一寸先は闇鍋


本能寺学園に入学した後のとある日。無星生徒だったみょうじなまえは生徒会長である鬼龍院皐月に見初められ、三ツ星極制服を授与された。三ツ星になり、生徒会役員の監査部委員長になった彼女はその日から家、学校生活、全てが変わった。特に食に関しては無星の貧困時代から考えると、毎日豪勢な食事で大満足していた。

していたのだが、しかし

「…飽きた。一般家庭の手作りの味が懐かしいなあ」

無星生徒達が中庭で手作りのお弁当を広げて食べている。その様子を見ながらなまえはしみじみと昔を思い出した。今こそ、こうやって生徒会室で悠々とランチをとっているわけだが、彼女にもああいった時期があったのだ。

「この季節はお鍋とかよくやってたっけ」

近所同士で少ないながらも具材を持ち寄り、皆で鍋を突ついていた思い出が蘇る。豪勢な食事は嫌いではない、しかし時々ふと昔の味が恋しくなる。まさに今がそうだった。食べたい食べたいと考えていると、止まらなくなってしまうもので。短絡的な彼女は考えもそこそこに、高級そうなソファから勢い良く立ち上がった。そして挙手。

「皐月様、ご提案があるのですが!」
「なんだ、言ってみろ」
「生徒会の皆で闇鍋やりましょう」

優雅に紅茶を飲む皐月は、鍋か、と小さく呟いてカップを置いた。鍋、寒い季節の今頃食べるにはちょうど良い料理である。しかしなぜ闇鍋か、なぜこの面子でなのか。いつものように集まっていた四天王の面々もなぜ、と声を上げた。

「急に何だぁ?みょうじ」
「たまには皆でワイワイ食べたいなって思って。あ、でも猿投山くんは猫舌なんだっけ」

猿投山に対してそんな事を心配していた彼女はもう闇鍋をする気満々である。

「まて、皐月様が許可なされる訳がなかろう。お忙しい身だ」
「いや蟇郡、構わん。たまには変わった嗜好を凝らすのも良いだろう」
「本当ですか!ありがとうございます皐月様!」

眉間に皺を刻んだ蟇郡の言い分はばっさり切られ、闇鍋の許可が下りた。生徒会長の許可が取れればあとは何とでもなる。蟇郡も皐月様がそう仰るなら、と納得したようだった。実に簡単な男だ、と誰もが思った事だろう。しかしなまえは食欲が満たされるならそんなことはどうでも良かった。

「では揃に準備させよう。各々で用意する具材を持ち後ほど戻ってこい。解散!」
「はっ」

その言葉を合図に四天王が素早く散った。
会長のお言葉は絶対なのだ。

◇◇◇


「で、皆なに持ってきたの?」

生徒会室。出ていく前には無かった円卓を囲みながらなまえは聞いた。

「誰が言うかよ、言ったら闇鍋になんねぇだろ」
「あれ?猿投山くん闇鍋知ってるんだ」
「まあ皆、ここ入学前は普通の生活水準だったわけだしね」
「犬くんちょっと!あたしは違うわよ!」

「しかし知識だけで実際闇鍋なんてやったことある奴は少ないんじゃねえか?」
「聞きなさいよ!」

蛇崩がキャンキャンと抗議の声を上げる中、いつもは「静かにしろ!」と止めに入る風紀委員長がいない事に気付いたなまえ。

「あれ、ところで蟇くんは?」

そう言ったと同時に生徒会室の扉が勢い良く開く。

「戻ったぞ!皐月様のお口にも合うように取り寄せた国産黒毛和牛だ!」
「え」

そして開かれたと同時に放たれたその言葉に全員が一瞬固まった。

「蟇くん…闇鍋なんだから具材を明らかにしちゃダメでしょ」
「な、何!俺は皐月様の為にだな…!」

生肉を片手に狼狽する蟇郡。実にシュールだ。この様子から察するに闇鍋の趣旨を理解していないのだろう。
見かねたまわりが闇鍋とは、と犬牟田に説明を求めた。

「簡単に言えば、暗闇の中で明かされぬ食材を各々鍋に投下し、そのえも知れぬ味とスリルを楽しむ遊びだ」
「闇鍋の知識すら持ち合わせてねえ奴がいたとはな…」
「どーするのよこれ」
「す、すまん…」

何とも言えない空気感に包まれた五人。しかしそんな空気の生徒会室に眩しい程の光が差し込んだ。
そう、我らが生徒会長の後光だった。

「蟇郡よ」
「さ、皐月様!」
「今すぐに具材を変えてこい、これはお前の失態だ」
「し、失礼致しました!」

深々と頭を下げる蟇郡。そしてあっという間に生徒会室を出て、あっという間に戻ってきたのだった。その速さたるや、極制服を着ていても驚くほどである。生徒会長のお言葉は絶対なのだ。


◇◇◇


「準備はできたようだな」

無事に全員分の具材を投入した鍋。それは鍋とは不釣り合いな高級感漂うサービスワゴンで運ばれてきた。そして六人が囲む卓の中心にごとり、と置かれる。まだ蓋は閉じたままだ。

「具材を変えてはきたが果たしてこれで良かったのだろうか…」
「良いの。闇鍋なんだから」
「うむ…む、まて。」

ようやく始まる闇鍋にほくほくするなまえ。その隣で蟇郡はふとした疑問を投げかけた。

「暗闇にしても猿投山は嗅覚で中身がわかるのではないか?」
「ちょっとやそっとじゃあ中身の臭いはわからないよ、大丈夫!」

何が大丈夫なのか。自信満々に答える彼女に嫌な予感しかしない。

「わからないだと…?まて、お前何を入れた?」
「揃さん電気消してくださーい!」
「おい待て!お前等はいったい何を入れた!?」
「蟇ちゃんってば言えるわけないでしょ、闇鍋なんだから」
「ちょっとこい!」

焦る蟇郡は部屋の隅へ全員を集合させた。大きな体を小さく屈めて、極力小声で話し出す。

「…皐月様に食べさせられるものなんだろうな」
「……………」
「食べさせられるものなんだろうな…!」
「……いやまあ…正直闇鍋ってイベントに合わせてそれなりの物を持ってきちゃった、かな」

誰も自分の問に答えないことから嫌な予感が増し増しに増していた蟇郡だが、彼女が苦々しく言ったその言葉に思考が停止しかけた。そもそもなまえ本人が昔の味恋しさに提案した闇鍋。そのため彼女は貧民時代に良く食べていたものを持ってきたわけだが、それが皐月様のお口に合うかと言われると確実に合わないだろう。

「お、お前等は何を入れた…」

…見事に全員が蟇郡から目を逸らす。お互いがお互いに、誰かがまともな物を持って来るだろうと踏んでいたが為にとんでもない事になってしまった。まともな食材を持って来たのは恐らく皐月様と蟇郡だけだろう。

「いいか、皐月様にゲテモノが周る前に我々で処理するのだ!」

蟇郡はここで強く決意し、全員に言い聞かせた。

「お前達、いつまでもそこで何をしている」
「はっ、申し訳ありません!」
「鍋は煮えているようだぞ」

皐月様に促されて全員が神妙な面持ちで着席する。その様子は始まる前とは打って変わって、まるでお通夜だ。

「まずはみょうじ、お前からだ」
「え」
「お前が提案したことだ。最初はお前に譲ろう」
「あ、ありがとうございます、皐月様」

皐月様の心遣いが今は苦しい。しかし無慈悲にも部屋の明かりが落とされ、何とも言えぬ臭いが立ち込める。
鍋の蓋が外されたのだ。暗闇の中、手元のお椀に鍋を掬い入れる。

「い、いただきます」

小さくひとくち。自ら望んでやった闇鍋だが恐る恐る口にしてみた。皐月様の為にハズレを口にしなくてはいけないのだが、ハズレは引きたくない。矛盾こそ心理、皐月様のお言葉が頭に浮かんでは消える。口の中に広がる味。成る程、これこそが真実。

「ちょっとなまえ、どうなのよ?」

暗闇の中で反応が見えず、黙り込んだままの名前に耐えきれず蛇崩が声をかけた。

「…お、」
「お?」
「美味しい!」
「な、何ぃ!」

ガタッと蟇郡が立ち上がる音。そう、皐月様の為にもハズレを引かなくてはならないというのに当たり食べてしまったのだ。すかさず叱咤の声が上がる。

「何をやっているみょうじ!」
「えぇ…そんな事言ったって」
「煩いぞ蟇郡、美味くて何がいけない」
「いっ、いえ…!申し訳ありません」

皐月様に言われ、思わず立ち上がっていた二人は再び席につく。そうだ次で当てれば問題無い、と考えていたが、その後に続いて蛇崩、犬牟田、蟇郡と鍋を食べても誰一人ハズレを当てたものはいなかった。

「ちょっとー、あんた達どういうことよ?」
「自分だって外しただろ、蛇崩。しかしこのままでは皐月様に全て周ってしまうぞ」
「蟇くんなら当ててくれると思ったのに…。マズイよ、鍋は美味しかったけどこの状況はマズイよ」
「ぐっ…!す、すまない…!この蟇郡苛一生の不覚」

暗闇で見えないが、きっと今蟇郡は切腹でもしそうな顔をしているに違いない、と三人は思った。そして、そのヒソヒソと交わされる会話の横で猿投山は冷や汗をかいていた。自分が全て処理しなくてはならないという圧力、絶対にここで外せないというプレッシャー。そしてこの流れの理不尽さ。

「なんでお前ら全員外してんだよ…おかしいだろうが…」
「猿投山くん後は頼んだ」
「てめえみょうじ…」

何より猿投山にはわかってしまったのだ、鍋の中身が。彼の嗅覚でも薄っすらだが判別できる程の臭い。鍋の中には見事に殆どゲテモノしか残っていなかった。

「どうした、猿投山。お前の番だぞ」

そこへ皐月様からの地獄の一声。もう猫舌だろうが関係ない、今はやるしかないのだ。

「ぐ…、ええわかっています!これが自らを捨てた男の覚悟だ…………参る!」

残ったゲテモノをお玉で掬い、器に取る。そしてその流れで一気に口に押し込んだ。咀嚼しようと噛めばえも知れぬ味が口の中に広がる。猿投山はとにかくこの苦行を終わらせるために、何だかわからない物を何だかわからない物で必死に流し込んだ。鍋だというのに口の中には揚げ物の衣の食感まであった気がした。そして気が遠くなっていく中、良くわからない物が入った揚げ物を確認した後に意識を手放した。ガタン、と大きな物音。

「猿くん!?」
「皐月様、猿投山くんが倒れたようです!」
「そのようだな。…揃、明かりを付けてくれ。」

一旦中止だ、そう言った皐月様は席を立ち猿投山に近づく。完全に気絶していることを確認すると、保健委員をよびつけ医務室に運ばせた。

「今日はもう解散にするとしよう」

皐月様のこの一言で皆は詰まっていた息を吐いた。解放されたのだ、この闇鍋という恐ろしい円卓から。そしていた仕方なく、と言った様子で生徒会室を出ていく皐月様を見送りながら、難を逃れた四人は猿投山に感謝した。

「猿くん…、良くやってくれたわ」
「あぁ見事だ、猿投山…。あとで何か見舞いとして送っておこう」
「良いデータが取れたよ。で、この状況を引き起こしたみょうじは結局何を入れたんだ?」
「貧民時代に近所のお母さんが作ってくれたコロッケだよ」

割と普通だと思うけど、と言うなまえに、鍋に揚げ物はないな、などと話しながら揃って生徒会室を後にする面々。そのコロッケこそが猿投山のトドメを指した物だとは誰も知らないのであった。

(コロッケの中身を知ったら猿投山は…)

知らぬが仏(2014.02.23)




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