祖父と死に別れ、形見となった宝珠を祖父に見立てて一日のあいさつやその日にあった出来事を話すようになって久しくなった頃、悟空はブルマと名乗る少女と出会い、冒険の旅に出た。
見知らぬ土地、空気、人。世界はどこまでも広く、目に入るもの全てが興味深く面白い。きらきらと瞳を輝かせていた悟空だが、ただ一つの悩みは兄のことだった。
ナマエが旅先の村で見知らぬ誰かと話していると落ち着かない。特に、女性が熱のこもった視線で兄を見ている時は割って入り、この人は自分のものだと声を上げたくなるほどむかむかする。こんなことならパオズ山で留守番すると言った兄を連れ出さなければよかったと思う反面、自分の目の届かない場所に置いておきたくないという気持ちもある。これまでそんな事思ったこともなかったのに。
「孫くんって結構ブラコンよね」
胸に渦巻くもやもやについて打ち明けると、テーブルに頬杖をついたブルマは意外そうに、そして少し呆れたような顔で目を細めた。
「ブラコンってなんだ? 」
「兄弟が大好きってこと」
「そっか、ならオラ兄ちゃんのこと大好きだからブラコンだな! 」
「……それ、大きな声で言っちゃダメよ」
スラングなんて教えるんじゃなかった。
軽い気持ちで口にした言葉を嬉々として復唱する悟空の意識を逸らすべく、ブルマは壊れたのだと差し出されたドラゴンレーダーの蓋を開く。破損箇所を見るに、修理が終わるまでそれほど時間はかからないだろう。そう伝えると安心したように笑顔を見せる姿からは、先ほどの迷子のような気配は感じられないが、不安げに揺れる瞳は印象深く心に残っている。
竹を割ったような性格のわりに意外と寂しがりやなのかしら。お兄ちゃんが取られるかもしれないって不安になるなんて、かわいいとこもあるんじゃない。
珍しく思い悩む友人に一肌脱いでやりたくなる、というのが半分。退屈な授業より冒険の方が何倍もスリルがあって楽しいというのが半分。それにさっぱりとして物事にあまり頓着しないこの少年が唯一気に掛ける兄との関係を眺めてみたいという野次馬の気持ちも少し。
「一緒に行ってあげようか。私がいればドラゴンボールなんかすぐ集まるし、ナマエくんのこともなんとかできるかもしれないわよ」
悪戯っぽく笑って告げた提案はあまり歓迎されなかったが受け入れられ、カプセルコーポでトイレを借りたまま迷子になっていたナマエも含めた3人で旅を続けることになった。
雑誌の表紙を飾るほど華やかなイケメンではないが、なかなか整った顔をしているし、良識もある。どこかの爺さんやブタみたいにいやらしい視線で見てくることもないどころか、非力な少女としてそれとなく気遣ってくれるのは心地よく、頼もしい。ヤムチャと付き合っていなければアプローチをかけていたかもしれない。ブルマのナマエへの評価は総括して「良い人」だ。ミクロバンドでミニチュアのように縮んだ自分が落ちないように気にかけて声をかけてくれる友人がブルマは好きだ。
小さな雲に2人乗りは少し手狭なのか、ナマエは後ろから悟空の腰に手を回し、風圧で筋斗雲から落ちないように密着して乗っている。兄の前では取り繕ったわけでもなく、普段目にしている天真爛漫な様子の悟空にブルマは内心杞憂だったかと胸を撫で下ろした。
そんな楽観は長く続かなかったのだが。
休憩と食料の調達のために立ち寄った町で、店番の女性と話しているナマエを見つめる悟空を見てしまったブルマは、事態は想像よりずっと深刻なのかもしれないと少し引いた。
これまではナマエが悟空に構っていることが多いように見えていた。長らく2人だけで生きてきた悟空に対しては特に甘やかしといっていいくらい優しく、見守る態勢を取っていたし、何よりも悟空を優先しているのは行動から見て取れた。しかしこれは。まるで悪人と対峙した時のような鋭い眼差しで2人を、女性を見る悟空からは兄を取られるかもしれないという不安ではなく、自分から兄を奪う奴には容赦しないという敵意すら滲んでいるように見える。西の都で見せたしおらしさはなんだったのか。寂しいなんて可愛らしい感情でもなければ、嫉妬なんて生ぬるいもんじゃない。執着だ。それもめちゃくちゃ重いやつ。こんなプレッシャーを向けられてるのになんで本人は気付かないんだろう。武道家って気配に敏いんじゃなかった?店員さんの方が冷や汗かいてるじゃない。もしかしてナマエくんって鈍感なのかしら。
もしも、自分がヤムチャではなくナマエと付き合おうとしていたら、あの目を向けられていたのは自分だったのかもしれない。スッと背筋に氷を落とされたような悪寒に体が震えた。お付き合いしてもいいかも、なんて考えてたことがバレたらどうなるんだろう。
ちょっと手に負えないわ。ナマエくんにはそれとなく孫君を気にかけるように伝えておこう。
触らぬ神になんとやら。友人の悩みには力になりたいが、自分の身の安全の方が大事。強かな天才は判断が早かった。