朱の頬、黒の瞳



前略、蛮ちゃん。俺の目の前でいったい何が起こっているのでしょうか。
今俺はなまえちゃんと赤屍さんと一緒に一仕事終えた所です。蛮ちゃんは今どこで何をしているのでしょうか。こちらは思わぬ状況になってしまっています。
事の始まりは雑談の中から生まれた、ひとつの提案でした。

◇◇◇

「成功報酬?」
「そうです、銀次クン」

正直今回の依頼は何だか気が進みませんでしたが、ヘヴンさんにどうしてもとお願いされて断れなかったのを蛮ちゃんは覚えていますか。その原因のひとつがこちらの赤屍さんです。知っての通り、この人は“過程”を楽しむ事を一番としていますが、今回のお仕事はどうやらその希望に中々沿っていなかったようでどうにもピリピリしている様子。
何だか嫌な予感がしました。

「銀次クンが先にターゲットを奪還できた暁には、私が貴方のお願いをひとつお聞きいたしましょう」
「な、なんでもですか?」
「そう、なんでもです」

そんなことが可能なら俺は真っ先に今後の共演NGをお願いするでしょう。しかしそんなハイリターンにはハイリスクが付き物です。おいしいだけの話などあるはずもなく。そのかわり、と静かにほほ笑む赤屍さんの口からは、やはりとんでもない提案がされました。
それはもし俺より先に赤屍さんが奪還した場合「雷帝」と戦う、といういつものパターンなのでした。
もちろん俺は奪還屋で赤屍さんは運び屋です。本業の俺が負けるなんてこと思っていません。しかし蛮ちゃんには言い訳がましいと怒られそうですが、相手はあの赤屍さんなのです。もう一度言いますが俺が負けるとは思っていませんが、万が一があると思うのでここはこの提案に乗らないと俺は決めたのです。

「銀次さんだけズルくないですか」

しかしここでもう一人の人物、なまえちゃんが異議を唱えました。今回の依頼の闇が赤屍さんなら、なまえちゃんは光です。マドカちゃんや夏美ちゃんとも違う可愛さがあって、しかも卑弥呼ちゃんみたいに赤屍さんとのお仕事も多いみたいだし安心。
なにより俺に優しい良い子です。もしかして俺といい雰囲気になっちゃったりして、なんてこの時は思っていました…。
話しが逸れましたね。とにかく、なまえちゃんが声を挙げたのは「自分も赤屍さんにお願いをかなえてもらいたい」ということでした。こう言うと何だか赤屍さんがおとぎ話に出てくるランプの魔人みたいですね。しかし彼女はわかっているのでしょうか、赤屍さんよりうまくやることの難しさを。

「もちろん、なまえサンもかまいませんよ」

そんな心配をよそに赤屍さんは参加を許可し、なまえちゃんは見るからにウキウキでした。しかしここで絶対に忘れてはいけないのは「赤屍さんが先に奪還した場合」です。彼女はそれを尋ねることなく、何をお願いするかということに浮足立って、足取り軽く数歩先へ行ってしまいました。
人気のない道中、後に残されたのは俺と赤屍さんの二人。今日は日差しが照っていて気持ちのいい天気のはずなのになぜか悪寒が体をはしりました。

「…ちなみに赤屍さん」
「なんでしょうか」
「なまえちゃんが負けた場合って、もしや俺と同じように戦うなんてこと…」

ないですよね?女の子相手にまさかそんなね?そう思って赤屍さんの横顔をチラリと伺ってみましたが、なにやら口元に手をあてて考えあぐねている様子でした。この時一体何を思っていたのでしょう、恐ろしい沈黙です。

「そうですねえ…、銀次クンには内緒にしておきましょう」

囁くようにそう答える赤屍さんの目線は先をいくなまえちゃんをしっかり捉えていて、いつもの冷たい微笑を浮かべていました。これは嫌な予感がします。きっと戦うだけでは飽き足らず約束をいいことに、あんなことやこんなことを強要するつもりでは!?そんなこと絶対に阻止しなくてはと思った俺は、必ず赤屍さんより先に奪還を成功させると決意したのです。
赤屍さんはそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、先ほどまでとは打って変わって楽しそうでもありました。この人の前を歩くのは気が進まないけど、これ以上この雰囲気の中ここに留まることには耐えられなくなり、俺は足早になまえちゃんを追いました。
もちろん何度も後ろを確認しながら。

前を行く彼女はそれほど急いではいませんでした。素人じゃないことは知っていますが、この子はもう少し危機感を覚えたほうがいいのではないでしょうか。この時俺にはなまえちゃんが、蛮ちゃんに乳を揉まれるヘヴンさんくらい無防備に見えました。

「俺が絶対に赤屍さんの魔の手から救ってあげるからね!」
「え?なんの話ですか?」

俺の力強い決意なんて気にも留めずに上機嫌です。赤屍さんを気にして、なまえちゃんを気にして、依頼をこなす。俺は考えるのは得意じゃないけど、蛮ちゃんがいない今、考えるのも行動するのも俺一人でやらなくてはいけないと思うと頭がパンクしそうでした。
ぶつぶつと一人で考え込む俺と横並びに歩き、歩調を合わせるなまえちゃん。さっきの件があるのだからもっと急いでもいいはずなのに、まるで散歩でもしてるかのようです。今回の依頼と赤屍さんの件、よっぽど自信があったのでしょう。俺の事を邪魔しようとする訳でもなく、冷静に今回のお仕事の計画を話し合いました。お仕事に真面目なのはとてもいい事ですね、蛮ちゃんも見習いましょう。しかしそんな話をしながら二人で足を進めていると、ふと会話が途切れました。

「銀次さんは、何をお願いするつもりなんですか?」

何をお願いする?誰に?もちろん先にあった赤屍さんの件の事ですね。正直俺は赤屍さんと戦う事になるのを避ける、なまえちゃんを守る、この二つのために赤屍さんより先に依頼を成功させることしか考えていなかったので、改めてこの質問をされると悩んでしまいました。
やっぱり共演NGかな、それとも後ろ歩くのNGとか…?なんてうーんうーんと唸っていましたがやはり本当に叶うのならばただ一つしかありません。次回だけでも、いや、次回からは殺しは止めてほしい。でも仮に俺がそれを赤屍さんにお願いできたとして、あの人はそれを何も言わずに受け入れてくれるでしょうか。否、そう簡単にいくはずがありません。
しかし俺のその叶うとも限らない願いを聞いたなまえちゃんは、ため息ひとつ。少し呆れた表情を隠さずに俺に言い放ちました。

「もっと自分の為になる事にすればいいのに」

でも銀次さんらしいですね、なんて朗らかに話すなまえちゃんの表情は明るいのに、どことなく赤屍さんのあの冷たさに似ている気がします。
たとえば弱点を調べさせてもらうとか、金銭の報酬を全て渡してもらうとか、なんて蛮ちゃんが言いそうなことを続ける言葉も、なんだか右から左へ。彼女は決して悪い子ではないけれど何だか少し心配になりました。そんな俺の様子を見て、聞いてるんですか、なんて問い詰める様子なんかただの女の子なのに、時々暗い面が顔を覗かせる気がします。

「き、聞いてるよ」
「嘘ですね」
「聞いてたってば、なるほどねえ〜」

そんなお願い思いつかなかった、と感心した様子みせるも納得いっていないみたいで不貞腐れてしまいました。女の子にそうされると焦るのはなんででしょう。きっと蛮ちゃんも俺と同じように取り繕ったはずです。
会話を繋ぐためそっぽを向いていすねているその横顔へさっき俺がされた質問をそのまま返しました。

「なまえちゃんは、何をお願いするつもりなの?」


◇◇◇


そして時は今、俺はなまえちゃんと赤屍さんと一緒に一仕事終えた所です。
結果から言えば奪還を一番先に成功させたのはなまえちゃんでした。俺と歩いていた時に見せた無防備さすら作戦だったのでしょうか。見事にうまく俺を使い、ランプの魔人へのお願い権を掴んだのです。
奪還が成功した後は、運び屋の仕事。本来なら俺はここに居なくてもいい存在なのですが、なんだか妙な雰囲気を感じ取り、動くにも動けずにいます。

妙な雰囲気というのもなまえちゃんのお願い事にあるのですが。

「手…それだけで宜しいので?」
「…はい」

手、そう手。
彼女はなんと恐ろしくも恐ろしいあの赤屍さんへ「手を繋いで帰りたい」なんてお願いをしているのです。お願い自体は可愛いけれども、お相手が非常に宜しくないと思っているのは俺だけでしょうか。まあ、俺の願いを聞いたときにあんな様子しておいて、自分のお願いはまるで恋する女の子みたい、だなんてちょっと可愛いと思ってしまいましたが。

…うん、まるで?恋する女の子…?

自分で言っておいて何ですが俺はとんでもない核心をついてしまったのではないでしょうか。
ここでなまえちゃんをもう一度みてみましょう。赤屍さんが背が高いこともあるだろうけど、下向きで目線を合わせないようにそらすその表情。だんだんと染まりつつある頬。
蛮ちゃん、今どこで何をしているのでしょうか。こちらは思わぬ状況になってしまっています。

「かまいませんよ」

なんだかむずむずする沈黙の後、先に動いたのは赤屍さん。この人にそういった感情があるのかわかりませんが、自分に対して照れている女の子を目の前にしながらもいつもの調子で手を差し出します。対するなまえちゃんは差し出された手を見つつ、「あの」とか「えっと」とか何か言いたいことがあるように歯切れが悪い。可愛く言えばなんだかもじもじしてて、こっちがこそばゆくなってきます。
しかし本人の願いであるはずなのに、いつまでも手を取ろうとしない様子にさすがに赤屍さんも首を傾げます。

「なにか?」
「いえ、あの…」

もにょもにょと話す小さな声でしたが、俺にもちゃんと聞こえました。
そう、俺はこの二人の状況をさして離れていない所で傍観しています。言ってしまえばこのなまえちゃんの消え入りそうな声すら聞こえる所、お二人のすぐ隣です。ライブでいう所の最前列ってやつですね。しかし最前列で聞いているにも関わらず、俺は彼女の言った言葉の意味が理解できません。蛮ちゃんは知っていますか?恋人繋ぎというものを。俺が知っているあの恋人繋ぎであっているのでしょうか?

「恋人つなぎ、とは?」

純粋に「はて?」といった様子の赤屍さんは貴重かもしれません。まあこの人の口からこんな俗っぽい言葉が紡がれる事がまず貴重なのですけれども。それもそうでしょう、赤屍さんなんて愛し愛されなんてキラキラした世界とは無縁でしょうし、そんな所想像もできません。誰もがそう考えるはずです。
しかしなまえちゃんには予想外の出来事だったようで、しどろもどろに「恋人つなぎ」を説明します。これから自分とそれをする相手に自分の願望を口頭で説明するなんて、彼女の羞恥は想像に難くありません。染まりつつあった顔は耳まで熱を帯びているように見えます。
そのことに気が付いていないはずもない赤屍さんは、くすりと静かに一笑、冷静にも「なるほど」なんて理解したご様子。なんだか俺にいつも向ける微笑みとは違うように感じるのは気のせいでしょうか。

「随分と可愛らしい言い方ですね」

そういって彼女の手をすくい取る動作はあまりにも自然といいますか、こなれてるといいますか。流れるように指を絡ませ、こうでしょうか、となまえちゃんの顔を覗き込むその様子に、正直第三者である俺もドキっとしてしまいました。
もちろん、それをされたなまえちゃんも同じようにドキッとしたことは表情を見るだけで分かります。頬を染めつつも満足そうにはにかむその表情は、俺と「報酬でどんなおいしい物食べる〜?」なんて話していた時とは全然違います。
蛮ちゃん、俺は一体何を見せられているのでしょうか?

二人は手をそのままに、積荷をまっている馬車さんが待つ場所へと歩きだしました。
あの赤屍さんが女の子と仲良くお手てを繋いで戻ってきたら、きっと馬車さんもさぞ驚くことでしょう。あまりにもまさかが続いたため、俺も今の状況を受け止めきれません。でも、

「銀次さん、どうしたんですか」

一緒に行きましょう、と振り返り、俺に声をかけてくれたその顔は今までに見たことがないくらい幸せそうなので、きっとこれで良いのでしょう。

「銀次くんも、私と手を繋いで戻りますか?」
「け、結構です…!!」

(20210418)title:OL




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