「ははぁ、なるほどね」
「俺達の知らない間にそんな事が、ねえ」

ダイアゴン横丁で一番派手な店を訪問してそうしないうちに、僕はフレッドとジョージに羽交い絞めにされて、店内の奥へ奥へと引きずられる羽目になった。頭の上で花火が踊っている。
ああ、僕は花火になりたい。自由に踊っているあの花火になりたい。おろしたての靴の踵が削られていく。

「お嬢さん、その瓶はひとつ3シックルだ──次に会った時は二発ほど、顔面に入れてやらないとな」
「セドリック、俺達のぶんも頼むぜ──はいはい、お勘定はそっちね」

僕を引きずりながら巧みに接客を続け、更には僕と会話を続ける二人に思わず舌を巻いた。
不死鳥の騎士団に入ってからというものの、落ち着いて何かをするって言う事がめっきり減った気がする。遠くで友達と一緒にウインドウショッピングをしているハリーがうらやましい。

「それじゃ、君たちのところに来ることもないんだね?」

広いはずなのに狭い店内を押しつ押されつつしながらなんとか呼びかけると、フレッドがスッパリ否定した。

「ああ。ふくろうの一羽も寄越さない」
「いや、あいつの場合不死鳥の一羽、ってとこか?」

奥の備品倉庫らしき場所に押し込まれて、ようやく自分の足で床を踏みしめた。すり減った踵を一瞥して、ふたつの意味をこめてため息をつく。

「この店にはホグワーツの生徒くらいしか来ないから、あんまり情報も集まらなくてさ」
「ただ、生徒たちは信じてるっぽい。予言者の報道をな」
「あいつと、ダンブルドアの思惑通りに」

ジョージが顎で暖炉をしゃくる。新聞の燃えカスが底の方に溜まっていた。

「一体全体なんだってあんな馬鹿な事をしてるんだ?俺達の相棒は」
「分からない。レグルスも、何も言わないから…」

レグルスはダンブルドアの言いつけで、不死鳥の騎士団の本部から出てはならない事になっている。ハリーとは違って、護衛があってもなくても、だ。
ちょっとひどすぎるんじゃないかって思ったけど、理由を聞いてからは、納得するようにしている。釈然としないけど。命には代えられないって言われたら、もう何も言えないだろう?
だからこうして、レグルスの代わりにあちらこちらで情報を得る役割を担うのは、苦だと思わない。

「もちろん、何かのメリットがあるからだよな?」
「ダンブルドアの傍にいると、何のメリットがあるんだ?危険が倍増するだけだろ」
「…それが狙いなんじゃないかな」

レグルスの前では敢えて言わなかった考えを、二人の前で口にする。二人はまったく同じタイミングでこちらを振り向いた。

「危険にわざわざ飛び込むってか?」
「そこじゃなくて。ダンブルドアの傍にいることが、ケニーの狙いなんじゃないかってこと」

なんとなく口にした言葉に、フレッドとジョージは思った以上に食いついた。揃って疑問を口にする。

「「なんのために?」」

──なんのために、か。
理由はいろいろと考えつく。例えば、レグルスの仇を討つため。
もちろん、彼は生きているけれど、ベラトリックスという魔女のせいで死にかけたのに変わりはない。前に小耳に挟んだけど、ケニーは相当怒っていたらしいから。
もしくは、レグルスのような犠牲が、騎士団の中からこれ以上出ないようにするため、とか。
ケニー自身がそう言っていたように、次の犠牲が誰になってもおかしくない。明日には、不死鳥の騎士団の一員が欠けているかもしれない。そういう状況下に、僕らはいる。
でも、そもそもの問題として、彼が僕らに嘘をついてまで不死鳥の騎士団に義理立てする理由が、ないんだ。ここでいつも思考が停止してしまう。またため息をついた。

「さあね。だいたい、レグルスが分からないのに、僕にが分かるわけがない」

ケニーの考えている事は、いつだって分からないのだから。そう付け加えると、二人は顔を見合わせて黙った。









隠れ穴での生活が終わって、ウィーズリー一家を含む大半の魔法使いがグリモールド・プレイスに移動した。少しだけ予定をオーバーしたブラック邸の掃除は、掃除だけに留まらなかったらしい。
古く壊れかかった屋敷の見た目はそのままに、室内がまるでリフォームしたかのように美しく、綺麗になっていた。顔をしかめたシリウスが苦々しげに「昔を思い出す」と漏らしたほどだ。それを聞いて、功労者たる年老いた屋敷しもべ妖精が誇らしげにしていたのが記憶に新しい。
落ち着かない程にシリウス曰く「元通りになった」ブラック邸に、ようやくみんなが馴染み始めた頃。つまり、8月の最後の日。レグルスと僕が午後のお茶を楽しんでいた時に、バーンと扉が開け放たれた。

「レグルスって闇の印で学生時代だった時に死喰い人がありうるよね!?」
「落ち着け」

興奮気味に部屋に飛び込んだハリーの後ろから、ロンとハーマイオニーがひいひい言いながら呼吸を整えている。
二人の呼吸が落ち着くのを待って、三人分の紅茶を煎れたレグルスは改めてハリーに問いただした。

「それで、なんだって?」
「レグルスってさ、学生時代に死喰い人になったんだよね?」

遠慮のかけらもないハリーの質問に思わず隣に視線を飛ばしてしまう。レグルスがレギュラスだった頃の事を話題にするのは、なんとなくみんなが避けていた事だ。だってそれは、今レグルスとこうして話をするのには関係ないから。
本人も触れてほしくなかっただろうに、レグルスは静かに肯定の意を示した。

「ああ、そうだ。それが何…」
「ハリーが、マルフォイは死喰い人なんじゃないかって言うんだ」

大きく息を吐き出したロンがやれやれといった様子で頭を掻いた。ハーマイオニーもしかめっ面でハリーを見ている。レグルスはというと、座り直してハリーを見た。覚えのある名前を耳にして、思わず口を挟んでしまう。

「マルフォイって…スリザリンのシーカーの、ドラコ・マルフォイ?」
「そう。この間ダイアゴン横丁に行ったときに、あいつと母親を見たんだ」

興奮したハリーの説明ではいくつか穴があったので、冷静なハーマイオニーの補足で僕にも話が飲み込めた。
なんでも、マルフォイは母親と二人でダイアゴン横丁へ買い物に来ていたらしい。三人が見かけた時から、彼らは険悪ムードだったみたいだ。そうして、自分にくっついていた母親を振り切って一人でボージン・アンド・バンクスに乗り込んだマルフォイは、何らかの方法で店長を脅していた──その脅しは、彼が左手を晒す事で効果を発揮したようだ。
死喰い人はみんな左腕に闇の印を刻んでいる。ハリーはそこに目を付けて、マルフォイが死喰い人だと主張しているというわけだ。

「ねえ、ハリー」

ハーマイオニーはじっと考え込んでいるレグルスを気遣わしげに見ながら言った。

「確かに、ヴォルデモートはかつて学生だったレギュラス・ブラックを死喰い人にしたわ。でもあの時はあの時よ。今とは勝手が違うでしょう?」
「どう勝手が違うんだ?あの時と一緒で、ヴォルデモートは今や魔法界で堂々と力を振るってるじゃないか。それに、アズカバンにいる父親の代わりをさせてるのかもしれない」

さて今のところの見解はこんなところだ、と言わんばかりにハリーはレグルスを見やる。僕やロン、ハーマイオニーは少しそわそわしながらレグルスを見た。
しばらく考え込んだレグルスは、美しい装飾の施されたカップを口元に運んで一息つくと、ハリーを見つめた。

「ドラコが死喰い人になっているかどうか、だが…僕には分からない」
「どうして?」
「まず、かつてヴォルデモートが猛威を振るっていた時代は、ヴォルデモートを支持する魔法使いがたくさんいたんだ」

ハリーはポカンと口を開けた。ハーマイオニーは驚いた様子だったけれど、ロンはあまり驚いていない。僕もだ。これはきっと、魔法界で生まれ育っているかどうかの違いだろう。なにせ、ヴォルデモートが『猛威』を振るっていた時代だ。そういう時代を生き延びた親に僕らは育てられている。
ヴォルデモートの支持者ですとか、味方ですとか、そういうアピールを周囲にしていた方が安全だったに違いないのは明らかだ。幸いにも、ヴォルデモートや死喰い人に勇敢に立ち向かって亡くなった家族は、僕にはいないけれど。

「あの頃は死喰い人も、パトロンも、支持者だって今よりも大勢いた。未熟な、しかもダンブルドアの庇護下にいる学生をわざわざ死喰い人にする理由がない──そんな中で、レギュラス・ブラックは、ずっと死喰い人になる事を望んでいた」
「…ヴォルデモートを支持していたから?」

レグルスは答えずに、ゆっくりと瞬きした。

「まあ、当然に若すぎるという理由で断られ続けていた。成人して、持っていた伝手を駆使し、頼み込んでようやく闇の印を刻んだんだ。だが、ドラコはまだ未成年だし、そもそも僕のような伝手が無い」
「伝手?」
「父親が大きな失態を犯しているからだ」

レグルスは続けた。

「ルシウスは魔法省で君を捕らえそこねた上に、回収するよう命じられた予言を破壊してしまい、その上ダンブルドアに捕縛されている。ヴォルデモートの信用は失墜しただろうし、その息子を歓迎するとは思えない。むしろ…」
「むしろ?」

ハーマイオニーが尋ねると、レグルスは黙って頭を振った。

「いや…。それよりドラコが、シシーを振り切ってボージンと話をつけたというのが気になる」
「シシー?」
「ナルシッサ・マルフォイ。彼の母親だ。彼女はブラック家の出身で、僕のいとこだった」

ブラック家の血筋がマルフォイ家にまで伸びていることに内心舌を巻いたけど、今はどうでもいいことだ。眉を吊り上げたロンが尋ねた。

「あいつ、マザコンなの?」
「彼はともかく、シシーは家族を大事にしていた。親兄弟をそうしていたように、夫も息子も大事にしていたはずだ」
「マルフォイは、ボージンと取引をした事を、母親に知られたくなかったって事かしら?」
「………」

レグルスはそれきり黙り込んで、また考え込んでしまった。しばらく沈黙が続いて、少し冷静になったらしいハリーは、コップを傾けながら呟いた。

「気になってる事があるんだ」
「ん?」
「学校が終わる前、最後にマルフォイに会った時、なんだか…怖かった」
「どういうこと?」
「ていうか、あいつと二人で会ったの?」

ロンが話を反らすような質問をするので、ハーマイオニーはロンを睨んだ。ハリーはロンの言葉に頷いて、マグを傾けた。

「うん…。あの時、マルフォイを止められないって、そう思った」
「止められないって、何から?」
「分からない。でも、まるで戦争に行くみたいに、すごく静かな顏で、僕に別れを告げたんだ」

ハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてマルフォイ。端から見てもいがみ合う仲だったはずの四人に、何があったかは知らない。ただ、僕が。みんなが知らないところで、お互いを想い合う関係になっていたんだろうと思う。

「あんな顔をしてたマルフォイを、放っておくべきじゃない」

そう言ったハリーからマルフォイへの憎しみや怒りは感じられなかった。純粋に友人を心配する彼らを見送って、一息つく。難しい顔をしたままのレグルスは口を開かない。
こんな時、ケニーなら一番いい助言をハリーに与える事ができたんだろうか。心の中で何度目かになる恨み言を零して、レグルスに向き直った。

「さっき、どうして言い淀んだの?」

例のあの人の信用を失くしたマルフォイ氏。だから、その息子が死喰い人になりたいと願い出ても歓迎されるはずがない、というのは筋が通っている。
暗い顔をしたレグルスは、マグを握りしめたままハリーが出て行った扉を見つめていた。

「…闇の帝王なら。僕が知るままの闇の帝王なら、失態を犯した死喰い人にはそれ相応の罰を与えると思ったんだ」
「罰?」
「昔なら、命を持って失態を償わせるなんてのは珍しい話じゃなかった」

喉を鳴らして、レグルスの話に聞き入った。

「でも、マルフォイ氏が亡くなったという話は聞いていない。一家の屋敷に闇の印があがったという話も。なら…」
「…なら?」

これ以上胸糞の悪くなるような話は聞きたくなかったけど、話の先を促さずにはいられなかった。僕よりも暗い色をした灰色の瞳を瞬かせて、かつての死喰い人は告げる。

「ドラコに達成不可能な無茶な命令を下して、父親の尻拭いをさせるついでに殺してしまう、だとか」
「なッ…」
「闇の帝王なら、そうする。闇の帝王に慈悲なんて無い」

言い返す言葉が出てこなくて、ただレグルスを見つめ返すしかできない。きっと彼も分かっていて、それでも畳みかけてきた。

「知っているだろう?」

知りたくなかったと言えたらどんなによかっただろう。


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