星見の旅の魔法使い

ここノウム・カルデアで、自分は何番目に重要な道具なのかを名前は考える。大前提、そして当たり前ではあるが、このカルデアで一番重要な人物は「人類最後のマスター」「星見の担い手」「人類の希望」と名高い藤丸立香であることは間違いない。そして、サーヴァントとゴルドルフ所長やシオンを筆頭としたカルデアの中枢機関に携わる者たちも同様だ。
それを抜きにした場合、自分は何番目に価値があるのだろか。自分はただのお荷物ではないのかと彼女は真剣に考える。技術者であり、腕も平凡なただの一般人。魔術と魔法の区別も知らないという、魔術のまの字も知らないど素人――というよりは、魔術として異端でしかない、魔術と魔法の境界線を破壊してしまう魔術を持つ御伽の人と最新の魔法使い、そして凡そ一般人とは呼べない身体能力と価値観、適応能力を持った人間と数年を共にしたため魔術と魔法を見たことがあるが区別がついていない、というのが正確だろうか。それを抜きにしても何故、自分はこうも悠々自適――――とは言えないが、少なくとも安全に、平和に生きているのかという疑問が常に湧き上がっている。彼が、彼女が生きていれば、なんてたらればを口にするのはこれで何回目だろうか。

「はあ……無理、しんどい」

それは、決して吐いてはいけない言葉。カルデアの誰も彼もが苦しいのだ。こんな事を言えば「自分だって」と抗議する者が必ずしも現れるだろう。特に、ただの高校生に人類の未来という重すぎる使命を押し付け、彼の苦しさに見て見ぬ振りをし、彼に縋っている己らにこんな事をいう資格は少なからず無いだろう。目を閉じれば見えてくるのは遠い遠い昔────あの館で本来ならば交わらない者同士が混じり合い、同化する事なく己のスピードで暮らしてたあの日々。有珠は「そのままの形で生まれ、そのままの姿で朽ちていく運命」に争うことができているだろうか。草十郎は山の生活から都会のルールに慣れただろうか。

「青子は……まあ、あの人なら大丈夫でしょ」

 青子に対する心配など不要だ。寧ろ心配した方が本人を怒らせかねない。彼女は自分の人生と魂を自分のためだけに燃やし尽くせることができるタイプの人間だ。詳しくは省略するが、あの蒼崎橙子とも張り合えるのだから憂いたところで無駄にしかならない。
そんな無関係な事を考えながらも、腕はいつもと同じようにカタカタとタイピングをしている。日常的な、普段と何ら変わらない光景。つまらない、安全な、あの時と同じ────。

「ごめんなさーい! 名前さんいますか?」
「藤丸立香さん、黙って下さい」

勢いよく声を上げる藤丸立香を名前は諌める。どうしてこうも能天気な奴が人類の未来を背負っているんだ……なんて心中で愚痴を呟く。口に出してみようものならマスター過激派サーヴァント( 主に溶岩水泳部 )から想像を絶する仕返しが待ち受けていることだろう。慇懃な口調でも本人は全く威にも返さずはケロッとしている。

「あれ、本当に名前さんいるじゃん! うわー……凄い。本当に全然変わってない……」
「は……? 藤丸立香さん、誰ですかその女性は。藤丸立香さんと同じカルデア制服を着ているようですが私の記憶には彼女のことなど一つもありません。また何かやらかしましたか」
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