「どんな呪文をもってしても、死者を蘇らせることはできぬ。木霊が逆の順序で返ってくるようなことが起こったのじゃろう」
傷付いた少年は重苦しく、出来事を語り続けた。
「ゴースト…老人のゴースト、それとも、なんだったのでしょう。それが僕に話しかけました」
「木霊じゃ。おそらく、他にも同じような姿が現れたのであろうと想像するが…もっと以前に、ヴォルデモートの杖の犠牲になった者達が……」
「はい。魔女が…たぶん、バーサ・ジョーキンズが。それから…」
「ご家族じゃな?」
「はい──あれっ?」
「どうした?」
ハリーの肩を掴んでいたシリウスが、屈みこんで顔を覗き込む。何かを思い出したように目を見開いたハリーは、沈痛な面持ちをすっかり取り去っていた。
「そういえば、ケニーがいなかった」
「え?」
「あ、すみません。ケニーって、アディントンの方じゃなくて、僕の兄さんの方ですけど…」
「なんじゃと?」
シリウスに続き自分までもが屈みこんだので、ハリーはちょっと驚いていた。
「その、僕。吸魂鬼の影響で、家族の死に際を見たことがあるんです。その時、父さんがヴォルデモートを食い止めるためにその場に残って、母さんが僕を庇って…。それで、最後にケニーが磔の呪文を掛けられて…」
白くなるほど手を握り締めたシリウスは、ハリーがなぞる友人の死に際を忘れまいとじっと聞き入っていた。
「だから、バーサ・ジョーキンズの前に出てきてもおかしくないのに…」
「………間違いないのかの?幼かった彼の木霊は小さいだろうから、見逃してはおらんかの?」
「うーん…分かりません」
ハリーとシリウスを医務室へと送り出し、ファッジと袂を分かち。引き返してきた時己を出迎えてくれた、広々とした校長室をぐるぐると巡る。そんな様子を見かねたのか、歴代の校長が次々と言葉を投げ掛けていた。
「ダンブルドア、アーサー・ウィーズリーが待ちわびている。出発の時間は過ぎているぞ」
「分かっておる…分かっておるのじゃ」
思考を止める事ができないのと同じく、歩みを止める事もできなかった。立ち止まってしまうと何か、見落としてはならないものを見落としそうだったからだ。
ハリーの話はもちろん信じている。ヴォルデモート卿が蘇った話も。そしてヴォルデモートが復活するために使った魔法薬の調合に、最強の闇の魔法使いを間違いなく滅ぼせる手段を、彼自らが行使してしまった事に、確信も持てた。
その中でただ一つ、納得できない事があった。
「“ケニー・ポッター”の木霊が戻ってこない理由はただ一つ…彼はヴォルデモートの杖によって、殺められておらぬという事じゃ」
「しかし、ダンブルドア!」
肖像画の一つが声をあげた。見上げてみればそれは自分の前任者である、ディペットであった。
「彼は、ケニー・ポッターはジェームズとリリー・ポッターと共に葬られたはずじゃろう!お主とて葬儀に参列したはずじゃ」
「…ケニーの魔力はわずか三歳の頃に既に発現しておった」
「だから何だというのだ?」
別の方向から声がした。ふてぶてしい様で額縁に収まったナイジェルが、校長室を見下ろしていた。
「そんなもの少し早いと言うだけで、ありがちな話だろう。コントロールの効かない魔力は魔法使いが本当に求めた時に、その求めに応じて発動する」
「その通りじゃ。だから幼い子供といえど、求めるのならば土の中から移動出来てもおかしくはないじゃろう。例えば、姿くらましのように」
「──正気か?」
ナイジェルとのやり取りを聞いて、他の肖像画もざわめきだした。杖を振り、棚の中から銀色に光る水盆を取り出す。煌めく記憶の水の中に杖の先を差し入れた。
「ダンブルドア、まさか。ケニー・ポッターが…あの子が、生きていると?」
「ハリーは、ケニーが磔の呪文を受けている場面しか見ておらぬ。つまり、あの子が死の呪文を受けた場面は見ていないのじゃ。ケニーが死んだという証拠は、どこにもない」
杖の先で憂いの篩をかき混ぜながら、ダンブルドアはぶつぶつと言葉を重ねた。
「可能性は無くはないのじゃ──生きているとすれば──砂粒のような可能性じゃが──あの木霊の中にケニー・ポッターがいないという事の意味にヴォルデモートが気付けば、あの子が危ない」
「そんな…、馬鹿げた事があり得るのか?」
憂いの篩を覗き込むと、きらきらした幾筋の記憶の中心に、誰かの影がちらついていた。赤毛に赤目の青年に見覚えのある肖像画が驚きの声をあげた。
「まさか、ダンブルドア。彼がケニーだと?」
「わしが今現在知る限り、年齢が一致していて、出生が明らかになっていない魔法使いは彼だけじゃ」
杖先が水面を乱して、彼の姿は渦の中に消えた。
「彼の出生を暴かねばならん。彼の身の安全のためにも」
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