「ケニーには家族を殺された僕の気持ちなんて分からないよ!!」

叫んでしまってからしまった、と思った。でも言ってしまったものは取り消せない。衝動的にセストラルにまたがって、行き先を叫んだ。すると、僕の乗ったセストラルだけじゃなくて、みんなが乗っていたセストラルも飛び立ってしまった。バッと翼を広げて、まるでロケット弾のように。あまりの速度に下を見る余裕なんて無くて、瞬きを三度する前に校庭を飛び越えていく。しがみつくのに必死になって、ケニーに言ってしまった時に抱いた後悔なんてほとんど忘れていた。

「気味が悪いよー!」

セストラルが見えないロンが呻いているのが、切れ切れに聞こえた。僕だったら、見えない何かに捕まってこんなに早く飛ぶことができるだろうか。…うん。ロン、君ってすごいや。
血のように赤い夕焼けに照らされている村々が過ぎ去る頃には日が暮れた。ネオンできらめくロンドンの街でしか、どのくらいの速度で飛んでいるのか判断できない。
セストラルに乗っている間、ずっと心がざわめいていた。
シリウスが神秘部の床に倒れているのを目撃してから、どのくらいの時間が経ったんだろう?シリウスはあとどれくらいの間、ヴォルデモートに抵抗し続けていられるだろう?
はっきりしているのは、シリウスがまだヴォルデモートの望むことをやっていないという事、そしてまだ死んでいないという事だけで。そのどちらかが起これば、僕にも分かるはずだ…。

セストラルは、飛び立つのも降りていくのも突然だった。急に体を斜めにしたかと思うと、勢いよく地面に向かって突っ込んでいく。背後で誰かの悲鳴が聞こえた。でも、勢いのわりに思ったよりも着地の衝撃は無かった。むしろふわりと地面に着地して、衝撃なんて一切ない。蹄が地面を叩く感覚が伝わった程度だ。

「もうこりごりだ」

ロンがもそもそ立ち上がりながら言う。セストラルから大股で離れるつもりみたいだったけど、何しろ見えてないから、その尻に衝突してまた転びかけた。

「二度といやだ、絶対いやだ…最悪だ」

ハーマイオニーとジニーがそれぞれロンの両脇に着地したのを機に、みんなが次々と着地した。ネビルは見えているのに震えながら飛び降り、ルーナは静かに下馬した。

「箒がどれほどいい乗り物なのかって、思い知ったわ」
「そうね…うん。この子達の移動は最終手段でいいかな」

アリシアが見えないセストラルを見ようとして、腕を震わせていた。アンジェリーナは見えているようで、ちょっと鼻面を撫でている。セドリックを押しのけたリーが、じっと眉を寄せながら近寄ってきた。

「ハリー、あれはないぜ」
「えっ?」
「ケニーへの捨て台詞だよ。あーあ、あいつ…来るかなあ」
「どういう事だい?」

セドリックの疑問を皮切りに、リーはちらりとレグルスを見てからぽりぽりと頬を掻いた。

「あいつが孤児院にいた理由、知ってる?」
「ううん」

みんながそれぞれ首を横に振った。振ってないのはレグルスだけだ。それを見たリーは「じゃあたぶん俺達しか知らないと思うけど」という前置きをしてから話し始めた。

「あいつさあ、両親に虐待されて捨てられたんだって」
「──えっ」
「だから、あいつの家族の話題は俺達の中でもタブーだった。まあでも、フレッドやジョージの事うらやましがってるような素振りは見せた事無いし、トラウマ持ってるみたいな話も聞いてない…いや、聞きにくかったから聞いてないだけだけど」

ルーナがゆっくりと瞬きした。一瞬だけ、シリウスの事が頭から遠ざかる。
だとしたら、僕はケニーの地雷を踏んでしまったって、そういう事で。置いていってしまったケニーがどんな顔をしていたのか、思い出せない。思い出せないのが申し訳ない。

「聞いても無駄だから聞く必要は無い」

重苦しい雰囲気を破ったレグルスが、淡々を言葉を続けた。

「それは、孤児院側の人間が勝手に勘違いをしただけの話だ。真実を口にしたくなかったあいつは、その勘違いを訂正しなかっただけで」
「…?え、じゃあ違うの?」
「どうだか。真実はあまり変わりはしない」

ネビルの質問にレグルスはちょっと押し黙ってから、意を決したように口を開いた。

「僕の両親は魔法を知らないマグルで、僕が育ったのもマグルの孤児院だ。だけど、ケニーの両親は魔法使いと魔女なんだ」
「え?そうなの?」
「ああ。そして、…あいつの両親も闇の帝王に殺された」

誰もが息を呑んだ。リーもだ。そんな話聞いた事も無い。なんで、どうして。ぐるぐると視界が回る。だってそれじゃあ、まるっきり僕と同じじゃないか。
それなのに僕は、あんなひどい事を。

「あいつも殺されかけたが、無事だったんだ。闇の帝王があいつから目を離した隙に、あいつは逃げ出した。逃げた先がたまたまマグルの孤児院だったというだけだ」
「でも…捜索願いは出されなかったの?親戚とか、いるでしょう」
「あいつを迎えに来るような親戚はいない」
「そんな…」

言葉に詰まったアリシアが目を伏せた。アンジェリーナが気遣って、背中を摩っている。リーがぐっと唇を噛みしめながら「そんな話聞いてない」って悔しそうに呟いた。
ぐるぐると回る中でも浮かんだ疑問はアリシアがぜんぶ言ってしまったから、何も言えなくなった僕は俯いているしかできない。

「…、それって大丈夫なの?」
「え?」
「ケニーが今も生きているって事は、例のあの人は彼を殺し損ねたって事でしょう?ハリーみたいに」

沈黙を破ったのはハーマイオニーだ。隣で難しい顔をしていたセドリックもハーマイオニーと似たような事を考えていたらしい。後を引き継ぐように口を開く。

「この事、例のあの人は知っているのかい?」
「…、闇の帝王は知らないと思う。そうでなきゃ、あいつは三大魔法学校対抗試合の最後の課題で、間違いなく死体になっていただろうからな」

唸るようにそう吐き捨てて目を閉じたレグルスは、その時の事を思い出しているらしかった。
僕だって、あんな光景は二度と見たくない。ケニーだけじゃない、僕の大切な人の誰かが、あんな目に遭うだなんて我慢できない。だからこそ、こうやってシリウスを助けに来たんだから。

「ハリー」

目を開けたレグルスは、僕の目を見つめた。ブラウンの瞳がオレンジのネオンに照らされてきらきらと輝いている。

「言ってなかったんだから仕方ないって、あいつは君を許すだろうと思う」
「…うん」
「けど、僕は許さない」

不意に低くなった声に思わず肩を揺らす。けれどもレグルスは、目を反らす事を許してくれなかった。ぎゅっと眉を寄せたレグルスはとても怒っていて、でも目を伏せて、視線を反らした。

「…ちゃんと謝っていてほしい。それだけだ」

ローブを翻したレグルスの背中を見て、もっと僕に言ってやりたい事があったんじゃないかって確信があった。けどきっと、ケニーがそれを望んでないだろうなって思ったから飲み込んだだけで。
ボックスの中に拡大呪文をかけたセドリックのあとに続いて電話ボックスの中に入りながら、そんな風に思う。
レグルスに言われなくったって、ちゃんと謝るつもりだったから。




back

ALICE+