「じっちゃん、もう起きねえのか?」
「……そうだよ。天国っていう、空の上の世界に行っちゃったんだ。これからはオレたち2人でがんばろうな」
人間一人分の大きさに盛り上がった土と墓石代わりに突き立てたの岩の前で、悟空は泣き腫らした顔のナマエの手を握る。昨日まで元気だった祖父が、今朝になって冷たくなっていた。
***
布団で眠ったはずなのに、何故か裸で、家の外で目が覚めた悟空は、我が家がもぬけの殻になっていることに違和感を覚えた。深夜に尿意を催して目が覚めたときは二人とも眠っていたというのに。起こさないように気をつけながら、用を足すために外に出たところまでは覚えているのだ。何も言わずにいなくなる人たちではないから朝飯を獲りに行っているのだろうとあまり深く考えず、顔を洗おうと川へ向かう道中で、大きな生き物の足跡のような窪みの中、物言わぬ姿になった祖父に縋りついて泣く夜天を見つけた。
「なあ、どうしたんだ?」
ただならぬ様子に慌てて駆け寄ると、俯いたままの兄から事情を説明される。大きな猿の化け物に祖父は踏み潰されてしまったのだと。山のような大猿相手では、武道の達人であっても手も足も出なかったらしい。野生動物並みの直感があるのに、そんな危険な生き物が暴れていても全く気付かったとは。その巨大な獣はどこに消えてしまったのか。悟空の頭にそんな疑問が浮かんだが、墓を作る、と涙に濡れた兄の声で口を噤んだ。
祖父が土に埋もれて見えなくなって、ようやく心が現実に追いついたのかボロボロと涙が溢れていく。喉がひりついて息苦しい。
どうして。
どうして。
自分がいれば少しは太刀打ちできただろうか。なぜ自分は呑気に寝ていたんだろう。寂しさと悲しみと自分に対する悔しさでぐちゃぐちゃになりそうだった。
ひくり、としゃくりあげる声に悟空が目を向けるとナマエがまた泣いていた。嗚咽を堪えようと握りしめた両手はわなわなと震えて白くなっている。
「次にまた怪物が出ても兄ちゃんはオラが守ってやる」
「……ああ、それは、心強いな」
自分がいるから1人じゃない。そんな励ましのつもりで見上げた兄の表情が、何故かずっと心に残っている。
***
大きな犠牲を払いながらもなんとかサイヤ人に辛勝した後、ミイラのように包帯まみれになった悟空は治療用のベッドの中にいた。
仲間は幸い大きな怪我もなくすぐに退院し、妻は息子の身の回りの世話で席を外している。外の空気を取り込もうと開かれた窓からは暖かな日差しと、時折ゆるく吹き込む風がカーテンを揺らす。そんな静かな病室で、悟空は戦闘中に無理矢理切り替えていた思考を手繰り寄せた。
大猿になったベジータの姿に、祖父の死の原因が自分であることを知った。故意ではなかったとはいえ、死因である自分に、優しい祖父は、占いババのところで再会した時も怒ることもなく抱きしめてくれた。また死ぬことがあれば、必ず謝ろうと心に決める。きっとじいちゃんは「そんなこともあったかな」なんて笑うのだろうが。
次いで、過去の記憶の中から強烈に焼き付いた兄の表情について思いを馳せる。
祖父の墓を作った時、慰める自分を見て、笑おうとして失敗したような、何かを押し込めるような顔。握りしめた拳に触れた時に大きく震えた肩。
あの時、兄ちゃんは怯えていたんだ。
きっと兄は、大猿の正体を知っていたのだろう。兄弟が山よりも大きな化け物に変身して暴れまわるだけでも恐ろしいだろうに、大切な家族を殺されてしまった。そんな状況なのに、ナマエは悟空を置いて山を下りることも、化け物と罵ることも、お前のせいだと責め立てることもせず、弟の手を握り返すことを選んだのだ。
「おはよ、調子はどうだ?」
「昨日よりは悪くねえかな」
「そりゃ何より」
病室の扉がスライドする音に悟空が首を動かすと、風呂敷包みを手にしたナマエが顔を覗かせた。体を起こせない悟空に軽く手を挙げて、勝手知ったると備え付けの戸棚に衣類を詰め込んでいく。
「すまねえな、兄ちゃん」
「気にすんなって」
持ち帰る衣類を風呂敷に詰める兄の背に向けた悟空の謝罪を入院用の着替えや見舞いの手間に対するものだと受け取ったナマエは、荷物を椅子に置いて包帯まみれの弟の頭を撫でた。傷に障らないように気を遣った手つきと穏やかな笑顔には、あの時のような負の感情は読み取れない。
これまでだってそうだ。2人で生きてきた時だって、いつも兄は自分を気にかけてくれていた。
じんわりと目尻が熱くなる。自分の犯した過ちは、とっくに許されていた。パオズ山で過ごしたあの年月は、ナマエが選んだのだ。
孫悟空と生きることを選んでくれたのだ。
じわじわと胸の奥から沸き上がる衝動をこらえる。病院でなければ叫んでしまいたかった。