「…今、なんと仰いましたか」
「聞いたままの通りじゃ」

魔法省の戦いから一夜明けた。世間に恐れられる名の知れた死喰い人、闇の帝王までもがいたあの場で奇跡的に、一人の死傷者もでていない。聖マンゴに入院する事になった闇祓いもいるが、それだけだ。13人の未成年含む学生の魔法使いは、ほとんど無傷。
その理由の一端となった少年の話を聞かされた私は、息の仕方を忘れた。部屋の隅で、小さな雛となった不死鳥がか細い声で鳴いている。それ以外は静かなチリンチリンという金属音しか校長室には響いていない。

「レギュラス・ブラックが、死んだという話は私も知っています。しかし…」
「生まれ変わったなどという話は、わしも信じ難い」

テーブルに腰を預けたダンブルドアは、古い記録を捲っていた。歴代のクィディッチ・チームの名簿だ。かつてスリザリンのシーカーを務めた少年の名前が、そこにあるに違いない。

「そこで君を呼んだのじゃ。シリウスは弟と疎遠じゃった。君の方が、彼がかつてのレギュラスであると理性的に考えられるのではないかね?」
「……いえ…」

曖昧な返事で濁すと、ダンブルドアは記録を捲る手を止めた。

「確かに、レギュラスはスリザリン内で有名でした。ブラック家の次期当主である事も学生の身で死喰い人に成り得た事も、噂になっていました。しかし、それだけです」
「それだけ?」
「…。私はレギュラス・ブラックとさほど仲良くしていたわけではありません」

もちろん、顔を合わせれば話はした。しかしそれは同僚の先輩後輩という垣根を越える関係ではなかった。例えを挙げるなら、ポッターとウィーズリー家のような、家族ぐるみのような付き合いはしていない。つまり、端的に言うと。私は彼の事をよく知らないのだ。

「…ただ」
「ただ?」

一瞬言い淀んでから、私は相変わらずこちらを見向きもしない賢人を見つめた。

「彼は、闇の帝王を崇拝していました──あれは盲信と言ってもいい。死喰い人になる事も、闇の印を刻まれる数年前から強く望んでいました」
「盲信、のう」
「純血主義で、マグル生まれを疎み、闇の帝王の考えは魔法界をよりよくするのだと信じていました。学生時代に死喰い人になった事で、彼の悲願は達成されたと言ってもいいでしょう」
「なるほど、なるほど。まるきりかつての君じゃのう」

さらりとした皮肉に唇を噛みしめるしかできない。ダンブルドアは記録に保存されていた写真を見つめている。スリザリンのクィディッチ・チームが勢ぞろいしている色褪せた写真の真ん中に、ブラックによく似た少年が映っていた。

「ですから、理解できません」
「何がじゃ?」
「彼が闇の帝王を裏切った、その理由がです」
「ふむ…」
「私の記憶にあるレギュラスと、ここで七年間見てきた──レグルスは、あまりにも違いすぎる」

自分の中にあるレギュラスの情報はとても少ない。しかし、その小さな情報と照らし合わせてみても、私には、彼がかつての"レギュラス・ブラック"その人物とはどうしても重なり合わない。
一方で、全てを知った今だからこそ、彼らは同一人物なのだと納得できる要素もある。文句のつけようのない美しい発音のRP、貴族であるが故の立ち振る舞いや所作、など。
しかし──彼はブラック家の人間として純血を誇りとしていた。グリフィンドールに組分けされるわけがない。争いが起こっても自らの拳で野蛮に解決するのではなく魔法で持ってして制していた。アディントンやウィーズリーの双子…あの忌々しいポッターを彷彿とさせるような問題児と友人になることも無かった。
彼は闇の帝王を絶対的な存在として崇拝していたのだ。裏切るなどありえない。

「──彼がどのような男であったのか、私には断言することができません。こういう人物だと断言できるほど、彼を知っていたわけではありませんから」
「…彼の人となりを知る人物は?」
「今からマルフォイ家の屋敷をお訪ねになりますか?」

皮肉に返事は返ってこなかった。記録が閉じられ、ダンブルドアはゆっくりと息を吐き出している。彼の中でも、判断がつかないのだろう。出ていこうとローブを翻しても、引き留められる事は無かった。



試験を終えた校内は静かなものだった。校庭は、夏休みまでの最後のひと時を過ごす生徒の笑い声で溢れている。シーズンも終わって選手でない生徒にも解放されたクィディッチ競技場で、幾人かの生徒が飛んでいるのも見えた。実に呑気な事だ──魔法界が今にも戦火で覆われようとしているというのに。
しかし、真実が明るみになった事で、闇の帝王の脅威は着実に世の中に広がりつつある。来年度はいったい何人の生徒が学校へ戻って来るだろうか。かぶりを振って、逸れていた思考を元に戻す。
考えれば考える程に沼に沈んでいくようだった。レグルスとレギュラスが同一人物だと言われても、納得し難い。理解できない。話によればブラックは、彼らが"そう"だと理解し納得したらしいが──何をもってしてブラックは"そう"思ったのだろう。そう疑問に感じた瞬間、すぐに頭の中から追い出した。あ奴の考えは理解できない。したくもない。

医務室への階段を下りると、扉の傍にグレンジャーが立っていた。おそらくウィーズリーの見舞いに来たのだろう。しかし彼女は、私が階段を通りすぎても一歩も動かなかった。浅い息をつきながら食い入るように医務室の中を見つめている。アディントンの二人がじゃれあいながら何やら話しているようだが、残念ながら会話までは聞き取れない。

「何をしているのかね」

グレンジャーは飛び上がった。いや、実際は飛び上がっていないのだがともかく大仰に肩を震わせた。何かを言おうとして、言葉になっていない。普段鬱陶しい程にきびきびとしたグレンジャーらしくないと思って、もう一度声をかけてみたの、だが。

「入らないのかね、」

最後まで言い終わるか言い終わらないうちに、グレンジャーは脱兎の如く駆け出して行った。軽く腕が当たったというのに、謝りもしない。これだからグリフィンドールは。
舌打ち混じりにきっちりと減点をしてから医務室に踏み入る。それでも、彼に何と言っていいやら、頭の中でセリフがまとまらない。
私は、彼の事を知らない。だから、彼が敵か味方なのか判断はできない。今彼を目の前にしても、それに答えは、。

「校長から話は聞いた、…」

ある男が、闇の帝王に心酔していた。男は闇の帝王を裏切って死んだ。その死の真相はつい最近まで隠されていた。その男が今再び生きている事が、明らかとなった。
それらを語った賢人は私に言った。レグルスとなったレギュラスが信じられないと。彼が分からない事ならば、私にも分かるはずもない。
そう思っていた。

「久しぶり、とご挨拶すべきですか?」
「君から畏まった言葉遣いをされていると思うと、釈然としない」
「そうですか。興醒めです」
「特に面白い話をしているわけではないのだがね」

今一度自問する。
彼は、レグルスは、今も闇の帝王と志を同じくしているのか。ベラトリックスやマルシベール、その他多くの死喰い人のように、闇の帝王のためにならば何でも差し出せるのか。
彼は、昔と何一つ変わっていないのか。

「我輩は君と先輩後輩として接する気は毛頭ない。我輩にとっての君はもうグリフィンドールの、レグルス・アディントンなのだから」
「…そうですか」

答えは──もちろん否だろう。
彼はもうマグル生まれを穢れた血と揶揄したりしない。彼はもう闇の帝王の志に従ってはいない。彼はもう、闇の帝王のために心血を注いだりはしない。
昔は死んだ。今度は死にぞこなった。それが答えだ。

「よく似てはいるが、君は昔とは違う。雰囲気も、顔つきも」
「えっ、そうなんすか」
「当たり前だ、彼の両親はブラック家とはなんの関係も無いマグルの夫妻ですぞ。…アディントン貴様はもう少し言葉遣いをだな」

顔をしかめながら、おぼろげに覚えているレギュラス・ブラックという名の少年の姿を思い描く。黒い髪で、ブラックに似て尊大な顔つきをしていた彼を。あのスリザリンらしい少年をここまで変えたのがグリフィンドールであるというのならば、ブラックへの態度をほんの少し、改めてやってもいい。
もちろん、あいつも改めると言うのならば、だが。


back

ALICE+