(1 / 2) 嫁発言の真偽 (1)
それはまだ銀時や神楽に出会う前の事―――…


雪は今日、ライブだった。
お通ファンクラブの隊長を務めてから早幾日……雪はすっかり隊長が板につき、隊員達も増えてきている。
雪はお通のライブも終わり夕食を隊員達と食べて帰るところだった。
少し前に隊員の一人がお通の限定版を手に入れることに成功し、そのDVDを貸してくれると言ってくれた。
その貸してくれるという日が今日で、雪の手の中にはその限定版のDVDが握られており、雪の目には光り輝いて見える。
日は暗くなる前だが薄暗く、子供はとっくに家に帰っている時間。
それは同時に、犯罪者が動きやすい時間でもあった。


「ねえお嬢さん、ちょっと道を尋ねたいんだけどさぁ」


雪は後ろから話しかけられ振り返った。
そこにはいかにも、な男がニヤついた顔で雪を見つめていた。





真選組と同類の職務体系を持つ警察組織――見廻組。
真選組と同等の組織だが二つは綺麗に別れたタイプの違う警察だった。
その見廻組の局長を務めている男、佐々木異三郎は休日の用事で歌舞伎町にいた。
名門の佐々木家長男というのもあり男の移動手段は車だった。
窓に映る町並など興味なく目もくれず佐々木は用事も済まし帰宅するつもりだった。
しかし、車が急停止した。


「どうしましたか?」

「も、申し訳ありません!人が急に前に出てきたもので…っ」

「人…?」


急ブレーキで前へ体が傾き、佐々木は運転手に声をかけた。
主人に声を掛けられた運転手は顔を青ざめ慌てた様子で謝る。
人が飛び出したという言葉を聞き佐々木は『当たり屋か何か』だと思った。
しかし、起き上がったのは小柄な少女だった。
当たり屋とは男性が多いため佐々木は目を見張る。
少女は必死な表情で運転手に駆け寄る。


「た、助けてください!!」


出てきた言葉は集りではなく、助けを求める言葉だった。
運転手は当たった程度とはいえ人を軽く轢いてしまい混乱しているのか『な、何言ってんだ!!』と涙目の少女に怒鳴る。
それでも少女は『警察呼んでください!』と必死に頼み、集りでもないのを察した佐々木はとりあえず話を聞こうと降りようとした。
しかしその時、少女の後ろから現れた男が少女の腕を掴んだ。


「おいおい逃げることはないだろ?」

「放してください!!」

「そんなに嫌がることねえだろ?俺はただ道を聞いてるだけじゃねえか」

「普通に道を尋ねる人は裏路地に連れ込もうとしません!」


男の力には勝てないのか少女は少しずつ引っ張られ車から離れていく。
話しを聞いているとどうやら少女は道を尋ねるふりして性犯罪を犯そうとしている男に捕まったらしく、隙を見て逃げ出し佐々木に助けを求めたらしい。
どこの世にも低俗がいるものだと佐々木は必死に抵抗している少女に息をつき扉を開ける。


「少々よろしいでしょうか?」

「あ?んだてめぇ…」


佐々木は一応警察である。
守るべき対象はもう少し位が高いお方なのと非番なのだが、一応局長を務め、一応警察の身である。
一応が多いが一応警察として困っているエリート以外の人間を助けなければならない身である。
車から出て佐々木は男に声を掛けた。
男はいかにも、なチャラ男でいつ『キミかわうぃーねー』と言っても可笑しくはなかった。
古いとかは言ってはいけない。決していけない。
とにかく、男は邪魔され苛立っているのか邪魔する佐々木をギロリと睨み付けるが、佐々木は涼しい顔で流し少女を奪い背に守る。


「どうやらあなたはこの女性に無理強いしようとしているようですが…今すぐいなくなるのなら見逃してさしあげましょう。私も非番の日に働きたくはないですしね…どうです?いい取引ではないですか?」

「はあ!?バッカかてめえは!こんな美味しい獲物指咥えて見てろってか!?こいつは俺が先に見つけたんだ!!怪我したくなかったらすっこんでな!!」

「……………」


佐々木は『よくもまぁ、ここまで低レベルな言葉が出てくるものだ』と思う。
しかし表情は1つも変わっておらず粋がっているだけの男は見た目から大した者ではないと凄んで見せる。
この目の前の男以上の強面や化け物たちを相手にしてきた佐々木だからこそ平然といられているが、後ろにいる少女は困惑しているのか心配そうな目線を向ける。
そんな目線を気づかないわけではないが、一々少女に安心させるような言葉を吐くのも面倒になってきた佐々木はいっその事この少女を引き渡して帰ってやろうかとも思う。


「大体お前そのなりじゃ腕っぷしはねえんだろ?どうせ俺にボッコボコにされるのが落ちだろうが!ボロボロにされて恥かくことになんぜ?」

「…忠告しましょう……今すぐ我々の前から消えなさい。見逃してあげますから。」

「ああ!?なに偉そうに…!!喧嘩が怖くてちっちぇぇ脅ししかできねえやつが俺の邪魔すんじゃねえ!!おい!てめえも大人しくこいや!!抵抗してんじゃねえよ!!」

「きゃっ!」


佐々木は本気で面倒だと思っていた。
仕事のような内容の休日を過ごすほど最悪な休暇はない。
何のための休暇なんだと言いたいくらいだ。
しかし目の前で困っている人を見捨てるほど今のところ腐っておらず、佐々木がぼうっとしている間に少女が隙をつかれ佐々木の後ろから引っ張り出されてしまった。
反射条件か、佐々木は咄嗟に少女の空いている腕を掴み、少女は男と佐々木に引っ張られる形となる。


「てめ…!放しやがれ!!」

「放すのはあなたの方なのでは?女性が嫌がっているのに強制するなど無粋にもほどがあると思うんですけどね。」

「い、た…いだだだだ!!痛い!すごく痛いです!!どっちでもいいんで放してくださいィィ!!」

「では私が放しましょうか?」

「すみません!ごめんなさい!申し訳ありません!!!あなたは放さないでください!!」

「大体あなたのその恰好はなんですか。そんな恰好でこんな時間まで出歩いていたのなら襲われても文句は言えませんよ」


少女は今、まるで大岡政談のように両腕を引っ張られていた。
男の方がもう諦めればいいのに意地になっているのか必死だった。
対する佐々木は本気こそ出していないが男に奪われない程度の力を入れており、両者の力は少女の細い腕には少々強すぎる力だった。
佐々木は痛みで涙目になっている少女を見て不愉快そうに眉をしかめる。
少女の姿は古臭い言葉で言えばまさに『破廉恥』そのものだった。
頭には変な鉢巻を付け、はっぴだけを羽織るだけでは飽きたらず胸だけサラシを巻いおり男物の袴を穿いている始末。
その上これまで見たことのないほどの巨乳なため、これでは襲ってくださいと言っている物である。
男は欲に素直な生き物である。
そんな本能に忠実な男の1人2人、誘惑に負けても仕方なく、多くのものは少女が自業自得だと述べるだろう。
しかしだからと言って救わない理由にならず、佐々木は溜息をついて終わった。
少女は自覚はあるのか気まずげに眼を逸らすしかなかった。


「分かってんならもう邪魔すんな!!こいつは男求めてそんな服着てんだよ!!!」

「ちが…っ」


男は一瞬だけできた隙に気づき思いっきり少女を引き寄せた。
侮辱な言葉を投げかけられた少女は否定しようとしたが、引き寄せられ体を傾ける。
その瞬間、少女が隠していたDVDがポロリとこぼれ――少女は気づいたが避けることが出来ず踏んでしまった。

バキ…と何かが壊れた音がその場に響き、静まり蹴った。


同時にブチリと何かがキレた音が2人の耳に届く。



「なァァァにィィさァァらァァしィィとォォんンンのォォじゃァァァボケカスがアアアアア!!」



佐々木がブチリという音に怪訝とさせたその時、少女が叫んだ。
その叫びは町中でも木霊するほど大きく、車の運転手は初めて声で窓のガラスが震えているのを見た。
佐々木は大人しそうな破廉恥娘が大きな声を出したことに目を丸くし、男も突然叫んだ少女を驚きの目で見つめてポカーンとしていた。
少女は2人の手を振り払いビシッと足元を指差す。
少女が指差し釣られたように運転手含めた三人が下を見ればそこには見事壊れたDVDがあった。
壊れたDVDを見ていた男だったが、ガシッと少女に髪を鷲掴みされ少女の形相に思わず『ひっ』と小さい悲鳴を上げた。


「てめえよォ、何してくれやんだ?あ?これ限定モンのDVDだぞゴラ!!」

「お、俺は知らねえよ!!っていうか関係ねえだろ!!」

「あ゙あ゙!?関係ねえだァァ!?関係あんだろうが!!てめえが私を追いかけなきゃこんなことにならなかったんだぞ!!てめえ今すぐに新しい限定版お通ちゃんライブ集〜ノーカット版〜を買ってこいやァァァ!!!」

「む、無理ですゥゥゥ!!!」


先ほどの弱弱しかった地味系女子が変貌し、鬼になった。
佐々木はその変貌ぶりに分かりにくいもののポカーンとなり、既に戦意喪失な男にガンを飛ばしている少女を見つめていた。
否、見ているしかできないのだろう。
下手に出たら殺される…今の少女はそう思うほどの気迫があった。
限定品を買って来いという少女に男は首を振って拒んだ。
限定品は数が少ないから限定品となのだ。
今から買って来いと言うのは無理というもの…そんな男に少女は更に顔を鬼と化す。


「ふざけんじゃねェェェェ!!!これは私の隊員が4日並んでやっと手に入れた限定品だぞ!!それを粉々にしやがって!!どう責任とってくれんだこの野郎ォォ!!!」

「こ、粉々にしたのはお前だろ!!」

「その原因作ったのおめえじゃねえかアアアア!!!」


自分の物ならこのままメンチを切るだけで許してやった。
が、壊したのは隊員の宝物。
普通のDVDなら買って返してやれるが、限定品ならそうはいかない。
オークションで買うにしても足元を見てやがるためべらぼうに高いのだ。
ほんと腹立たしい事この上ない。
少女はその怒りも含め、壊された隊員の怒りも含め、男の鼻に指を突っ込み、そして―――『鼻フックデストロイヤーファイナルドリーム』が誕生した瞬間だった。


「え」


鼻フックされた男はそのまま佐々木の元へと飛んでいく。
気づいたときには佐々木は倒れていた。
いつの間にか仰向けになり暗くなっていく空を見上げていた。


「このクズが!」


ペ、と唾を吐き出し、少女は男と佐々木に背を向け去っていった。
どうやら怒りで冷静な判断ができていなかったのか佐々木を巻き込んだことすら気づいておらず、佐々木は小さくなっていく少女を横目で見る。


「だ、大丈夫ですか!?」

「ええ…それよりあの少女を至急調べてください。」

「え…あ、はいっ!!」


自分の上に乗って気を失っている男を佐々木は荷物のように退かす。
今更になって出てきた運転手を一度も振り返らず佐々木はただただ既に消えてしまった少女の背を見送るだけだった。
佐々木は運転手に少女を調べるように命じ、運転手は佐々木の指示に呆気にとられたがすぐに我に返る。
とりあえず男は見廻組が逮捕しようと車に男を乗せ、佐々木も車に乗り込む。
乗り込んだ佐々木は早速部下である信女へとメールを入れた。


『ノブたす聞いて!今日運命的な出会いをしたんだお!!マジ惚れしたんだお!偽りじゃないお!!冗談でもないお!!アイドルオタクかよwwとか思ったけどとんだおてんばプリティーフェアリーだったんだおおお!!!あんな可愛い顔して平気で人の鼻に指突っ込んで背負い投げとか惚れる以外にどうすればいいの!!惚れるしかないでしょ!!もうどうしたらいいと思う!?結婚申し込んだほうがいいと思う!?もう新婚旅行の場所とか選んだ方がいいかな!やっぱワイハー星!?でもエリートに嫁ぐわけだから花嫁修業させてからの方がいいかな??』


ちなみに、これは無表情で打っています。
メールでははしゃぎすているため翻訳すれば要するに少女に一目惚れしたという事である。
興奮しすぎて定番の顔文字すら打っていない。
そんなメールに相手の信女からは…


『日本語でおk』


と一行だけ返された。

→あとがき


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