1日目


 拝啓、お母様。私、春廼屋朧は、毎日同性のイケ女に襲われています。
 毎朝学校に行くと、鉢合わせた後輩からキスをされ、仲の良いクラスメイト2人に空き教室に連れ去られそうになる。連れ去りは回避したが、ネクタイを剥ぎ取られ噛み痕はつけられた。
 ネクタイを結び直しながら教室まで辿り着けば、文系が多いクラスのせいで女子しかいない。やっべぇ!と冷や汗をかいていると、横から腕を引っ張られ、クラス1のイケ女にキスされる。舌を捩じ込まれればそれに応じるしかなくて、気持ち良すぎて腰がバッキバキになったくらいで解放される。
 トイレいきてぇと思いトイレに向かえば、個室に入り込んでくる同級生。そのまま便器に座らされ、キスされ、クリトリスをいじられてイかされる。尿か潮かわからない液体を垂れ流せば、かわいい、と言ってキスされる。くそお、このイケ女がよ。
 そんなエロゲもびっくりな毎日を送っていた私は、感覚がバグっていたのかもしれない。

「春廼屋さんって、キス上手いの?」
 下手したら学年中のイケ女含む女を虜にしてそうな萩原くんにそう聞かれた。教室には私と萩原くんの2人きり、仲良く日直中だ。
「え、えぇ、え?」
 急な、しかも突拍子が無さすぎる問いに驚く。そりゃもうビビって日誌を書いていたペンを落とすくらいには。慌ててペンを拾うと、萩原くんが続ける。
「なんか女子が話してるの聞こえてさ。あと、さっき五十嵐とキスしてただろ」
 女子、噂話やめよう。あと、流石に教室内でキスするのはやめよう。というか、見られてたんだ。そうですか、はい。
 私と五十嵐、こいつもイケ女、は萩原くんがトイレに行ってて不在の間にフレンチキスしてたわけで。声は抑えてたけど見ちゃったら何してるかわかるもんね、ダメだね。なんかもう恥ずかしいとも思わないよ、襲われ慣れてるからね。
「そ、うだね。うん。で、どうしたの?」
「俺、前の彼女に、ああ歳上なんだけど、キス下手って言われてさ」
 はぁ、それは残念ですね、という感想しかない。でもまあ萩原くんみたいなイケメンなら可愛い彼女の1人や2人いるだろう。というか彼女いないとか言われた方が怖い。なんせ私は2桁、いやカウントしていいのかわからんが、いるからな。なんてことは口が裂けても言えない。
「だから、ちょっと気になって」
 なるほど、私のテクニックを知りたいと?というか、だったらそれこそクラスのイケ女とキスした方がいいよ、と言いたくなるのを抑える。ここでそれをバラしたら死ぬのは私だ。
 それに私の脳はバグっている。度重なる襲われ経験により。だからまあ、キスぐらいええやろ!とポンコツエラーをかましてしまった。
「いいよ、キスしよっか」
 そう言ってから、あれ?と思った。しかし時も発言も戻らない。私は身長差を考えてから、椅子に座っているキス待ち萩原くんの元へ行き、もうどうにでもなれの気持ちで唇を重ねた。
 うっわ、顔良、まつ毛長っ!とか思いながら、角度を変えて何度も触れるだけのキスをする。それから萩原くんの少しだけ開いた唇の間に舌を差し込み、萩原くんの口の中に割り入っていく。
 舌を絡ませ、上顎をなぞり、また絡めさせる。息継ぎのために口を離せば唾液が伸びていていやらしい。もう一度重ねると萩原くんが私の腰に手を回してきてさらに距離が縮まる。
 しばらくキスをしてから離れると、どちらともなく熱い吐息が漏れる。萩原くんの顔は真っ赤に熟れていた。
「も、もっかい、いい?」
 そういう萩原くんの蕩けた顔を見て、あ、やっちまったべ。と私は自分のやらかしに気づいた。
 もう何でもするんで他の人には漏らさないでください、の気持ちでそれに応える。もう一度舌を差し込めば、さっきよりも絡みつく舌が、もっと奥へと入り込んできて、思わず身体が震えた。成長が早い。
 やられたままではいかないので、そのまま貪るように、萩原くんの口内を舌でなぞり、ちゅっと吸い付く。それから唾液を流し込んだりしてえずく直前を狙いながら、彼の口内を好き勝手蹂躙した。
 萩原くんの息が苦しそうになってきたので口を離す。さっきよりも長い時間キスしていたからか、私たちの唇を銀色の糸が繋げていた。萩原くんの唇はてらてらと光を反射していて正直エロい。
 私はこれで終われ、終わり給え、と思いながら萩原くんを見つめる。
「……どう?」
 萩原くんは熱った顔のまま聞いてくる。
「え、どうって、……さっきより上手くなったな、とは思ったけど」
 返しに迷い、思ったことをそのまま口に出す。すると萩原くんはムッとした表情になり「何でそんな余裕そうなの」と言ってくる。
「いや、私は毎日死ぬほどされてるんで……本当に上手い人はこんなもんじゃないですよ……」
 そこまで言って、ハッと口を手で押さえる。
「死ぬほど?」
「死ぬほど……」
「誰に?」
「え、えぇ、いっぱい……?」
 ぐいぐいと詰め寄られ、どうにもできず真実を答える。すると萩原くんは驚いたように目をぱちくりさせる。
「春廼屋って、そういうタイプだったんだ」
「あ!まって!すごい誤解されてる気がする!本当に待って!違うんです!」
 噛み砕いて理解しようとする萩原くんの肩を掴み、ぶんぶんと振って弁解する。意外と揺れないぞこの肩。
「毎日!クラスの女子とかに!無理やり!襲われてるんです!決して私がビッチなわけではない!環境が悪い!」
 そう声を張り上げれば、萩原くんはわかったわかったとでも言いたそうなジェスチャーをして私を止めてくる。
「無理やりなら、先生とかに相談すりゃいいんじゃないの?」
 萩原くんのその言葉にハッとする。そうじゃん、その手があったよ。いやでも、正直
「嫌じゃないんでしょ、襲われるの。」
 図星を突かれて後退りする。そのままドドドド、と効果音がつきそうな動きで黒板まで後退る。
「あ、あのぉ、後生なんで、私が対女クソビッチっていうことは他の人には黙っていただきたく……あの、何でもするんで……ハイ…」
 顔を真っ青にしてお願いをする。すると萩原くんは少し考えてから、「じゃあ、これからもキスの練習付き合ってよ」と言った。
 うわーッ、よりにもよって一番嫌なヤツ!継続的な関係になるやつ!一回セックスとかにして欲しかった!なんでもって言ったのは私ですけど、ね!とはいえ私に拒否権などないので「わ、分かった」と返事をする。
「じゃ、日誌出して帰ろ。」
 そう萩原くんは言い、私の机に置いてある日誌と自分の荷物を持って教室から出て行こうとする。私も慌てて自分の荷物を持ち、教室の鍵を爆速で閉めて廊下で待つ萩原くんの元へ向かった。
 アッこれ、このイケメンと帰るパターンですか、と思いながら昇降口に向かい、スリッパをローファーに履き替える。私たちがすったもんだしてたからか、あたりに人の気配はない。
「春廼屋さん」
 萩原くんに呼ばれて振り返ると、ほぼ真上からキスされる。うーん、身長差。上を向いているせいでうまく動けないことをいいことに、萩原くんは私の口内を、ぐちょぐちょとやらしい音を立てて荒らしまわる。なーんか、キス上手くなるの早いよな。
 息だけ気をつけてそう思っていると、漸く口が離される。
「あのー、急にするのやめてもらえません?」
 そう萩原くんに提言すると「どうせ他の女子に好き勝手されてるでしょ?じゃあ俺でも変わんなくない?」と半分脅しみたいな返しをされた。
「あ、あ、うん、そだね、すんませんした」
 こういう時なんて言えばいいのか全くわからん。私は適当に相槌を打ってその場を流すことにした。それからはお互い無言で帰路を歩く。マジ無理イケメン目の毒、イケ女も毒。学校から最寄り駅までは歩いて5分程度なのだが、体感15分ぐらいしてようやく着く。
「わたし、こっちだから。」
 改札を抜けて立ち止まり、そう告げて別れようとする。が、それは叶わない。
 腕を掴まれ、またキスをされる。
 舌が入って来なかっただけまだマシだが、それでも目すら閉じずに至近距離で整った顔が飛び込んできて、さっきまでのあれそれでちょっと期待したりして、膝がガクッと折れた。
「は、……ぇ、え?」
 困惑して動けずにいると、腰を支えてくれていた萩原くんがニッコリと笑う。
「期待した?」
「……し、知らねぇ!!」
 私はとんでもイケメンから距離を取り、一目散に自分の帰る方面のホームに向かって走り出す。本当だめだ、今日はだめな日だ。電車に乗り、座席に座って深呼吸する。心臓がバクバク言ってるのは走ったせいではない。いかんいかんと首を振り、心を落ち着かせる。いかん、このままだと、もっとやばい沼にハマってしまう。イケ女の沼はまだいいがイケメンの沼はだめだ。
 そう吊り革を掴んで考えていた私が即落ち2コマ並みの速度で萩原くんに沼るのは、すぐ後の話だ。

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果ての星