知らないふりして


風紀委員は仕事が多い。俺は今日もそれらを片付けるために生徒会室の一角で時間を費やしていると、何やら騒がしく話しながら入ってくる人物がいた。

「あーもう、アンタ本当信じらんない!」
「いいでしょ、乃音ちゃん!個人の好みなんだから」

この特徴的な声は蛇崩だろう。もう一方は裁縫部副部長の声だ。こいつらは毎回毎回、ここ生徒会室を休憩場か何かと勘違いしているのではないか、と思うほど自由に寛ぐ。紅茶のセットと茶菓子を用意して(いつも皐月様から頂いた菓子を惜しげも無く開けてしまう)中央に用意されているソファに伸び伸びと腰を下ろした。お前達には仕事はないのか、と言いたい所だか俺自身まだやるべき事が残っている。幸い向こうもこちらに気が向いていないようだ。小煩く絡まれない内に先にこれを片付けてしまおう。俺は書類に向き直った。少し離れた所で二人の話声が聞こえる。

「で?アンタ蟇くんのどこがそんなに好きなのよ」

仕事に向きかけた意識が一気に引き戻された。なんだと?今何と言った?いや、聞き間違いか?動揺してペンを落としそうになった手に力を込めた。あいつらは本人がここにいることに気がついていないのだろうか。仮に、仮に本当に俺に好意があったとしても、自分がここにいることを自ら知らせるのは少々気まずい。風紀委員長がこんな事で動じてどうする!と自分で自分を叱咤するも耳に入ってくる言葉は止まることはなかった。

「乃音ちゃんには分からないかなあ、まず神経質そうな眉間のシワでしょ、あと大きな手、褐色金髪、正義漢な所」
「えー…」
「あとね、ピアスが性的、オールバックが性的、裸で寝てる所なんかもかな」
「途中からのは聞きたくなかったんだけど」

あの風紀委員長とは思えない風体がいいんだよ!と熱く語る姿を見て、一気に冷静になれた。こいつらはふざけてばかりいないで、少しは真面目に取り組むべきだ。少しでも動揺してしまった自分が情けない。一気に疲れた気すら感じた。きっと今蛇崩と俺は同じ表情をしているに違いないだろう。一言いって黙らせようと席を立ち、のうのうと話し込む二人へ近づく。こちらに背を向けている二人は楽しそうに頭を揺らした。

「全部外見のことじゃないのよ、アンタ」
「何言ってるの、中身なんか好きで当たり前でしょ!」

そう言って満面の笑みの横顔を見て思わず足が止まってしまう。落ち着きを取り戻したはずの体温が再び上昇していくのがわかる。

「全部大好き!」
「…だって。よかったわねえ、蟇くーん」
「なっ…!」
「アレー、ガマクンイタノー」
「ホント、オオキスギテ逆ニ気ガツカナカッタワー」

二人が示し合わせたかのように、同時に後ろを振り向いた。からかいを含む蛇崩の声と、わざとらしいこいつの顔をみると、俺が生徒会室にいるのを分かっていて今までの会話をしていたに違いない。

「あらら、蟇くん顔赤いわよー」
「お前達…仕事をしろ!」

顔が赤いのは今俺が怒っているからだ。何も間違いはない、と自分に言い聞かせた。

(2015.08.28)




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