「I have a bad feeling about this.」
名前変換
後悔先に立たず

「犬飼君、ごめんお待たせ」
「全然待ってないよ、大丈夫」
犬飼君と付き合い始めて半年。不安もあったが比較的仲良く過ごせていると思う。今日もデートなのだが、外で待ち合わせの時はだいたい10分前に着く私より犬飼君は早く来ていることが多い。もともと笑顔の人だけど、待ち合わせのその時の笑顔には裏がない感じがして、なんだか嬉しい。普段はどことなく何か企んでいるような気がして怖い時があるのは本人には内緒。
「さ、行こうか」
「うん」
犬飼君はさっと手をつないでくれる。今でこそ手をつないでも平常心でいられるようになったが、初めて手をつないだ時はとても驚いて「それはずるい」と小声で言ってしまった。その時はまだ付き合っていなくて、付き合う前の男女として距離が近すぎる気がしたのだ。一応犬飼君から好意を伝えられていた後だったので、すごく赤面してしまった。手汗が気になって放そうとしてみたけど、「ん?なあに?」ってにっこり見つめられてしまい、「手を握るのは、ずるいと思います…」「なんで敬語?迷子になったら困るでしょ?」そう言って、普通に握っていた手を恋人つなぎに変えられてしまった。私はキャパオーバーだったけど、犬飼君はけらけら笑っていつも通りの表情でいたのを思い出した。最初は手汗とかが気になって、手をつなぐのは落ち着かなかったけど、犬飼君が手を握っている時すごくうれしそうな顔をするから、それが自分でも嬉しくてだんだん気にならなくなって行った。今では手を繋がないと少し寂しい気もする。恥ずかしくて本人には言えそうにないけど。喧嘩もしたことはない。私はあまり揉め事を起こしたくないタイプだし、犬飼君は察するのが上手なので、私が言えずにいることもすぐに気づいてしまう。「ごめん、嫌だったね」「これ、苦手?」とかさらっと言ってしまうので、不満はゼロに近い。ただ喧嘩はしないけど、犬飼君から「周りをもっと良く見て」的な注意をされることが良くある。一応自分のポジションは射手だし、アシストを主にしているので周りは良く見えている方だと思っていた。犬飼君には不十分に見えたようで「そうかな、気を付けるね」と返事をしたけど、表情的にあまり納得いっていなかったようだ。部隊に迷惑を掛けないようにしなければ。
犬飼君の横顔を見つめると、寒さで少し鼻が赤くなっていた。マフラーをカジュアルに巻いて、ロングコートに身を包んでいる。私服は意外にもいつも襟付きシャツとか、わりとかっちりしていて、それが良く似合っている。犬飼君の手は温かいが、私は冷え性なので、握っている手は冷たいだろうに、何も言わずに握ってくれていた。横顔をみてやっぱりかっこいいなぁと思うし、好きだなとも思った。

一見穏やかに上手くいっているように見えても、最近私には一つ心配事があった。それは犬飼君の優しさについてだ。犬飼君が私のペースに合わせてお付き合いしてくれているのはうすうす気づいている。今までに彼女がたくさんいたことがあるはずで、付き合う事に慣れている犬飼君には今の私のペースではもどかしいだろう。そしてそんなお付き合いがつまらないと感じてしまわないだろうかと私は心配していたのだ。だんだん犬飼君がそばにいるのが当たり前に感じてしまっている私は、いくら犬飼君から告白されて付き合ったとはいえ、「ごめんなんか違った、別れよ」と言われたら号泣する自信がある。それほど自分の中に犬飼君が入り込んでいる。だから、私も努力しないといけないと思うのだ。犬飼君は努めて私に優しくしてくれている。だから、私もその分犬飼君に好きでいてもらえるように努力しないといけないのだ。犬飼君の横顔を見ながらそう決心する。
「ん?どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
顔を見られると私の考えていることがばれそうですっと逸らす。これは私が何とかしないといけない問題なのだ。


「ね、どうしたらいいと思う?」
また今回もいつもの仲良しメンバーに相談してみることにした。もちろんいつも通りみんなにお供えを用意している。私がなんとかしないといけない問題だが、相談しないとは言っていない。使えるものは何でも使う。連絡すれば何にも聞かずにすぐに集まってくれる頼りになる4人だ。
「大丈夫じゃない?」
コンビニで買ってきたイチゴ入りクレープを頬張る摩子ちゃんにテキトーに返される。
「そーだよ、犬飼君が優しいのは特別だから、みんなに優しいわけじゃないよ」
「え?そう?みんなに優しくない?」
某牧場のキャラメルを食べながら、包装紙で折り紙をしている倫ちゃんに聞きかえす。犬飼君は学校でもボーダーでも女の子に優しく対応してるのしか見たことないけどなぁ。私との違いってなんだろう。私は見ていて一緒に思えてしまう。
「優しいけど、種類が違うよ、あんたには特別」
「目が優しいもんね、見てたらわかるよ」
うんうんと抹茶のテリーヌにスプーンを入れる今ちゃんが倫ちゃんの言葉にうなずく。そうなのかな。私といる時、犬飼君は時々怖い目してる気がするけど。
「牽制すごいよ〜〜太刀川さんや出水と話してても結構すごいし」
「え、そうなの?全然気づかなかった」
じゃが●このじゃがバター味をまとめて3本食べている柚宇ちゃんが教えてくれる。牽制って。太刀川隊のみんなは犬飼君と付き合う前からの付き合いだし、そんな関係でもないのに。何故だ。私が浮気をするような女に見えるのだろうか。

「音信不通にして、心配させるのは?かけひきするのよ」
一番の常識人、今ちゃんがまず意見をくれた。スプーンであーんしてくれる事も忘れない。できるオペだ。テリーヌおいしい。
「なるほど」
「毎日連絡してるんでしょ?」
「うん。けど、音信不通にしたらそのままフェードアウトで別れるとかない?」
犬飼君めんどくさそうな女嫌いそうだし、そういう駆け引きは逆効果なのでは。
「ないないない。百パーないから安心しなさい」
手を振って否定される。
「その根拠は?」
「勘」
今ちゃんにしては珍しく不確かな「勘」という言葉が出てくる。あてにして良いものなのか。

「エッチのマンネリには勝負下着でしょ〜スケスケのやつ」
「あ〜そっちのマンネリ?」
「ちっ、ちがう!」
柚宇ちゃんと摩子ちゃんがとんでもないことを言いだしてあわてて否定する。勝負下着とは!?!?
「え〜違うの?犬飼君が優しいっていうからそういう事かと」
「そうそう。初心者のアンタに気を使って優しくしてあげてるのが物足りないんじゃなくて?」
「ち!が!う!」
2人の話につい顔が赤くなる。確かに犬飼君はそっちもいつも優しいし、丁寧だけど、マンネリって程私は経験ないです。
「エッチな下着で攻めてみれば?きっと襲ってくるよ」
「みんなでこの後買い物行く?私も下着見たい!」
「いいね」
「じゃあ、私来馬先輩に遅くなるって連絡するわ」
私そっちのけで4人でわいわい話し始める。エッチなのは買わないけど、私だってみんなと買い物には行きたい。
「下着買いに行くのは行きたいけど…最近サイズ合わなくなったから」
「おお!?サイズアップ?犬飼君のおかげか〜」
「ち、違うよ!成長期なだけ!」
ぽつりと言ったことを倫ちゃんに突っ込まれる。
「うらやましいわ〜分けろ〜〜」
今ちゃんに後ろから抱きしめられる。確かに今ちゃんはささやかだったなぁ、なんて。苦しい。首締まってる。

「マンネリならご奉仕してあげたら?きっと喜ぶよ。したことないんでしょ?」
摩子ちゃんがにやりと笑う。あークレープ全部食べたな。私も食べたかったのに。それよりご奉仕ってあれよね。私が犬飼君を気持ちよくするやつ。あれを…って考えただけで恥ずかしくなってきた。私のつたない性知識ではこれが限界だ。
「そういえば、前に買ったゴムどうしたの?」
「えっ…まだ家にある」
前にみんなにアドバイスされて買ったちょうちょのパッケージのコンドームは家の引き出しに眠っている。あれの出番は果たしてくるのか。
「やっぱり犬飼君抜かりないわね」
「ちゃ〜んと用意してたんだ〜」
摩子ちゃんと柚宇ちゃんが楽しそうに話している。この二人、なんか面白がってるな?私は真剣に悩みを相談しているのに。
「二人とも!まともな意見言って!そっちの方面から離れて!」
「え〜面白いのに」
「ね」

「私の中学校の同級生からちょうど合コンしないか誘われてるんだけど、いく?」
「え?」
倫ちゃんから言われた合コンという言葉に驚く。合コンか。女子高生になってもうすぐ2年になるが、一度も経験がない。人生で一度は経験してみたかったやつだ。向き不向きは置いておいて。
「いいね〜やきもち妬かせたら?」
「案外そういうの効くかも」
「あんたが合コンって意外性あっていいかも」
他の3人からも良さそうなリアクションだ。犬飼君ってやきもち妬くのだろうか。あまり想像がつかない。
「相手5人だから私たち5人で行く?」
「アリ」
倫ちゃんの提案に摩子ちゃんが即決する。
「参加〜」
柚宇ちゃんは大きく手を挙げた。私より周りが乗り気な気がするのは気のせいだろうか。
「私はこの子の事、一応見ててあげないとね」
今ちゃんは私の肩に手を置く。そんなこと言って、今ちゃんもただ参加したいだけなのでは?
「オッケー。犬飼君には当日私から連絡する」
倫ちゃんが早速計画し始める。
「なんて言うの?」
「みんなで合コン行ってくるから、彼女借りるね〜って」
なるほど。それならもし仮に合コンに参加したことで怒られても私が人数合わせで参加したってことになるし、いいかもしれない。
みんなと一緒だから心強い。犬飼君に少し刺激が与えられて、恋のドキドキ感を感じてくれれば言うことない。お付き合いに刺激は必要だ。
「その作戦乗ります!」
私は握りこぶしを作って宣言する。果たして犬飼君がやきもち妬いてくれるかはわからないが、とりあえずやってみることにする。
「よ〜し!じゃあ合コン勝利に向けて勝負服と勝負下着買いに行くよ〜〜」
柚宇ちゃんに言われてみんなが立ち上がった。合コンに勝利ってなんだ?結局勝負下着は買うの?



「おまたせ〜」
「ごめんね、待ったよね」
合コン当日、夕方の17時。柚宇ちゃんと私が待ち合わせ場所に着いたときには、他の三人はすでに来ていた。私と柚宇ちゃんは本部基地の居住スペースに部屋があるので、一緒に来たわけだが、柚宇ちゃんがのほほんと準備しているのを待っていたので、少し集合時間に遅れてしまった。私はみんなに選んでもらった服を着ればいいだけだったので楽ちんだった。品のいい首元が少し空いたグレーのニットに黒色レースの膝丈のタイトスカート。足元はショートブーツ。その上にチョコレート色のダッフルが今日の私の装いだ。首元には犬飼君に誕生日にもらったネックレスを付けている。合コンに行くのに、彼氏にもらったアクセサリーを付けていくのもどうかと思ったけど、みんながこれが合うと言ってくれたので、そうした。
「なんで私達より後に来るのよ」
「防衛任務お疲れ様〜」
「楽勝だったわ」
「いつも通りね」
今ちゃん、摩子ちゃん、倫ちゃんは防衛任務が終わってからそのまま参加だ。しかも今日は犬飼君がいる二宮隊も日中に防衛任務だったはず。すごい確率だ。ちなみに私と柚宇ちゃんが所属する太刀川隊は明日の昼に防衛任務が入っている。
「そうだ、犬飼君には直接伝えておいたよ」
「倫ちゃんすごいね」
まさか本人に直接言うとは。流石同い年の中で一番古株。あの二宮さんにもタメ口をきけるだけある。
「ちなみにどんなリアクションだった?」
恐る恐る確認してみる。これで怒っていたら作戦は間違いなく失敗になる。怒っていたら私は恐ろしくてすぐに作戦を中止して帰宅する自信があるからだ。
「犬飼君固まってたよ」
「そうそう、珍しくね」
「なんか犬飼君から連絡来てる?」
今ちゃんに携帯を確認するように言われて、私はカバンに手をやるがお目当てのものが見つからない。
「あれ、私携帯忘れた」
部屋にでも置いてきてしまったのだろうか。
「まぁ相手に連絡先聞かれた時に、携帯忘れたっていえばいいから逆にいいんじゃない?」
摩子ちゃんにそう言われて、携帯を忘れたことによって、合コンでまさかとは思うが、連絡先を聞かれた時用に良い断り文句が出来たし、嘘をつかなくて済むので気が楽というメリットに気づいた。流石に彼氏がいるのに合コンで連絡先を交換しようとは思っていなかった。何か緊急の招集であればトリガーは持っているのでそっちで事足りるし、同じ部隊の柚宇ちゃんもいるから携帯がなくてもまぁ問題はないだろう。
「倫ちゃん、今日お店どこ〜?」
「居酒屋だよ!」
「同い年ならそんなもんだね、仕方ない」
「奢ってはくれる感じ?」
私を除いた4人の会話がなんとなく合コンに手慣れている感じがして違和感があった。もしや私に内緒で4人で行ってるな?まぁ、多分4人とも今は彼氏がいないからいいんだけども。少し寂しいぞ。

「かんぱ〜い」
人生初めての合コンはドラマとかで見るような感じの流れで始まった。私たち5人に、男の子も5人。倫ちゃんの中学校の友達だという子は明るそうで、元気な感じの子だった。顔ももちろん悪くない。そして他の4人も、印象は悪くなかった。みんな比較的良くしゃべる。
自己紹介をしてもらったが、私は一人も名前を覚えられずにいた。けど、相手は当たり前のように私の事を名前で呼んでくれるので、スキルが高すぎる。「名前なんでしたっけ?」とは聞けず、会話の中で名前が出てくるのを聞いて、自分も名前で呼ぶようにした。私は普段高校では仲のいい女友達とばっかり一緒にいるので、男子と話す機会は少ない。ボーダーでは任務とかで必然的に話す必要性が出てくるので、何とも思わず男子とも話せるが、一般の男子だと話は違ってくる。少し緊張していたが、隣に今ちゃんと摩子ちゃんがいてくれて私のフォローをしてくれた。流石は一流オペ。こういうことも抜かりはない。ちなみに今回は相手にはボーダーに所属しているのは内緒にしている。相手に知られると色々面倒なことも多いらしい。

「他の4人は一高って言ってたけど、1人だけ六頴館なんだってね!どう言う関係?」
席替えをして、私は端の席になり、隣に来た男の子にそう質問された。何て答えたらいいか返答に困る。
「あ、えっと」
「私繋がりだよ〜部活の」
男の子の隣にいる柚宇ちゃんが助け舟を出してくれた。
「そうなんだ!部活何してんの?」
「パソコンとか、うん、まぁそんな感じ〜」
柚宇ちゃんがすごく適当に答える。確かに、オペならいつも機器操作してるから嘘は言っていない気がするが、ボーダーを部活動と表現するには無理があると思う。
「ね、連絡先教えてくれない?」
青春スポーツ漫画にでも出てきそうな雰囲気の男の子にそう言われて驚いた。私なんかに聞かなくても他にもっと可愛い女の子の連絡先たくさん知っているだろうに。この顔の良さと性格の明るさだったらさぞかし学校ではモテるんだろう。断られるとは思っていないような表情だ。もしかして連絡先聞くのも社交辞令とか?聞かれなかった女の子が気を悪くしないように。ひょっとしたらそういう気の使い方が最近はあるのかもしれない。
「あ、ごめん、今日携帯忘れちゃって」
「ウソでしょ〜俺嫌われてる?」
良くある断り文句なんだろうか。けど今日は本当に携帯を忘れてしまっているのだ。相手は私の顔をじっと見てくる。これ、犬飼君にもよくやられるなぁと思った。相手の本心を見抜くやり方としてはポピュラーなものなのだろうか。
「そんなことないよ、本当にたまたま忘れちゃって」
私はすっと目線を逸らして答える。男の子に見つめられて、見つめ返すほど自分の経験値は高くない。
「そうなの?じゃあ、他の子から聞いてもいい?また会いたいし」
「ちょっと私お手洗い〜」
そこで柚宇ちゃんがすっと立ち上がった。そして私の腕をつかむ。
「いこいこ〜」
気が付けばあとの3人も立ち上がっていた。みんなでお手洗い?これドラマでよく見る作戦会議ってやつ?

「私あの眼鏡の子にするわ」
「国近了解」
「人見了解」
「私背の高い彼ね」
「え〜私も狙ってたのに〜」
「それなら私茶髪の子にするわ」
「摩子ちゃんありがと〜」
まさしくドラマで見たことのある光景だった。みんなトイレの鏡前でリップを塗りながら話している。
そこで誰かの携帯が鳴った。
「私だ」
携帯を取り出したのは倫ちゃんだ。そしてディスプレイを見て意外そうに言う。
「……荒船君だ。珍しい」
「なんか緊急かもね、出たら?」
摩子ちゃんが横で促す。
「私もだ」
今度は今ちゃんの携帯が鳴りだして、携帯を取り出す。
「こっちは鋼君だわ」
「どしたどした〜」
「早く出た方が」
私がそういうけど、二人ともしばらく考え込んでいる。
「まぁ、良いか」
「そうね」
そういうと、二人は終了ボタンを押した。
「ええ!?いいの?」
緊急の連絡だったらどうするんだろう。
「大丈夫、だいたい内容はわかるから」
「そうなの?」
倫ちゃんの言葉に今ちゃんがうなずく。
「それに、本当に緊急事態ならみんなにも連絡来るでしょ」
「まぁ、そっか」
それもそうかと思い、5人でそろそろ戻ろうかと思っていると、また着信音が鳴った。それも二カ所から。
「太刀川さんだ〜」
「ん、東さんだ」
柚宇ちゃんと摩子ちゃんが携帯のディスプレイを見て笑う。
「本当に緊急事態?基地に戻らないとまずい?」
私が焦っているのに、他の4人は落ち着いている。
「さすがに目上の人からのは無視できないわね」
今ちゃんがため息をつく。
「やるね〜どういう伝手だろ?」
倫ちゃんは面白そうだ。
「はいは〜い国近です」
「お疲れ様です。人見です」
2人が電話に出て、しゃべり始める。緊急事態とは思えないほど二人とも緊張感がないが、どういう内容だろう。
柚宇ちゃん、太刀川さんに私が携帯忘れて一緒に外出していること伝えてくれないかな。きっと太刀川さん私にも連絡するだろうから。
「え〜みんなで合コンですよ……ちょっとくらい良いじゃないですか〜がんばってくださいよ〜」
柚宇ちゃんが話している内容が聞こえる。太刀川さんと何話してるんだろう。でも内容的に確かに緊急性はなさそうだ。
「さて、合コンはお開きにしなきゃね」
「え、そうなの!?」
私は驚いて、倫ちゃんを見る。
「乗り込まれるのも時間の問題だから私たちはとばっちりを受ける前に逃げる」
「そういう事、後はがんばりなさい」
今ちゃんにポンと肩をたたかれた。何をがんばれと?
「???」
そうして、私の初合コンはあっさりと終わりを迎えたのだった。



あの後、席に戻ってお相手に「急用が入ったので、帰る」と伝えて、引き止められながらもお店を出てみんなで帰り道を歩いているところだった。前に柚宇ちゃんと摩子ちゃんが歩いて、私は倫ちゃんと今ちゃんと歩く。
「いや〜やられたね、まさか二宮さんが出てくるとは」
「やっぱり、部下が可愛いってことでしょ」
「荒船君と村上君じゃ電話に出ないってのもわかった上でやってたんだろうね」
「??何の話。二宮さんってどういうこと?」
倫ちゃんと今ちゃんが話しているのを横で聞く。なんで今二宮さんが出てくる?電話の相手は二宮さんじゃなかったよね?後で誰かと変わったの?
「内緒。ネタばらしはまた今度」
倫ちゃんが口元に指を当てて、にっこり笑う。そんな動作もすごくかわいい。
「え〜ちゃんと教えてよ」
なんか私だけ蚊帳の外のような気がしたのだ。その予感は当たり、4人が足を止めて、私を見てにっこり笑う。
「じゃあ、私たちこれから鈴鳴でお泊りパーティだから」
4人が急に手を振りだす。
「え!聞いてない!私も行きたい」
道理でみんな荷物が多いと思っていた。慌てて今ちゃんにしがみつく。
「だめよ」
「家戻りなさい」
「きっと首をながーくして待ってるよ〜」
「幸運を祈ってるわ」
4人に拒絶されて、私はショックだった。一人だけお泊り会に参加できないなんて。結局どれだけ駄々をこねても無駄で、背中を押されて一人泣く泣く本部基地へと帰るのだった。仲間はずれ良くない!


「ずいぶん楽しんでたみたいだね?」
本部基地に入るためにトリガーで入口を開けると、目の前に人がいて驚く。私はその人を見て悲鳴をあげそうになった。
「犬飼…くん…」
「お帰り」
そこには我が彼氏の犬飼君が立っていた。にっこり笑う顔が怖すぎる。怒っている。これは確実に怒っている。やはり振られるパターン?というか何故ここにいるのか。ひょっとして帰ってくるのをずっと待っていたのだろうか?
「合コンどうだった?おれよりいい男いた?」
聞かれた事には何も答えられなかった。何を言っても火に大量の油をぶっこむことになりそうで。……すでに大炎上している気がするけど。犬飼君は倫ちゃんから直接合コンに行くというのは聞いてるはずだから、それをあえて聞いてくるのは嫌味なのだろうか。黙っている私に業を煮やしたのかぐいっと手をつかんで、本部基地までの地下通路をずんずん犬飼君は歩いていく。よくよく考えてみれば、自分という彼氏がいるのに彼女が合コン行くってなったらやきもち妬くよりコケにされたみたいで嫌がるはずだ。ホントなんで私合コンに行こうって思ったんだろう。あ、あの4人の作戦だった。
「で、そのいつになく大人っぽい恰好は合コン用?ずいぶん気合入ってるね」
犬飼君がちらりとこちらをみて言う。大人っぽいと言われて普段なら喜ぶところだろうが、気分が最悪でそれどころではなかった。
「これはこの間みんなと買い物した時に選んでもらったやつで」
普段滅多に履かないヒールのあるブーツなので、廊下にヒールの音が響く。幸か不幸か廊下に人気はなく、誰にも会わない。
「何回電話しても出ないし、音信不通なんてほんといい度胸してるね?」
やっぱり携帯に連絡してきてたんだ!あわてて否定する。
「いや、それは携帯を部屋に忘れてきて、無視したわけじゃないよ」
「そういう言い訳いらないよ、誰の差し金?」
「いや、ほんとにわ」
そこまで言って止めてしまった。振り返って私を見る犬飼君の表情が本当に恐ろしかったのだ。犬飼君は歩みを止めないまま話し続ける。
「おれにやきもちでも妬かせたかった?それなら大成功だよ」
そして犬飼君は私の目的もすっかりお見通しだったわけだ。流石である。こんなめんどくさい女はきっと振られるのだろう。みんなは大丈夫だって言ってたけど、振られない自信がなくなってきた。私はなんてことをしてしまったのだろう。
「彼女が合コン行くとか聞かされたおれの気持ち考えた事ある?ほんと、勘弁してよ」
犬飼君が吐き捨てるように言った言葉に私はつい言い返してしまった。
「犬飼君の気持ちなんて考えたってわからないよ」
犬飼君は足を止めて、こちらをじっと見てくる。
「なんか我慢してるなら、我慢してほしくないし、私には遠慮してほしくない」
「……なにそれ」
こうなれば全部言ってしまえ。幸いにも周りには誰もいない。
「私がお付き合いとか慣れてないから、無理させてるんじゃないかって」
気が付いたら涙が出てきた。泣くなんてずるいと思うから、ぐっとこらえようとするけど、一筋涙が流れてしまった。
「そのうち犬飼君が私に飽きて、振られるんじゃないかって。だからみんなに相談してみたの」
「そんなこと考えてたの?それで合コン?馬鹿だなぁ」
犬飼君は繋いでいた手はそのままに少し屈んで私の顔を覗き込む。顔をあげて犬飼君の顔をみるといつもの優しい顔だった。左手でそっと涙をぬぐわれる。
「ごめんなさい」
「ん、良いよ」
そのまま左手で頭をポンポン撫でられた。
「確かにいろいろ我慢してたのは事実だよ」
「うん」
今度は犬飼君の話を聞く番だと、黙って聞く。
「けど、それはおれが好きでやっていることで、実際余裕ない時もあるよ」
犬飼君が余裕のない時がどんな時か全然予想もつかない。いつもリードしてくれるから。
「けど、それでおれが飽きて振るって、どんだけひどい男なの」
確かに、こんなに優しい人がそんなことするわけないのに。
「ごめんなさい」
「少しくらい無理させてよ。好きな子にはかっこよく見せたいものじゃん」
「私にはいつだって犬飼君はかっこいいよ」
「それは彼氏冥利に尽きるね」
ケラケラ笑う犬飼君をみて、もう私たちは大丈夫だと安心する。私も焦らなくていいんだ。犬飼君が二人の関係を引っ張って行ってくれるはず。今度はしっかり恋人つなぎにして、歩き出す。時々人とすれ違って、いつもなら付き合っているのを知られるのがどこか恥ずかしくて、「手を放して」というところだが、今日は気にならなかった。ぎゅっと強く握り返した。私の手のひらがぽかぽか温かくなってきた。
「しかし、そっか、もう我慢しなくていいんだ〜」
犬飼君からそう言われて、少しショックを受ける。やっぱりいくら好きでしていると言ってもつらい時もあったはずだ。
「ごめん、そんなに我慢させてたって気づいてなくって」
本当に私はなんて能天気な彼女なんだ。確かに犬飼君の言うとおりもっと周りを見ていないと。彼氏の様子もわからないようじゃ彼女失格だ。
「私も頑張るから、犬飼君も自分の思ってることちゃんと言ってね」
この後私はこの言葉を後悔することになるのだが、今はそんなことは知らない。私の言葉を聞いて、犬飼君はくるっとこちらを振り返る。その表情はすごくうれしそうだった。
「じゃあ反省を見せてもらうためにもこれから頑張ってもらおうかな」
気が付けばもう居住区に入っていて、目の前には私の部屋だ。
「わかった!私は何を頑張れば?」
よく話が分からなくって首をかしげる。
「え、ここで言っていいの?」
犬飼君はそのまま私の耳元でささやく。
「最近まで処女だった彼女にそんな無理させられないでしょ?嫌われたくないし。だからおれすごい我慢してたんだよ」
それはつまり、今言っている我慢というのは、夜の方の事で。ようやく話が分かった私の顔に熱がたまる。体がびっくりするほど熱くなった。振られると思っていた時はあんなに体が冷え切っていたのに。
「かっ、からかってる!?」
「そんなわけないじゃん、結構本気」
犬飼君が恐ろしいほどいい笑顔で見つめている。
「おれ、してほしいこといっぱいあるんだ。今日は遠慮せず全部言うね」
早く鍵を開けて、と言わんばかりに犬飼君が扉をこんこんと叩く。私は明日の防衛任務に無事に参加できるかすごく不安になってきた。けど、今回は全面的に私が悪いので、おとなしく部屋の鍵を開けて犬飼君を招き入れる。先に犬飼君が部屋に入ろうとしたところで、またこちらを振り返った。
「そうだ、その服の下に隠しているのもちゃんと見せてね?」
なんでそんなことまでわかるんだろうか、今日は勝負下着を着ていることを。本当にこの人は恐ろしい。そして、私の携帯はテーブルの上に置いてあった。
「マジで携帯忘れてたんだ、これはウケる」



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