届かないなら届くまでいうよ


真っ赤なボディに瞬足の二文字、コロコロと変わる表情、落ち着きのない子供のような様子を見せたと思えば正反対の真面目な顔を見せる。
そんなサイドスワイプを追う視線がもう一週間は続いていた。バンブルビーのお世辞にも面白いとは言えない掛け声の練習を聞き流すその後ろから、今日も観察されている。見られている本人もさすがに気が付かない訳もなく、多少の居心地の悪さを感じると同時に疑問も浮かんでいた。送られてくる視線の元にいる人間、なまえとの関係は良好でこれといって問題がある訳ではなかったはず。しかしサイドスワイプが声をかけようものなら下手な理由をつけて離れていってしまう、そんな事が何度か繰り返されていた。

(俺、何かしたか?)

考えながらスクラップの山と一緒に転がっている収容ポッドをじっと見つめる。グリムロックが収容されていた大きなポッドだ。フィクシットが磨き上げたおかげでピカピカなそれには、ピカピカな自分の姿が写り込んでいた。天気がいい事もあり鏡面のようにはっきりと、自分の後ろにいるなまえの姿まで写っている。

「サイドスワイプ、聞いてるのか?」
「えっ?ああ、聞いてるって」

ぼーっとポッドを眺める相手を不審に思ったバンブルビーが顔の前で手を振ってみせる。明らかに聞いていなかったであろうその様子に注意の一つでもしてやろうと口を開きかけた。しかしその第一声はサイドスワイプの「このポッド貸してくれない?」という不自然なほど大きな声にかき消されてしまった。なにをそんなに声をはることがあるのか、と相手はまた不審がったが「このポッド」と指差されているものがまた問題だった。

「別にかまわないが、このポッドは故障しているぞ」
「好都合、…じゃなくて、俺が修理するからさ!」

何するって?とますます不信感がつのるバンブルビーが声をかけるも、大きなポッドをゴロゴロと転がし、そのまま赤い躯体はスクラップ場の奥へ奥へと見えなくなってしまう。サイドスワイプが人の話をいつも聞かないことにため息をつく彼、それと同時に先ほどいなくなったばかりのその相手から通信が入る。どうやら修理に必要な工具を一つ忘れたらしく、それを持ってきてもらいたいとの事だった。しかしあいにくバンブルビーはこの後すぐにフィクシットの所へ行く予定があり、デニー達も留守。ストロングアームはパトロール中の上、グリムロックを行かせようものならスクラップの山で遊んで良くない事態になることは目にみえていた。
とすると…、とバンブルビーは少し離れたところからこちらを見るなまえを呼んだ。


■  ■  ■


「サイドスワイプ、いるの?」

瓦礫と一緒に転がる収容ポッドの一つを覗き込む。なまえは頼まれて運んできた工具を抱えなおした。人間にとっては大きな物でも彼らにとってはちょっとした工具サイズだ。自分で取りに来たほうが早いだろうにと考えて、また別のポッドを覗く。しかし先ほどと同様に中には暗闇がいるだけだった。ポッドがいくつも並ぶここは、囚人をまた収容するときのための一時保管場所だ。一面ポッドの灰色だらけで、真っ赤なサイドスワイプが居ればすぐにでもわかりそうなものだが配達依頼人である当の本人が見当たらないのだ。
そうしていくつのポッドを覗いただろう。もう引き返そうかと思い始めた頃、奥まった場所にあるポッドの中からなまえを呼ぶ声がした。

「サンキューな、重かっただろ」

聞きなれた軽快な声は、ほかのポッドど変わらない暗闇の中から聞こえた。なまえが置いておくね、とその入口に工具をおろす。ガチャ、と重厚な音が荷物の重さを表している。やっと荷物から解放された腕を伸ばすと、中から「悪いんだけど」と声が続いた。「ポッド内の細い場所にある何かを取ってほしい」なまえには聞きなれない言葉が多く説明が良く理解できなかったが、概ねこういう事だった。

「俺の手じゃ入らなくってさ」
「ん、どこ?」

その声のする場所はまだ暗闇だ。中の様子を伺うように入口の縁に手をかけ、それでもはっきりしない内部に足を踏み入れる。こんな真っ暗な中でサイドスワイプは作業をしているのだろうか、それとも彼らに明かりは必要ないのだろうか、そんなことを薄ぼんやりと考えていると急に浮遊感に体が包まれた。なまえの体をサイドスワイプの両手がすくい上げたのだ。それと同時にポッドの入り口が音を立てて閉じられた。入口から入っていた唯一の光が途絶え、代わりに自分の足先すら見えない程の非常灯のような小さな明かりが灯る。
彼女の目の前にあったのは彼の不満げな表情だった。なまえの頭にはクエスチョンマークがいくつも浮かぶ。なぜ急に扉が?なぜサイドスワイプがこんな近くに?修理は?故障?扉は開く?

「サイドスワイプ、これって…」
「扉は俺が閉めたよ」

すねたような口元から放たれた言葉に一瞬理解が遅れるも、これが事故ではなかったことになまえはとりあえず安堵した。しかし、どういうことなのかと問うと相手からも同じ言葉が返ってきたことにまた理解が遅れた。

「そっちこそ、どういうことなんだよ」

サイドスワイプの質問の意味がわからなかったわけではない。そう詰められることに思い当たる節は当然あった。毎日不躾に見やった事、不自然に避けてしまっていた事に対しての言葉だろう。しかし自分が思っていることを簡単に口に出せればこんな行動はとっていない、と沈黙した。
なまえはサイドスワイプからの扱いに日々不満を感じていた。特別蔑ろにされたり邪見にされたりといったわけではなく、むしろその逆でとても大事にされていた。人間に対して誰隔てなくフレンドリーであった彼だが、第三者からみてもそれはなまえ個人にだけは特別で、何か起これば一番に心配しいつでも優しく声をかけていた。それこそがなまえが一番不満に感じていたことで、ここ数日相手を遠巻きに眺めることになるきっかけでもあった。
ある日、ストロングアームといつものように言い合うサイドスワイプを見て彼女は気が付いた。「私はあんな風にはっきり気持ちをぶつけられたことがない」と。バンブルビーやストロングアーム達に見せる顔と、自分たち人間に見せる顔が、むしろ自分に見せる顔が違う、と。本来の彼の表情は、同族のトランスフォーマーたちに見せるものが本当の彼のような気がし少し寂しく、少し悔しくもあった。
そして結果、どうすれば同様に扱ってもらえるかを見出すために同族たちを話すサイドスワイプを観察していたのだった。しかしそれをどう伝えればいい。なまえは薄明りの中、自分に向けられた眼から目をそらす。

「なあ俺、なんかしたか?」

問う声がやさしさを含んでいる。この後に及んで「これがバンブルビーやサイドスワイプ達に対してだったらどうなんだろう」とまだ考えてしまう彼女は、ぽつりと声をこぼした。

「…私もみんなと同じように扱ってほしい、って思ってて」
「みんな?」
「バンブルビーやサイドスワイプ達、トランスフォーマーだよ」

「私が人間だからって優しすぎる」という思ってもみない方向からの意見に目を丸くする。サイドスワイプの大きな両手の上にいる彼女は人間で、人間は小さくて弱い。そんな人間に対しての自分の対応は当然の事だと思っていただけに、なぜそんな不満をぶつけられたのかがわからなかった。

「何がダメなんだ?例えばグリムロックにするようにぶつかっていったら、それだけで大惨事だろ」
「外的な事じゃなくて態度の話だよ」
「俺のなまえへの態度?」
「例えばストロングアームにいうような本音もぶつけてほしいなって」

段々と言葉の端が小さくなっていく。視界がはっきりしないポッドの中でもわかりやすく居心地が悪そうにしている様子がみてとれた。サイドスワイプはそんな様子を見て、今まで視線に追われていた日々のことを考えていた。今自分の両手に捕らえられている彼女が、その不満を悶々と抱えて、つまり自分のことだけを考えて自分だけをずっと見て悩んでいた事。その事実に「あれはそういうことだったのか」と気が抜けたような笑いが漏れた。そして自分が思っていたような悪い問題でないことに安堵した。閉じられた扉は外の音を完全に遮断しているわけではないが、狭い空間に二人きりというこの状況で相手がこぼした小さな笑いに気が付かないわけもなく、なまえは思わず顔を上げた。相手の表情は最初の不満げなそれとは打って変わっていつもの様子にもどっていた。

「俺はなまえに対してでも本音なつもりだけど」

その言葉を聞いてしぼんだように、そう、と返すなまえ。彼から言われた言葉をそのまま飲み込めないでいるのは明らかだった。きっと茶化しているのだろう、そう思われてしまっただろうかと少し心配になったサイドスワイプは少し表情を引き締めて、また下がってしまった彼女の視線に合わせるように顔を覗き込んだ。なあ、といつもより真面目な声色で声をかける。

「みんなは仲間だし遠慮がないのも本当、人間に対しても弱いからってのもあるけどそれだけじゃない」

そして全部本音だから、ともう一度はっきりと伝えた。節目がちだったなまえの視線がサイドスワイプともう一度あう。ぼんやりした明かりではっきりとはしないが、その瞳が少し濡れているように見えた。しかしそれも気のせいだったかのように細められ、彼女からは「うん、ありがとう」という一言と、しばらくぶりに見る笑顔が向けられた。お互いにいつもの調子に戻ることができたという雰囲気を感じる。扉開けるから、とそういいつつも向き合ったままサイドスワイプは視線をさまよわせた。そして少し言いにくそうに、言葉がでない、といった様子で口を開いては閉じる。

「好きな子に優しくして何がわるい」

やっと扉がひらいたときには、お互いまるで全速力で走った後かのように体が熱を帯びていた。

(2020.10.23)title:afaik





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