(1 / 1)  (オマケ)

やっと家に帰り、彩羽と明智は二人してソファに崩れるように座る。
彩羽は『はぁ〜』と溜息を吐き出し、体という体の力を抜いていく。
美雪が襲われてからずっと気が張っていたため、久々に自宅に帰った事で安心感が増したのだろう。
明智は仕事疲れ、彩羽は緊張疲れ。
人生で最初に殺人事件を経験してからこれで三度目となる殺人事件に彩羽は精神的に疲労していた。
とはいえ三度目となるともう慣れ始めてしまい、最初のミステリーツアーの時よりも動揺はなかった。


「お風呂、どうしようか…沸かしてないんだけど…」

「もうこんな時間だからな…今日はシャワーで終わらそうと思ってるが…」

「じゃあ、それでいいか…兄さん先に入っちゃってよ」


時計を見ればすでに日にちを跨いでいた。
幸いにも彩羽も明智も明日は休日。
久々に2人でのんびりと過ごせる日である。
次の日が休日だから早く寝なくてはとは思わないものの、疲れたから寝たいという気持ちはある。
しかし風呂だけは入りたかったが、昨日から2人して帰っていないため風呂を沸かしているわけがない。
結局湯船は諦めてシャワーで終わらすことにした。
彩羽は仕事で疲れた明智を優先し、明智が『いや、彩羽の方が先に入りなさい』と言う前に追い払うように風呂場へと押し込んだ。
諦めたのかシャワーの音が聞こえ、彩羽は昨日放置したままの家事をその間に終わらせる。
と言っても洗濯物を取り込むだけではあるが。
帰れなかったとはいえ、雨が降らなくてよかったと思いながら取り込んだ。
暫くして明智が出て彩羽も入りパジャマに着替える。


「はい、水」

「ありがとー」


用意してくれたのか、差し出された水を受け取り、彩羽は一気に飲み干す。
冷えすぎてもおらず、ぬるくもないその水はシャワーとはいえ熱くなった体を冷やすのに丁度よかった。


「彩羽」

「んー?」


水を美味しそうに飲む彩羽を見つめながら明智は彩羽を呼ぶ。
彩羽は従兄へ顔を上げれば、明智がとてもいい笑顔を浮かべながら両腕を広げている姿が見え、目を瞬かせる。


「……えっと…なんでしょうか…」


従兄の行動が読めず、一体従兄は何をしているのだろうと彩羽は目を瞬かせた。
しかし明智もなぜそんな事を聞くのかと心底そう思っているようにきょとんとさせ、首を傾げて見せた。


「なにって…約束しただろう?抱きしめてほしいって」

「…………」


彩羽は『忘れていた』と思った。
というか顔に書いていた。
そんな従妹に明智は『だと思った』と思いながらにっこりと笑みを深め両腕を彩羽に向ける。


「ほら、おいで」

「うぅ…」


約束したのは彩羽。
明智は彩羽の約束を、彩羽の我儘を聞いてくれているだけである。
明智こそ、連日泊まり込みで疲れているのに彩羽の我が儘を聞いてくれているのだ。
勿論彩羽は自分の我が儘だと理解でいるのだが……年頃の娘としては少々恥ずかしいのだ。
いや、それもこれも自分が蒔いた種なのだが。
『彩羽』、と全く行動に移さない従妹に明智がもう一度名を呼べば、彩羽は渋々を装い動き出した。
腕を広げて待つ明智の腕の中に彩羽は自ら飛び込む。
従兄の背中に腕を回し胸元に顔を埋める彩羽を明智は嬉しそうに腕に閉じ込めた。
彩羽の顔は微かに赤く、恥ずかしがっている姿も可愛いと思う。
抱きしめられる安心感を感じているのか腕に閉じ込めている彩羽から微かに息が吐かれるのを感じた。
それは自分の腕が彩羽にとって安心できるのだと思うと嬉しさに胸がいっぱいになる。
頭を撫でてあげると緊張で強張っていた体から力が抜けていく。
明智はチラリと時計を見た。
日を跨いでいた針が更に進みすでに深夜を知らせており、『ふむ』と明智は考え行動に移す。


「わ…っ!?」


彩羽は従兄に身を任せていたが突然浮遊感に襲われた。
落ちないよう明智の首に腕を回せば、明智に横抱き…お姫様抱っこをされているのに気づく。


「に、兄さん!?」

「時間も遅いしそろそろ寝ようか」

「そ、それはいいけど…口で言ってくれれば退いたのに…」

「それは困る…せっかくのチャンスを無駄にしたくないしね」


彩羽が思春期になってから従妹から抱きしめられることはなくなった。
明智も彩羽に恋心を自覚してから無暗に触れる事もなくなり、悲しい事があったり辛い事があった時以外に愛しい人を抱きしめる事は極力避けてきた。
勿論それは振れてしまうと更に求めてしまい、期待してしまうからだ。
だから今回は嬉しいチャンスであるのだ。
彩羽はこの歳になってお姫様抱っこされながら運ばれるのが恥ずかしくて顔を赤く染める。
照れる姿が愛おしくて明智は微笑ましそうに笑みを浮かべながら彩羽を運ぶ。
しかし彩羽は自室ではなく従兄の部屋に向かっているのに気づき慌てた。


「ちょっと待って…なんで兄さんの部屋に運ぶ必要あるの?」

「たまには一緒に寝ようかと思ってね」


にっこり、と文字が見えそうなほど素晴らしい笑みを頂いたが彩羽は顔を引きつらせた。


「や、やだ!!私もう17歳なんだよ!もう子供じゃないのになんで一緒に寝なきゃいけないの!?」

「昔は『けんごおにいちゃんといっしょにねるー』って可愛い我が儘言ってくれたのに?」

「それ何年前の話!?」

「泊まり込んで彩羽不足なんだ…ご協力願いたいんだが?」

「ゔ…け、警察なのに仕事を盾にするのとか卑怯!」

「駄目か?」

「…………べつに…駄目とか…言ってないし…」


バタバタと足を動かして抵抗しても、17歳の少女と、体を鍛えている28歳の男では力の差など考えるまでもなかった。
昔の事を出され、更にはしょんぼりとさせる従兄に彩羽はうぐっと言葉を詰まらせてしまう。
若干『可愛い顔しても無駄!』と叫びそうになったが、絶対に従兄に『可愛いと思ってくれるのか、嬉しいよ』と笑みを向けられると理解しているので何とか喉まで上がっていたが呑み込むことに成功する。
普段なら言えるが、今の状況で従兄を喜ばすのは癪に障ったのだ。
しかし結局は子犬のようにしょんぼりとさせる従兄に負け、添い寝するのを許可してしまう自分に『ああもう!なんで兄さんに甘いんだろう!』と内心頭を抱えていた。
暴れるのを止めむすっと頬を膨らまして不服だと表現する従妹が明智は可愛いと頬が緩む。


(性行為のためではなく、添い寝だけだと思っているのは信頼してくれている証だが………少々複雑だな…)


彩羽は義父に性的虐待をされていた。
しかしそれがなくても普通は自分に好意を持っているのを知っている男性が、ベッドに運ぶという事は…それ=(イコール)、そういう行為を求められていると結びつくものだ。
しかし彩羽は明智が自分に乱暴するなどと思っていないようだった。
全く警戒心のない彩羽の様子に明智は内心苦笑いを浮かべた。
勿論、明智は同意のない行為をするほど飢えていないし、今のところ彩羽の意思を無視してでも手に入れたいとは思っていない。
チラリと高遠の顔が浮かんだが、それを無理矢理消し、彩羽をそっと優しくベッドに降ろし、明智もベッドに横になり彩羽に腕枕をしながら後ろから抱きしめる。
明智がベッドに乗り込み動くたびにギシリとスプリングが鳴る。
それがとても官能的だとつい思ってしまった。


(……頑張れ、理性)


彩羽を異性として愛しており、もちろん性的な感情だって持っている。
だが、明智は本当に添い寝するつもりだった。
彩羽不足というのも嘘ではない。
しかし官能的だと気づいてしまうと、つい悶々としてしまうのが男というものだ。
とはいえ彩羽の信頼を壊して、関係が進まないのも困るので、明智は自身の理性を応援しながら目を瞑った。
とりあえず、腕枕をするあたり明智もちゃっかりさんではある。


(寝息…兄さん寝るの早い…よっぽど疲れてたんだ…)


従兄の腕を枕にしながら彩羽は目を瞑り眠気が来るまで待っていた。
しばらくすると従兄の寝息が聞こえ、背中を向けていた体勢を向き合うように変えれば従兄は既に寝入っていることに気付く。
体勢を変えても起きない所から深く眠っているようで、彩羽はよほど疲れていたのだなと従兄の寝顔を久々に観察しながら思う。


(まあ、何だかんだ言ったけど…やっぱり兄さんの腕の中って安心するんだよね…)


従兄が寝入ったから彩羽は素直になれた。
彩羽は兄の胸元に顔を埋める様に寄り添い、目を瞑る。
幼い頃から明智に抱きしめられるのが好きだった。
恥ずかしがっていたが、平然としていてもやはり鷹島の事を引きずっているのか従兄の腕の中は酷く安心した。
更に従兄にすり寄りながら眠れるか不安だった彩羽もゆっくりと夢の中へと誘われていった。

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