神がアダムのために用意した楽園には、アダムとイヴやアダムが名前を付けた動物たちが穏やかに過ごしていた。
楽園の入り口には、智天使のケルビムが配置され、アダムたちの楽園を守っていた。
「まあ!赤ちゃんが生まれたのね!」
イヴは散歩をしていた。
毎日同じ景色ではあるが、イヴは十分に楽しめた。
夫であるアダムは動物に名を付ける務めをしており、その間、イヴはよく散歩をして彼から離れていた。
その中で、動物達を観察するのが日課となり、今日はリスの親子を見つけた。
挨拶に来たかのように、リスは自分よりも小さな体の子リスを連れて、イヴの足元まで駆け寄ってきた。
しゃがんで手を伸ばせば、子リスが鼻をひくつかせながら挨拶するようにイヴの手へ近づく。
イヴの手と、子リスが触れる寸前―――
「イヴ!どこにいる!返事をしてくれ!」
男性の声に驚き、リス親子はどこかへ消えてしまった。
走るリス親子をイヴは『あら〜』と呑気な声ながらも寂しそうに見送る。
リス親子を見送るイヴを、男――アダムは見つけ、妻の元へと駆け寄る。
「イヴ!ここにいたのか…はあ、驚かせないでくれ…」
探していた妻を見つけたことに安堵したのか、アダムの表情は和らぐ。
しかし、そんなアダムをイヴはしゃがんだまま、ぷくっと頬を膨らませて夫を睨むように見上げた。
「もう!アダムったら!せっかくリスちゃんが赤ちゃんを見せに来てくれたのに驚いて逃げちゃったわ!」
キッと夫を睨むイヴだが、その愛らしさのせいでまったく怖くない。
しかし、ここでデレデレした顔を見せれば、さらに(可愛く)拗ねるので、アダムは頬が緩むのを必死に抑えながら溜息をついてみせる。
その溜息には安堵も含まれていた。
アダムが手を差し出せば、イヴは怒った顔を浮かべたまま夫の手を取り、立ち上がる。
「リスの子供なんていくらでも見れるだろ…そんな怒るなよ…」
「だって、あの子は私に挨拶をしに来てくれたのよ…」
怒っていた表情が、寂しげに変わる。
アダムは妻のそんな表情に弱く、『うぐっ』と言葉が詰まった。
少しの間が空き、白旗を上げたのはアダムだった。
「ああ、もう!分かった!俺が悪かった!だからそんな顔をするな!」
「どんな顔?」
「泣き出しそうな子犬のような顔!お前さぁ、俺がその顔に弱いって分かってやってるよな?」
「??」
「ん〜だよなぁ〜そんなわけないよな〜お前だもんな〜!」
『はーーーーかわいい』と言いながら、アダムはイヴを抱きしめる。
突然抱きしめるアダムに、イヴはキョトンとするが、夫に抱きしめられて嬉しそうに笑った。
ふふ、と楽しそうに笑う妻に、アダムは妻の笑みにつられたように安堵の笑みを浮かべた。
しかし幸せな時間は短く、『あ!』とアダムは何かを思い出したようにイヴの肩を掴み見つめ合う。
「俺がいない間にルシファーとリリスに会ったか!?」
抱きしめてもらえないことは残念だが、どうやらいつもの確認が始まったようだ。
イヴはルシファーにもリリスにも会ったことはない。
当然、首を振ると、アダムは安堵の色を浮かべる。
「じゃあ、あの木に近づいたりとかは…」
あの木とは、『善悪の知識の木』とも呼ばれ、食べると必ず死ぬと神と天使たちに言われている。
そのため、アダムからも近づくことすら禁じられてしまい、イヴはその木の周辺には近づかないことにしている。
その木以外であれば、園のどの木の実も自由に食べてよいとされているため、今のところイヴは禁断とされている木の実に興味すら湧かないのだろう。
「いいえ、ないわ…だって、神様も天使様もあなたも、近づいてはいけないとおっしゃったじゃない」
「ああ、そうだ!駄目だ!」
「ほら、ね?私だって、怒られるのは嫌よ」
首を振るイヴに、アダムは安堵の息をつく。
両手でイヴの頬を包み、額を合わせ、妻の美しい青い瞳を見つめる。
「頼むから、ルシファーとリリス、それにあの木には近づかないでくれよ、イヴ…お前を失いたくないんだ…」
青い瞳に自分だけが写っているのを見るだけで、不安が消えていく気がした。
これは、リリスと共にいた頃には感じなかった感情だった。
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