8月上旬


地方大会が終わって、いよいよ全国大会が始まった。うだるような夏の暑さは先月よりも増していて、よっぽどのことがない限りは外に出ようとすら思えない。あついーあついよー。



結局、あれ以降純から連絡が来ることはなくて、また以前のように疎遠気味になってしまっている。まあ純は3年生だし、受験勉強もあるだろうからそっとしておこう。
暇つぶしにテレビをつければ、甲子園という夢の舞台で小さな白いボールを一生懸命投げたり打ったりしている高校球児の姿が目に映った。

「あつそう…。」

アップで映される球児たちの顔や首元にはびっしりと汗が流れていて、思わずそう呟いていた。でも、どの子も汗を気にすることなくプレーを続けている。この子達にとって、野球は凄く魅力的なスポーツなんだろうなあ。きっと純にとっても…。

「…っ、やめやめ。アイスでも買ってこよ。」

暑さのせいで頭までおかしくなっちゃいそう。やめよう。アイスでも買ってきて、頭冷やそう。今ここで純のこと考えても、何にもならない。

頭の中の純をかき消すように私は急いで家を出た。日焼け止めを塗ってない気がするけど、そんなの気にしてる暇はない。サンダルをこれでもかとパタパタ鳴らしながら急ぎ足でコンビニへ向かう。



「あれ、ゆりちゃんじゃーん。」

聞き覚えのある声に振り向けば、黒縁メガネがトレードマークの御幸がいた。野球部の練習はないんだろうか。まさか夏休みに御幸に会うなんて思ってもいなかった。

「御幸だ。久しぶりだね。」
「おう。今日暑いよなー。お前そんな格好だと焼けちゃうんじゃね?」
「あー、たしかに。」

自分の格好を見下ろせば、ノースリーブにショートパンツ。胸まである髪の毛は頭のてっぺんでお団子にしていて、素肌という素肌を余すところなく露出している。

「コンビニ行くだけだから良いかなって。」
「ふーん。」
「え、自分から聞いてきたくせに反応うすっ!」
「はっはっはー、気にすんな。それよりコンビニ行こーぜ。」
「え、ちょ…、御幸っ!」

話を振ってきた割に興味がないと言わんばかりの反応を返してきて戸惑っていたら、突然御幸が私の手を引いてコンビニ方向に歩き始めた。とっさの出来事についていけず、御幸を止めようと名前を呼んでみても歩くスピードは変わらなくて、結局大人しくコンビニまで連行されることになった。

「っはー、涼し〜!」

コンビニに入って開口一番、御幸はそう言った。さっきの行動は何だったのか聞きたい。でも御幸の顔は笑顔を貼り付けたような、どことなく瞳の奥に仄暗いなにかを隠そうとしているような、そんな感じだった。

「御幸、私アイスが食べたいの。」
「え、なになにゆりちゃん、俺におごってほしーの?」
「違う。アイス食べる時間くらい、付き合ってってこと。」
「…?それくらいなら別にいいけど?」
「よし、じゃアイス買って行くよ!」

そう言って私はお気に入りの棒付きアイスを2つ手に取るとレジでお会計を済ませた。「自分の分は自分で払う」と慌てて財布を取り出した御幸の腕を今度は私が引っ張って外へ飛び出した。

暑い。ジリジリと肌が焼かれる感じがする。これは純にしかられちゃうなあ、なんて思いながら私は御幸を引っ張ってどんどん進む。数分前の私のように「おい!」と私を止めようとする御幸は無視して叫んだ。

「御幸っ、立ち止まってる暇なんて、ないよ…っ、進んで…っ!」
「はっ!?どういう意味だよ、それっ!」
「御幸には、あとっ、1年あるから…っ、前だけ見て進んで…!」

ハッと息を呑む声が背後から聞こえて、私は走る速度を徐々に落とし、ついには立ち止まった。私のペースに合わせて御幸も同じタイミングで止まる。御幸の顔は見えないけど、きっと怒ってると思う。御幸からしたら部外者の私からこんなこと言われるとは思ってなかったと思うから。

「…ゆりちゃんって、意外とお節介なんだな。」
「っ、ごめん、勝手なこと言って…。」
「ほんとにな。…けど、助かった。俺、自分見失いそうになってたわ。」

自嘲気味に笑った御幸の瞳は、コンビニにいたときよりも幾分か透き通った気がする。はー、と長い溜息をついた御幸は、何かを決心したようにも見える。なぜだかその姿が格好良く見えてドキリと胸が高鳴ったのは内緒にしておこう。

「ゆりちゃん…アイス、買いに行こっか。」
「ぇ…あ!」

シリアスな雰囲気で完全に忘れていた2つのアイスは、目線まで持ち上げればたぷたぷと揺れて液体になってしまっていた。せっかく買ったアイスなのに…。ガーン、と肩を落とせば、ふはっと吹き出し笑いした御幸にまた手を引かれた。今度はゆっくり何かを確かめるように歩く。結局その後はアイスをおごり返してもらって、くだらない話をしながらコンビニの前で御幸とアイスを食べた。









(きっと御幸も、苦しんでるんだ。)
(高校野球にすべてを掛けた純のように。)
(終わりのない後悔に押し潰されそうなんだ。)