ドラコに促されるままにやって来たのは、車両の外だった。吹き荒れる風が前髪を乱すので、レグルスはそれを押さえながら先を歩いていたドラコが振り返るのを待った。
向き合ったまま、どのくらい沈黙が降りていたのだろう。吹きすさぶ風の冷たさでほんの少し身震いした時、ようやくドラコが口を開いた。
「アディントンは…クィディッチ・ワールドカップの後、大丈夫だったのか」
目をぱちくりさせてその質問の意味を考える。アイスブルーの瞳に不安と贖罪の色を見つけて、レグルスは安心させるように両手を広げた。
「ああ。見ての通りだ、なんともない」
「そうか、よかった。ポッター達と一緒にいたグレンジャーしか見つけられなかったから…」
呟くと、ドラコは俯いてしまった。風に乱される細い金髪を眺めながらレグルスは彼の言葉の続きを待った。
ふと、思った。彼の危うさは、かつての自分によく似ている。
「…あの日、僕の家がテントを作っていたのは競技場にほど近い北の森の外れだ。テントに入る前にあちこち挨拶をして回ったから、僕の家のテント周りは有名な純血主義の貴族で固められていたことが分かった」
ワールドカップの夜のことを語り出したドラコは、くるりと踵を返して、錆びた手すりに指を滑らせた。ぱらぱらと、錆の欠片が落ちていく。
「あの騒ぎの時、僕の家のテントの周りでは何も起こらなかった──なんにも。騒ぎは聞こえているのに、火の手だって見えるのに、みんなそれを承知してるみたいだった。母上の制止を振り切ってテントを飛び出した時、談笑しているテントさえあった」
乾いた笑い声は、“安全地帯”にいたドラコ自身に向けられているように思った。
「君たちがマグルが管理している東の森のキャンプ場にいることは知っていたから、そこへ走った。そこで、死喰い人達が、マグルの家族を面白がって空に浮かべているのを見た。──吐き気がした。あんなの、純血主義だとか以前の問題だ」
「…それで?」
「テントに戻ると、貴族との会談へ出掛けていた父上が戻っていた。3つ先のテントでの会談だったはずなのに、父上のマントからは、はっきりと煙の臭いがしたんだ」
みしり、と手すりが軋んだ。レグルスは顔をなぶっていた前髪を耳に掛けると、ドラコの脇に立って手すりに体重を掛けた。
「随分と死喰い人に酷評だな。あの中に父親がいたとしてもか?それとも、父親だけは他の奴らとは違うと思っているか?」
「…違うと、思いたい。けど」
少し間をあけて、ドラコはゆるゆると首を横に振った。
「けど──これは詭弁だ」
「…そうだな、詭弁だ。君の父親は、喜んで僕を吊し上げるだろうな」
「っ、」
ドラコは自虐ともとれる発言をしたレグルスを咎めるように睨み付けたが、言い返さなかった。レグルスは視線が刺さっているのを感じながら、過ぎていく荒野を眺める。
信じていたものが、実際は理想とかけ離れていたと悟った時。失望感が、虚無感が、己の心にもたらすものを、知っている。右を向けばいいのか、左を向けばいいのか──そもそも自分はどっちを向いていたのか。それすら分からなくなってしまうのだ。少なくとも、かつての自分はそうだった。
「怖いんだ」
ぽつぽつと吐露するドラコの声は、汽車が滑る音にかき消されてしまうのではないかと思うほどに小さかった。
「このまま純血主義を貫き続けたら、僕はいずれ、アディントンやグレンジャーを吊し上げて喜ぶような奴にになるんじゃないかって」
「………」
「誰にも相談できなかった。純血主義に疑問を持っただなんて知ったら、父上も母上もなんて言うか…。というか、そもそも純血主義に異を唱える知り合いなんていない。でも」
そしてドラコは、初めて顔を上げた。
「アディントンなら、何か答えをくれるんじゃないかって思ったんだ」
不安そうに瞳を揺らしているドラコを一瞥して、レグルスはゆっくりと瞬きした。彼は本当に、かつての自分と似ている。彼とかつての自分とが唯一異なる点は、こういったことを打ち明けられる人間が身近にいたということだ。そう悟って、レグルスはドラコに分からないようにほんのりと微笑んだ。
「申し訳ないが、僕は君に答えを教えてやれない」
「なぜ?」
「その答えは君自身が見つけるべきだからだ」
もたれていた手すりから腰を上げて、ズボンに付いたであろう錆を払う。
「とりあえずは疑問を抱えたままでいい。ゆっくり答えを出せばいいさ」
「お、おい!アドバイスも無いのか!?」
「…そうだな」
車内に続く引き戸に掛けていた手を離す。レグルスは踵を返して、ぴんと人差し指を立ててみせた。
「ひとつ──視野を広く持つこと。ふたつ──他人の考えを鵜呑みにしないこと。まずはこの二つを心掛けるといい」
「…二つだけ?」
ドラコは不服そうだ。
「自分で見て、聞いて、感じたことを大切にしろ。そうすればおのずと答えが見えてくるさ」
微笑んでそう付け加えると、レグルスは今度こそ扉を開けた。今度はドラコも引き止めなかった。
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