企画より
いつから「そう」思っていたのか、最初に「そう」感じ始めたのはいつだったのか。正確には覚えてない。でも、ホグワーツに入学して最初の頃だったと思う。
俺は一人で寮の部屋に帰っていて、ピッタリ閉まっている扉のドアノブをなんのためらいもなく捻った。驚いた。なぜって、たった今まで喋っていた風のケニーとレグルスが、口を半開きにしてこっちを見ていたからだ。
「どうした?」
「あ、いや、別に」
「喋っててもいいぜ。俺、すぐに出るから」
「…ああ」
しどろもどろなケニーと言葉少なに返事をしたレグルスは、結局俺が部屋を出るまで会話を再開しようとはしなかった。それが少し気にかかった。
今思えば、あの時後ろ手で扉を閉めた俺を振り返らせたのは興味だけじゃなかった。俺の胸をチクリと刺したのは、俺には話せなくてあの二人はお互いに喋ってもいい事があるんだなっていう小さな嫉妬。寂しさと憤り。なんだかのけ者にされたような気がして、あとはもうふり返らずに螺旋階段を駆け下りたのを覚えている。
あの時感じた複雑な気持ちを、それからも何度か感じることがあった。
たとえば、二人がケンカした時。シリウス・ブラックの冤罪が晴れた時。レグルスの涙を見た時。ケニーの傷が残っていたのを知った時。そして──レグルスの過去を知った時。
本人たちから秘密にしている事があるって言われた事は一度もない。でもきっとケニーとレグルスは二人で示し合わせて行動してて、俺を含む他の人にはないしょにしている事をお互いに話していて。
嫉妬も怒りも、もう感じない。寂しさだけが残っている。
そう。4年生の時だ。
はじめてケニーとレグルスがケンカして、しばらく顔すら合わせなかったことがある。あの時俺とフレッドとジョージは、ささいなケンカだと思って、「夫婦喧嘩だ」「痴話喧嘩だ」ってからかった。
だってそうだろ?血のつながりもないのに姓が一緒で、なのに磁石みたいにいつもピッタリ一緒で。そんなあいつらが口もきかないなんて珍しくて、他の同級生と一緒に笑い合ったんだ。事が思ってたよりもずっと深刻だと察したのはもうちょっと時間が経ってからだけどな。
「何があったんだよ」
「どっちが悪いのか知らないけど、君が悪いならすみやかに謝れよ」
腫れあがったケニーの左頬はレグルスの一撃でこさえたものらしい。数日赤みはひかなくて、驚いた。あの大人しいレグルスが手をあげるだなんて。
いや、いつもレグルスが何かとケニーをバシバシしばき倒してたのは「手をあげる」に入らないんだよな。つまり、ここまで酷いのは初めてだった。そういうわけで、何かがいつもとは違うなって勘付き始めたのは、ケニーの腫れた頬が青あざになってきた頃だ。
「俺は悪くねえもん」
唇をとがらせて、どこからどうみてもふてくされているケニーは、殴られた理由を言わなかった。
他の奴らが聞いても、俺達が聞いてもだんまりを決め込んで、左頬に気を遣いながら肘をついていた。顔を見合わせた俺達は、比較的やり易いだろうと思ってレグルスを説得しにかかった。
「なんで殴ったんだよ」
「あいつが悪いんだよな?レグルスは理由もなく手をあげたりしないだろうし」
レグルスの頬は腫れていなかった。その代わり、ひどく憔悴していたように思う。よく眠れていなかったのか、目の下にうっすら隈ができていた。
問いただすと、レグルスは長い睫毛を震わせて下を向いた。はじめて見る顔だった。
「僕の、…わがままだ」
俺達の中でいちばん賢いレグルスは、たまによく分からない言い回しをする。今回もそうだった。もう少し大人になったら分かるようになるんだろうか、なんて思った。
ともかく、ケニーと違って殴った事を反省しているらしいレグルスに、俺達はそれ以上何も言えなかった。
結論、そっとしておこう。ふてくされても反省してても、俺達にケンカした理由を言おうとしない二人。俺はフレッドとジョージを膝を突き合わせて話し合った。
「なんでだろうな」
厨房から失敬してきた食べ物を嗜みながら天井を見上げる。腹ばいの姿勢でレポートを書いていたフレッドが顔をあげた。ジョージは手を止めない。二人はお互いの課題を交換して、互いの筆跡をそっくりまねて課題をこなしてる。ちなみに、一回もバレたことがない。
「何の事だい?」
「ケニーとレグルスだよ」
視線だけそっちを向いて答えると、フレッドは羽ペンを握っていない方の手でフィッシュ・アンド・チップスに手を伸ばした。
「あー、あいつらな」
「ほっときゃいいんじゃねえ?そのうち仲直りするだろ」
楽観的な二人に閉口して、また天井を見上げる。
兄弟がたくさんいて、兄弟喧嘩が日常茶飯事なこの双子は、ケニーとレグルスの仲違いをそう重く受け止めていないらしい。曰く、三日たてば元通りだそうだ。もう一週間以上たってるけど?あいつらにとっての三日間だよ。なるほどね。
ホグズミードで買った光る飴玉の包み紙をはがしながら、また口を開いた。
「なあ」
「今度はなんだい?」
「あいつらって、なんで俺達になんにも話してくれないんだろうな」
フレッドとジョージが同じタイミングで顔を上げて、同じタイミングで手を止めた。顔を見合わせたタイミングまで一緒だ。双子ってすげえなって、いつも思う。
「ミスター・リー・ジョーダン?」
呼びかけられて顔をそっちに向けた。もったいぶった言い方をしたジョージは、生意気な目を細めて、肩肘をついてニヤニヤしていた。悪い事を考えている時の顔だ。
「君こそ、俺達に言ってない事はないのかい?」
「え?」
「たとえば、この間こっそり夜中に抜け出して」
「彼女を慰めに行ったまま朝帰りした事とかだ」
ぐしゃり。思いきり握った勢いで袋から菓子をぶちまけて、その衝動のまま吹き出しきれなかった飴が喉に引っ掛かって盛大に咳込んだ。飴はどこかにいった。サラッと爆弾発言をかましたフレッドとジョージはお互いの肩を抱いて、してやったりとばかりに笑っている。
「な、なん、はあ!?」
「ああ兄弟安心しろ。俺達は別にお前のひそやかな性春、おっと間違い」
「青春を暴こうとしているわけじゃないんだぜ?もちのロニー坊やでな」
この際だからこいつらが知っている事は問題じゃない。問題は、いつどこで知ったのかだ。あと他に誰が知ってるのかとか。
「ともかく、俺達が言いたいのは」
「隠し事があるのは、何もあいつらだけじゃないってことさ」
そっくりな顔を交互に見て、俺は身を起こした。
「お前らも、俺やケニーたちに隠し事があるのか?」
「そりゃ、もちろんさ。なあフレッド」
「おうともさジョージ。口にするのもおぞましい秘密だって抱えてるぜ?」
その秘密とやらが本当におぞましいのかどうか、追及するのは野暮ってもんだ。心の奥底でもやもやしていた何かがすうっと流れていったような気がした。フレッドとジョージは笑った。悪い事を考えている時の笑みじゃない。
「あいつらも隠し事をしてる。リーも、俺達もだ」
「だから、別に寂しいとか感じなくったっていいんだぜ?」
フレッドがまるで小さい子に諭すように言うものだから、俺はフレッドを蹴って、そして、ケニーとレグルスにはないしょの約束をした。
俺達は、あいつらの秘密を追及したりしない。その代わり、あいつらの秘密を知る一番の人間になってやろうって。そして、どんな秘密だったとしても、「それがどうした」って笑ってやろうって。
あの時の俺達は笑っていた。二人の秘密は些細なものだと思っていたからだ。
たとえば、俺が大切なあの子とキスをした回数とか。
たとえば、フレッドが昔ケンカしたときに隠したパーシーの宝物のぬいぐるみを未だに返せていないとか。
たとえば、ジョージがゾンコの店主とずっと前から文通を続けているだとか。
あの二人が抱えている秘密も、蓋をあけてみれば大した事のない、些細な秘密だって思ってた。
そうじゃないんだって気付いたのはいつだっただろう。
ああ、そう。7年生の時だ。
ダンブルドア軍団での最初の会合のあと、俺とフレッド、リーはまた話し合う機会を設けた。もちろん、ケニーとレグルス抜きでだ。
「どう思う?」
口火を切ったのは以前と違って、ジョージが先だった。フレッドが神妙に頷く。何がどう、って聞かれなくとも、俺にはちゃんと伝わっていた。
「ムカつく」
「だよな」
「ああ」
今年成人となったり、なる予定の俺達は、ホッグズ・ヘッドでケニーの傷が残ると知った時に、努めて大人の対応をしたつもりだった。耐えきれなかったフレッドの手が出たのはご愛嬌。もしもケニーがまったく反省した態度をみせずにすっとぼけていたら、俺やジョージの拳も出ていたかもしれない。話を戻す。
何がムカつくかって、それはもちろん、この件を秘密にされていたことだ。
「俺達が知らない方がいいって思ってたのか?あいつらは」
「そりゃ有難迷惑ってやつだ」
「むしろ、知らなくてもいいって思ってたのかもな」
どうしてそんな事をあいつらが考えたのか理解できなくて、ふつふつと怒りが湧いてくる。今までのあれそれはともかく、今回のは許せなかった。
俺達はあいつらにとって、そこまで信用に足りない存在なのだろうか。話す必要がないほどに、遠い存在なのだろか。何も知らない方が幸せだとでも思っていたのだろうか。ムカつく、と形容したけれど実際の所、心の奥底が冷たい。別に寒くないのに。
「ああ同胞よ」
大仰な仕草で手を挙げたフレッドに、ジョージが発言を許可した。
「7年だ。7年だぞ?俺達の友情はそんなにも軽いのか?意見を求める」
本当にたまーにしか見ないしかめっ面のジョージに倣って、俺も肘をついて考えた。言っとくけど、フリだ。答えは考える間でもない。
フレッドが俺よりも早く挙手したジョージを指名した。
「俺は軽くないと主張する。それこそ、ハグリッド10人分の重さだ」
大真面目に言い切ったジョージがおかしくて、ちょっと笑った。そんな俺にフレッドが微笑みかけてたのが嬉しかった。ジョージは続けた。
「根拠は?」
「時にフィルチの包囲網をかいくぐり、時に罰側を食らい、苦楽を共にしてきた俺達は親友と言っても過言ではないからさ」
「なるほど」
フレッドはやれやれといった様子で肩をすくめたけど、ふっと表情を消してポツリと呟いた。
「でも、あいつらにとってはそうじゃなかったんだ」
部屋がシン、となった。今まで少しずつ感じでいた悔しさとか悲しさとかやるせなさとかが、ぐっとこみあげて言葉を詰まらせたからだ。フレッドとジョージも、俺と同じ気持ちを感じていたんだと思う。どのくらいか分からないけど、部屋はすごく静かになった。
腹立たしいけどそれ以上に寂しくて、この複雑な心境をなんと言って表したらいいのかずっと分からなかった。でも、今フレッドの言葉で納得した。
俺は──俺達は、失望したんだ。あいつらに。
虚しかった。
「なんでだろうな」
あの時、三大魔法学校対抗試合の最終戦でケニーがボロボロで帰ってきたあの時──ああ、あの時、レグルスは泣いていた。レグルスが泣いてるところなんて、はじめて見た。
いつも冷静沈着で、俺達の諌め役で、普段声を荒げる事なんて滅多にない彼が、泣いていた。ケニーが死んだかと思って、泣いていた。血だまりの中に膝をついてすがりついていたあの姿が、今も俺の頭にこびりついている。
そりゃ俺だって、きっとフレッド達だって忘れられないだろう。だって親友が死んでるかと思ったんだ。心が潰れてしまうんじゃないかって思った。ただ声を震わせることしかできなかった。
泣きはしなかったけど、でもレグルスと同じくらい心配したんだ。もしかして本当に死んでしまったのかって思ってしまった時、心が潰れてしまいそうだった。レグルスと俺達の、何が違うっていうんだ。泣けばよかったのか。そんなわけはない。
「なんで俺達になんにも話してくれないんだろうな」
前に同じ疑念を抱いたことがある。あの時は笑って流した。けど、今回ばかりは流せそうにない。
前に内緒で約束をしたことがある。あの時は腹いせだった。けど、今回はそんなのどうでもよかった。
きっとケニーは、レグルスは、俺達がこんな風に考えているなんて思ってもみないだろう。だから内緒にできるんだ。だから言わないままでいられるんだ。どうでもいいことはすぐに話してくれるくせに、肝心な言葉は伝えてくれない。
そこまで考えて、気付いた。フレッドとジョージがはっと顔をあげる。
「俺達もだろ?」
たとえば、俺が大切なあの子とキスをした回数なんて、たかが知れてるとか。
たとえば、パーシーの宝物のぬいぐるみはとっくに捨てられてしまっているとか。
たとえば、ジョージがゾンコの店主続けていた文通はここ数年途絶えてしまっているだとか。
俺達にとって些細なものだと思っていた事は実はとても大切で、笑って済ませてしまえない事もいくつもあって。
そういうものを分かち合って、互いの大切な事を少しずつ握りしめていたら、何かが少しは変わっていたのかなって──もう遅いのかもしれないけど。
それでも俺達はまた一つ、あいつらに内緒で約束をした。
今度こんな風に、ケニーとレグルスの二人だけの秘密を知った時には、絶対に問い詰めようって。もう知らないままでいいや、なんて思えないから。分からなくったって通じ合えるなんて、そんな安い理想は抱けないから。
俺達は友達で、友達がこんな風に思うのは間違ってるのかもしれないけど──ただ、確かなものが欲しかったんだ。
そんな俺達の決意は思いもよらない形でうやむやになる。
レグルスが死んじゃったカッコカリ騒動とか、彼自身の秘密とかでだ。個人的に、俺の中に走った衝撃はそれこそケニーが死んじまったかと思った時以来のものだったし、うん、正直に言おう。約束なんて忘れていた。
衝撃が落ち着いてそういえばって思った頃にはもう学校が終わりかけていたし、レグルスだって入院していた。レグルスが退院するのは学年末最後の日だと情報を入手した俺は、フレッドとジョージにふくろう便を送って問い詰める日取りを決めた。
秘密を聞き出すのは、帰りの汽車の中にするといい。
走っている汽車の中ならどう頑張ったって逃げられない。
コンパートメントを施錠してしまえば絶対に聞き出せるさ。
あいつらの質問リストと励ましの手紙をローブの中に押し込んで、俺は頭の中でいくつも質問を考えた。でも、そのどれもがしっくりこなくて、結局こう言うことにした。
──俺に、いや俺達に黙ってる事はないか。
シンプルだけど、何が言いたいのかは伝わるだろう。そう考えながら、目の前で俺のナイトが粉々になるのを眺めた。これで何回目だろう。ケニーがさすがに手を止めた。
「なんだよ、身が入ってねえなあ」
「いやいや」
どう頑張っても笑いが漏れてしまう。
俺がこんな風に考えてるなんて、こいつは思いもよらないだろう。きっと、傍で本を読んでいるレグルスもだ。ふうん、なんて声を漏らしているケニーにごめんと声をかけて、次の駒に指令を出す。
俺がこの言葉を言ったら、二人はどんな顔をするだろう。それが楽しみでならない。
そんな決意がまたしても吹っ飛んでしまうのはもう少し先の話だ。
なんてったって、言葉をぶつけるべき本人がいなくなっちまうんだからな。
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