「セドリック、アリシア。少しいいかな」

ウィーズリー・ウィーザード・ウィーズの裏出口にぞろぞろ列をなしていたところで、声をかけられた。指名された彼と目を合わせる。私達が返事をするより前にフレッドとジョージの背中が視界に割り込んで、レグルスの姿を覆い隠した。

「おいおいなんだ?内緒話か?」
「そういうんじゃないからさっさと行け」
「これ以上秘密を作るんならな」
「行け。もう開店時間だろう」

今や魔法界で一番売れているいたずら用品専門店だと断言して遜色ないウィーズリー・ウィザード・ウィーズのオーナー達は、ぐっと喉を鳴らして渋々引き下がった。それでも壁に張り付くそぶりをみせたので、レグルスはまるで犬でも追い払うかのようにしっしっと手のひらを動かす。彼らは肩を竦めてホールドアップしてみせると、バタンと扉を閉めた。
気配が完全に遠ざかったとしても油断はできない。なんせフレッドとジョージだ。何度でも言うけれど、あのフレッドとジョージだ。その事をレグルスは(もしかすると身をもって)理解しているらしく、念入りに扉をまさぐって、それから邪魔避け呪文をかけて、ようやく私とセドリックに向き直った。

「すまない。待たせた」
「…そんなに警戒するものかい?」
「ああ、君はあいつらの事をまだまだ分かっていないらしい」
「ティースプーンひとさじ分もフォローできないわ」

私にはレグルスから滲み出る苦労のオーラがなんとなく、分かる気がする。ホグワーツでの7年間、レグルスがフレッドとジョージを叱りつけない日があっただろうか。ない気がする。彼らは本当に、飽きもせずいつもいつも、いたずらに明け暮れていたのだから。あれでクィディッチでは優秀なビーターで、人間ブラッジャーなんてあだ名がつくほどの実力はあるっていうんだから、ほんと人間って分からない。
レグルスは苦笑して、私達に改めて椅子を勧めた。

「さて…」

自分も椅子に腰掛けたレグルスは話を切り出そうとして、口を噤んだ。彼が言い淀むなんて珍しい。私は機会を得たとばかりに、改めて友人を観察する事にした。
レグルス・アディントン。出身はグリフィンドール。彼はとても優秀で、毎年学年トップの成績を修めていた。当然、首席で卒業。最後の7年生の時はハリーの代わりにシーカーまで勤め上げた。文部両道、なんて彼のためにある言葉だ。非の打ち所がない男だと、誰もが評価した。
神様はひとりの人を二度祝福しないと言うけれど、彼に限ってはそうではない。
本当に、目の覚めるような美人だと思う。彼の容姿を形容するなら、かっこいいよりも、美しいという言葉の方がしっくりくる。女子として、自分より美しい男なんてプライドが刺激される話だと思うけど、生憎と私は自分の容姿をプライドがもてるほどの物だと思っていない。ダメージはゼロだ。
まあ、そんな具合だから、もちろん彼はモテた。モテまくりだ。同世代の女の子達の初恋は誰かって聞いたら、10人に1人は彼なんじゃないかと思う。
だから──だから、彼の秘密を知ったときは、ああなるほど優秀すぎるわけだわ、って納得した。だって完璧すぎるんだもの。彼に勉強の質問をして正しい答えが返ってこなかった事はないし、戦わせれば一騎当千。私達にプラス18年分のアドバンテージがあるって事だものね。そりゃ優秀だのなんだのって、言われるわけだわ。

「ケニーの事なんだが」

突然ドスンと、横から殴られたような衝撃だった。ぼんやりしていた思考が突然現実に引き戻されて、びくっと瞬きする。レグルスはセドリックを見据えた。

「セドリック。君はまだあいつの事を、友人だと思っているかい?」
「もちろんさ」

彼は迷わず即答した。レグルスと、それから私の視線を受け止めて、彼は肩を竦めてみせた。

「ああ、そりゃあもちろん、僕はまだ怒ってるよ。彼が君に嘘をついたことも僕らを騙したことも、許した覚えはない。でも、彼が目くらましするままに見誤っていているのだとしたら、僕は真実が知りたい」

だから、とセドリックは言葉を続けた。

「僕と彼の個人的な問題については、それをはっきりさせてから結論を出しても遅くはないさ」
「…そうか」

ありがとう。レグルスはなぜか感謝の言葉を述べて、そして未だ見慣れない灰色の眼差しを私に向けた。なんとなく腰が引ける。

「アリシア。君はまだあいつの事を、想ってくれているかな」

どうして誰も彼も、私が彼の事を好きだって知っているんだろうかという疑問は、もはや愚問だ。去年のバレンタインの日、クィディッチの練習をサボるために私は仮病を使った。だから、クィディッチの選手だったアンジェリーナ、レグルス、フレッドとジョージは私がケニーを好きだっていう事を知っている。けれど、セドリックは前にアンジェリーナが「ついうっかり」口を滑らせたときに初耳だという顔はしていなかった。
もしかすると私が思っている以上に、私の想いは筒抜けなのかもしれない。これはもう開き直るべきなんだろうか。開き直るべきなんでしょうね。
小さく頷いて、セドリックと同じように肩を竦めてみせる。

「もうフラれてるのに、未練がましいわよね」
「そんな風に自分の事を卑下するのは好ましくないな」

ありがとう、君も。レグルスはそう言って、懐から一枚の紙を取り出した。写真だ。雑踏の中に綺麗な教会が映っている。写真の中にいる人がまったく動かないので、私はぴんときた。最近写真に凝りだした友人から、同じようなものをこれでもかと見せられているからだ。セドリックも同じ被害者らしく、すぐに言い当ててみせた。

「これ、マグルの写真かい?」
「ああ。よく分かったな」
「リーがね…」

不死鳥の騎士団本部に軟禁状態の彼にリー・ジョーダンの最近のブームを教えると、納得したらしい。相槌をうったレグルスは、写真をひっくり返してさらさらとペンを滑らせた。白い面にどこかの住所が書き加えられた写真を差し出されたセドリックは戸惑いを露わにしている。

「そこは、僕とケニーが育った孤児院だ」
「えっ」
「行って聞けば、あいつの事を知る手がかりくらいは掴めるだろう」

レグルスの真意が分からなくて、私はセドリックと顔を見合わせた。だって彼はずっと、頑なに口を閉ざし続けていたのに。フレッドやジョージがどれだけ問いただしても、リーがどんなに怒鳴っても、セドリックが何回尋ねても、それで自分がつらい思いをしても頑として言わなかった。今さっきだって。
それなのに、どうして。

「どうして…?」

戸惑いをそのまま舌に乗せると、彼は驚いたようにひとつ瞬きした。写真はひとまず机に置かれる。

「許さないと言っただろう。ちょっとした意趣返しさ。僕のためだとか言って僕の秘密を勝手に二度も暴露したんだ。あいつの秘密に繋がるヒントくらい君達に与えたって、文句は言わせない」
「はあ…」
「──なんて。まあ、建前だが」

レグルスは小さくため息をついた。

「許す許さないは別にして、いろいろ考えて、嫌だと思ったんだ。僕も」
「嫌?」
「あいつが報われない事が」

私がセドリックを見たら、彼もまた私を見ていた。思慮深い彼の言葉の意味を理解することは、まだできない。

「あいつがレギュラス・ブラックの真実を知ってほしいと願ったように、僕だってあいつの真実を知ってほしいよ。あいつが、僕に報われてほしいと懇願するなら僕だってそうだ。あいつが全てを捨てて真実に蓋をするなら、あいつがほんとうのあいつを殺すというなら、僕だって手段は選ばない。大切な人の幸せを願うのは、いけないことか?」

私は黙って首を振った。

「そんなわけないわ」

ケニーがケニー自身を殺すという言葉はたとえのようで、たとえではないような気がした。だって事実、私達が知っている「ケニー・アディントン」はいなくなってしまった。今いる彼は「ダンブルドアの後継者」だ。じゃあ、ほんとうの彼はどこにいるのだろう。
彼は、誰?

「手段は選ばないって…君ね、もう少しケニーに優しくできないのかい?」

セドリックが非難するような言い方で質問すると、レグルスは鼻で笑った。

「僕があいつに優しく?天地がひっくり返ってもありえないな」
「大切な人なんだろう」
「あいにく、真綿で包むような優しさは持ち合わせていないんでね」

レグルスは、なぜかちらりとこちらを見てセドリックに視線を戻した。セドリックは苦い顔をしている。

「…君、なんだかとてもあけすけになったね」
「僕は元来こういう性格だ。君が知らなかっただけで──まあ、僕が隠していたのもあるが」

さて、と仕切り直したレグルスは姿勢を正して、改めて私達に向き直った。

「断言するが、真実は嘘よりも残酷だ。君達が考えているよりもずっと。それでも君達は知りたいか?あいつのほんとうを暴く覚悟はあるか?」

私はすぐに答えられなかった。セドリックは机の上にあるままの写真を見下ろしていた。とても静かな目で、教会を見ている。

「ここには彼の理由があるんだろう。君や、彼女や、友人や、自分さえも蔑ろにしてまで『ダンブルドアの後継者』になっている彼の理由が」
「…ああ」
「だったら行かなくちゃ」

セドリックの目に迷いはない。

「だって僕はずっと真実が知りたいと思っていたんだ」

彼は杖を取り出して魔法を掛けると、増えたもう一枚を私に差し出した。

「君はどうする?」

写真を増やしたという事は、私が行かなくても彼は行くんだろう。彼の優しさがとても眩しくて、反対に自分の汚さが浮き彫りになって、俯いた。
だって私は、一瞬でも考えてしまった。

「(彼にこれ以上嫌われたくない)」

私は宙ぶらりんになっている関係が嫌で、バレンタインの日に彼との関係に決着をつけた。そしてフラれた。曖昧なままにしておけばよかった。彼が私の事をどう思っていたのか分からなくても、そのままにしておいたら、彼の中の私はあのダンスパーティーのきらきらした私でいられたのに。
彼は私を好きだとも、嫌いだとも言わなかった。ただありがとうって、俺なんかを好きになってくれてありがとうって、そう言った。そして謝ってきた。何に対しての謝罪だったのか、私はまだ聞けていない。怖くて聞けなかった。これ以上、彼との関係を粉々に破壊したくなかった。

「でき、ない」

みっともないほど掠れた声は震えていた。ただでさえ自分の考えに自己嫌悪していたのに、もっと恥ずかしくなってぎゅっとパンツの裾を握りしめる。俯いていたから、レグルスとセドリックがどんな顔をしているのかは分からなかった。

「アリシア」

視界の中で椅子に座っている自分の膝の先に、レグルスの靴の先が入ってきた。
ひどく自分本位で浅ましい考えばかりが頭を占めたのが、本当に恥ずかしくてたまらなかった。どこまでも誠実であろうとするセドリックの隣にいたくないと思った。こんなにずるくて、弱い私なんかよりも、ずっと正しくて強い人が彼を追いかけた方がいいに決まっている。

「アリシア。君は強い女性だ」

いつのまにか私の前で膝をついていたレグルスが、拳をつくったままの私の手に指を伸ばしていた。ゆっくりと一本ずつ、指がほどかれていく。

「友達の関係を続けるのは、とてもつらかっただろう。縮まらない距離に寂しい思いをしただろう。誰もが見放したあいつを一人信じ続けるのは、とても心細かっただろう」
「…レグルス」
「くじけそうになる心を幾度となく奮い立たせて、気丈に振る舞って。いつも通りの自分を演じた君は、優しく勇気あふれる君は、誰よりグリフィンドールに相応しい」

ほどかれた全ての指を包み込んで、レグルスはあのきらきらした眼差しで私を見つめた。いま一度君に願うと、形のいい唇が言葉を紡ぐ。

「どうか、あのどうしようもない馬鹿を見放さないでやってくれないか」
「…先に見放されたのは私なのに?」
「………」
「ごめんなさい、嘘よ。手を振り払ったのは彼の優しさね」

そう考えると、遠ざけられてしまった人の中で唯一ちゃんと別れを告げられた私は誰よりも恵まれていたのかもしれない。ものは考えようだ。

「あなたはこんな私を信じてくれるのね」

ここまで言われて自分を卑下するのは、レグルスに対して失礼だ。いつまでも立ち止まっていては走り出せない。
まだ、間に合うだろうか。追いかける猶予はあるだろうか。勇気さえあれば、あの時振り払われた腕を掴むことができるだろうか。
微笑んでみせると、レグルスは納得したように微笑み返してくれた。

「いつ行くのか決めたら教えてくれ」

立ち上がったレグルスはそのまま出て行った。遠くで暖炉の燃え上がる音がしたから、不死鳥の騎士団の本部に帰ったんだろう。静かな沈黙は心地よくて、ただ写真に視線を落としていた。たくさんの感情があふれる心の奥はまだ、整理ができていない。

「…大丈夫かい?」

遠慮がちに声を掛けてきたセドリックを見上げて、少し笑った。ススキ色のひかえめな金髪、黄色がかった灰色の瞳。ここに彼はいないのに、ケニーのことを連想させる要素は何もないのに。それでも彼の事を考えている自分がおかしくて、今度は声を上げて笑ってしまう。でも気分はさっぱりしていた。今までよりずっといい。

「私、セドリックみたいな人を好きになれたらよかったのかしら」
「心にもないことを」
「ふふ」

私って、たぶんダメな男に引っかかっちゃうタイプなんだろう。



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