Agapanthus

希望の花




 薔薇の花言葉。
 それは多くの意味が含まれていて、私にとって特別な想い入れのある花。

「花を使った告白ってロマンチックじゃない?」
「そうだね。花には意味がいっぱいあるからね」

 友人が雑誌を見ながらうっとりとした様子で語っていた。
 花言葉をいつも意識して買ってしまう私は花屋によく通っては店員さんから話を聞くことが好きだ。花言葉にはその花の特徴を表すような意味が込められていることが多いが、私は『恋』に関する花言葉に惹かれる。情熱的な意味が含まれる花もあり、多種多様だ。
 私がこの花言葉に乗せて告白をする相手がいるだとかそういうわけではない。恋に恋する、という感じだろうか。まだ未熟な私はどんなものが恋なのか、どんな気持ちになるのかがわからない。

「よう」
「あ、仙道くん。おはよう」
「おはよ〜」
「はよ」

 眠そうな顔で欠伸をしながら隣の席に座る。ドンっと音が鳴りそうなほどの重みを横から感じた。朝練習の後だからか早朝だっていうのに既に疲れてそうだった。腕を伸ばして机に突っ伏していた。

「そうそう、それで――」

 仙道くんのことなどすぐに忘れたかのように、すぐさま友人が先程の続きを意気揚々と話し始めた。こんなシチュエーションがいいとかこんな人に貰いたいだとか。

「何の話だ?」

 眠たいながらに顔だけこちらに向けた彼。澄んだ瞳を見るだけで心臓はピクリと反応する。

「……花言葉の話だけど」

 話を遮られて不服そうな友人が渋々と答える。へえと関心がなさそうな反応を見せたのち再び眠りにつく彼見てわなわなと震えていた。
 友人の話に触発されて、帰りには花屋に寄ろうと考えた。


 彼とは隣の席。話そうと思えばいつでも話すことができる距離だ。背が高く、底の知れないふわっとした性格ということもあって他の人たちは積極的に話しかけることが少ない。確かに彼は強風に吹かれてもどこ吹く風かと素知らぬ様子をする。
 それでも、私は彼が悪い人だとは思わないし、彼の気さくな性格をよく知っている。

「花、好きなんだな」

 そう、こんな感じにいつも彼が突然話しかけてくる。独り言かのように思えるこの言葉は、チラリとこちらをみたことによって私に話しかけているのは明らかだった。

「うん。花って素敵じゃない? 見てるだけで落ち着くし、それに込められた意味も素敵で……」

 私が目を輝かせながら語る様子を優しい表情で微笑む彼。トクンと音がした。
 まただ。彼の慈しむような表情を見るたびに私の胸はざわめきだす。
 心臓の音を無視するように何か話題を探す。

「仙道くんは花に興味あるの?」
「あ〜、いや。そうだな」

 ううんと眉間に皺を寄せながら悩む姿は不思議と可愛かった。

「でも、お前から貰えたら嬉しいな」

 目を瞑りながら語る彼は意味ありげに目を閉じて沁々と語る。真剣な声色でそんなことを言うから言葉に詰まってしまう。これはなんて返事をすればいいんだろうか。

「あ〜! 仙道が口説いてるぞ!」
「え?」

 私たちの異様な雰囲気を汲み取ったクラスメイトが、彼に茶々を入れた。

「冗談だよ冗談」

 ははっと乾いた笑いを浮かべ、眠たそうな欠伸をしたかと思えば机に突っ伏していた。「それってどういう意味?」と聞くことすらできず、顔に熱が上がるのを感じた。

 下校途中、朝の友人の言葉が頭に過った私は花屋に立ち寄ろうと思いたった。

『花を使った告白ってロマンチックじゃない?』

 改めて考えてみても、好きな人から花を貰って告白されるなんて少女漫画のような世界だ。
 そんなことを考えながら弾む気持ちで足を運んだ。

「お」
「あ」

 花屋の前で足を止めると、仙道くんと鉢合わせた。今日は部活がお休みのようだ。

「仙道くん、奇遇だね」
「……あぁ」

 バツの悪そうな表情で頭をかくような 仕草をしていた。

「仙道くんも花屋さんに用? お花買うんだね」
「まあ、朝の話が気になって」

 興味がなさそうだったと思ったけど案外気になっていたようだった。



 カランカランと鐘の音を鳴らしながら店に入ると、店全体がまるで花の世界でできているような空間。この非日常感が私の胸をより一層弾ませた。

「あの、レインボーローズってありますか?」
「おや、お嬢さん良く知ってるねぇ。最近はテレビの影響でよく聞かれるから多く仕入れているんだよ」
「じゃあ……!」
「ああ、ちょっと待っててね」

 よっこいしょと腰を上げた店主は店の奥の方へと案内してくれた。

「これがレインボーローズだよ」

 写真やテレビで見たのとは一味違う。思わず感嘆の息が漏れる。こんなに美しくて洗練された薔薇があるなんて。いつもの鮮やかな一色の薔薇も素敵だが、七色に輝くこの花は幻想的で現実味を帯びていない。素敵だなんて一言では片づけられないような美しさだった。

 私が薔薇に心奪われている間に、きょろきょろと店内を見回していた彼がひょこっと顔を出した。「何だこれ?」と言いたげに私の顔を見る。

「虹色の薔薇だよ」
「これ薔薇なのか? 虹色なんだな」

 不思議そうに眉をしかめる彼が可愛くてふふっと笑みが零れた。
「これ、一本ください」

 
   ◇
 

 店主は「また遊びに来てね」と言いながら口角を上げては手を振っていた。
 帰る方向が同じだということもあり、自然に彼と肩を並べて歩く。
 少しだけ。少しだけ、心臓がいつもよりも速く動いているように感じた。夕日に照らされる彼の顔が眩しいからだろうか。なかなか言葉を発せない私は、この沈黙に気まずさを感じていた。
 帰り道を歩いていると、彼をチラリと見上げても目が合わない。早く渡したいのに。もう家に着いちゃう。
 不意に、仙道くんが私の腰を抱きながら引き寄せた。

「あっぶねえ〜な」

 どうやら自転車が後ろから来ていたようだった。
 彼の大きな手が触れる場所から熱を帯びていた気がした。
 心臓の音は先ほどには比べ物にならないくらいざわめいていた。 
 彼が「大丈夫か?」と聞いてくれる。大丈夫だと答えると優しい笑顔が現れた。不思議と、気まずい空気はなくなっていた。今がチャンスだ。

「……これ、仙道くんにあげたくて」
「いいのか?」
「うん。花言葉を聞いて仙道くんが思い浮かんだから」

 彼が「へえ」と言って受け取る。

「じゃあ、オレも」
「え……?」

 彼がもう片方の手に持っていた花を私に差し出した。

「お前が好きだって言う花が気になったから、花言葉を聞いてみたんだ。知ってるだろこの花の意味」

 赤いシンプルな薔薇。それでも、花言葉は情熱的だ。『愛』にまつわる意味が込められている。そして、三本だと『告白』。
 手元にある花と彼の顔を交互に見る。彼の手には三本の薔薇。三本……?

「こういうの渡さないと気づかないだろ。オレの気持ちだよ」
「えっ、え。え!」
「はは、変な顔だな」

 彼に振り回されているようで悔しい。彼の大きな歩幅に合わせるように小走りで彼に追い付く。

「仙道くん、バスケットしか興味ないんじゃ……?」
「オレを何だと思ってんだ」

 ははっと豪快に笑う彼が夕日に負けないくらい明るく輝いていた。私の火照る頬は真っ赤な夕日でかき消されているだろうか。どうか、ばれないように、かき消して。
 そんな願いも叶わず彼とぱちりと目があった途端に勢いよく視線を逸らしてしまう。この照れくさい時間が早く終わってほしいと思う自分と、彼との二人きりの時間を逃したくないと思う自分とが葛藤していた。
 

 


「で」
「え?」
「これの花言葉って何だ?」
「うぅん……内緒!」

 半ば自棄になるような大きい声でそう言い放っては彼より一歩先を行く。彼にできるだけ悟られないように。
 残念そうな彼の声が可笑しくて、私を振り回したお返しだよと言うように笑顔で彼を振り返る。
 彼との関係が何か変わる予感がしたけれど、これは悪い意味ではないはずだ。
 そう思うと、少しだけ浮き足だつ自分がいた。

「レインボーローズの花言葉は『奇跡』と『無限の可能性』。『七色に輝く奇跡の花は、未来への可能性を秘めている』と言われているんだ」

 そんな店主の言葉が頭の中で蘇る。彼と出会えた奇跡と、彼の今後の可能性を願って。

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