僕らのふくろう試験ショックが落ち着いてきた頃、誰かがキッチンに入ってきた。シリウス、そしてレグルス。その二人の顔にあらゆる意味で顔をほころばせたハリーは次の瞬間、ぴきりと体を強ばらせた。シリウスぐらい背の高い、誰もが認めるハンサム君が微笑んでいる。
「ああ、試験の結果が届いたんだね」
「セドリック!?」
当然だけど、思ってもみなかった人物がいる事にハリーは目を白黒させている。差し出されるままに握手をする二人のシーカーを見て、僕はそっか、と声をあげた。
「そういや、君、知らないのか。セドリックも騎士団に入ったんだよ」
「そうなの?」
「若い人間が入ってきてくれるのは、我々としても嬉しい」
僕の説明にそう付け加えたシリウスは、ほくほく笑顔でハリーを抱きしめた。そんな兄(ってまだ言ってもいいのかな)をスルーしたレグルスは、慣れた様子でキッチンを縫うようにくぐり抜ける。持っていたマグの中に飲み物を追加しながら、ようやく口を開いた。
「ハリー、あいつは何か言っていたか」
「えっ」
未だに見慣れないシリウスと同じ色の瞳で、レグルスは不意を突かれたらしいハリーを見据えた。ハリーの喉仏がゴクリと動く。そんな態度じゃ、"あいつ"が誰なのか心当たりがあるって言ってるようなものだ。
「そんなに身構えなくてもいい。君はダンブルドアと、ケニーと一緒に隠れ穴へ来たんだろう?」
「…あーっと」
「ハリー、言った方が楽だと思うぜ」
明後日の方を見て誤魔化そうとしている親友に、小声で助け船を出してみた。レグルスはケニーのこととなると、本人は努めて態度に出さないようにしてるみたいだけど、若干空気が重くなる。今みたいにね。
結局根負けしたハリーはゆっくりと首を縦に振った。
「ごめん。言うなって言われてたから…」
「だろうな」
レグルスの静かな返事の理由は、たぶんハリー以外の皆なら察しがついている。びくびくしているハリーを置いて、レグルスは飲み物を追加したマグを持って上へと向かった。
バタン、と扉が閉まる音がしてようやく、シリウスがガンとテーブルに突っ伏した。
「はぁ、息苦しかった」
「シリウス、レグルスと話をしてないの?」
「いや、話はするさ。だが、ケニーのこととなると…口を挟みにくい」
「シリウスだけじゃなくて皆そうだわ。なんていうか、空気がギスギスするのよ」
ふくろう試験の結果を、ようやく封筒の中に収めたらしい。ハーマイオニーはいつもの調子に戻って、シリウスを慰めた。
「ホグワーツ特急でケニーがいなくなってから、一体何があったの?」
マグルの家にいて、魔法界との繋がりをずっと絶たれていたハリーが、まずこの質問から始めるのは当然の事だ。僕らにとっては、今考えると、ずいぶん昔のように感じる出来事でもね。
それは、7月に入ってすぐのことだった。
僕らがダンブルドアとケニーが一緒に行動してるって最初に知ったのは、本人から教えてもらったからじゃない。魔法界にいる他の魔法使いや魔女と同じく、日刊預言者新聞の報道でだった。ハリーが「選ばれし者」と報道されるようになったのと、ほとんど同じ時期だ。もちろん、ハリーだって新聞を読んでいるだろうから、それを知っているだろう。
ハリーや魔法界の情報はそこまで。でも、僕らは違う。僕らが「予言者」の記事に驚いて間もない頃に、ケニーは隠れ穴へやって来たのだ。
「ダンブルドアから伝達です」
例えば、ふくろう便を使えばいいのに。例えば、煙突飛行ネットワークを使えばいいのに。今のご時世それが難しいなら、守護霊の呪文を使えばいいのに。もっと言えば、本人が言いに来ればいいのに。挙げればもっとあるだろうどの選択肢も選ばずに、ダンブルドアはケニーを使って伝言を渡しに来た。
「グリモールド・プレイスは8月中旬まで使えないという目途がたちました。それまでは隠れ穴を『本部』として扱うよう──それに伴って、家族以外の人間がここに出入りするのを、ウィーズリー夫妻にはお許し願いたいとの事です」
「それは、別に…構わないが…」
パパの目はケニーに釘付けだった。僕らもそうだった。
ケニーの装いは、最後に見た時とぜんぜん違っていた。ダンブルドアのような、一目見ただけで高級なものだと分かる"それ"らしいローブを羽織って、ダンブルドアみたいに細く銀色の、"それ"らしい眼鏡をかけて。髪型まで変えて、まるで、新聞の言っている事は本当だと、僕らに知らしめるみたいに。
「どういうつもりだ」
だから、レグルスが低い声でそう唸ったのは、全員の気持ちを代弁してのことだった。なのに、ケニーはレグルスを見もしないで伝達事項を続ける。
「それと、もう少ししたらハリーを迎えに行く目途もたちます。ハリーの滞在期間中、隠れ穴には魔法省による最大級の安全対策が施されるのですが、そのためご夫妻にはいくつかのご不便をおかけすることに──」
「いい加減にしろ!」
レグルスが吠える。ようやく僕らの方を向いたケニーの目は静かで、静かすぎて、僕の喉が勝手に上下した。こんな冷たい目をする彼を、僕は知らない。皆も知らない。隣に立っていたジニーが、僕のパーカーの裾を握りしめた。
「なんだよ」
「なんだ、だと?ありすぎてすぐには挙げきれないな」
レグルスは嘲笑して、一歩進み出た。
「まず、ホグワーツ特急から勝手に姿を消した事を詫びろ。あの日から一切の連絡もしなかった事もな。そして、この報道内容の真相もだ!」
机の上に置いてあった新聞を取り上げて、レグルスはケニーの足元へ投げ付けた。ハリーの大見出し記事の隣に、ダンブルドアとケニーの写真が大きく載っている。見出しのタイトルは、『ダンブルドア、後継者を決めた?』だ。ケニーをよく知る僕らからしたら、この時点で馬鹿らしい。記事の内容も、冗談が過ぎるものばかりだった。記事が記載している情報の出所が、リータ・スキーターの独占インタビューだってところも。
ケニーは新聞を一瞥して、それからレグルスを見た。
「新聞は大衆に知るべき事実を知らせるものだろ?」
「この記事のどこが真実だと?」
「大衆が信じれば、それが事実になる」
眼鏡の奥で、ケニーのまなざしは全く揺れない。それも少し怖かった。
「去年までの、血筋がどうのって言うよりは説得力があるだろ?後継者の方が。ほっとけば、大衆は噂を本当にしてくれる」
「…本気で言ってるのか?」
レグルスの声が震えた。動揺からじゃない、怒りからだ。それくらい僕にも分かる。レグルスの隣に立っていたシリウスが、ゆっくりと距離を取った。ケニーが肩をすくめて、僕のよく知る笑みを浮かべた。
「俺はいつだって本気だよ」
バーンとけたたましい音がして、キッチンのテーブルが吹っ飛んだのが見えた。テーブルがこちらに倒れてきたのが見えて、僕はジニーを床へ引っ張り倒した。テーブルがまっぷたつに割れたような音がして、埃がもうもうと舞う。ガシャンと最後に何かが砕けた音がして、ようやく静かになった。
「俺はいつだって、本気だ」
ケニーが静かに言ったのが聞こえて、僕は顔を上げた。今度こそはっきりと、喉が鳴る。
割れたテーブルの脇で、ケニーはレグルスに馬乗りになって、首の真上に杖を突きつけていた。何か軽いものが落ちた音がして、振り返る。レグルスの杖だった。レグルスの動揺が、僕からもはっきりと見て取れる。だって。
「この件については、誰にも何も文句を言わせない。お前にもだ」
なんの根拠もないけど、僕は昔からレグルスの方がケニーよりも強いと思っていた。
ケニーはいつだってレグルスに怒られていたし、ダンブルドア軍団での訓練も、レグルスがケニーを打ち負かして終わりだった。レグルスの正体が元死喰い人だっていうのも、僕の予想を裏付けていた。
なのに、今この瞬間、ケニーはレグルスを打ち負かした。たった一瞬で。
目の前の光景が信じられなくて、誰も何も言えないでいる。そのうちレグルスに何かを耳打ちしたケニーは、立ち上がって、キッチンの惨状を杖の一振りで元通りにした。
「お騒がせしました」
そう言って、ケニーはローブを翻した。玄関から数歩先で姿くらまししたらしい音がして、それから。
僕らはケニーを一度も見ていない。
「そんな事が、あったんだ…」
あの時ひっくり返った机は、古傷まで元通りになっていた。それがケニーの強さを裏付けているようで、また背筋がうすら寒くなる。僕の、僕らの知ってるケニーは、もうどこにもいないような気がして。
「それじゃ、昨日の夜ケニーが来たのは」
「あの晩以来だった」
シリウスがハリーの言葉を引き継ぐ。
あの時ケニーがレグルスに何を言ったのかは知らないけど、レグルスがあれ以来激昂したりしてない。口数も減った。それが少し気にかかる。
ハリーは続けて質問した。
「それじゃ、ケニーはダンブルドアと一緒に行動してるの?」
「ああ。それだけははっきりしてる」
「つまり、それ以外は分からないんだけどさ」
シリウスの言葉を茶化してみせると、ハリーはそう、とだけ呟いてマグを傾けた。
「まあ、そういうわけさ。今ここでケニーの事を話題に出すのは、賢いとは言えない」
セドリックが肩を竦めながら上を見上げる。暗にレグルスの事を指しているのを感じて、ハリーはこっくりと頷いた。
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