毒と鹿
サンダーフーフと喧嘩した。喧嘩と言っても私が一方的に怒っている様で気に入らないが。向こうは筋金入りの悪党の頭なのだから、ちっぽけな人間なんかに怒鳴られても何ともないだろうと思う。でも「わかったわかった、これだから人間は」と一蹴されてしまっては怒りも収まらない。いつもだったら「まだ怒ってんのか」と言って頭を指先でグリグリと撫でられてうやむやにされてしまう。そんな事で流してしまう私もどうかと思うけど、撫でる指先と普段より柔らかそうに見える表情が心地よくてついうやむやになってしまうのだ。しかし今日こそはなんとかあの態度を崩してやりたい。私には作戦がある。その作戦に必要な人物を探しながら基地周辺の森を歩き回っていると…見つけた。トゲトゲの付いた背中だ。
「クイルファイア!」
「お、なまえじゃん。どうしたっつーの」
「お願い、毒針一本ちょうだい」
両手をパン!と合わせて頼み込む。出会い頭にそんな事言われたクイルファイアは状況が分からずポカンとしていたが、ワンテンポ開けてから合点がいったとでも言う様にひとりで納得してみせた。
「サンダーフーフか?」
先日の喧嘩を見られてたのか見事に当てられた。いや、もしかして毎度の事だから勘でいったのかもしれない。
以前クイルファイアが怒っている私の顔を見て「お前のしかめっ面サンダーフーフみたいだっつーの」と言った言葉を思い出した。私今、眉間にしわ寄ってるのかな。
「あいつはあれでもなまえには甘いっつの。お前は分かんねえだろうけど、あっちではそれなりの奴なんだから怒らせない方が良いっつーの」
「あれで甘いの?私いつもサンダーフーフには怒られてる気がする」
思い出して見ても私が人質兼、この星の諜報要員として確保された時から、大なり小なりお叱りを受けた記憶が多い。でも考えると最近は人間である私を気にしてくれている様な時もある。あれは心配してくれているのだろうか。でもたまにまるでお母さんのような小言を漏らす事もあるから、あまり構われるのもどうかと思う。そこまで考えて、本来の目的を思い出す。いけない、いけない。やめとけと忠告しつつも楽しそうなクイルファイアに一番小さな毒針を一本貰った。さあ、サンダーフーフの所へ行こう。今の時間ならまだアジトにいるはずだ。
作戦はこう。油断しているサンダーフーフに近付き、毒針を刺す、これだけ。卑怯上等だ、真向から挑んで勝てる相手ではないのだから。黄色いオートボットが毒で幼児退行した姿が思い出される。これを1、2枚写真に収めてニヤニヤしようという腹だ。
「…なんだか最近思考がディセプティコンに寄ってきた気がする」
森を抜けた先の廃工場を覗くとお目当ての彼がどっしりと座っていた。片膝を立てて眉間には深いしわ、相変わらずガラが悪い。しかしクランプダウンが恐がっても私はここで怖気づくわけにはいかないのだ。一歩踏み出し、毒針を後ろ手にサンダーフーフに近寄った。心臓がバクバクしている。成功を確信しているのか、失敗を恐れているのか自分でもよく分からなくなってきた。
「なまえか、どうしたんでい」
やっぱり昨日のことなんて気にもしてないみたいだ。いつもみたいに頭なでなでで誤魔化されなんてしない、と私の決意は固い。サンダーフーフの大きな手がこちらへ伸ばされるその瞬間、毒針をちくっと、ちくっとだけ刺そうとした。しかしやっぱりトランスフォーマーの反射神経には敵うはずがなかった。一瞬のうちにサンダーフーフは手を引っ込め、針は掠っただけ。終わった、作戦失敗。恐る恐る見上げると、いつも以上に顔が恐い。青筋がたっている気がする。その表情をみて、自分でも血の気が引いていくのがわかる。明らかにいつもと雰囲気が違うのだ。私はまさに蛇に睨まれた蛙になってしまった。何とか口を開こうとした途端、先ほどの大きな手に鷲掴みにされグイと目線まで持ち上げられた。
「てンめぇ、この俺に向かって良い度胸してんなあ?あぁ!?」
あっ、私死んだ。まるで何処かの国のマフィアかヤクザかと思うほどドスの効いた声で凄まれては、そう思ったのも無理はないと思う。よくは知らないけど元いた星では、それと変わらないような立場の人なのかもしれない。しかし、いくら私がヘマをしたからと言ってもこの変わりようは…。
ふと見るとさっきの擦り傷にクイルファイアの毒がちょっぴり付いているのが見える。え、まさかこれの影響だろうか?だとしたらこの急変振りも理解できる。これが毒の効果だとすると、随分まずい方向へ変化してしまった。あのオートボットの様な変化を予想していただけに卒倒しそうだ。今ならクイルファイアが言ってた事も、クランプダウンの気分も理解できる。奥歯ガタガタ言わせてやろうか、とか言ってるけどもうすでにガタガタ言い出しそうです。はっきり言ってとても恐い。あまりの迫力にサンダーフーフが怒鳴ると咄嗟に「食べないで下さい!」なんて言葉が口から出てきてしまった。
「ああ?」
「あ、いや…いくらディセプティコンでも人間は食べないよねえ…あは、は」
「………」
かなりテンパっている発言だ、トランスフォーマーが肉食なんてありえないのに。サンダーフーフの真っ赤な目も訝しんでいるが、何かを思い付いたように歪められた。これは悪い笑顔だ。スチールジョーがよくやる人を騙すときの表情。ゆっくりと顔を寄せながら勿体ぶったように「そうだなあ…」と考える素振りをする。この場合、振りはしていても既に結果は決まっているんだろう。私は判決を待つ囚人の気分だ。
「聞き分けのねえ人間は食っちまうか?」
「えっ、嘘、ちょっと待っ…」
「黙りやがれ」
目の前でサンダーフーフが口を開ける。今度こそ死んだ。思わずぎゅっと目を瞑った。自分が食べられる所なんて見たくない。こんな事で死ぬなんて…もっと考えて行動すれば良かった。私の馬鹿。クイルファイアの忠告を聞いていれば、サンダーフーフへ仕返しなんて考えなければ、もっと長生きできただろうに。足から?腕から?いっそ頭からガブリといってくれ!さあこい!
さあ…あれ?
いつまで待っても痛みがない。
「っひ…!」
ぬるり。温い何かが肌を這った。恐る恐る目を開けて見てみると、なんとサンダーフーフの舌だった。トランスフォーマーも舌あるんだ、温いような冷たいような不思議な感覚…じゃなくて。
「なっ、何やって…!」
「味見に決まってんだろ、味見」
食らいついて不味かったら話に何ねえからなあ、なんて楽しそうに喉の奥で笑う。完全に遊ばれている。逃げようにもがっちりと掴まれていて身動きすら取れない。
「ここだけじゃあ味が良く分かんねえなあ」
「…サ、サンダーフー、フ」
「泣いても無駄だ、てめぇが仕掛けた事なんたからな」
「なっ泣いて、ない…っあ」
私の自業自得なのは充分理解してる。でもガンつけられながら舐めまわされるとは一体どう言う状況なのか。明らかにオイルではないこの、ぬるりとした液体は何なのか。もういつものようにニカッと笑って頭を撫でて貰えないのだろうか。身体が段々と熱くなってきて意識が朦朧としてきた。いつの間にか舌が下がってきている。だめだ、これ以上はまずい。
「もうやめ、っ!やめ、て…」
「………」
「…あれ?」
いよいよ覚悟を決めなければならないのか、と思ったがお相手のサンダーフーフの様子がおかしい。動きが止まったかと思えば「頭が重い、俺は何してんだ…?」とか言って頭を振っている。そりゃあそんな立派な角を付けていれば頭も重い、ではなくこれはもしかして正気に戻ってきているのではないだろうか。きっと毒針が掠っただけだったから毒が少量で済んだに違いない。
「サ、サンダーフーフ…?」
「あーなまえ…って何て格好してやがんだ!?」
大きな手に無造作につかまれている私はぐちゃぐちゃだ
「…サンダーフーフがやったんじゃん」
「俺が?……悪ぃが何っにも思い出せねえ」
「も、戻ったんだね…!ごめんなさあああい!」
「何だぁ?取りあえず体を拭いとけ」
ほれ、と大きな布切れを持ち出して、べちょべちょの私をグイグイと拭ってくれる。良かった、この面倒見の良さはいつものサンダーフーフだ。安心しきった私は事の成り行きを説明した。案の定お説教の流れとなったが後悔はしていない。
「…大変申し訳ございませんでした」
「下手すりゃあ、おっ死んじまってたかも知れねえんだぞ!」
「ううう…はい」
床に正座させられたまま項垂れる。サンダーフーフがペロリストになったおかげで命拾いはしたものの、別の大事なものを失った気もする。チラリとサンダーフーフの顔を盗み見ると、目頭を揉みながら深いため息をついていた。いつもの癖だ。そしていつものお説教。いつものサンダーフーフにとても安心感を覚えた。
「…あんまり心配かけんじゃねえよ」
「え?」
ぼそっと聞こえた台詞は私に向けられたもので良いのだろうか。サンダーフーフは顔を背けていて表情が見えない。
「何でもねえよ!…その、記憶がねえとはいえ悪かったな。」
「…人の体を嘗め回したこと?」
「その言い方はやめろってんでい。元はと言えばお前が原因なんだぞ、ったく」
舌打ちをすると「クイルファイアには後でよーく言っとかねえとなあ」と言い残してドスドスと部屋を出て行ってしまった。相変わらずガラが悪い。遠くで誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
(2015.08.24)