二人ぼっちの恨み言


以前pixivに投稿していたもの。更新する気力が無くなったので転載。オメガバース(女α×男Ω)、萩松匂わせ。誰の地雷にも配慮してないです。



 友人代表として陣平がスピーチをして、私は余興での出し物に陣平たちと参加して、結婚式が終わった後は、陣平と二人で車に乗っていた。私たちにしては珍しく、運転席に座っているのは陣平だ。それもそのはず、研二は新郎、私はドレス、だから三人の中で一番運転が下手な陣平に車の運転が任されている。
「朧。」
 今にも崖からすっ飛んでいきそうな掠れ声で名前が呼ばれた。
「何さ、陣平。」
「このままどっか行くか?」
「……研二抜きで?」
 私の言葉に、ただでさえ生理前の女みたいな空気を醸し出していた陣平が、さらに不機嫌になったのがわかる。こっちだって同じ気持ちだよ、三人ならいつまでも幸せでいれるって思ってた。でもさ、研二は勝手に女と結婚しちゃってさ。しかもオメガの。
「私の家付けて。着替えたい。」
 さも友人の結婚式に行きました、っみたいな空気を作るドレスを脱ぎ捨てたくて横にいる陣平に言う。
「分かった。」
 特に詮索することも、怒ることもなく、陣平は車を私の家に向けて走らせた。

 式場から少し走り、見慣れた景色が増え始めると、より喪失感が増してくる。小さい頃から三人一緒で、バース性がわかった後も特に関係が変わることもなく、結局三人揃って警察官になった。それが、今になって陣平と二人で置いてかれることになるなんて、思ってもいなかった。
 研二は男のアルファ、陣平は男のオメガ、私は女のアルファ。研二と私が陣平を囲うか、研二が陣平と私を囲うか、――どちらにせよ陣平はアルファの中のオメガで囲われる側なのに変わりはないけれど――そのどちらかに落ち着くのだと、少なくとも私と陣平は思っていた。それが、今やこうなってしまった。
 研二が付き合う度に「いつ別れるか賭けよう」なんて言い合っていた私たちだが、それは幼馴染ゆえの慢心か。本当に結婚しやがった。今はもう二人して後悔しかない。なぜ研二を引き止めなかったのか、付き合おうの一言を言わなかったのか。考えれば考えるほど、己の愚行が浮かび上がって嫌になる。幼馴染で親友の研二が幸せになることは構わない。むしろ喜ばしいことだ。だとしても、こう、二人して置いていかれた、っていう感じが気に食わないんだよな。結局、私自身のエゴと欲望でしかないんだけど。
「着いたぞ。」
 陣平が車を停めて小突いてくる。
「ありがと。着替えてくるけど、陣平も疲れたでしょ、上がりなよ。」
 小突いてきた左腕が繋がっている肩の上に乗った端正な顔を見ながら言う。サングラス越しでもこの至近距離なら、丸みのある目がなんとなく分かる。
 私の言葉に渋々従っているのか、それとも本当に疲れているのかは分からないが、陣平は車のエンジンを切ってキーを抜く。それを合図にするように車を降り、小さめのバッグから家の鍵を取り出してドアを開ける。それから、車の鍵をかけた陣平がこちらにくるのを待って家に入る。
 二人とも家に上がって、そこそこ大きな密室に二人きりの状態になる。いつもならここに研二もいたんだけどなあ、なんて思ってまた嫌気がさした。その嫌気を払うようにドレスを脱ぎ、そのまま下着姿でウォークインクローゼットに向かってドレスを仕舞う。このドレスはもう着れないな。
「男の前で服脱いでんじゃねえよ。」
「男って言っても陣平はオメガでしょ。研二だっていないし、早く脱ぎたかったし。」
 スーツ姿で怒る陣平を横目に、二階にある自分の部屋に向かう。
「着替えたら早く来いよ。」
 後ろからそう言う陣平の声とリビングに向かう足音が聞こえた。
「陣平も着替えたいなら私の服貸すよ?」
 部屋に入りながら言ったその言葉に返事はなかったが、陣平のことだし着替えたかったらくるだろうと自己完結して部屋の扉を閉めた。

 思いっきり日は昇ってるし、思いっきり遮光カーテンは開いてるわで光が充満している部屋に一瞬怯む。が、ここで棒立ちしているわけにもいかないので、カーテンをさっさと閉めて真っ暗の空間を作る。暗いところにいると気分が沈むだとかなんとか言うけど、明るすぎるところに連れていかれるこっちの気持ちも考えてみろ、暗い部屋の方がまだマシだ。
 ドアから数歩歩き、壁と一体化したクローゼットを開けてジャージを出す。着るのが楽なワンピースも、寝るときによく着ている浴衣も、今はさっきまでの結婚式に繋がりそうで気が引けた。ジャージを羽織って、ズボンを履いて、上のチャックを閉めた。整えた髪も解いて崩して、適当に一つ結びにする。
 ふと見やったクローゼットの扉についた全身鏡には、いつもの私が写っていた。
 着替えたところでバッグから荷物を取り出し、そのままバッグを仕舞い、スマホだけ持って陣平がいるであろうリビングに向かう。
 階段を一段飛ばしで降り、大股で向かったリビングには、ソファーの上で横になる陣平がいた。ほらな、やっぱりしんどいじゃんか。
「陣平ちゃん、なーに死にかけてんの。」
 少しだけ低めの声を意識して出せば、大袈裟に陣平の肩が揺れた。そして、声の主が私だと分かるとゆっくりと起き上がって、舌打ちと共にガチ睨みしてきた。研二の声と空耳したんだろう。
「しんどいのはお互い様だって。ほら、そのままだとしんどいでしょ? 着替えなって。」
 ソファーに座ったままの陣平に視線を合わせ、笑いかけながら言う。陣平は車に乗っていた時よりも明らかにやつれていた。
「――なんか貸せ。」
「良く言えました。ほら立って、部屋行くよ。」
 ようやく口を開いた陣平の頭を軽く撫で、立ち上がるように促しながら手を差し出す。これは推測でしかないのだけれど、アルファの私が研二の恋愛対象から外れて落ち込むより、オメガの陣平の方が落ち込む気がするんだよね。たぶん、バース性でワンチャンあるからこそ、さらにキツくなる気がする。まあ、自分と他人の悲しみは定規で測れる訳じゃないから、本当はどうなのか分からないけど。
 のっそりと手を取って立ち上がった陣平を支え、二人で私の部屋に向かう。少しだけ震えている陣平の手が、彼のショックを物語っていた。

 ゆっくりと確かめるように階段を上り、自分の部屋のドアを開け、二人寄り添って入る。アルファとオメガの体格差はあれど、私は女で、流石に長時間男の陣平を支えるのは無理なので、ドアからすぐそばのベッドに座らせる。ぐったりとした陣平が後ろに倒れる音を耳に受けとりつつ、クローゼットから陣平でも着れるゆったりサイズのジャージを出した。
「暗いな。」
「だね。はい、ジャージ。自分で着替えれる?」
 私の問いにふるふると首を横に振った陣平は、私に向かって手を出してくる。着替えさせろってことか。ここで拒否するのならなんで着替えられるか聞いたんだ、という事にもなるので、ジャージを脇に置いておとなしく陣平の着ているものを脱がしていく。
 スーツから陣平の両腕を引き抜き脱がせ、自分の腕にかける。首元のノットをおさえつつ、ゆっくりと小剣を引き抜き、ネクタイを緩めて外す。これもスーツと同じように腕にかけておく。ワイシャツのボタンを一つずつ外し、すべて外したところで片腕、もう片腕と袖から引き抜いて脱がせる。陣平がシャツとズボンだけになったところでクローゼットに戻り、空いているハンガーにスーツやワイシャツをかけていく。簡単にしわを伸ばして陣平のところに戻ろうと振り返った時、既に陣平は着替え終わっていた。自分で着替えられるなら言ってくれよなあ。まあ、どっちでもいいんだけど。
「えらいね。ちゃんと着替えられた。」
 陣平の頭を撫でてほめる。ここで着替えられたんかい! と突っ込むことは簡単だが、今の陣平に対して怒るとかそういうことはあんまりしたくない。アルファとオメガの関係性として、弱っているオメガにアルファの激情はきついはずだ。あいにく陣平からのアクションはそこまで大きくなかったけど、それも仕方ない。
「ズボンとベルト、かけとくよ。」
 脇に脱ぎ捨ててあったズボンを拾い、一言断ってからクローゼットに向かう。さっきと同じように空いているハンガーにズボンとベルトをかけて陣平の元に戻る。相変わらずベッドに腰かけてうなだれている陣平を傷つけない程度の力加減で押し倒す。成人男女二人が倒れこんだ衝撃でスプリングが数回ギシギシと鳴り、掛布団と敷布団がぼふと鈍い破裂音を出してしわを寄せる。
「ねえ陣平、好きだよ。」
 押し倒されて驚いている陣平の目を見て言う。性急だという自覚はあるが、どうにも一人でいられる気がしないのだ。人肌恋しくて放蕩するより、もともと近くにいた陣平にさらに近づく方がまだましだとも思う。私と研二にバース性的な関係は全くないから、ただの男女の幼馴染で、勝手に期待して勝手に裏切られたってだけなんだけど、世話を焼く対象がいなくなったらそれこそ私も今の陣平みたいに無気力になったり、攻撃的なアルファになったりするかもしれない。それは避けたい。もともと二人そろって三人で一緒になるものだと思っていたから陣平と一線を越えることに抵抗はないし、研二がいなくなった今、二人で傷舐め合うのも自明だと言える。
 幼馴染の二人の内の一人、とはいえ暗黙の了解だった気持ちを伝えるのは初めてだ。世間一般的な常識からは外れるが、私と陣平は同時に二人を好きになるという芸当を、それこそバース性が明らかになる頃からやっていたと思う。普通は二人を好きになることはない、中学に入りそのことに気づいてから、とりあえず好意を持たれていた男子と付き合ったりしてごまかしていた。と言ってもアルファは複数と関係を持つことが許されている。けれど、私はその優生学的な考えはどうも好きになれなかった。理解も出来なかった。研二と同じくらい好きな陣平が私たちよりも下なんて思ったことがなかったからだ。バース性による差異はあるにしても、そこに命の優劣が生まれるなんて考えられなかった。
 しかし、今この瞬間、私は研二の妻よりも研二から恋愛対象としての欲を向けられる確率は低い。なんだかんだ一途な研二は浮気や裏切り的な行為には及ばないだろう、その必要がない限りは。そうして後天的な優生学が、私の中で生まれてしまった。
 驚き固まっていた陣平は、私から目を逸らして「俺も。」とだけ応えた。いつもなら食い気味に否定してきそうなものなのに、これは相当だなと研二の影響の大きさに感心しつつ、ゆっくりと横に倒れて再び陣平と顔を突き合わせる。両手でこちらを向いている陣平の顔を包み、どうにか一文以上の返事をひねり出そうと言葉を紡ぐ。
「私もさ、今でも研二のこと好きなんだよ。でも、陣平も同じくらい好き。嫌なら逃げて良い、アルファとして陣平を守りたいとは思うけど、支配したいとは思ってないから。だから、陣平の気持ちも教えてほしい。何かあれば付き合うからさ。」
 陣平の頬に触っていた両手を離し、片腕は頭の下に、もう片腕は自分の体に添わせるように置き、口角を上げて優しく笑いかける。バース性に人類が支配されている間は、まともな恋愛なんてできようがないのだ。でも、しんどさを共有することぐらいはできるはずなのだ。
「……お前は、悔しくないのか。」
「うーん、まあ、思うところは色々あるよ? だけど、結局は自分の慢心のせいかなって思ってるから。それに、女でもオメガなら私に勝ち目ないかなって、バース性がある限り、オメガとアルファは同じ土俵に立てないから。」
 ははと自嘲しながら話せば、陣平があからさまに嫌な顔をする。そうか、陣平はバース性がなかったら可能性はさらに薄かったのだ。しまった、と焦って陣平の方を見やる。
「別に。俺だって男だから、オメガだって言っても女ができたら無理だっただろうし。そもそも、お前はアルファの癖に、抱かれるのに抵抗ないんだな。」
 陣平は私を責めるでもなく、私の言葉に同調するように文字を紡いで、同時にシーツに皺を寄せて寄ってくる。首と首が重なり、陣平の腕が、研二よりかは貧相な私の体を抱く。恋人以外ではありえない距離感で、陣平の吐いたため息さえ感じられた。
「人によるよ。私はオメガやバース性がなかった頃の女性を擁護してきたけど、それが私の女性的な願望を否定する理由にはならない。好きな人に抱かれたい、抱きたいって願望は両立するんだよ。」
 陣平の抱擁を受け取り、自分も抱き返す。両手でオメガらしくない陣平の体を抱き、優しく締める。乳児を寝かしつけるように背中をリズム良く叩き、暫しの沈黙を慈しむ。
「俺さ、変調期の時、一回もハギやお前と二人きりになったことないんだよ。そこで態度が変わったら、運命じゃないってことだろ。」
「うん。」
「だからずっと逃げてた。最後は三人一緒だと思ってたから。」
「そうだね。私も。」
「でも、こうなっちまった。」
「だねえ……」
 陣平が鼻をすする音が近くで聞こえる。ようやく泣き始めたらしい。右手を陣平の背中から頭に移動させ、そっと撫でる。それから数分の沈黙の中、首元が濡れるのを感じた。
「俺さ、抑制剤飲んでないんだけど。」
「君さあ……研二のことになるとちょっとネジ抜け始めるよね。弱いのだったらあるから持ってくるよ。」
 いっぺん泣いたと思ったら急にぶっ飛んだ発言してきて、本当に陣平の頭の中はどうなってるんだか。まあ、私が誘わなかったらどこかのハッテン場にでも行く気だったんじゃないだろうか。そんなとこ行ってももらえるのは性病と父親のわからない子どもくらいだのに。それで、ここで変調期来られて私がフェロモンに当てられるわけにもいかないので、リビングの救急箱に入っている抑制剤を取りに行くために起き上がろうとしたのだが。案の定邪魔されている。陣平と一線を越えるのも抵抗はないと言ったが、それはお互いが万全な状態での話だ。
「陣平、変調期は妊娠する可能性あるから、自衛のために飲んで。軽いのだからそんなに副作用も大きくないし、家まで送ってあげるから。」
「ここに泊まってく。好きなんだろ、俺のこと。」
「そうだけど、私たちまだ付き合ってないし、抑制剤無しの変調期のセックスはリスクが大きすぎる。女が危険日にスキン有りでやるよりも妊娠する確率高いんだよ。もし陣平や私にセックスする意志がなくても、どっちも傷つく可能性がある。だから、ね?」
 泊まってくうんぬんは親に連絡すれば勝手に「そういうことね〜」と納得して触れてこなさそうだが、変調期はどうにもできない。オメガのフェロモンに当てられたアルファがどうなるかは、今までのアルファを狙った性犯罪や望まないオメガの妊娠の例ではっきりとわかっている。どうにかして抑制剤は飲んでもらわないと。
「お前までどっかいかれたら困る。」
 その類いの言葉に私が弱いってもしかして知ってます陣平くん? まあ、三人で一緒になったとしても、番になる可能性は低かっただろうし、こうして基本的に切れる事のない繋がりを求めるっていうのも、分かる。わかるけど、PMS的な感じで変調期前は気分が優れないこともよくあるって聞くし、陣平はそこのところ今までわかりずらかったけど、この不安定な状況だと心の不調が顕著に表れやすい気もするし、そこに本人の理解が追い付いていないからこんな自暴自棄じみた要求をしているように思える。……これはもしかしたら、もしかするけど、私のアルファの本能バーサス理性みたいな状況になる気がしなくもないんだが。それは本当に避けたい。切実に。
 そんなことを考えて煩悶している間、陣平は変わらずそこそこ強い力で私のことを妨害してくる。足を絡め、起き上がる途中の私の腕を引っ張り、体勢を崩そうと躍起になっている。やめてほしい、このまま私が倒れこんだら思いっきり陣平の上に乗ることになる。変調期がもしその瞬間に来たら、私は超至近距離でオメガのフェロモンを受けることになる。そんなん耐えられるわけないだろ。
「陣平、もし君が抑制剤を飲まないっていうなら、私は違う部屋で過ごす。というか君をここから出さない。変調期の勢いでセックスして子どもが出来たら、倫理的に、アレだろ? それに、身体的負担を受け止めるのは君自身だ。で、抑制剤を飲むって言うなら、一緒の部屋で寝てもいい。でも、セックスはしないしうなじも噛まない。」
「セックスぐらいいいだろ。横で寝るだけで満足すると思ってんのか。俺が襲っても知らねえぞ。」
「うーん、まあ、私も変調期で辛そうなオメガは見たことあるからそれもわかるんだけど……スキンも確実に避妊できるってわけじゃないし、そんな自棄になるくらいならアフターピル、飲める?」
 警察学校時代に同期でも仲の良かった六人と女子で合コンした帰り、女子の中にいたオメガが二人で私を襲ってくるっていうことがあった。その時はちょうどオメガの人権運動というか、バース性が生まれる前のフェミニストみたいな人が活動を活発にしていたから、それに便乗してアルファを襲ってももみ消せると勘ぐったのだろう。まあ、その手の人たちは自分たちが何かやらかしても全く見向きもしないし、もみ消すには賢明な判断だと思うけど、私も二十二過ぎの大人だったし、オメガのフェロモンに当てられることは何回かあったから何事もなく終わったんだけど。その時のオメガは本当に自暴自棄、って感じだったし変調期を無理やり合わせてきたのかいつもよりも発情が酷いとか聞いたし、その現実があることに驚きを隠せないんだが、事実、優しそうなアルファと子作りしなきゃ身の安全が保障されない世界に生きていたんだろう。このことは誰かに知らせるのも酷いよなってことで陣平含む誰にも言っていない。だから変調期のフェロモンで押し通せると思っているのだろう。あいにく私は昔から悪運だけは強いので大体の修羅場くぐってるんですよね。
 陣平の足から逃げ出すことを諦め、逃げようとする前の姿勢に戻り、陣平の目を見ながら問いかけた。さすがの陣平も本気で子ども作って私に囲ってもらおうとか、研二の気を引こうとか思ってないよね? 主に後者が心配なんだけど、人肌恋しい寂しいだけだよね?
「は、ヤな奴。」
 自嘲気味に陣平が笑い、端正な顔が近づいてくる。そのまま、されるがままに、私と陣平は長いキスをした。横を向いていた顔と体がいつの間にか上を向き、肉体の重みが、柔らかさが全身から感じられる。普段の自分とは違う味の広がる咥内に、飴やガムとは質量の違う異物、確実に性的な興奮を煽るように咥内を蹂躙する舌に腰が一瞬震えた。だが、同時に下腹部の奥に集まり始めた熱を擦るように陣平の足が動くと、奥に集まった興奮が体中に伝播するよりも先に、脳に直結した快感を求めて熱が先端の一点に集中していく。
 陣平の手がジャージの下に忍び込み、私の腹筋を胸下から溝に合わせてゆっくりとなぞる。そのままジャージのズボンの中に、下着の中に、膨張を始めたアルファの象徴に一瞬触れたところで、咥内の蹂躙が終わった。下半身の一点に集中していた熱が上昇して顔に集まり、初めてでもないのに私の息は荒い。初心な中学生かよと内心思ったが、相手がそこそこ童顔で、抱かれるというより抱いてそうな性格なのにそういう仕事でもしてそうな淫靡さを見せつけてくるとは思わないだろう。個人的に処女か二三回の経験だと思っていたんだが、実はクソビッチとか、ないよね?
「昔はキスで子どもができるとか言ってビビってたよな。ま、朧はそんなこと思ってなさそうだけど。」
 顔を少し浮かせて、お互いの唾液が絡まった舌をしまって陣平が言う。
「襲いかけて言うセリフがそれか……このままヤるなら一瞬ストップかけてスキン取りに行ってたよ。とにかく、どうするんだ?」
 ため息を吐きながら言えば「飲む」と返事が返ってくる。
「倫理感は飛んでなかったか。ふふ、えらいな。」
 ジャージのチャックを開け、それなりに豊満な胸元に陣平を誘い来む。重力に従って頭を私の谷間に沈めた陣平を優しく抱き留め、柔らかな髪の感触を楽しむように撫でまわす。状況は異質だが、こういう時に私が平安人だったら撫子の歌でも詠むのかなと刹那思った。
「お前さ、俺のこと褒めるの好きなの?」
「責められるより気分がいいだろ? 少しやらかしたからって相当ヤバくない限りはなにも言わないさ。」
 胸元から顔を上げて聞いてくる陣平にそう答え、また撫でる作業を開始する。この癖っ毛、案外撫で心地良いんだよな。長毛のプードル撫でてる感じに近い。
「俺がいろんな男と関係持ってるって言ったらどう思う? まあこれは、半分本当みたいなもんだけどよ。」
「セックスは性病検査した奴か、そういう危険がなさそうな奴としてたら何も言わないさ。正直驚いてるけど。」
「っふ、ちょっと遊んでただけだ。さすがに俺もそう簡単に股開いてねえ。」
「そう、ならよかった。さんざん近くにいてこんな状況に至ってる幼馴染のナカがガバガバってめちゃへこむからな。……ん、一緒に抑制剤取りに行くか?」
 相変わらず私の胸を堪能している陣平に呼びかければ、着いていくと言って上からどいてくれる。空いたチャックは別に家だし閉めなくてもいいかとそのままに、陣平と二人でリビングに向かう。

「あ、スキンどうする? 0.01と0.02あるけど。」
 救急箱から抑制剤を出しながら陣平に尋ねる。さすがに0.1までは置いてないけど、いちいち買いに行くのも面倒なのでコンドームは常備してある。私がアルファってわかった途端母親が箱買いしてきて「あんたちゃんと避妊しなさいよ! わかった?」とそこそこ強めの語気で言ってきたのはしっかりと覚えている。性教育は小学五年生くらいから始まっているといっても、小六の十二歳に言う内容じゃないと思うよ。せめてその行為に及ぶことを止めなさいよ。おかげでちゃんと対策してればヤっても大丈夫みたいなガバガバ判定の警察官が生まれちゃったよ。
「薄い方。」
「はいはい、0.01ね。」
 陣平の仰せのままに、0.01mmのコンドームを出し、救急箱を仕舞う。リビングを物色して満足したのか、陣平は私の背中に張り付いている。いくらアルファで体格が良いと言っても、重いものは重いんだけどなあ。まあ、かわいいオメガのやる事だし、こればっかりは私も伊達班長のような広い心で受け止めてやるしかないか。
「あ、ちょっと母さんに電話するわ。」
 結婚式終わりに別れた両親は私が陣平と同じところにいる事は予想してそうだが、まさか家に泊まるとは思っていないだろう。そういう、ことも起こる、起こりかねないって言っておかないと、絶対ニコニコして話しかけてくるし根掘り葉掘り聞きだそうとしてくる。それはできる限り電話上で終わらせたい。
 声をかけてから、リビングに持ってきていたスマホで母親に電話する。
『もしもし? 朧ちゃん何かあった?』
『あー、そう。陣平が今日うちに泊まりたいって言ってて、あと、そろそろ変調期って言ってて……』
『あらあ! なに? 研二くん差し置いてそういう関係だったの? あ、泊まるのは別にいいわよ、どうせあんたの部屋でしょ。』
『そういう関係っていうか……それについてはまた今度話すから、部屋、入らないでね。』
『うふふ、大丈夫よ。あ、でも結婚前に子ども作るのはやめなさいよ? デキ婚ほどつらいものはないんだから。』
『そこは大丈夫だよ。じゃあね。』
『はーい、またねー。』
 頻出しがちな「研二くん」というワードに戦々恐々としつつ、それなりに穏便に電話越しの会話は終わる。また今度といったから、聞かれるのは最低でも三日後以降になるだろう。
「とりあえず、両親は部屋に入ってこないように言っておいたから、もし一週間ぐらい居座るなら、研二にいい感じの理由考えるの手伝ってね。」
 後ろに張り付いたままの陣平の方を振り返って言い、返事の頷きが返ってくるのを確認してから一緒に部屋に戻る。さすがに階段を張り付かれたままで上るのは危ないので、二人横並びで上った。

 部屋に戻り、抑制剤を陣平が飲むのを確認してから、二人ベッドに潜る。さっきまでとは違い、今度はちゃんと掛布団の下に二人そろって寝転がっている。二人分の発熱でぬるく温まっていく布団の中、向かい合って抱きしめ合って、それこそお互いにデレ合っている恋人同士のようだ。
「朧。」
「うん?」
「好きだ。」
「私もだよ、陣平。」
 お互いの耳元で囁き合って、くふくふと笑う。
「ハギのことなんて忘れちまおうぜ。」
「そんなことできないくせに。かわいい子だな。」
「お前もだろ。」
「っふふ、うん、そうだね。」
 陣平のにおいを確かめるようにうなじあたりの空気を吸う。陣平はくすぐったそうに身をよじらせ、私の肩回りを甘噛みしてくる。結局、二人で満たされる私たちじゃないのだ。でも、これでいい。
「なあ、俺たち付き合っちまおうぜ。ハギ抜きで。」
「そうだね、二人だけで。」
 私たち、油断して勝手に落ち込んで、勝手に振り回されてるのは、研二には秘密だ。いつも三人一緒だったけど、これくらい許してほしいよね。
 二人で触れるだけのキスをした。

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