6月下旬


その日は、朝から騒がしかった。騒がしいという表現が正しいかは分からないが、兎に角何かがおかしかった。

「ねえ御幸、何かあった?」

"何かがおかしい"と感じた本人に話し掛ける。しかし、何も言おうとはせず、ただ「ちょっとな…。」と言葉を濁すだけだった。その雰囲気をまとっていたのは、御幸だけではなかった。そう、同じ野球部の部員である倉持も暗く落ち込んでいる様子だった。野球部で何かあったのだろうか。あれから純とは連絡を取っていない。純に聞けば一発で分かるのだろうが、なんとなく連絡を取りづらい。他に野球部の知り合いと言えば、1年生の栄純、春っち、3年生の哲さんくらいだ。

「言わないって事は、知られたくないって事だよね…。」
「何をだ?」
「っ?!」
「何そんなに驚いた顔してやがる。」
「え…あ、いきなり声掛けられたから…。」
「ボーッと歩いてんなよ。終いにゃ壁にぶつかるぞ。」
「う、うるさいよ。」

野球部の事を考えながら廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。今会いたくない人No.1の純に。いきなりの遭遇に対応出来ず、ぎこちなく返事をする。

「なあ、今ちょっといいか?」
「…うん。」




















「うちのエースの丹波、分かるよな?」
「えっと、あの背が大きくて坊主の人?」
「そう、そいつ。…そいつな、先週の練習試合の時に…怪我、したんだ。」
「っ、え…?」
「相手ピッチャーの球が運悪く丹波の顎に当たっちまってよ。試合は中断されて、丹波はそのまま病院行き。…お前、御幸達とクラス一緒だろ?もし何か辛そうにしてたら、助けてやってくれねえか…。」

何を言われているのか分からなかった。エースが怪我?この夏の予選が始まる時に?あまりにも現実味のない、まるで漫画の様な出来事を理解するには、私には時間が足りないと思った。ただ純だけが、この辛い現実と向き合っていた。

「純は…純は、大丈夫なの?」
「はっ。大丈夫も何もやるしかねえだろ。俺らが崩れちまったら誰がこのチームを支えんだよ。」

私はもうそれ以上何も言えなかった。見つめた先にいる純の顔があまりにも悔しさに歪んでいて、私が何を言った所で意味の無い事だと悟ってしまったからだ。唯一出来ることは、純の頼みを聞いてあげること。それだけだ。






(ねえ、純。)
(私は、貴方を支えたかった。)