目覚めると、また新たな生を授かっていた。

僕がレギュラス・ブラックと呼ばれていたのは昔の話。今はベケット家の長男、レグルス・ベケット。ロンドンの町外れで、僕は優しい両親と平和に暮らしていた。それこそ、純血主義だのマグルだの、騎士団だの死喰い人だの、魔法界史上最悪の暗黒時代だの──血なま臭いこととは無縁の人生を送っている。そういった記憶を持ったまま、僕は「記憶」でいうところの「マグル」として。

記憶があるわけだから、当然、残してきた家族のことは気にかかった。
クリーチャーは無事に帰ったのだろうか?父は、母は。ブラック家はどうなった?謀は上手くいったのだろうか?当主を失ったブラック家は、闇の帝王から酷い扱いを受けてないだろうか。
そして、兄は──シリウスは。まだしぶとく生きているのだろうか。 やたらに相手を挑発して、命を落としてしまってはないだろうか。
自分の半生を、償うべきものだと思っているわけではない。
レギュラス・ブラックはブラック家の当主として、なにも間違ったことはしなかった。純血を尊びマグルを蔑んだことも、純血こそ魔法界を支配すべきという闇の帝王の考えに従ったことも、間違ってはいない。正しいことだとさえ思う。今でも。
ただ──今はそう思っていないだけだ。
レギュラスとレグルスは違う。家を飛び出した兄のことでさえも、今はもうなんとも思っていない。

マグルとなってしまった僕には何もできないからだ。
なんせ今の僕は、杖もなければ力もない。闇の帝王に一矢報いることができたのかどうか、確かめる術すらないのだ。悲観的になってしまうのは仕方がない。
なぜ僕は、記憶を持ったまま生を受けてしまったのだろう。生まれ変わってしまったのだろう。
なぜ。どうして。神を信じてはいなかったけど、僕はその存在を恨んだ。新たに生を受ける価値なんて、僕にはないのに。
忘れることは許さないと、いうことなのだろうか。忘れずに、前世の罪を償いながら生きていけということなのだろうか。
死ぬことは許されない。そう言われている気がした。






あれは三歳のハロウィーンだった。ロンドンの住宅街はもちろんのこと、街中もハロウィン仕様になっているらしい。僕は両親に連れられて、ロンドンの街を歩いていた(仮装は男の子だというのになぜかドレスを着せられた)(解せない)。ウインドウショッピングをしながらたまに店内に入って、キャンディやビスケットをもらっていく。

「あの有名な洋服ブランドがハロウィン限定のギフトボックスを用意しているんですって。アル、行ってみない?」
「そうだね。レグルス、歩くのつらくないかい?」
「だいじょうぶ」

つい先程まで抱っこされていたくらいなのだ。頷き返すと、母にアルと呼ばれた父──アルバートは、大丈夫と言ったにも関わらず、にこやかに笑って抱き上げた僕の額にキスを落とした。

こういうスキンシップに、未だに慣れない自分がいる。
かつての“自分”は、キスをしたりハグをしたり、そういう愛情表現とは無縁の家庭で育った。いや、幼い頃は確かにあったのだろう。眠れない夜に両親のベッドへ潜り込んだり、兄と一緒に泥だらけになるまで遊んで叱られたりもしたはずだ。
しかしそれらは、物心が付く頃にはなりを潜めてしまっていた気がする。兄が反抗的に育った分、弟の僕は同じ「失敗」を犯してしまわないように刷り込むようにして純血主義のブラック家の教えを刻まれた。

今、こうして平凡な家庭で惜しみのない愛情を受けていると、思うことがある。あの家はもはや親子が暮らす家ではなく、愛情の欠落したコミュニティだったのだろうと。
しかしそれを恨みはしない。ああいう家風に漬け込まれて育ったからこそ得たものもある。周りに比べて大人びた視野を手に入れることが出来たし、年齢に余る能力だって多々身に着けたのだから。
ただ──今こうやって、年相応の愛情を注がれると戸惑ったりするだけで。

「父さん、おひげ痛い」
「んー?教えただろうレグルス、パパだって、ぱーぱー」
「もうあなたったら、子供に無理強いしないの。背伸びしたい年頃なのよ」

父親の腕の中から下り立った時、通りの向こうでどよめきが広がった。そちらに目をやると、男二人が立っているのが見えた。シーカーだった頃の視力は、この体にしっかりと受け継がれている。僕は目を凝らして──目を凝らした結果、僕は父の手を振り払った。

「あっ!?」
「レグルス!」

両親の制止の声なんて聞こえていなかった。見慣れない町角を曲がって裏路地に入った僕は、精一杯体を隠しつつ、大きく息をつきながら今しがた見えた光景に目を凝らした。
なぜ、こんなマグルの往来に彼がいるのか。

「(シリウス…!?)」

兄と向き合っているのは、あれは──誰だろう。見覚えがあるような、ないような。
たぶんピーター・ペティグリューだ。学生時代、兄とジェームズ・ポッターの後ろにいつもくっついていたグリフィンドールの生徒がいたことをやっと思い出す。
二人の恰好はマグルそのものだったが、彼らはこの街におよそ似つかわしくない物を突きつけ合っていた。
偶然にも前世の兄に出くわした僕の心はすっかり驚きと恐怖に支配されていたが、それが過ぎると、ふつふつと疑問が湧きあがってきた。

おかしい。彼らの友情はこじれるようなものではなかったはずだ。

こじれるとしたらもっと早くに、それこそペティグリューの方が兄やポッターに愛想をつかしているだろう。彼らの友情にはどうも上下関係があったように感じていた。腰の低いペティグリューは兄に逆らおうともしないはずなのに──なぜ兄は、親の仇を見るような目つきでペティグリューを睨んでいるのだろう。対してペティグリューは青ざめて、杖の先も震えている。ペティグリューは一体何をやらかしたのだろう。

すると、ペティグリューの顔から恐怖の色が消えた。そして、一瞬ぞっとするほどの笑みを浮かべたかと思うと──ぶわっと大粒の涙を流した。

「ジェームズとリリーが。シリウス!よくもそんなことを!」

するとペティグリューは杖を振り上げ、何故か自分の指を切り落とした。シリウスも、呆気にとられて杖を振り上げたまま、止まっている。そして次の瞬間、左手に血まみれの指をしっかりと握ったペティグリューは、地面に杖先を向けた。

バーンという大きな音が鼓膜を直撃して、僕は地面に投げ出された。何かが崩れ落ちる音と幾人もの悲鳴が、がんがんする頭に届いてくる。汚れた体を払いながら起き上った僕は、絶句した。

にぎやかだった通りは変わり果てていた。ペティグリューが立っていた場所は大きくえぐられ、クレーターがぽっかりと口を開けていた。灰色の下水管まで見えている。あちこちに血が飛び散り、爆発に巻き込まれた死体があちこちに転がっている。
その中には、幼い子供もたくさんいた。親や友達と一緒に街を練り歩いていたんだろう。辛うじて助かったマグルは金切り声をあげ、クレーターの真ん前で突っ立っている男を指差している。
かたり、と男の手から杖が落ちた。

「…はは、はははははは!!」

狂ったように笑う彼の目の前には、血だまりの中に飛び散った肉片に混じって指が一本落ちていた。
僕は導かれるようにして、反対側の通りに目をやった。体中から血を流して、だらりと手を伸ばしている女性の手。女性を守るようにして抱きかかえていた男性の背には、爆発の勢いで割れたガラスの破片が無数に突き刺さっていた。

「──父さん?」








ハロウィーンの悪夢と評されたこの一夜は、報道陣が詰めかける程の大事件となった。救急車と警察の赤いランプが夜半を過ぎても煌々と街を照らしており、黒いマントを羽織った、見覚えのあるエンブレムを付けた魔法警察部隊が混じっているのも見えた。事件を目の当たりにしたマグルの記憶を削除して回っているのだろう。

「背の高い男が、道路を吹っ飛ばしたのよ!」
「茶髪の男はなんとかって言ってたわ…それを、黒髪の男が殺したの…」
「そうだ。ジェームズとリリーが、なんとかって」

周りの大人たちが、口々に叫んでいるのを耳にしながら、僕は両親の亡骸と一緒に救急車へ乗り込んだ。

「違う」

みんなペティグリューに騙されているんだ。
シリウスはペティグリューを殺してなんかいない。ペティグリューは、自分が殺されたかのように見せかけただけだ。ペティグリューは自分で自分を殺した。そして自分を殺した罪を、シリウスに着せたのだ。



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