ゆるやかに毒


面倒くさそうな物に捕まってしまった。バーテブレイクと初めて出会った時、この人間はそう思っていた。

「仕事の助手を探しているんだ」と怪しく声を掛けられ、大きな目で捉えられると拒否権はないように思えた。ぐるりととぐろを巻き、獲物を囲う姿は有無を言わせず。まさに蛇に睨まれた蛙の図。そして気が付くと、蛇の言う「仕事」が何だかもわからぬまま「助手」になってしまっていたのだ。最初の内はこの不気味な外見から「蛇のように狡猾に嘘を吐き、終いには食べられてしまうのかも」なんて考えていたなまえだったが、実際はそんな兆しすらなく忙しく仕事をこなす日々を送っている。


◇ ◇ ◇ ◇


「なまえ、アレとアレを用意してくれ」

「なまえ、そこと向こうの装置の出力を上げて」

「なまえ、東倉庫からリストのパーツを持ってくるんだ」

少しでも間違えたり遅れたりすればネチネチと小言を貰う羽目になるが、今ではもう慣れたものだった。それは仕事に対してでもあり、バーテブレイクに対してもだ。

「今日は仕事が多くないですか?」
「君は助手なんだから私のサポートをするのは当然だろう、文句は後にしてくれないかなあ」

こちらを見向きもしない相手に「それはそうですけど」と零しつつも部屋を駆け回り仕事をこなす。人間である彼女には、TFサイズの大きな機材やパーツを運ぶ事は簡単ではない。同じTFの助手なら高所の物も大きな物も取ることができ、TFの構造についても理解があると言うのに彼女にとっては一苦労だ。このマッドサイエンティストの考えが理解できずにため息が漏れた。

「何で人間の私なんかを助手にしたんですか?」
「人間だからだよ、人間でいいんだ」
「?」

ますます理解できない、といった表情でバーテブレイクを仰ぎ見る。頼まれたパーツのワゴンを、彼の隣へやっと寄せ終わった所だった。バーテブレイクはそこで初めてなまえを視界に入れると、丁寧に一言礼を言って視線を作業台へ戻した。

「私は他の囚人達の様に野蛮な武闘派ではないからね、助手に刃向われると面倒だ」
「……先生、囚人だったんですか」
「人間なら抵抗されても、プチッ!と一捻りで片付けられるからねえ」

彼の怪しげな仕事を見て、明るい世界の人物ではない事はわかっていたが、まさか囚人だったとは。頭部交換?人体改造?今まで見てきた物が物だっただけに、驚きよりも「やっぱりか」と言った気持ちの方が大きいのは間違いない。

「だからって人間の世話してまでこんな面倒な事、あなた変人ですよ」

「割に合わないんじゃないですか」と苦言すればバーテブレイクは首をゆらゆら揺らした。

「いやいや、君は良く働いてくれているよ。それにこの星の貧弱な生き物はとても興味深い」
「まあ先生達に比べたら大抵貧弱ですね」
「ふむ、特に君は物怖じせずにズケズケと物を言うね」

そこが素晴らしい、そして実に勿体無いよ。そう言って名前に大きなメモ用紙を手渡す。ごちゃごちゃと重ねるような字で乱雑に書かれたそれを、解読しながら部品を用意しなければならないようだ。本人が武闘派を否定するあたり他の能力はかなりのようで。私の故郷での共通言語ではない、と文句を垂れた人間の文字にも完璧に適応している。なまえはそのメモ用紙に目を落としながらも「勿体無い」の意味が気になった。

「どう言う事ですか?」
「君が私と同じ生命体だったら、きっと私の伴侶にしただろうにと思ってねえ」
「は、」

はらり。予想外の言葉にメモ用紙が手から滑り落ちる。顔を上げて相手を見てみると既にバーテブレイクは仕事に集中していて、先ほどの話なんてなかったかのようだ。ブツブツと呟きながら機械と睨めっこしている。これはいつもの事なのだが、彼は自分の話す事を話すだけで満足して、会話が終了してしまう。真面目に受け答えするだけ損というものだ。なまえはそれを思い出すと、ごちゃごちゃした思考を白紙に戻した。「考えても仕方がない」そう思うと言葉がするりと口から出てきた。

「…じゃあ私を先生と同じ生命体にして下さいよ。先生なら人間を改造することも出来そうじゃないですか」

すると一瞬面食らったような表情を見せたバーテブレイクだったが、次の瞬間には弾かれたように高笑いをしだした。

「なるほど、それは面白い案だ!」

実験用のモルモットもいくつか入手しなければ、と嫌な言葉を呟き、卓上をガシャガシャ引っ掻き回しては、あれこれと思案している。不意に長い胴体ごとぐるりと振り返り、楽しそうに顔を歪めたバーテブレイクはなまえを見下ろした。

「手伝ってくれるだろう?助手くん」
「はい先生、喜んで」

お題:ジャベリン(2015.12.25)




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