「ケニーとレグルスが練習で杖を向けあうことはあったけど、本気でってなかったわよね」
多くのホグワーツの魔女が行きつけだった、ホグズミードのカフェで待ち合わせ。今や懐かしい城を眺めながら、僕達は揃って冷たいアイスティーで喉を潤した。
「いつだったかな?昔、ケンカしたことあっただろう?」
「あんなの!今回のに比べたらお優しいレベルだよ」
僕の隣にリー、向かいにアンジェリーナとアリシア。とっても珍しいメンバーだと思うし、今までもこのメンバーでお茶をした事はない。でも僕らは去年、とある秘密の組織に所属していた事でとても距離が近くなった。あとは、話題で察して欲しいって具合さ。
あれから数か月も経つというのに、僕らは相変わらず、僕らの友人の友情について頭を悩まされている。
もちろん、問題はそれだけじゃない。
「レグルスの前世がブラック家の次男で、しかも死喰い人にまでなってて、つまりもう一回死んでる…ってだけでも、衝撃なのにね」
先月仕入れたばかりの新しいニュースを指を折って数えたアンジェリーナが、辟易した様子で肩を竦めた。
死喰い人──僕らの同僚やルームメイトで、親戚や家族を彼らに殺されている子がいる。一生消えないトラウマを抱えた子もいる。だから、彼の抱えている秘密について、僕らはもっと熟考して答えを出さなければならない。
本来ならば。
「なんていうかさ」
「ああ、うん」
「そうね」
思っていることはみんな一緒だということが、今日顔を突き合わせたことで、言葉を交えなくても伝わっている。僕を含めて全員が、分かってる。
「そんな事が、小さな問題に思えてくるくらいなんだよね…今の状況って」
この一ヵ月、僕はこのメンバーの中で唯一、騎士団の中を自由に出入りしてきた。そして、店を持っているフレッドやジョージ、既に職を持っているアンジェリーナ、そうではないアリシアとリーの間に立って、情報交換を行ってきた。その結果が、これだ。
ケニーがダンブルドアの後継者だという報道とか。
ケニーとレグルスが、ウィーズリー家で一騎打ちをしてケニーが勝っただとか。
その結果、レグルスがこれ以上ないほどに落ち込んでしまっているとか。
つまり、レグルスが元死喰い人だのなんだのという問題が、遥か彼方昔に聞いたことのように思えてくるのだ。
レグルスがレギュラスで、元死喰い人で一回死んでて、どうのこうのということよりも。ケニーとレグルスの友情がこれまでという危機を迎えていることの方が、僕らにとってはずっとずっと重要で、解決しなければならないことで。
だって僕らにとってレギュラス・ブラックという死喰い人はずっとずっと過去の人で、今僕らがぶち当たっている問題とはなんら関係のない人物なのだから。
「で」
パン、とリーが膝を打った。
「レグルスはどんな様子だ?」
「どうもこうも」
僕はアイスティーで喉を潤して、結露で濡れた手を拭った。
「元気がないというか、覇気がないというか。あまり、眠れてないんじゃないかな。何か考え込んでいる風にも見えるけど」
正直言うと、僕の中のレグルス・アディントンという人物はもっと強い魔法使いだった。常に冷静沈着で、何事にも動じず──だから、ケニーがいなくなった"くらい"で、ケニーに打ち負かされた"くらい"で、あんなにもショックを受けるだなんて思わなかった。
傷付けられた家族のために、プライドも何もかもをかなぐり捨ててヴォルデモート卿に一矢報いた死喰い人。そういう過去を持つレグルスだからこそ、あんなにも傷付いたのかもしれないけれど。レグルスにとって家族は、かけがえのないものなんだろう。
僕が、僕らが考えていた以上に彼らは固い友情で結ばれていて、友情以上の、家族とは別の、名前の付けようのない何かで繋がっていたんだ。
レグルスもそう思っていた。ケニーもたぶん、分かってた。分かっててレグルスを裏切るような真似をした。それが僕には許せなかった。
「許せないよ」
考えていたことがそのまま口に出て、組んだ指に力がこもった。
「僕に嘘をついていたことは、いい。世間を騙していることも、もうどうしようもないけど。でも…彼はせめて、レグルスにだけは誠実であるべきだった」
ケニーが今頃どこで何をしているかなんてわからない。けれど、彼はもっと自覚を持つべきだ。自分の軽率な行動で、どれだけの人が悲しんで、怒りに震えているのか。
「…私も」
アンジェリーナが口を開いた。
「前に、友達を傷つけたら、私はあなたの事を嫌いになりそうって言ったわ」
その時は、レグルスのことじゃなかったけど。呟いたアンジェリーナはぐっと眉を寄せていた。声を震わせていた。
「でも、レグルスだって私の友達だわ。ここにいるみんなも、フレッドとジョージも、レグルスだって」
言葉を切ったアンジェリーナはぽつりと零した。いつも明るくて元気な、彼女らしくない小さな、震え声で。
「私も騎士団の本部に入れたらいいのに。そうしたら、レグルスに言うわ。あんな男、もう待たなくていいって」
「…アンジェリーナ」
「だって、一番の親友を裏切ったのよ!」
一転。バンと机を叩いたアンジェリーナは、クィディッチ試合をしている時そのままの勢いで声を荒げた。僕は間違いを悟った。頬がひきつる。
彼女は悲しみで声を震わせていたわけじゃなかった。これ以上ない怒りで、わなわなと声を震わせていたんだ。
「セドリックは嘘をついていたのはもういいって言うけど、私は違う!どうしてこんな事をしたのか…っていうか今もしてるけど、納得できるような言い分を聞かなきゃ許せない!」
「俺もだ!!」
突然隣からバーンと音がした。リーが便乗して拳で机を叩いたのだ。それは、アンジェリーナが思わず口を閉じるほどの勢いだった。
「俺、あいつらに聞きたい事があって、でもずっと聞けなくて。ぐずぐずしてたらケニーは消えちまったし、レグルスはあんなんで、とても問い詰められる状態じゃないし」
彼が声を荒げたところを見た事がないので、僕は思わず瞬きした。周りの反応を見るに、みんなもそうなんだろう。
でも、じわりじわりと、確信を得る。ケニーに言いたい事があったのは、僕だけじゃなかったらしい。
「でも、こうなっちまったらもう俺のことなんてどうでもいいよ。なんであいつはレグルスを置いていったんだ。なんでまた、何も言わずに行っちまうんだ。なあ、あいつにとって俺達って、そんだけの存在だったのかな…」
「リー…」
だんだん涙声になってきたリーに、何も言えなくなってしまった。思わず肩に手を添える。
レグルスの次に近しい存在だった彼が、こんなにも思いつめていたなんて、きっと同じグリフィンドールのアンジェリーナ達も知らなかっただろう。なんだかケニーへの怒りが湧いてくるばかりだ。
いや、もうこれは失望だろう。僕の中にある「ケニー・アディントン」という人物像がガラガラと音をたてて崩れていく。少なからず感じていた友情も、積み上げてきた信頼も、何もかもが。
「吼えメールだ」
「え?」
唐突に顔を上げたリーは乱暴に涙を拭って、カバンの中から赤い手紙を取り出した。思わず後ずさる。その手紙がどういうものなのかは、ここにいる全員がよくよく理解しているはずだ。というか、どうしてそんなものがそこに入っているんだ?
「レグルスに、俺達の思いを伝えるんだ。こいつが一番いい」
空になった自分のアイスティーやら皿やらをガチャガチャ隅に寄せたリーは、さっそくとばかりに羽ペンとインク壺を取り出した。だから、どうしてそんなものが都合よく君のカバンの中に入っているんだ?
疑問を抱いたのは僕だけじゃなかったらしく、アンジェリーナは書き殴りはじめたリーへと呼びかけた。
ところが。
「ねえそれ、私達のぶんは?」
「あるぜ」
「あるの!?」
前言撤回。思わず叫んでしまったけれど、リーとアンジェリーナはまったく気にしていない。手紙を書けるようにいそいそと準備を始めたアンジェリーナに、これがグリフィンドールってやつなんだろうかと誤解を抱きかけた、その時だった。
「何か、理由があるのかもしれないじゃない」
ずっと黙りこくっていたアリシアが、静かに呟いた。静かな声だったけれど、リーもアンジェリーナも、揃って手を止めた。
「だってそうでしょう?今、世間でダンブルドアの後継者だとか言われているケニーも、セドリックが話してくれたケニーも、私達の知っている彼と違いすぎる。わざとそういう態度をとってるとしか思えない」
「アリシア、あんた彼を誤解してるよ」
ペンを放り出したアンジェリーナは優しく、言い聞かせるようにアリシアの肩に手を置いた。
「いい?セドリックは嘘をつかれた。リーは問い詰める前に逃げられた。あんたも、私も──」
「騙すとか嘘をつくとか、そんな事をして、彼にどういうメリットがあるっていうの?」
「だから、そこがそもそも違うんだって。今回はじめて、アイツは私達を騙したんじゃない。アイツはずっと騙してたのさ」
「私達がいつ騙されたの?何に対して嘘をつかれたって言うの?」
だんだんヒートアップしてくる二人のやりとりを、僕とリーはただ見つめているしかできなかった。だって、口を挟む隙がない。リーはもうずっと前から、羊皮紙じゃなくて二人の言い合いを固唾を呑んで見守っている。
ガタンと椅子を蹴り飛ばしたのは、どっちが先か分からなかった。
「ねえ、こうは考えられない?ケニーが何も言わずに出て行ったのは、レグルスにさえ言えない理由があったのかもしれないって」
「友情を裏切るまでの?そりゃあ馬鹿げた理由だろうね」
「違うわ。もっと深刻な…何かきっと、私達には言えない理由がきっとあるのよ。説明できない何かが」
「それはあんたがアイツを好きだからそう思い込んでいたいだけでしょ!」
アリシアが息を呑んで、僕はえっ、と小さく息を漏らしてしまった。リーと目配せする。知ってたけど、知ってたけど。今ここでそれを言うのはずるいんじゃないだろうか。
「恋は盲目って言うけどさ、アリシア!あんたはアイツが好きだから、アイツの悪いところを見ようとしてないだけ!今現在の状況を考えたら、どう考えてもアイツが悪いでしょう?どうして分からないの!?」
「分かってるわ!」
「いーえ、分かってない!」
アンジェリーナはずいと身を乗り出して、自分よりも身長の低いアリシアを睨んだ。
「アリシアはアイツが好きだから、好きでいたいから、アイツを許す理由をこじつけてるだけ!事実を認めたくないだけだよ、ケニーを嫌いになりたくないから!」
「彼がどんなに酷い人かなんて、ずっと前から分かってる!!」
アリシアの声が店中にこだまして、静かになった。ちらりとカウンターに目をやる。店員は空気を読んでくれたらしく、店内には僕ら以外誰もいなかった。
「彼がどういう人かなんて、ずっと前から知ってる…」
木製のテーブルに音が鳴るほどに爪をたてて、アリシアはぽつりぽつりと想いを吐露した。
「他人を必要以上に近付けようとしないで、踏み込もうとしたら背を向けて、突き放して、そういう不器用で、でも優しい人だって」
今にも泣きそうな声なのに、その目には涙は浮かんでいない。もう、涙も出ないほど泣いたのかもしれない。ふとそう思って、幾度も抱いた衝動が、またこみあげてくる。どうして彼はここにいないんだ。
「彼は結局、私を好きだとも、嫌いだとも言わなかったわ。分かってる、返事をするよりもずっと残酷な仕打ちをされたって。でも」
アンジェリーナはもう口を挟もうとしていなかった。ただ、唇を震わせて、親友の吐き出す想いを聞いている。
そうしてふと、思い出した。人伝いに聞いた話を。揶揄していた下世話な声を。
「でも…!だから、私はまだ信じていたい!彼はレグルスを裏切っていないし、私達のことも裏切ってない!」
それらはケニーとアリシアの関係の結末を指していたものだった。彼はその頃魔法界の渦中のひとだったから、どんな話題でもすぐに飛び交っていた。いつだったか、去年のイースター頃だったかもしれない。たしかケニーが、アリシアを振っただとかいう、それだ。
詳しい経緯は知らない。けれど、僕は悟った。
「不誠実でも嘘つきでも、でも、それは彼を嫌う理由にはならないわ…」
ケニーはそこでアリシアとの関係を終わりにしたつもりだったのかもしれない。でも彼女は、おそらくまだ。
親友にもうそれ以上何も言わせないとばかりに抱きしめたアンジェリーナから目を反らして、テーブルの下でぐっと拳を握り込んだ。
ああ。
君がいないから、傷ついている人がいる。悲しんでいる人がいる。涙を流している人がいる。それがどうして分からないんだ。知っているくせに。理解していて、どうして、いなくなってしまったんだ。
どうして、どうして。
──百も承知だよ。
どこかで下手くそに笑いながら、僕の気持ちに応えるみたいに、彼がそう呟いているような気がした。
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