(21 / 21) キルアの婚約者 (21)

クラピカと別れたエレノアは部屋には戻らず歩いていた。
彼が話してくれた内容を頭で何度も繰り返しており、エレノアは考えている。
ふと、立ち止まり窓を見ると、場所を移動したのに窓からのぞく景色は変わらず綺麗な夜景が広がっていた。
どこの国も眠らない地域はあるらしく一部の光が消えず灯っている。
エレノアは椅子に座ってそれをぼうっと眺める。
どうも、クラピカの話が頭から離れない。
離れてくれなかった。
それと同時に頭に浮かぶのはお気に入りの二つの赤い目玉。
クルタ族の目だ。


(そう…クルタ族に生き残りがいたのですね…)


エレノアが抱くこの感情は、決してクラピカへの同情ではない。
しかし、罪悪感でもない。
そんな普通の感情なんてあの家で教育されていればもっと幼い頃に消えている。
暗殺を生業としている家に生まれた以上、復讐は身近でもあった。
あのお気に入りの緋の目がクルタ族だというのは叔父から聞いて知っているが、それ以上の情報に興味はなかった。
クラピカにとって、あの目は一族そのものなのだろうが、エレノアにとってはお気に入りの『物』だ。


(うーん…これは困ったことになりましたわ…)


今更クルタ族が現れたことにエレノアは困っていた。
あれはもうエレノアの所有物になっているし、クラピカにあの目の事を話せば当然『返せ』と言われるだろう。
一族の中に親しい人がいれば話した事もない人だっているはずなのに、復讐のためにハンター試験を受けるほど彼は復讐に取り憑かれてしまっている。
きっと返してもらうまで付きまとうだろうし、その執着故にどんな手段に出るのかも分からない。
エレノアは恵まれた家柄に生まれた故に、物欲は強くない。
同情を誘われても感情が動かされることはないし、お金を積まれてもエレノアは家族や叔父達に言えば何でも手に入るため、どんなにお金を積まれても金に執着はない。


(叔父様達はもうクルタ族のことなんて忘れているのでしょうね…叔父様は満足すれば品物を手放してしまいますもの)


お気に入りの赤い目を贈ったのは叔父だ。
彼は盗んだ品物を愛でるのに飽きると売って手放してしまう。
クルタ族の存在も覚えているかも怪しい。
あの緋の目だってクルタ族の目というよりは、すでにエレノアのお気に入りの物としか認識していないはず。
今はキルアの婚約指輪がヒエラルキーのトップなため、それを超える品物を探しており、今現在となってはクルタ族の緋の目そのもの認識も薄れているだろう。


「あら…なぜ私は困っているのでしょう…?」


うんうんと唸る様に悩んでいるが、ふと我に返る。
我に返って見れば、なぜ自分はここまで悩む必要があるのかが分からなかった。
だって、そうだろう。
エレノアにとってあの目はクルタ族ではなく、『物』だ。
叔父からプレゼントされた大切な『物』。
自分の『所有物』なのに、何を悩むことがあるのだろうかと、ふと我に返る。
そうなれば、エレノアはもう悩むのをやめた。


(購入したわけではないですし…私がその目を所有しているのを気づかれる事はないでしょう)


キルアにさえ叔父から贈られた品物を見せたことはない。
盗品だからと言う理由ではなく、独占欲の一種だろう。
キルア自身も興味はないようで見せてくれとせがまれた事はない。
そのため、エレノアが緋の目を所有しているのを知っているのは少数であり、身内のみとなる。
気づかれたとして、エレノアは基本身内と行動を共にし家から出る事も稀なため、試験後に気づかれても早々顔を合わす機会もないはずだ。
エレノアはそう片づけて考えるのをやめる。


「そろそろヒソカさんの我慢が限界を超えますし…戻りましょう」


トイレにしては長すぎる時間を過ごしたエレノアはヒソカが待っているであろう大部屋へ向かおうとした。
しかし、視線の先に見知った姿を見て立ち止まる。


「キルア様!」


まさかここでキルアと会えると思っていなかったエレノアは駆け足で向かう。
エレノアの声にキルアも反応し、顔を上げた。
エレノアはその彼の表情を見て立ち止まる。


「エリー」


キルアもエレノアとこんなところで会えると思っていなかったのか、驚いた表情を浮かべた。
その変化にエレノアはふと表情を和らげ笑みを浮かべてキルアへと歩み寄った。
エレノアが手の届く範囲に入ると、どちらからでもなくお互いの手を取り合う。


「こんな時間にどうされたのですか?」

「それはこっちのセリフ…あいつらは一緒じゃないのかよ」

「ちょっと眠れなくて…ヒソカさんのご許可は頂いておりますわ」


好きな人に『トイレに行きたくて』と言うのが恥ずかしくてエレノアは眠れないのを理由として選んだ。
カトラー家もゾルディック家と同じく数日眠らなくても平気だが、三次試験前の自由行動だし仕事ではないので起きている理由もない。
そういう時は極力睡眠を取るよう言われている。
キルアの理由も聞くと、エレノアは驚いた表情を浮かべた。


「ネテロさんはお茶目な方なのですね」

「お茶目ねぇ…ああいうのを根性がねじ曲がった意地悪ジジイっていうんだぜ、エリー」


歯が立たなかった腹いせなのか、エレノアにあることないこと(とは言い切れない)言いキルアは『ケッ』とやさぐれる。
ネテロに自分からボールを奪ったらハンターライセンスをやると言われて、先ほどまでゴンと二人でネテロとボールの奪い合いをしていた。
だが、ネテロは自分達2人を相手に片手と片足しか使用していない舐めプをし、キルアは馬鹿馬鹿しくてやめた。
それを聞いてエレノアは納得した。
先ほど、キルアの様子に足を止めたエレノアは、キルアのギスギスとした殺気に気づいた。
どうやら相当ネテロ相手に苛立ちを溜めていたのだろう。
キルアとエレノアはこれまで近くにいたのに離れていた空白を埋めるようベンチに座って話を弾ませる。


「でさ、ゴンの奴まだあのジジイ相手にやってるんだぜ!右手くらい使わせてみせるとか言ってさ!」


キルアの話にエレノアは『まあ』と驚いた声を零して面白そうに笑う。
エレノアの傍にはヒソカが常にいたため、エレノアがキルアに話せる話題はそれほどない。
だから必然的にキルアばかりが話してしまう。
それでも、お互い傍にいられるだけで幸せだった。
エレノアは楽しそうにゴンの話をするキルアを微笑ましそうに見つめていた。
その視線にキルアは気づき、申し訳なさそうな表情を浮かべ、気まずげに頬を掻く。


「ごめん…オレばっかり喋ってて退屈だよな…」

「いいえ…キルア様のお話を聞くのはとても楽しいですわ…私、試験中はずっとヒソカさんとご一緒ですから退屈でしたの」

「ならいいけど…」


普段からもエレノアはずっと聞き手に回ることが多い。
それはキルアだけではなく、弟のカルトの時もそうだ。
エレノアが喋らないというわけではないが、キルアはゴンと一緒にいるとエレノアに話したいことばかりが起こる。
エレノアが退屈していないとホッと安心していると、エレノアはクスクスと笑い出した。


「どうした?」

「ふふ、だってキルア様ったら本当にゴンさんのことばかりでしたもの…私、お二人はきっと仲良くなれると思っていましたのよ…ゴンさんのこともお嫌いでありませんから…だからお2人が仲良くなられたことが嬉しくて」

「…………」


笑い出したエレノアに問うと、予想外の言葉が返ってきた。
その言葉に目を丸くさせていると、今度はエレノアがキルアに声をかける。


「キルア様?どうかなさいました?」

「…なあ、エリー」

「はい」

「お前から見てさ、オレとゴンってどう見える?」


エレノアはその問いにすぐには答えられなかった。
しかし、脳裏にはすぐに『友人のようだ』という文字が浮かぶ。


(きっとキルア様はそのお言葉をお望みになられているのでしょう…ですが…簡単にそれを告げてしまってよろしいのでしょうか…)


キルアの青い瞳に自分が映るのを見つめながら、エレノアは考える。
ゾルディック家はカトラー家とは違って家訓として友人を作ることを否定していないし肯定もしていない。
だが、必要とは思われていない。
特にキルアはゾルディック家にとって大切な跡取りだ。
エレノアやキルアの弟であるカルトとは違い、念を習得させるのを慎重になっているくらい、キルアは大切にされている。
いくらゾルディック家に嫁ぐ身だとしても、まだエレノアはゾルディック家の人間ではない。
婚約者と言えどまだエレノアはキルアとは赤の他人の立ち位置にある。
そんな人間が安易に『友達』という単語で答えていいほど、キルアの立場は軽くはない。
しかし…


「私はずっとヒソカさんとご一緒でしたから…傍から見たらですけれど…私はキルア様とゴンさんはお友達のように見えましたわ」


エレノアはあえて思った言葉で答える事を選んだ。
例え、ゾルディック家の者達にそれを知られても、あちらから婚約を破棄されることはほぼない。
だから言えるのだろう。


「本当か!?」


キルアはエレノアの言葉にパッと表情を明るくさせて破顔させた。
エレノアが答えるまで緊張していたのだろう、強張っていた表情に笑みが戻りエレノアも釣られたように笑みを浮かべながら『はい』と頷く。
エレノアはキルアが友人を欲していたことを知っていたから、ゴンという友達が作れたことにキルア本人のように嬉しくなる。
本当ならゴンばかりが話題に上がることで嫉妬もあるのだろうが、エレノアは自分の立場が決して友人にはなれないのを知っているし、ゴンも決してキルアの恋人になれないのを知っている。
キルアの友人への愛情は得られないけれど、恋人への愛情は十分すぎるほど頂いている。
それはゴンだって同じだ。
だから、ベタな『ゴンと私、どっちが好きなの』なんて聞くほどエレノアの心は狭くはない。
それが女性なら話は別ではあるが。
『そっか、友達に見えるかー』と嬉しそうに夜景に視線を移すキルアの肩にエレノアは頭を預けた。


「エリー?」

「ご友人が大切なのは分かっていますけれど…時々で構いませんから私にも構ってくださいませ…嫉妬でゴンさんを殺してしまいそうですわ」


甘えるエレノアに、キルアは目を微かに見張る。
嫉妬と言うが、ゴンに嫉妬していない。
殺しそうと言うが、本当に殺そうとは思っていない。
だが、だからと言ってキルアから放っておかれるのは嫌だ。
暗殺者として英才教育をされてきたキルアについていける人間…それも同い年の少年は貴重だ。
だから欲しがっていた友人を得たばかりのキルアの邪魔はしないが、放置されるのも面白くない。
エレノアの『ゴンを殺してしまいそう』という可愛い言葉にキルアは目を細め、自分に寄り添うエレノアの頬に手を添え、顔を上げさせる。


「キルア様?」


エレノアはキルアの行動が理解できないように不思議そうに彼を見つめていた。
何も言わず頬に触れて見つめるキルアに、エレノアも思わず口を噤んでしまう。
何も分かっていない様子を隠す事のないエレノアに、キルアは笑みを深めた。
そして、ゆっくりと、静かに、エレノアに顔を近づける。
鼻先が触れるほど近くなった瞬間―――それは訪れた。


「はい、終了ー」


エレノアとキルアの唇が触れ合う寸前、2人の間に手が差し入れられ壁となる。
ふに、とキルアの唇に触れたのはエレノアの唇ではなく―――ヒソカの手だった。


「げっ…ヒソカ!なんでいるんだよ!!!」

「お姫様のお迎えだよ…中々戻って来ないから探しにきたんだ…そうしたらお姫様が悪い虫に悪戯されそうになったのを見てね」


ヒソカの手にキスをしてしまったキルアはベンチから勢いよく立ち上がり、顔を青ざめて唇を思いっきり拭く。
対してエレノアはヒソカの登場に驚いてはいるものの、彼の言葉を理解していないように首を傾げた。
二次試験で恋人がどうとか一夜限りがどうとか言っていた割には、身内の望む通りおぼこに育った証拠を見せるエレノアにヒソカは内心目を細めて笑う。
キルアは擦りすぎて唇が真っ赤になっているのに気にも留めず、『悪い虫に悪戯されそうになった』と聞いて眉を顰めてヒソカを睨む。


「悪い虫ってオレかよ!オレとエリーは婚約してるんだけど?」

「そうだねぇ…でもお姫様の叔父様から悪い虫から守れって頼まれてるからさ、ごめんねぇ?」


決して申し訳なく感じさせない声色と態度にキルアはムッとさせる。
しかし、叔父の名前を出されたキルアはグッと言葉を飲み込むしかない。
エレノアが叔父を慕って家族を大切にしているのは分かっているからこそ、反論があっても何も言えなかった。
叔父本人がいたら文句の一つ二つ言っていただろうが、流石にヒソカに言っても無駄だと分かっている。


「婚約者の前にオレとエリーは恋人なんだからキスの一つくらいしたっていいだろ」

「お姫様は純潔を望まれているからね…そこはキツく言われているから諦めてほしいかな」


エレノアの身内全員が純潔を望んでいるのを、エレノア本人は知らない。
なので、ヒソカはエレノアの両耳に手を当てて聞こえないようにする。
別に聞かれても意味すら分からないだろうが、そこは配慮である。
キルアもそれは伝えられているらしく、食い下がることなく引き下がった。
先ほどキスしようとしたのは、衝動的なものだのだろう。
理解はしてはいるが、気持ちは納得していないのかキルアの機嫌はあっという間に降下する。
そんなキルアを気にせず、ヒソカは『とにかく』と言ってエレノアの脇に手を差しいれて持ち上げる。


「今日はここまで…またお姫様と話せる機会があったらいいね」

「ぜってーお前からエリーを取り戻してみせるからな!!!それまで絶対エリーを守れよオッサン!」

「はいはい」


『オッサンって年じゃないんだけどなぁ』と思うが、12歳からしたら大人は全員おっさんだろう。
指さされながらヒソカは最後の情けとエレノアに『ほら、お姫様もバイバイして』と赤子や子犬のように持ち上げたままキルアにエレノアを近づかせて挨拶させる。
エレノアはその扱いに動じず、ただキルアとの時間がヒソカの登場で終わりを告げて残念そうに『では、キルア様…また』とヒソカの言葉通りに別れの挨拶を告げた。
弱弱しい声で手を振るエレノアに、キルアも不服そうにしながらも手を振り返す。
若いカップルを引き裂いてしまう心苦しさ……などないヒソカはとっとと大部屋に戻っていった。

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