お客様は悪魔です


※ネビロス→てっしー

「よろしく頼むよ、ネビ夫くん」
「はい、マスター!」

研修中の札が取れてから早数日…。天使ヶ原桜の言葉とマスターの気持ちを胸に、俺は今日も「カフェKITAZAWA」で働いている。左門の襲撃もやり過ごした今、この俺には恐るものは何もない!

ーーカラン コロン…

「あ、いらっしゃいませー」
「わあー!ネビロスさんが本当にいた!」
「……なまえ」

なぜここに、と考えたが左門の顔しか浮かばない。おおかたあいつがここを教えたのだろう。
まあ落ち着け俺、俺には天使から貰った浄化の言葉がある。この仕事をしている俺には既に恥などない!
それになまえだって俺をからかいに来たとは限らないんだ。ただお茶をしに来ただけかもしれない。焦るな、俺は普通に接客をすればいいだけだ。普通に挨拶をし、普通に席へ通せばいい。

「い…いらっしゃいませぇ…」
「どうしました?笑顔が堅いですよ、ネビ山ネビ夫さん」

こ、こいつ…俺の偽名を!やはり働いている事だけではなく、事の転末を左門から聞いているな!とりあえず席良いですか?なんて呑気にカウンターへ着いているが、俺は今からこいつが恐ろしい!一体何が目的なんだ!

…ん、カウンター?目の前にずっとなまえがいる状況は耐えられん。何をされるかわかったもんじゃないからな。なるべく離れた席に誘導しよう。

「お、お客様、本日は天気も宜しいのでテラス席などいかがでしょうか?」
「店員さんの働きぶりを間近で見たいのでカウンターで良いです」
「あっはい」(だめだった…)
「今日のスイーツお願いしまあす」

有無を言わせない笑顔で席へ着いたなまえとカウンターを挟んで向き合う。

「しかし本当に吹っ切れたみたいですね。先日の件、左門くんに色々聞きましたよ」
「どこまで知っている…、」

そう口から出た言葉と一緒で表情がどうも宜しくなかったらしく、なまえの目が何か言いたそうに細められる。

「んー、店員さん、接客態度がなっていないかなー」
「どこまで知っている…のですか、お客様」
「あっ、敬語のネビロスさん!録音録音!」
「他のお客様のご迷惑になりますので、やめやがれ下さい」

冗談ですよお、なんて言ってはいるがきっと本気だっただろう。こいつを見張りながら相手をしなければならないとは頭が痛い。店にも迷惑をかけるわけにはいかないし、さっさと食ってさっさと帰ってもらうしかないのか…。

「所で先日の件とは…」
「これです」
「!!」

そう言って笑顔でなまえが差し出したのはスマホ。画面にデカデカと写っていたのは、あの日左門が撮った俺と天使の写真だった。左門に悪用されるのを恐れてデータを削除させたのだが、やはりこいつの所にも流れていたか!

「いやー、まさか?あのネビロスさんが?女子高生とカフェで赤面ツーショとか驚きですね」
「お前それは消せ!」
「ええー!消しちゃって良いんですかあ〜?」
「そ、そうだ!何が言いたい!」

カウンター越しに俺の手が届くか届かないかの距離で、スマホを高く掲げ見せつけるようにひらひらと揺らす。

「あーこの天使とのツーショットはご利益ありそうだなあ。左門くんの魔すら跳ね返しそうなありがたさがありますよねえ?」
「…ぐっ」
「ネビロスさん、この画像欲しくないですか?」

なるほど。心底楽しそうな笑顔をみて今わかった。こいつはこの画像と引き替えに何かを要求しようという魂胆だな。

「まさか部下や左門くんに直接ツーショット画像が欲しいとは頼めませんよねえ。今あなたが頼れるのは私だけなんですよ!」
「…くそっ!」

悪魔め!なまえは最初から俺がこれを欲しがるとわかっていたのか!私服の天使とのツーショット、次にまた撮れるとは限らない。むしろ2回目は左門が全力で俺の地位を潰しにくるだろう。つまりチャンスは今ここしかないと言う事……

ーー心を決めろネビ山ネビ夫ーー

「何が……だ」
「え?何ですか?ネビロスさん」
「何が望みだ…!」

堕ちた。俺は堕ちてしまった。とうとう悪魔との取り引きに応じてしまった。

「望みだなんてそんな…ただ今日一日、ちゃんと私をお客様として扱って欲しいだけですよ」

さっきの真っ黒な表情から一変コロッと表情を変え、あたりさわりのない条件を提示してきた。

「そ、そんなことで良いのか?それならいくらでも」
「やった!嬉しいですネビロスさん!」
「っおい!くっつくな!」

もっとタチの悪い条件が付くのかと思っていただけに、拍子抜けしてしまった。しかしこんな事で喜ぶなんて意外だ。普通にしていれば年相応で可愛いものなんだが。元より接客は仕事としてちゃんとやるつもりでいたからな、こんな事ですむなら…、…ん?まて、

「なまえ、まさかとは思うがここに一日中いるつもりか?」
「一日は一日ですよ、24時間です」
「き、貴様、初めから…」
「はい。ネビ山ネビ夫さんに“一日接客”していただきます」

ネビ夫さん、今も接客中だって事忘れてませんよね。そう言うなまえはやはりいつも通りの人間、いや悪魔だ。接客という言葉を強調して伝えてくるあたり、敬語を使えと言いたいのだろうがそれどころではない。

やられた!何で俺はこう、毎度こいつの思う壺にされてしまうのか…!

「もちろんアフターまでお願いしますね」

見た人が見たらそれはもう人畜無害の明るい笑顔で、俺の手を取る。握り方になんとも言えない身の危険を感じたが、ここ店内で仮にも…仮にもお客様の手を払う訳にもいかない。

「あっ、そういう店じゃないんで…」
「ツーショット写真」

「…お客様、18時に当店の裏でお待ちしております…」

天使との写真は当分手に入りそうにない。加虐的な表情を向けるなまえを見て俺は項垂れた。悪魔より悪魔…

(2015.11.29)




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