毒と恐竜
「へぇ〜、そんな事があったの」
「本当凄い変わりようだったんだから!なまえにもみせたかったよ」
そう話すラッセルを中心にスクラップ場、もといお宝の山の一角には2人の人間と2体のトランスフォーマーがいた。
「マジで超最高だったんだぜ、悪戯ビーちゃん!」
「ストロングアームはん達はエラい苦労したみたいやけどね」
「でもさ、その毒が命に関わる毒じゃなくてよかったじゃない」
ニコニコと人懐っこい笑顔を見せる名前は、趣味と実益を兼ねてこの施設へ通っているバイトである。しかしバイトとは名ばかりで最近はもっぱらトランスフォーマー達とテレビドラマを観る日々だった。そんな彼女が数日来ない間に面白いことがあったと。
「ディセプティコンの毒針にやられたバンブルビーが幼児退行ねえ」
人によって異なる症状が出るなんて不思議な毒、と呟くと「その言葉をまっていました!」とでも言うように、フィクシットが食いついてきた。
「せやろ!?なまえはんもそう思うやん!?」
「あーあ、始まっちまった…」
呆れたように天を仰ぐサイドスワイプ、食い気味のフィクシット。
「こんな不思議な毒、宇宙中探しても中々あらへん代物やで!」
「まだ誰にも解明されてへんのやからこの僕が詳しく調べて第一人者になったるって言ってもビーやんってば危ないからの一点張りで許可してくれへんの!」
「ストロングアームはんまで反対しとるし、これは僕が世紀の大発見するのを防ごうとしとるとしか考えられへん!」
「えっ、ちょっとまってよ!」
今日こそは調べてやります!と意気込むが、その反対している2人は今どこにいるのだろうか。ズンズンとクイルファイアの収容ポッドへ向かい出すロボットを止めてもらおうとあたりを見回すが姿は見えない。なまえは助けを求めて隣に座るサイドスワイプを見上げた。
「サ、サイドスワイプ、ビー達はいないの?」
「あの2人なら今朝から任務中。当分帰ってこねぇよ」
「そ、だから僕達で止めなきゃ」
そう軽く言って肩を竦めるラッセルには余裕がある。成る程、これは何回かあったパターンかと察するもフィクシットはすでに高く積まれた収容ポッドのてっぺんにいた。
「あっ、もうあんな所まで!余裕ぶってる場合じゃないでしょ!」
「ったく、しょうがねえな。2人共乗れ!」
トランスフォームしたサイドスワイプに乗り込むと、あっという間にポッドへ到着した。とはいっても、もう彼はポッドの蓋に手をかけている所だったが。
「フィクシット!危ないからやめてよ!」
「そうだよ、早く降りてきて!」
「2人共焦り過ぎ、大丈夫やって!ビーやんやクイルファイアの症状を見る限り生死に別状はないと思いますし〜」
まわりの制止も聞かずに笑い飛ばす。蓋を開ける手は止めないようだ。止めようにも人間の2人にはこの大きなポッドの山は登れそうもない。
「ああもう!サイドスワイプも止めてってば!」
「でもよ、必要なのは針だけだろ?奴も凍結されてるんだし大丈夫だろ」
「そういう問題じゃない気がするんだけど!」
悠長なことを言うサイドスワイプを叱りつける。彼女はストロングアームの気持ちが少しわかった気がした。
「どうせ一本取ったら満足して収まるさ」
「あっそう、止める気がないって…」
「やったで、取りました!」
サイドスワイプともめている間に、今1番聞きたくなかった台詞が聞こえてきた。
「遅かった…」
見るとフィクシットが大きな針を一本掲げていた。毒に触れないよう腕のアームで摘むように持ち、フラフラとしている。
「おいおいおい、取ったは良いけど落とすなよ!」
「大丈夫です!僕がそんな水…、ミセス…、ミスするわけないですやん!おっとっと」
「おまっ、落とすなよ!絶対落とすなよ!?」
「サイドスワイプ、それってフリ?」
トランスフォーマーの真面目コントに呆れ果てていると、フィクシットの足元がぐらついていることに気が付いた。
「フィクシット危ない!」
「えっ」
声を上げるのと同時にポッドがバランスを崩す。元々雑に積まれていたのか、それはあっという間に音を立ててガラガラと落ちる。フィクシットの悲鳴とともに一面に砂埃が舞い上がった。
「ねえ、ラッセル。フィクシットとポッド達が落ちた場所って…」
「…うん、テレビコーナーだよ」
「やっべ!今あそこにはグリムロックがいるだろ!」
呆気に取られていた三人は急いでテレビコーナーへ向かった。
*
「グリムロック!フィクシット!大丈夫!?」
「うわっ、完全にうまってるなこりゃ」
現場にたどり着くとやはり瓦礫の山。声をかけてみると山が崩れて中からグリムロックが出てきた。
「いてて、何だこれ?」
何事もなかったように大きな体を揺らし前に出る。手にはフィクシットを摘まんでいた。
「いやー、すみません皆さん」
「良かった!2人共無事みたいだね」
ホッとした顔で思わずなまえが駆け寄った。
「何かあったのか?」
「ポッドの山が崩れて…って本当にグリムロック何ともないの?」
「?何ともない」
心配をよそに全く状況が理解できていないグリムロック。フィクシットもピンピンしている。
「ったく、心配して損したぜ」
「うん、でも俺…?なんか変…だ…」
「えっ!ちょっグリムロック!」
「どうしたんや、突然!?」
ズシンと鈍い地響きのような音を立ててグリムロックが唐突に倒れた。声を掛けるなまえ、周りに集まる一同が目にしたものは最悪の事態だった。
「げっ、これって…」
「ああもう、バンブルビー達に何て言えばいいの」
「…嘘ですやん?」
グリムロックのお尻には先程までフィクシットの手にあった毒針が刺さっていた。
「………」
四人は顔をを見合わせた。バンブルビーでさえ面倒を見るのに手間取ったのだ。それがこの巨体となると…と皆同じ事を考えて若干顔が引きつった。
「き、恐竜って神経伝達が鈍いって言うし直ぐには起きないでしょ!今の内に縛り付けて固定しちゃおうよ」
「お前何気に酷いな、なまえ」
「じゃあサイドスワイプだけでグリムロックを抑えられるの?」
「そ、そうじゃねーけど」
現在いるメンバーだけでは圧倒的に力不足な事は誰が見ても明白。反対意見もなく、全員であっという間にその巨体を鎖で縛り付けたのだった。
* * *
「…ん、んん?」
「お、目が覚めたか!グリムロック」
「おう、ってなんで俺縛られてんだ?」
「まあ事情があってな…っえ?」
「え?」
毒の影響でどんな発言をするかと身構えていたサイドスワイプは耳を疑った。余りにも普通のグリムロックだったからだ。
「なんや偉い変わりないですね。グリミーちゃん、ポンポン痛ないですか〜?」
「?さっきから何なんだ?俺は別に平気だけど」
「ホンマに?驚きやわ!何も変わってませんやん、どうします?サイドスワイプ」
「あ、ああ。問題ないなら自由にしても大丈夫だろ…悪かったな、グリムロック」
「何かあったのか?」
こんな事があるのか?と疑問に思いながらも、これでビーやストロングアームに説教されずに済むと内心ほっとして鎖を解いた。自由になったグリムロックはいつも通りだ。バンブルビーの時のようにどうこうなった感じは見受けられない。
「あ!グリムロックはもう大丈夫なの?」
「なまえか。ああ、こいつ結局何にもなんなかったんだよ」
「本当?大丈夫なの?グリムロック」
「………」
「グリムロック?」
心配した様子の名前がグリムロックに近寄るが、当の本人は彼女を見下ろしながら固まってしまっていた。声を発しないグリムロックを不安げな表情で見上げる。
「グリ…っわあ!」
突然グリムロックは、自分を心配してくれたその人物を掴んで目線の高さまで持ち上げた。
「っおい、どうしちまったんだ!さっきまで普通だったじゃねえか!」
「やっぱり毒が残ってたんか!?」
思わず身構えるサイドスワイプとフィクシット。
「…き」
「は?」
「すき」
「…はああ?」
「俺、お前の事好きだ!」
「ち、ちょっとまってよ!何がどうなってるの!?」
グリムロックはなまえに頬ずりをしている。されるがままの彼女は下にいる二人に問いかけるて見ると二人共口をあんぐりと開けていた。こんなのは普段のグリムロックがする事ではない。するとやはり考えられる原因はひとつだった。サイドスワイプとフィクシットは顔を見合せて言った。
「「毒が抜けてなかった」」
「…二人共何の為に見張りしてたの」
「うっ、でもまあビーやんの時みたいに一晩たてば戻ると思いますし」
「そんな安易な…、まあとりあえず私が一晩様子をみるよ」
その一言を聞いて無邪気な笑顔を見せるグリムロック。
「ずっと一緒にいてくれるのか!」
「うんうん、そうだよ」
大きな手に捕まったままのこの状態ではしょうがない。はなから離してくれる気配はなさそうだった。正直言って彼の事は嫌いではない、むしろ好きだ思っている名前にとっては一晩程度なら苦ではないと考えていた所、回りに出ていた二人がラッセルを連れて帰ってきた。
「ただいま、今戻った。」
「あら?グリムロック、やけに機嫌が良さそうね」
にこにこのグリムロックを見たストロングアームは、なぜなまえを抱えているの?と何気無しに尋ねた。フィクシットとサイドスワイプは口を噤んで目を泳がせている。何とかお説教をまぬがれようとシラを切る気だ。
そのあからさまな態度に何かあると感付いたストロングアームが追求しようと口を開きかけた時、グリムロックの一言が被さった。
「俺、なまえとケッコンするんだ!」
「は、はあ!?」
「ちょっと、なんでそうなったの!?」
驚く一同。ケッコンとは何だ?と首を傾げている者も数名いたがバンブルビーは流石にその意味を理解していた。名指しされた本人も同様に驚いているあたり、同意の元ではなさそうだ。また何かあったな、とため息をついた。
「グリムロック、意味を分かって言っているんだろうな?」
「ずっと一緒にいられるって事だろ!」
「そうだけど、そうじゃないだろ」
何の迷いもなく自慢気に言い放ったグリムロックを見て、バンブルビーは思わず頭を抱えた。後ろではサイドスワイプとストロングアームが「ケッコン」について話している。
「なあ、ケッコンってなんだ?」
「そんな事も知らないの?」
「はあ!?じゃあアンタは知ってるのかよ」
「私は知ってるわよ、ケッコンって言うのは…」
「難しい事は良く分かんないけど一緒なら何でも良いだろ!」
な!と同意を求めるグリムロックがちいさな頭を引き寄せると、大きな歯がガツンと横っ面にあたる。
「これはチューって言うんだろ」
ちゅー?今の頭突きのような衝撃はキスのつもりだったようだ。突然の行動に身を固くして相手を見上げる。ギギギ、と錆び付いたおもちゃの様に不自然な動きで。
「な、な、なんで急にキス?」
「きす?んー、したくなったからした!」
「あ、ありがとう?」
「お、なまえ顔赤くってかわいいな」
一体どこでそんな事を覚えたのか、いつもかじりついているテレビ番組の影響だろうか。思いがけない行動に同様して混乱したなまえはなぜかお礼をいってしまった。明らかに様子が違うグリムロックを見た見回り組もこれには混乱した様子だ。ストロングアームは「口をつけるなんて人間みたいだわ、何か変よ」と訝しんで事情を知っていそうなサイドスワイプを睨みつけた。俺かよ!?と焦っている彼に変わってなまえが、実は…と一連の流れを説明することになったのだった。
* * *
「…つまり、おふざけでグリムロックを巻き添えにしたと」
「おふざけだなんて!知的好奇心って言ってくれませんか、びーやんってば!」
「…ごめんなさい、バンブルビー」
はあ、と何度目かのため息をついたまま項垂れた上官を見かねたストロングアーム。元凶であるフィクシットとついでにサイドスワイプを引きずって行き、お説教を始めた。反発する赤や喋り倒すオレンジ色を横目にもう一度ため息をつく。グリムロックは相変わらずなまえにベッタリで手放す様子もなかった。
「聞くのが怖いが…まさか俺もこんな感じだったのか?」
「い、いやあ…もうちょっと酷かったかなあ」
「………」
言葉も出ない、バンブルビーは落とした肩をさらに落とす。知らない方が良い事も世の中にはある、と彼女は心の中で思い言葉には出さなかった。
「なあなあ!ビーとばっかり話してないで俺にもかまってくれよ」
「うん、ごめんね。あっちでテレビ見ようか」
にっ、と人懐こい笑みを浮かべてなまえを抱き直すグリムロック。見た目の厳つさとは裏腹にとても癒される、とここにいる人間達の間では評判である。ギザギザの歯はとても凶暴そうだが、小さな人を持つその腕はとても優しかった。
「私、グリムロックの笑顔好きだなあ」
「俺もなまえの笑顔好きだ」
そう言ってお互いにこにこしあっている二人を見ながらバンブルビーは(毒の影響だけじゃないよなあ)と微笑ましい気持ちになったのだった。
(2015.08.23)