「きっと、ヒミツですかーら。ケニーには、言わない―で!」
思わぬ場所からの──フラー・デラクールからの情報により、僕らはケニー・アディントンがグリンゴッツへ頻繁に出入りしている事を知った。理由までは分からないと言っていたけど、そりゃあ、ケニーもそこまで彼女に打ち明けたりはしないよね。
「ダンブルドアのお使いじゃないかしら?」
温かいミルクティーに息を吹きかけながら、アンジェリーナが言う。窓の外では冷たい風と雪が吹き荒れていた。
「ダンブルドアの?」
「それしか考えられないわ。ケニーもレグルスも、マグル出身者で金庫を持ってないのに、自分からあそこへいく必要ある?」
「金庫、あるんじゃないのか」
ブスッとしながらリーが呟いた。彼はまだケニーの事が許せないらしい。本当は許したいのに許せないのは、リーのプライドの問題なんだろうなと僕は思っているけどね。
「レグルスはともかくケニーの親は、魔法使いと魔女なんだろ?」
「じゃあ、どうして何度もグリンゴッツに行く必要があるの?」
反論するのはアリシアだ。
「ダンブルドア先生のお言いつけでっていうのなら、納得するけど」
「言いつけ、って事はケニーはダンブルドアと一緒に行動してないのかな」
「校長先生でしょう?学校にいなくちゃいけないんじゃない?」
「俺達より校長先生様々かよ」
リーが怒っている理由がこれだから、僕らは彼のイライラを右から左に流しているんだよ。心からの笑顔でね。
咳払いして、すぐケンカ腰になってしまうグリフィンドール生の注意を自分に向けた。
「ともかくこれで、彼をずっと捕まえやすくなった」
「ケニーのスケジュールを押さえられたらいいんだけど、それはさすがに無理よね」
「ずっと見張っておくしかないんじゃないかしら?」
「そんなの無理だ。普通ならな」
リーがおもむろに足元へと頭を引っ込めた。足元近くへ置いておいた紙袋の中からノートを一冊取り出すと、机の上にバサッと投げ落とす。
「こいつで、ある程度は絞り込めると思う」
「えっ?」
「ダンブルドアと一緒にいない時にグリンゴッツに来てるなら、ケニーが一人でいる時を集中して見張ればいいんだ」
ジョージが口笛を吹いて、ノートをめくりはじめた。フレッドが隣から覗き込む。
「預言者だけじゃないぜ…ありとあらゆるケニーとダンブルドアに関する記事だ」
思わずみんなして覗き込むと、意外なほどにきれいにまとめられたスクラップが目に飛び込んできた。記事の傍には、聞いたことのないゴシップ誌の名前、日付、ページまでメモされている。
「すげえよ、リー。あいつのファン第一号名乗っていいと思うぜ」
「まじで?ファンクラブ作るか、って茶化すな!今真面目にやってんだから!」
「リー・ジョーダンがいつ真面目になったって?卒業したからか?」
「大人になったからジョーダンは冗談も言えないんだってさ」
「ちゃ、か、す、な!!」
けらけらと笑う双子に青筋をたてたリーはバンと一発テーブルを叩いた。咳払いが無駄に響く。
「ともかく!ダイアゴン横丁に来る事が多いんなら、捕縛担当者はフレッドとジョージに決まりだ。だろ?みんな」
「俺達、超売れっ子経営者なんだけどな」
「ま、こいつの為なら頑張っちゃうよな」
双子が揃って同じ方向を見て笑う。こいつというのはもちろん、ケニーの事ではない。ジョージの隣にいる、彼の事だ。その"彼"は、僕ら全員を見渡してゆっくりと頭を下げた。何人かが息を呑む音がした。僕もだ。
「すまない。手間をかける」
「そんな。手間だなんて思わないわよ!」
「逆に珍しすぎてハッスルしちゃうぜ。レグルスの頼みなんてな」
そう、僕らが今回集まったのは、他でもない彼の頼みだったからだ。
年老いた屋敷しもべ妖精が僕の所へ手紙を届けにきたのが発端だった。僕はなじみのメンバーに次々とメッセージを届けて、こうやってレグルスを不死鳥の騎士団の本部から連れ出した。
あとで大人たちにはこっぴどく叱られるだろうけど、ジョージの言う通り珍しすぎるレグルスの頼みだから、僕らは喜んで協力した。フレッドとジョージは、軟禁状態で半年近くグリモールド・プレイスに閉じ込められているレグルスのためだけに、自分たちの生活空間に新しく暖炉を作ったくらいだ。
「で、頼みってなんだ?レグルス」
「私達にできる事ならなんでも言ってちょうだい」
フレッドとアンジェリーナが、僕らを代表して前のめりで意気込む。ひとつ瞬きをしたレグルスは、僕らを一人ひとり、見つめた。僕はというと、彼の本来の色である灰色の瞳にようやく慣れ始めた頃だったから少しどきまぎする。
「君たちはケニーを捕まえて、それからどうするつもりなのか、聞いても?」
誰かが少しだけ息を呑んだ。けど僕は、レグルスの口から他でもない彼の名前が出るのを分かっていたような気がした。だから、驚かなかった。隣を見る。やっぱりアリシアも、驚いていなかった。
何も言えないでいる残り三人に代わって、僕は口を開いた。
「どう、って?」
言い淀むように唇を噛みしめたレグルスが答えるのを待つつもりで背もたれに体を預けていると、リーが間髪を入れずに即答した。
「ごめんって言わせたい」
「………」
全員がぽかんと大口を開けてリーを見つめた。一秒、二秒。最初に硬直からフレッドとジョージが、腹を抱えてゲラゲラ笑い始めた。
「おいおい本気かよ!」
「ごめんで許すのかよ!」
「許したくないけど言わせておきたいんだよ!笑いすぎだろ!」
「まあまあ」
顔を真っ赤にしたリーが今にも掴みかかりそうだったので、慌てて押え込む。フーフーと鼻息の荒い友人を前にしても、レグルスは静かなものだ。
「許したくない、か」
「レグルス?」
おもむろに立ち上がった彼は手に持ったカップの底をトントンと叩きながら、考え込むように窓の外を見た。天候が崩れてきたらしい。びゅうびゅうと音をたてて吹雪き始めた外へは、しばらく出れそうにない。
「お前は許してんのか?レグ」
ジョージがふと、思い出したように口にした言葉でみんながしん、となった。
そういえば彼は、本当のところどう思っているのかはぐらかしている気がする。思い当たった考えを頭の中で転がしながら、レグルスを盗み見る。こちらに背を向けている彼が、今どんな顔をしているかは分からないけれど。
「(彼は、許すんだろうな)」
僕はもやもやした感情を、息と一緒にぐっと飲み込んだ。
小さい頃からずっと一緒で、家族であり友人である彼はきっとケニーを許してしまうだろう。夏から今まで、レグルスがケニーの事で何か怒っているのも、見た事が無いし。
そう予想しながら、僕はそれが嫌だなと思った。だって僕らは怒ってるんだ。それでも、一番の被害者であるレグルスが許すんだって一言でも言ってしまったら僕らはその気持ちに倣うだろう。
倣っても、心の奥底で怒りは燻ぶり続ける。もやもやした感情をそのままに、ケニーと今までみたいに接するのは嫌だった。
「許すわけがないだろう」
「え?」
素っ頓狂な声をあげたのはジョージだろうか。それとも、僕だろうか。笑顔で僕らを振り返ったレグルスに有無を言わさない空気を感じて、僕はさっきとは違う感情で生唾を飲み込む。
「身勝手で無謀な事はするなと、何度も何度も言って聞かせてきた。それなのにあいつときたら、背中にブラッジャーは食らうわ吸魂鬼の群れの中に飛び込んでいくわ、挙句の果てには蛇に食らいつかれて瀕死の重傷を負うわ…痛みを背負ってもなお馬鹿みたいにくり返すんだから僕もいい加減疲れたんだ」
「お、おい」
「自分はいくら傷ついても構わない癖して、周りの人間に危害が及ぶのは許せない。遠ざけるために遠ざかるなんて、心底愚かで馬鹿だよ、あいつは。悲劇のヒーローか何か演じてるつもりか?」
これでもかと怨嗟の念を吐き続けるレグルスに、誰が口を挟めるだろうか。ふうと息をついたレグルスは言い足りないとばかりに舌打ちを零した。ああ、彼はこんなにガラが悪かっただろうか。
「自分を犠牲にしたって、何の意味もないのに」
ぽつりと最後に吐かれた毒は誰に向けてのものなんだろうか。推し量れはしないけれど、かつて実際に"そう"した彼の言葉は、とても重みがあった。アリシアが、おずおずと言葉を紡ぐ。
「たとえあなた自身でも、故人を貶めるような言い方はよくないわ」
「…ありがとう、アリシア」
ふっと微笑んだレグルスは僕をちらりと見て、全体を見渡した。
「僕は、あいつを許さないよ。君たちを勝手に遠ざけて、僕さえも遠ざけて、守ったつもりになっているあいつを許さない」
「守る…?」
「あいつは、ケニー・アディントンは今ダンブルドアの傍にいる。『ダンブルドアの後継者』として、闇の帝王の宿敵の傍に」
言っている意味が分からなくて、僕は瞬きしながら斜め右を盗み見た。アンジェリーナも首を傾げていて、レグルスの言っている言葉の意味が理解できていないみたいだ。僕らが全員同じような顔をしているのを見て、彼は言葉を続けた。
「かつて闇の帝王は、不死鳥の騎士団の団員や騎士団を擁護する魔法使いを尽く殺して回った。家族も、親族も、その友人も。だからあいつは、『ダンブルドアの後継者』の家族や親族や友人がそうならないようにしたのさ」
「意味が、よく…」
「奪われたくないなら、最初から大切なものを作らなければいい。だから僕らを遠ざけたのさ。『ダンブルドアの後継者』に、殺されて嘆くような家族も友人もいないと」
レグルスの言葉を理解して、一瞬遅れて、かっと顔が熱くなった。なんだそれは。フレッドとジョージが同時に椅子を蹴倒して、吠える。
「「誰がそんなこと!!」」
「そう。頼んでない」
静かに答えたレグルスを前に、ふうふうと鼻息の荒い双子は尚も立ち上がったままだった。
「誰も守ってくれなんて頼んじゃいない。それでもあいつは何も言わずに僕らの前から姿を消した。自分の真意が伝わらずに、こうして僕らが憤るのも分かってたはずだ。それでも、そうする事で、僕ら全員を守ろうとしたんだ」
まるでかつての僕さ。最後にそう吐露したレグルスを前に、双子はゆっくりと腰を下ろした。
なんだそれは。さっきと同じ事を思ったけれど、今は後ろめたさのような感情のせいで怒りは湧いてこなかった。握り拳を作って、力をこめる。
「なんで、そんな…」
「失いたくないからさ」
戸惑いを顔いっぱいに浮かべたリーの言葉にさえレグルスは即答した。
「単純だよ。あいつは家族を殺されてる。僕らまで殺されたくないと思ってる」
暗いマグルの街の路地裏で立ち聞いた話は今でも心にこびりついている。唇をかみしめた。
家族を殺されている悲しみや怒りを、7年間これっぽっちも悟らせずに笑っていたケニー。彼を思うと、たった一度背を向けられたくらいで、子どもみたいに怒っていた自分が恥ずかしくなった。
「あいつを許さなくていい。でも、一人にしてやらないでほしい。一人にしたら、今度こそどこかへ行ってしまう」
レグルスはおもむろに、僕らの前で大きく背中を曲げた。
「頼む」
「レグルス、何を!」
「僕はグリモールド・プレイスから動けない。あいつを探し出してやりたいけど、出ていけない。だから代わりに、あいつを捕まえてほしい」
「やめろ!俺達に頭なんて下げるな!」
リーが慌ててレグルスの頭を上げさせたのを皮切りに、僕らも立ち上がった。レグルスの腕を掴んで、こちらへ注意を向けさせる。
「君はそれでも、ケニーがなんのためにそんな風に行動するのか言えないのかい?」
「…、言えない。だからこんな頼み事をするのが、虫のいい話なのは分かってる」
「レグルス!」
「フレッド、やめるんだ」
強く言い放つと、フレッドは舌打ちをして身を引いてくれた。その肩を軽くジョージが叩いて、自分の後ろへと導く。小さく息をついて、僕は息を吸った。
「分かった」
「ちょっと!私は納得してないんだけど!」
「僕も納得はできてない。でも、それとレグルスの頼みは別だ」
アンジェリーナが憤るのも尤もだけど、レグルスが頼むって言うんなら僕は彼の願いを叶えてやりたい。だってレグルスも、僕の友達なんだ。
しばらく彼女との睨み合いが続いたけど、結局彼女は折れてくれた。
「…仕方ないわね」
「ごめんね」
「セドリックは悪かないわよ。確かにちょっと、引っ込みがつかなくなってたのはあるし」
許さないと言ってしまった手前というのがあったのかもしれない。後ろめたそうに髪を撫でたアンジェリーナに、アリシアが笑いかけた。
「それじゃ、各自ケニーの情報を何か掴んだら僕に伝えてほしい。僕はそれを彼に届ける。いいかな」
「…。分かった」
最後まで腕組みをして仏頂面を崩さなかったリーも、渋々といった様子で頷いてくれた。ほっと息をつく。
問題は何一つ解決してないし、何も分からないままだ。それでも分からないなら分からないなりに、進まなきゃならない。レグルス曰く、彼を一人にしないためにも。
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