宇宙船にて

「これからナメック星に行ってくる!」

 筋斗雲を呼んだ悟空が窓から飛び出す直前、見送るために手を振ろうと上げた腕をがっちり掴まれて引っ張られた。えっ待ってオレも行くの?咄嗟のことに反応が遅れ、気付けば弟に引っ張られる形で窓から身を投げていた。オレの人生っていつもこんな感じ。

 そんなこんなでヤジロベーが持ってきた仙豆で完治した悟空に連れ出され、病院からカプセルコーポに向かうと庭に大きな宇宙船があった。
昔テレビで見た、自分の知っているものに比べるとだいぶ違う形だけど、初めて間近で見るそれに、無理矢理連れて来られたのも忘れて弟の後を追って船内を見て回る。風呂やキッチンまで完備されていて、この世界のテクノロジーに改めて感心していたら下から突き上げるような衝撃に襲われた。突然のことで受け身も取れず床に倒れ込んで、見上げた視界に映る窓の光景がみるみる変わっていくのに冷や汗が出る。
 ……なんか、離陸してませんか?
多分悟空が発射スイッチを押してしまったんだろうな。このうっかりさんめ。オレは留守番するつもりだったのに。だって、ベジータ相手に手も足も出なかったのにアイツより強い敵がいる場所に行ったところで役に立てる気がしない。むしろ邪魔になるだろ。
成層圏を抜けて真っ暗になった窓の外を見る。言いたいことは山ほどあるが帰る手段もない。戦闘は悟空に頑張ってもらって、オレはサポートを頑張ろう。悟飯やブルマの保護とか。クリリンと二人なら援護くらいできるかもしれない。梯子を登って弟の元へ向かい、2、3ばかり小言を言ったが「悪い、にいちゃんも行くもんだと思ってた」といつもの軽い調子で返されて悪びれる様子もない。わかってたけどね。もう少し人に相談するとかしてほしいと兄ちゃんは思います。報連相は大事。まあ、なんだかんだ言っても結局悟空のペースになっちゃうんだよなあ。
 惑星フリーザの文明とカプセルコーポによる奇跡のコラボの力でナメック星まで6日で到着できるらしい。早いのはありがたいが、その分修行に充てる時間が少ないので悟空は食事や寝る時以外はほぼトレーニングルームに籠っている。相手がいた方がいいからと一度組手に付き合ったが地球の何倍も重力がかかる部屋を歩くだけで体力を消耗してしまった。腕を動かすだけでヒィヒィ言ってるオレとは対照的に動き回る弟。やっぱ地球人じゃないわ。戦闘民族って言われてむしろ納得した。

 悟空の寝相はあんまり良くない。ブリーフ博士の計らいで2組運び込まれていた布団を並べて敷いて眠っていたはずなのに、起きるとオレの布団に入ってきている。昔はそこまででもなかった気がするのに。無意識に昔を懐かしんでるのだろうか。たしかに子供の頃はひとつのベッドに2人で寝ていたけど。さすがにお互い成人して、かたや結婚して子供もいるような男が、兄弟とはいえ同じ布団で眠るのはどうなんだ。嫌われたり距離を置かれるよりはいいが、自立できてないのでは。今日も今日とて悟空に背を向ける形で寝ていたら背後から抱き込まれた状態になっていて圧迫感で目が覚めた。
苦しくはないけどホールドされていて、無理に腕を外そうとしたら起こしてしまうかもしれない。ナメック星での戦いに向けて厳しい特訓を重ねているのだから寝かせてやりたいんだけど。寝心地は悪いけど、眠れないこともない。我慢すればいいか。

「……?」

 もぞりと動く気配があったので、寝返りでもして腕が外れないかと思っていたら首の付け根に湿った感触がした。
もしかして、舌……?舐められてる……?食べ物の夢でも見てるんだろうか。生温く柔らかいものが肌の上を這う感覚に背筋がぞわぞわする。寝息が首筋に当たってくすぐったい。切実にやめてほしい。
そういえば目に映るものが食べ物に見えて人にかぶりついてしまう漫画があったような…え、怖……。悟空の力なら肩の肉を噛みちぎるくらい簡単にできそうでシャレにならん。勘弁して。オレは食べ物じゃない。

「……ッ」

 頸にちくりと刺すような、吸われたような感触がした。何か飲んでるつもりか?やっぱりご飯の夢みてるな。噛みつかれたらたまらんと抜け出そうとすると腕の力が強くなる。

「ん……、ぁ」

 自分の喉から出た上擦った声に思わず手で口を覆った。やばい。何がやばいって妙な気分になってきたのがやばい。いやこれは修行や戦闘ばかりでそういう処理する暇もなかったから仕方ない、生理現象だから。いやでも相手は寝惚けた弟だぞ正気になれ鎮まれオレ。ここで頑張らなければ尊厳が失われるぞ。……あ、だめだ。
我慢とか言ってられない事態に悟空の腕を引き剥がしてトイレに向かった。いやこれは人間の本能だから仕方ない大丈夫セーフ。ちょっと泣きそう。とりあえず明日からは悟空と寝床を離そう。そうでもしないとナメック星に着くまでに大切なものを失いそうな気がする。

***

 思えば随分と久しぶりに兄ちゃんと2人きりになった。
隣で眠る兄を見て悟空は自然と笑みを浮かべた。
パオズ山を出てからは、修行したり悪い奴と戦ったり腕試しをしたりといつも周りに誰かがいて、2人で過ごすことは少なくなっていった。結婚してからは住居が分かれてしまい、修行以外にも息子が生まれたりと環境が変わって会う時間も取れない。ナマエも仕事で家を空けることが増えて、今では半年に1度会えればいいくらいだった。
 兄と会えない時間が長いと、悟空はもやもやした気持ちになる。息子が生まれてからは、甥に会う事を口実にナマエが家に来ることも増えたためそれも解消されてきたのに、今度はサイヤ人との戦闘で悟空が死ぬという急展開。界王星で、そのもやもやが寂しさだと指摘されてからは一層苦しくなった。
 修行は好きだ。鍛えた分自分の力が高まることが嬉しいし楽しい。でも兄と会えなかった寂しさも埋めたい。一緒にトレーニングができればよかったが、界王の下で修業をした悟空とナマエでは力の差が大きくなってしまい無理だった。せめてたくさん話をしたい、触りたい。そう思うと、体が自然に動いていた。
寝惚けたふりをして抱きしめても、ナマエが起きる気配はない。
子供の頃は兄の腕を枕に眠っていたのに、今では自分の腕の中に囲ってしまえる。起こさないように注意してより密着するように体を寄せるとナマエの体温がじんわりと伝わってきた。ぬくもりに誘われるようにゆるゆると瞼が落ちてくる。

 宇宙船が飛び立って3日経った。抱きしめられて寝ることは特に気にしていないのか、ナマエが何も言わないのを良いことに今日も悟空は隣の布団に潜り込む。
最初はただ昔みたいに同じ布団で眠りたいだけだったのだが、今日は無防備に眠る兄に悪戯心が顔を出した。
もう少しくらい、いいよな。寝てるし。

 悟空の体が大きく成長するにつれ、ナマエに抱き着こうとすると「そういうのは好きな人にしなさい」と言われ諫められるようになった。「好きだからいいじゃないか」と言えば「その好きとは違う好きだ」と返される。好意の種類について、悟空は未だ区別が曖昧だったので「違う」と言われるとうまく反論ができなかった。
幼い頃、死んでしまった祖父が恋しくなった時、あの腕に包まれると安心した。頭を撫でられると嬉しかった。けれど、それも今ではなくなってしまった。
一緒にいたいというこの気持ちはどの好きにあてはまるのだろう。
答えを見つけられないまま、寂しさは飢えになり、衝動になる。
湧き上がる欲求に従って肩に顔を埋める。すう、と息を吸えば、自分と同じシャンプーの香りの中に兄の匂いがした。胸のもやが消えていくと同時にぎゅうと締め付けるような疼きが生まれる。ふつふつと煮えるような熱が腹の底から首をもたげる。ちょっとだけ、と心の中で言い訳をして甘噛みした。当たり前だが、調理された肉のような食感も味もしない。ただ柔らかい皮膚に僅かに歯を立てて、べろりと舐め上げるだけで渇きが満たされる心地がした。

「……ッぁ」

 無抵抗なのをいいことに、抱きしめる腕に少し力を込めて噛んだり吸いついたりして味わっていると、鼻にかかるような、甘さを含んだ声がした。
 嬌声だ。
 兄が自分の行為に感じている。
 ドクリと下腹部に熱が集まる。チリチリと炙られるようだった理性がブチリと引き千切れた。ダメだとわかっているのに目の前の男に回した腕が体の線をなぞるように動くのを止められない。
 今、兄はどんな表情をしているのだろう。
 顔が見たい。
 声が聞きたい。
 抵抗するならその体を組み伏せて、邪魔なものを剥ぎ取ってまるごと全部貪り尽くしたい。
 体の向きを変えさせようと腕の力を抜くのと同じタイミングで、兄の体が動いた。半分夢の中なのか、覚束ない足取りでトイレに向かう兄を見送って、無意識に詰めていた息を吐き出す。

「あっぶねぇ……」

 我に返ると同時に浮かされるような熱もすっかり引いた。自分が何をしたか、あのまま何をしようとしていたか思い返して、頭を抱えたくなる。ついでにナマエの喘ぎ声や、ピクリと震えた体までリフレインしてしまい悶々とした。罪悪感がすごい。ひとまず明日からは布団を離して寝よう。そうでもしないと取り返しのつかないことをやらかしそうだった。