扉を開けて、思わず笑みを浮かべる。
騒いで飲んではしゃいで、思いつく限りの楽しみを発散して、学生最後のこの日を楽しんだのであろう彼らは、ベッドに辿り着いたところで力尽きたらしい。死屍累々、四人分の脱ぎかけの服を拾って籠の中に入れた。窓から空を見上げる。夕食の時の嵐が嘘みたいに空は晴れていて、丸い月が浮かんでいた。

「(風邪を引いてしまうじゃないか)」

シーツを蹴っ飛ばして寝ているケニーのそれを引っ張り上げて、肩まで覆ってやった。幸せな夢を見ているのかもしれない。緩みきった顔でむにゃむにゃと寝言を言った彼は、寝返りをうって丸くなった。寝顔を眺めているのが楽しくて、ベッドの縁に腰掛ける。
ふと思った。そういえば、こういう顔をして彼が眠るようになったのはいつだったか。初めの頃は、こんな顔をして眠ってなんかいなかった。




──まだ起きているのか?

思えばあの日もハロウィンだった。1年生の時だ。ルームメイトの全員が寝静まっている深夜、ベッドにも入らずに窓辺で月を見上げているケニーがいた。僕は偶然にも夜中にふと目を覚まして、彼の姿が目について、そう呼びかけた。
彼は振り返って、情けない顔で下手くそに笑った。自覚はあったらしい。情けない事に、と彼は自嘲した。

「なんか、眠れなくてさ」
「…どうした?」

その時はまだ聞いたこともなかった、彼の弱々しい声。違和感を持って尋ねると、彼は再び前を向いた。なんだかそのままにしておけなくて、隣に座ってみる。月の光が湖に反射して、海の漣を見ているかのようだった。

「魔法界に来たからかもしれないんだけど、なんか…色々思い出して」
「………」

無神経に聞き返した自分を恨んだ。僕と同じように、彼の両親もハロウィンの日に死んだのだ。
彼が両親の死に際について語った事はない。単純に語る機会がなかっただけかもしれない。語れなかったのかもしれない。思い出したくないから、心の整理がつかないから、恐怖や絶望を思い出したくないから──理由は様々に考えられるがしかし、彼はきっと後者が理由だったのだろうと、思った。
彼と関わるようになってまだ日が浅かった僕は、どうしていいか分からなかった。
両親の死について、僕はもうとっくに心の整理をつけている。家族の情景を目にして寂しくなることはあっても、たかが命日というだけでセンチメンタルになったりはしない。ケニーはそうではないのだと知って、だからどうすればいいのか。
相手は子どもじゃないから、慰めるのは違うと思った。大人だからと、軽率な質問をした事について謝罪するのも、違う。両親の命日で少しだけ心が弱っている彼になんと言葉をかけるのが適切なのかが、分からない。

「…あの、」

こんな風に、心と心が触れてしまいそうな距離で人と接するのは久しぶりだった。頭の中であふれているたくさんの言葉のどれを選んだら正解なのかが分からない。妙な汗をかいてしまう程に僕は悩んでいるのに、ケニーはただ静かに、湖を眺めているだけだった。情けないことに、僕は何も言えないまま座っているしかできなかった。
どれくらいそうしていたのか。数分かもしれない、何時間もそうしていたのかもしれない。お互いの呼吸の音しか聞こえない、そんな妙な時間だった。

「ありがとな」

ケニーは唐突にその単語を口にした。お礼を言われた理由が分からなくて、瞬きする。すると彼は今度は綺麗に微笑んで、僕の肩を一回だけ叩いて、ベッドに潜り込んだのだ。
さっきまで感情全てをそぎ落してしまったような顔していた彼が唐突に笑って、しかも礼まで言ってきた理由が分からなくて、僕はその場でしばらく固まっていた。そんな事を思い出して、笑みを零す。
今なら分かる、彼が何に対しての感謝を口にしたのか。

「ただ傍にいてくれた事に、だったんだろう?」

慰めも同情もいらない。ただ傍にいて欲しい。それだけで心が軽くなる事があるのだと、今の僕は知っている。
大声を出して笑うこと、馬鹿みたいに冗談を言い合うこと。授業中にこっそり手紙を回すこと、口汚く罵り合って本気で喧嘩をすること。かつてはくだらないと一蹴していたものを一つずつ手にしてから、僕はかつて知らなかった多くの事を理解した。なんだか泣きたくなった。

「…フガッ」

リーの方からいびきとも寝言もつかない何かが聞こえて、思考が途切れる。ふ、と笑みが顔に広がったのが分かった。
フレッド、ジョージ、リー──そう、もちろん、それらは全てここにいる全員が僕に与えてくれたものだ。感情の一つ一つを、彼らに与えられたようなものだ。彼らと過ごした7年間が頭の中を駆け抜けて、笑みが止まらなくなっていた。

「ふふ、」

ああ、思い出だけでこんなにも楽しいのならば。

「君達の祭りに、参加してみても良かったのかもしれないな」

きっとそれはそれは楽しい感情がもう一つ、僕の中に増えていたことだろう。



back

ALICE+