※恋愛描写強めです







「アリシア」

地平線の先まで広がる葦の草原が、風に揺れている。草原は、傾きかけている夕日でオレンジ色に染まっていた。
赤い瞳を見つめて、目を閉じる。あの日もこうだったなんて、思いながら。





ケニー・アディントンという人を語るのに、私、アリシア・スピネットは多くの言葉を持たない。
いたずら好きで、お調子者。先生方からの評価はよくないけど、生徒からは人望がある。魔法史と飛行訓練はバツ印が並ぶ。半面、魔法薬学と闇の魔術に対する防衛術は誰よりも得意。
あれだけクィディッチ馬鹿に囲まれていながら、驚くほどクィディッチに興味がない。ペットの不死鳥をものすごくかわいがっている。
いつだって騒がしさに囲まれている彼の事が、最初は苦手だった。
そう、最初は。

「嘘でしょ?」

自分の気持ちを初めてアンジェリーナに打ち明けたとき、彼女が口をあんぐり開けてそう聞き返してきたほどだ。静かで、穏やかで、一緒にいて心が安らぐような優しいひとが好みなの。常日頃から、親友にはそう言っていたのだから。

「100歩譲って、あいつが優しいとする」
「100歩譲らないといけないの?」
「どう考えたって静かで穏やかじゃないよ。今日もマクゴナガルに罰則です!って怒鳴られてたじゃん」

今日の最後の時間割だった変身術の授業で、一番後ろの席でノートの端をちぎっては小人に変身させて机の上で戦わせるミニゲームに勤しんでいたケニーとフレッド、ジョージとリーは揃って罰則を言い渡されていた。ちなみに、今日の授業の内容はゴブレットを鳥に変えるものだ。
優秀なんだか馬鹿なんだか、ちょっと分からない。

「ねえ、どこが好きになったの?」

アンジェリーナに聞かれて、私は言葉に窮した。
彼は優しい、かっこいいと、みんなが噂している。私もそうだと思う。けれど、それはみんなの評価だ。私が彼の優しさに触れたとか、かっこよさにときめいたとか、そういうわけではないのだ。
いや、ある意味では近いかもしれない。けれどきっと理解はされない。

「…言いたくない」
「え、なんでよ」
「言ったら絶対バカにするもの」
「そんなことないって。少なくともありえない、とは言わないって」

たぶん。と保険を付け足した親友は賢い。
ぐるぐると考えを巡らせた。正直言って、彼女をこの席に呼んだ以上、言わないわけにはいかないことは分かっている。

「笑顔」
「はい?」
「見てよあれ」

ちなみにここはグリフィンドールの談話室である。誰かが流しているレコードが垂れ流しになっていて、話し声と混ざって若干うるさい。誰にも聞き耳をたてられないと思ってここを密談場所に選んだのだ。
暖炉のそばのローテーブルで、三人組が談笑していた。ハリ−、ロン、ハーマイオニー。あらゆる意味で有名な彼らは、あのローテーブルでいつも話し込んでいる。その三人に、今日は上級生が混ざっていた。フレッドとジョージ、リーとレグルス、それからケニー。
近頃オリジナルのいたずらグッズを手製しているらしいフレッドとジョージは、ああやって下級生に有料で売り込んでいる。グッズの開発にはなんとレグルスまで一枚噛んでいるらしい。それはいいとして、私が指差したのは、しっかり包装されたトローチを手にハリーへ説明しているケニーだ。

「なにが?」
「なにがって、見たら分かるでしょ。あの輝き」
「どの輝き?」

呆れてアンジェリーナを睨むと、アンジェリーナは、試合中に下品なジェスチャーをしてきたスリザリン生を見る顔をした。つまり、眉を思いきり吊り上げて私を睨んだ。私は見慣れてるんだけど、アンジェリーナにこの顔をされた下級生はだいたい後悔させられる。

「いや、分かんないわよ」
「どう考えても分かるじゃない!?よく見てあのケニーの顔!」
「いつもと変わんないじゃん」
「違うの!ハリーと絡んでる時だけなんか違うの!」
「はあ?ちょ、ちょっと待ってよ」

アンジェリーナは眉間を押さえながら私を見て、ケニーとハリーを見て、それからもう一度私を見た。

「つまり、他人を見ているあいつの顔に惚れたってわけ?」
「ええ」
「ありえない!」
「ありえないって言わないって言ったじゃない!」

ガタン。大きな音をたてて椅子を蹴飛ばした私達は、突き刺さる周囲の視線に我に返って、倒してしまった椅子をそれぞれもとに戻した。

「あいつ、ゲイなの?」
「待ってなんでそっちに話が飛ぶの」
「だってそういう事じゃないの?」
「違うわよ!ケニーのハリーを見る目は…なんていうか…」

もう一度暖炉の傍のローテーブルを見て、弟の口に無理矢理トローチを突っ込んでいる兄ふたりを眺める。

「フレッドとジョージがロンを愛でてる感じというか」
「兄弟の無情なヒエラルキーしか見えないんだけど」
「………」

ロンの顔が、煮込みすぎたオートミールみたいな土気色になっていたのはさておき。

私だって、なんでこんな──妙なポイントにときめいてしまったのか分からない。ある時図書館で勉強を教えていたらしい彼らの姿を目にしたのが最初だったのだし。
その時の彼ときたら。
慈愛がたっぷり込められた、夕日のような赤い瞳。ハリーの頭を撫でる優しい手つき。ハリーが分からないと訴える問題の箇所を説明する、とろけるような声。まるで、想いを寄せる女性に愛を語っているようだと思ったら遅かった。
あの眼差しを見たとき、私はすっかり恋に落ちてしまったのだ。

「(あれ待ってじゃあやっぱりゲイってこと?)」

いや違う。彼はペットの不死鳥のスカーレットを愛でるときもああいう感じだ。友人のレグルスに、「黙れこの不死鳥狂い」と罵られているのをよく耳にする。嘴の付け根をカリカリと撫でられているスカーレットの声もまたとろけるようで、談話室の私達は不死鳥の音色によくよく癒やされたものだ。
閑話休題。
他人には理解しがたいところを好きになってしまった私は、じっと彼を観察することにして、だんだんと理解した。
彼のあの眼差しは、彼の愛する人に向けられるのだと。

「愛する人ってわりと範囲広くない?」
「そうね。はあ今日もハリーを愛でるケニーの目が素敵」
「ねえあのさあ」

飽きもせず教科書の隙間から彼を盗み見る私を見て、アンジェリーナはことある毎に言う。

「自分がその『愛する人』のカテゴリに入りたいとは、思わないの?」

言ってみればこれは、アイドルを追いかける熱烈なファンのようなものだ。
魔法界では理解されないと言った、私の言葉を理解してくれたのは、それこそハーマイオニーくらいのものだ(だって彼女はマグル生まれだから)。
遠すぎず近すぎず、ちょうどいい距離で見てるだけでいいと思っていた。私を見てほしいわけではない。だって、あの日だまりみたいな眼差しが自分に向けられたら──きっと私は、息ができない。

「これはチャンスよ」
「なにが?」
「ダンスパーティーよダンスパーティー!」

6年生。がなりたてる親友がうるさくて思わず指で耳栓をする。

「好きな人とダンスしたくないの!?」
「おせっかいはやめてよ」

別に誘いたいわけじゃないわよ。続けて言い訳すると、アンジェリーナは心底呆れた、と言った。

「じゃあ私が誘っちゃおうかな」
「フレッドに豪快に申し込まれてた人が何言ってるのよ」
「違うわよ。素直じゃないアリシアの代わりに、私がケニーをダンスに誘うのよ」
「え?」

聞き返したとき、彼女は私の隣にいなかった。

「ちょっと──え!?」

朝食の席で、ズルズルと音をたててかぼちゃジュースを啜っていたケニーなんてすぐに見つけてしまえる。
素直じゃない私の代わりに、彼女はなんて言った?
ザッと血の気がひく音がして、私は今までにないくらい俊敏にスタートダッシュを決めてアンジェリーナに詰め寄った。よかった。まだ余計な事を言ってなかったらしい。

「おせっかいはやめてって言ったでしょう!」
「えー?だって、こっちはウズウズしちゃって見てらんないのよ」
「だってじゃないわ!私が自分で言うんだから!」

あっ。
ものすごい勢いで口を滑らせたらしいことをじわりじわりと自覚する。真っ青になった私を見て、ちょうど良いじゃないなんて親友は笑った。他人事だと思って!
ジョージが「おやおや」なんて言いながらニヤニヤしていた。待って、どこまで話が広がっているの。
違うそれどころじゃない。赤い瞳がこちらをじっと見ていた。喉はカラカラだ。

「えっ、と。その、ケニー」
「俺?」

うっ、キョトン顔が眩しい。
一通り目を泳がせて、手をもじもじと動かして、あとに引けないと覚悟をきめた私は──悪夢だ、明日には笑い者になる。と諦めて言葉を告げたのだ。

ところが、彼は私の誘いにオーケーしたのだ。
わけがわからない。私と?どうして?他の女の子からの誘いはことごとく断っているのは知っている。なのにどうして断らなかった?
曰く、理由はひとつだと親友は言う。

「アリシアはオーケーってことでしょ?」
「実は気があったんじゃねえの?」

フレッドがアンジェリーナの隣にやって来て、ニヤニヤ笑う。やめてほんと。顎をどついて転ばせておいた。
まって、どうしよう。彼が私を好き?本当に?意識をし始めたらだめだった。体温はどんどん上昇する。頬を押さえる指が震える。また喉がカラカラになる。
だって、これじゃあ、アイドルとか関係なく──ほんとの意味で、好きになっちゃうじゃない!

おろしたてのドレスローブを纏うケニーはいつもの100倍素敵だった。
ぱりっとしたタキシードに黒いローブ。シンプルなデザインが逆に光る。にやけそうになったけれど、歯を食いしばることで耐えた。いつも制服を着崩しているくせに、王子様みたいな格好はやめてほしい。髪型もいつもと違う。ときめきで心臓がうるさい。
かっこいいなんてありきたりな言葉じゃなくて、なにか言いたい。ダンスでは意外にもしっかりとリードしてくれたケニー(距離が近すぎてなにも考えられなかった)を見つめて、私はなんとか言葉を紡いだ。

「あなたのローブ、雪に反射してほんのり赤く光ってたわ。素敵ね」

なんで!ローブ!服!!
頭の中で自分を100回殴った。違うでしょ私?服を褒めてどうするのよ。髪型とか、リードしてくれてありがとうととか、何か、あるじゃない!!
歯をギリギリ噛みしめていたら、きょとんとしていたケニーと目が合った。

「ありがと」

もしかしたら、彼だって照れたのかもしれない。今思えば、そっけない返事だったかな。でも、恋に狂った私には、愛を囁かれたように聞こえてしまったのだから仕方ない。
好きな人にもう一度踊るなんて誘われたり、人気の少ないバルコニーに連れ出されたり、目の前で襟元をはだけられて、狂った私は調子に乗った。
ええ認めるわ。調子に乗ってたって。

「……どうして…?」

あの時の私はキスを拒まれるなんて思ってなった。なんの言い訳もしない彼に腹がたって、額への口づけなんかで誤魔化した彼が許せなくて思いきり叩いてしまった。
なんだか弄ばれたみたい。そんな風に感じて、その場から逃げ出した。

「何があったの」

アンジェリーナの隣に立ってたフレッドなんて気にならなかった。
もしかすると二人の邪魔をしてしまったのかもしれないのに、フレッドはさっさと男子寮に引き上げてくれた。アンジェリーナに縋りついて、一生分泣いたように思う。
落ち着いたら、叩いてしまったことを死ぬほど後悔し始めた。だって私は、気があるんじゃないかって他人に言われただけで舞い上がっていたのだから。自分の気持ちばかりを優先していた。彼に、気持ちを確かめたことすらなかったのに勝手にフラれた気持ちになって、勝手に傷ついて。バカみたいじゃない?

私もケニーも、あの晩のことについてはしばらく触れないようにしていた。みんなで集まっててもわざと話を振らなかったり、目が合っても反らしたり、お互いそんなことしてた。
ほんと、バカみたい。あとでどうなるか知ってたら、ちゃんと話をしていたのに。

「(なに、)」

三大魔法学校対抗試合の最後の課題。ハリーが泣いて取りすがっているのは誰の身体なの?
レグルス達が走り出したずっと後で、私はアンジェリーナの手を引いて走った。あんなに拒絶していたことを後悔しながら医務室へ走った。途中からフレッド達やセドリックも一緒になって、転がるように走った。出迎えてくれたのは血まみれのレグルスだった。
みんな一斉に彼の名前を呼んだ。

「「ケニーは!?」」
「…分からない」

分からないって、なによ。消え入るような声でアンジェリーナが呟く。
レグルスの服が吸っていた血は尋常じゃない範囲まで広がっていた。セドリックが言葉もなく呻いたのが聞こえた。
頭の中でたくさんの感情が暴れまわっている。何が分からないのか、知りたくない。知りたくないのに、最悪の可能性ばかりが浮かんでは心を埋め尽くす。

「しっかりしてよ」

俯いていたレグルスの両腕を、これでもかと力を込めて握りしめた。

「あなたがそんな事言わないで。信じなきゃ」
「…アリシア」
「大丈夫よ。ぜったいに、ケニーは…大丈夫…」

レグルスに言い聞かせるふりをして、私は自分に言い聞かせていた。そうでもしなければ、いまこの場で崩れ落ちてしまいそうだった。目の前に広がる血の跡が恐ろしくて、ぎゅっと目を閉じる。
レグルスの感謝の言葉さえ、私は首を振り払うことで拒絶した。ただ祈るしかできない自分が歯がゆかった。




祈りはともかく、彼は無事に戻ってきた。戻ってきたからと言って、私はもう安心していなかった。
自分の感情ばかりを優先してはいけないと、もう分かっている。けれど、何が起こるか分からないのだ。特に、最近の彼は、大きなことに巻き込まれているような気がする。いや、もしかすると、自分から巻き込まれにいっているのかもしれない。ダンブルドア先生の隣に立っている彼を見て思う。
けじめをつけないといけない。ずっとそう感じていた。

まあそれで、学生最後のバレンタインの日にフラれたわけだけど。

フラれたからと言って、好きでいることをやめる必要はない。そう親友に言うと、呆れた様子の彼女は、好きにしたらって応援してくれた。
あれから一年。なんの因果か、私と彼はあの日と同じような夕日を浴びながら向かい合っている。

「…あいつらもさ、物好きだよな」

丘の下、隠れ穴の傍でじゃれあっているみんなを見てケニーは苦笑していた。笑った時に、切れた口の端が痛んだらしく押さえているけれど。

「あなたが思ってる以上に、みんなあなたのこと好きなのよ」
「………」
「大切な人のことを心配するのは、当然のことでしょう?」

両親の読む聖書に、こんな言葉がある。
自分自身を愛するように隣人を愛しなさい──もちろん彼らが、そこまで信心深いとは思ってない。私だって、両親が信仰するほど入れ込んではいない。
けれど、私たちにとって、友人を心配するのは、自分や家族を心配するのと同じくらい当たり前の事なのだ。どうでもいいなんて、思うわけがない。さて主が私たちが思っているのと同じことを言っていたのかは、分からないけれど。

「アリシアも?」
「え?」

逆光で体の輪郭をぼんやり照らしながら、ケニーはじっと私の事を見ていた。向けられた言葉の意味をゆっくりと飲み込んで、微笑んでみせる。

「ええ。あなたのこと好きよ」
「…返ってこない思いを貫くのは、不毛じゃない?」
「不毛かどうかは私が決めるわ」

ふっきれた恋する乙女は強いのだ。たまに泣いちゃうことはあるけど。
腰のあたりで組んだ手をぐっと伸ばす。

「思い続けるのは私の自由。叶わなくったっていいの。そりゃ、あなたは鬱陶しいかもしれないけど…」
「そんなことない!」

突然大声をあげたケニーにびっくりして言葉が飛ぶ。彼ははっとした様子で、短く謝罪した。私はなにか、彼が必死になるようなことを言っただろうか。

「──どうしても、やり遂げたいことがあるんだ」

ケニーは、今まで見たこともない顔をして語り始めた。

「やり遂げるって決めた。何を犠牲にしても、どんなに嘘を重ねても、絶対に成し遂げるって決めたんだ。だから俺は、君の気持ちに答えられないって思った。君だけじゃない。覚悟を決めたんだから、誰の気持ちにも答える資格なんてないって」
「………」
「でも、もし──もしも」

すべてが平和になったら。

「ぜんぶやり遂げて、なにもかも上手くいって、あいつらと、君と一緒にいてもいいのかなって思えるようになったら、その時は」

地平線の先まで広がる葦の草原が、風に揺れている。草原を染める夕日は、濃い赤と藍色のグラデーションに染まっている。
ただひとつだけあの時と違うのは、私の涙が、悲しみにくれるあまり流されたものではないということだ。




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