きしめ返せば、一度ぎゅっと力を込められてから解放された。
おお、なんだか所作まで大人びている。昔は飛びつくように抱きついてきたからオレは尻もちをついてばかりだったのに。というか、あいつオレよりでかいよな。マジかよ。身長追い抜かれたのか。
成長が嬉しいような寂しいような、それでも嬉しさが勝る気持ちでブルマに話しかける弟の横顔を見ていると、クリリン達も合流した。やはり、悟空の変わりように驚きながらも、離れていた時間を感じさせない気さくさでどんな修行をしてきたのかなど話に花を咲かせていると、予選開始のアナウンスが流れた。鼓舞するように言葉をかけてくれた老師さまに気合いを入れなおす。今の自分の実力がこの大会でどれだけ通用するか、腕試しといきますか。
***
「しんじらんないわ…あの孫くんが結構いい男になっちゃったりしてさ。ナマエくんも、ちょっとかっこよくなってるし」
「ヤムチャ様だってかっこいいです!」
「あら、そうかしら?」
武天老師たちに見送られ、兄弟2人が歩いていく後ろ姿を見送りながら、熱っぽく頬を染めたブルマが呟けば、プーアルが負けじと声を上げ、ウーロンが呆れたように「浮気っぽい女」とぼやいた。
「なら、悟空かナマエに乗り換えんのかよ」
「そうねえ、2人ともどっかの誰かさんみたいに浮気しなさそうだし、強いし、性格も明るいし。アリよねえ。孫くんはちょっと奔放すぎるけど、その点ナマエくんは常識人だし」
ブルマの中で2人を乗せた天秤がぐらぐら揺れる。もしも、もしも付き合うなら、ナマエだろうか。悟空は少し社会性やデリカシーに欠けるところもあるし、などと頭の中で想像を膨らませていく。ナマエ本人の意思はすっかり蚊帳の外になってしまっているが、ブルマの妄想なのでご愛敬だ。
2人で街中をデートするのも楽しそうよね、洋服を見に行ったりして。と、ブティックで買い物をするところまで思い浮かべて、ハッとした。そういえば以前、ナマエと話していた女性店員に対して悟空が鋭い視線を向けていたことがある。あの、重苦しい嫉妬と執着の目を今後自分が向けられることになるのは御免被りたい。いやでも、あの出来事から何年も経っているし、流石にもう兄離れもできているんじゃ……。
空に向けていた視線を遠のいていく2人に戻すと、ナマエはヤムチャとなにやら楽し気に話している。自身の顔を差してにやけた表情を浮かべる自分の恋人に人の気も知らないで、とまた沸々とした気持ちが顔を覗かせるのをぱっぱと振り払っていれば、ナマエの前をクリリンと話しながら歩いていた悟空が目に留まる。つい、と視線だけ後ろに向けて兄を見ていた悟空はすぐにクリリンに顔を向けなおして朗らかな笑顔を浮かべていた。
わかりやすく強い感情が滲んでいたようには見えなかった。だが、それでも、仲間との話の合間にちらちらと兄に目をやっているのは、つまりそういう事だろう。少なくともあの頃から変わっていないか、下手するとより重くなっている可能性もある。
「……うん、やっぱり、ちょっと私には荷が重いわ」
ナマエ自身に特に問題なく、むしろ優良物件なのが少し勿体ないと思うものの、世界を滅ぼす巨悪を打ち倒すほどの強さを持つ弟分の存在感が大きすぎる。
今後ナマエに好きな人ができたり、お見合いをすることになったら悟空はどうするのだろう。兄自身が決めたことなら受け入れるのだろうか。わが身に降りかかるのは絶対に嫌だが野次馬として楽しむ分には面白そうではあった。
***
クリリンと談笑しながら歩いていく弟の背中を見ながら予選会場に足を向けたところでヤムチャから声をかけられる。
「でかくなったよなあ、あいつ」
「ああ、もうどっちが兄貴かわかんねえや」
オレの軽口に破顔した友人は、悟空たちに向けていた顔をこちらに傾けた。
「お前だってかなり成長したろ。外見もだが、強さだって前とは比べ物にならんほどな」
「そりゃ、オレだって鍛えてきたからな。ヤムチャこそ顔に傷なんかこさえて、男前が上がったんじゃないか?」
「お、そうだろそうだろ。いやぁ、またモテちまうかなぁ」
「ブルマは拗ねてたぞ〜。あとでちゃんと話しろよな」
だらしない表情をするヤムチャに釘を刺せば、「わかってるよ」と苦笑が返ってくる。ほんとかねぇ。あんまりフラフラして愛想尽かされても知らんぞ。
***
ずっと、ずっと会いたかった。
神様に神龍を蘇らせてもらったら下界に戻れるつもりでいたから、思っていたよりずっと長く兄と離れることになってしまったから。神殿での修行はこれまでにない厳しい環境もあり過酷だった。だがここにきた当時の自分より強くなっている実感はあったし、成長することはわくわくした。
それでも、ふと兄は今頃どうしているだろうかと神殿の端から下界を見下ろすことがあった。こんなにも長い間、兄と離れていたことはなかった。ぽっかりと穴が空いたような。そんな空虚をずっと感じている。
地上など見えはしない。この星に息づく何億という生命の中から兄の気配を見つけるなど、今の自分にはまだ難しい。それでも、そこに兄はいるのだと思えば力が沸いた。夜になると兄の温もりや声を思い返して眠りについた。
月日は流れ下界に降り、雨でけぶる視界の中、見覚えのある師匠たちに声をかければ、こちらに顔を向けた人々の中に最も会いたかった人の姿もあった。自然と笑みが浮かぶ。話したいことが沢山あるのに、言葉よりも先に体が動いていた。そろそろと抱きしめ返されるぬくもりに心が満たされていく。
自分よりも大きかった兄が今や自分の腕の中に囲えてしまうことに、自分よりほんの少しだけ小さな背に、離れていた時間の長さを思った。それでも自分の名を呼ぶ声の優しさは昔のままなことが嬉しくて抱きしめる腕に力がこもる。
これまでの分を取り戻すくらい沢山話をしよう。
大会が終わったらまた一緒に暮らそう。
自分の取ってきた食材で兄が食事を作って、兄がやりたいと言っていた畑作をするのもいいかもしれない。
などと考えていた悟空だったが、大会後は過去に約束を交わしたチチと結婚して新居に住むことになるので兄とは住居が分かれることになるなど、この時は露ほども思っていなかった。
なんならナマエは悟空が地上を見て兄を懐かしんでいた頃はコントン都にいたので地球にいなかったのだが、そんなこと知る由もない。