海軍中将ガープといえば、世界で知らぬ者はそういない。
海軍の英雄といえば?
そう問いかけられた相手が名前を上げる海兵のうち、トップ3に入るであろう、ロジャー時代を経て今なお伝説と誉れ高い人物である。
そんな男も、イーストブルーの小さな村では孫に手を焼くおじいちゃんだった。
白い制服を脱ぎ、派手な柄のアロハとデニムを身に着けて数ヶ月ぶりに顔を見に戻ってみたら、どこぞの悪い男に唆されて「海賊になる!」と息巻いている。
ただでさえ「海兵なんかなりたくない!」とごねていたというのに、よりにもよって海賊になるだと。頭に血が昇るのを感じながら、しかしどこかで納得している自分を自覚する。
正直、あの子の性格からして、海軍か海賊かと聞かれたら海賊側だろうな、と思わないでもなかった。規律とか上下関係とか、そういった組織の枠組みと相性が悪いことも、まあ察していた。
だがそれとこれは別だ。
すでに息子が革命軍として活動している身としては、孫までお尋ね者になるのは勘弁してほしかった。世間体など気にしたこともないが、政府から悪の烙印を押された者の末路を知っている。手錠をかけられた者たちが悪人だけではないことも、知っている。
海兵なら自分の目が届くし、鍛えてやれば並大抵のことで命を落とす心配もない。前線に送られても生きて帰ってこられるようにしてやるつもりだった。
海兵が嫌でも、例えば村で八百屋でもするならそれでもよかった。辺境すぎてめったに海賊船も寄り付かないような、平和なこの村で生きていくというのなら渋々頷いたことだろう。
それなのに、海賊になるとルフィは言って聞かない。
「どうしてこうなるんじゃ」
「……シャンクス達と出会ったのが悪かったんでしょうね」
港の桟橋に腰掛けて大きなため息を吐いたガープの隣で、釣り竿を持った少年が困ったように笑っている。
ナマエと名付けられた青い瞳の少年は、引く様子のない釣り糸を眺めながら友人の祖父の愚痴に相槌を打っていた。
***
ルフィがコルボ山の山賊に預けられ、2人の兄ができてからというもの、海賊になるという夢がさらに強固になっている事はナマエも間に当たりにしていた。
村長とマキノさんと一緒にルフィの様子を見に行った時にエースとサボを紹介されたことは記憶に新しい。
エースのほかにも兄がいたんだ、原作だといつ頃登場するんだろう。
そんなことを考えながら、弟の友達という事で2人とも少し話をした。
にこやかで親し気なサボに対し、若干警戒した様子でそっけなく名乗ったエース。なるほど、人懐っこくて甘え上手なルフィと3人でバランスが取れている。
「ナマエも一緒に海賊になるんだ」なんてルフィが言ったせいで同類認定されたらしく、夕食を食べるころにはエースの態度も柔らかくなっていた。
そのあとの事は、乱入してきたガープさんが大暴れしている間に村に帰ったから分からない。
けれど、「海兵になれ」と言われてこれまでだって一度も頷かなかったのだから、これからも同じだろう。
というか、賞金首になる未来を知っているので、ガープさんの悩みについてはご愁傷様というほかない。
だがまあ、幼い身内が将来は犯罪者になると豪語していれば、頭を抱えたくなる気持ちも察するところではある。なので、こうして話だけでも聞いているわけだ。
「そういえば、ルフィのやつ、お前さんも仲間にすると言っとったが、本当か?」
「いやいやなりませんよ!アイツが勝手に言ってるだけです。こんなひ弱で戦い方も知らないガキが海になんか出たらすぐ死ぬに決まってるじゃないですか」
じろ、とこちらに矛先を向けたガープさんに慌てて首を振った。
お前もか!なんて勘違いされて拳骨は嫌すぎる。
「……そうじゃな、こんなに小さくて、なよなよしておったら生きるのも一苦労だろう」
「えぇ……これでも結構体力ついてきたんですよ?」
この村に拾われた時なんて骨と皮だったんだから、それに比べたら雲泥の差だ。そりゃあ、あの3兄弟と並べたら貧弱でしょうけど。
こんなことを言えば、「いやぁ、まだまだじゃ」とガープさんはオレの背中を叩いて笑った。
随分と加減してくれているのだろうが、それでも足を踏ん張らないと海に落ちそうになる。
「——それにしても、さっぱり釣れる気配がないのう。なあ、ナマエ。船を出してやるから沖で釣らんか?」
「はあ。まあ、オレはいいですけど」
魚を入れる籠を斜めがけにして、釣り竿を手に立ち上がった少年を初老の男は片手で抱き上げる。
急なことに体制を崩しそうになった子どもは落ちないようにガープの服にしがみついた。
「よぉし、行くか」
「はーい」
***
「海賊になる!」と同じくらいの頻度で「ナマエも連れてく!」と喚く孫の姿を見てきた。
当の本人はこの村を出るつもりは全くないのだろうが、ルフィが海に出る時に無理やり船に乗せられる可能性はある。
ナマエは普通の子どもだ。山で人間や獣を相手に日頃から殴り合い、命の奪い合いをしている我が孫が力づくで連れ出そうとすれば、抵抗したところで無駄だろう。
それになりより、ナマエまで海賊になってしまったら、わしの孫たちみんなお尋ね者ではないか。
ルフィ以外と血の繋がりはないが、ガープにとってそんなことは些末な問題だった。
目をかけている子どもを将来取り締まらねばならないというのは、いかに海軍の英雄といえど胸が痛む。
——というか、ズルい。
どうして子どもたちは海兵より海賊になりたがるのか。
ダダンに預けている3人は言って聞く相手ではない。無理やり海軍に入れても脱走するに決まっている。
それに比べて目の前の少年なら、まだゴリ押しでこちら側に引き入れられるだろう。ナマエに釣られてルフィが、さらに釣られてエースとサボもやってきてくれれば万々歳なのだが。
頭の中で考えを巡らせること数秒。
弾き出した答えが魅力的に思えた。本人や保護責任者の意思とか、幼子を連れていくことへの倫理観やらを脇に置いたガープは、ナマエを抱き上げたまま停泊中の軍艦に足を向ける。
「ガープさん、船はあっちですよ」
「ええからええから、せっかくじゃしでかい船で行こう。乗ったことないだろ?」
「ないですけど……釣りをするんですよね?」
見知った大人がさらりと吐いた言葉を疑うことなく身を預けていたナマエは、ガープの向かう先が小舟ではなく海軍の船らしいことを察して顔をこわばらせていった。
「ああ、そうだな。海賊という魚を捕まえる船じゃ」
「夕方には帰れますよね?」
「はっはっは!おい、お前たち休暇は終わりじゃー!船を出せ!」
「いやー!降ろしてー!!」
いつも通り豪快に笑う上司と、その腕に抱えられて「人攫い!離して!」と暴れる子ども。
悪を挫き、市井の人々の安寧を守ることを目的にしている海兵たちは、尊敬する上司が堂々と子どもを攫ってきた姿を困惑した様子で遠巻きにしつつ、指示通り出航にむけて準備を整えていった。
その後、ナマエがフーシャ村に戻ることはなく。
10年の時を経て、ウォーターセブンにてルフィと再会を果たすことになる。