先を歩く君へ1
私がこの病院に入院して、もう3年になる。きっかけは仕事のストレス。自分では必死に働いて仕事も起動に乗り始めて、全て順調だと思っていた。しかし、それは違った。
私の体は、静かに蝕まれていた。気が付いた時には遅く、職場で倒れ救急車で運ばれ緊急手術を余儀なくされた。
目が覚めて言われた事。それは、病気の影響で下半身にマヒが残ってしまった事。リハビリをすれば歩けるようにはなるらしい。ただ、人よりもはるかに遅いペース。車椅子生活を勧められた。
「なんで私が…。」
何度もそう思った。ようやく努力が実り始めようとしていた矢先の出来事で、悔しさと悲しさでいっぱいだった。
「佐原さーん、リハビリの時間ですよー!」
「はーい。」
今日もこの時間が始まる。医者から車椅子生活を勧められた3年前、絶対に嫌だと断ったのを今でも覚えている。絶対に自分の足で立って、歩いて、走ってみせると心に誓った。
それから、過酷なリハビリが始まった。兎に角足が動かない。自分の体じゃないみたい。2本の足がついているのに、ただぶら下がってるだけ。何度も逃げようとした。
そんな時、1人の少年と出会った。月に1、2回リハビリをしにくるようだった。
初めて話したのは3ヶ月前。向こうから声を掛けられた。
「おねーさん、俺が来ると毎回いますよね?」
男の子にしては少し髪が長く、毛先が跳ねている。制服を着ていて肩にはセカンドバッグ。目が悪いのかいつも黒縁メガネを掛けていた。
「毎回というか、毎日ですね。私、ここに入院してるんです。」
「へーそうなんすか。いつも足のリハビリですよね?」
「まあ、そうですね…。」
最初の印象は、あまり良くない。触れてほしくないところを平気で聞いてくる。苦手だな、と思ってしまった。
「俺は脇腹やっちゃったんですよね。試合で無理しすぎました。」
ハハハッと乾いた笑み。彼なりに悔やんでいるところがあるようだった。
「何か、スポーツしてるんですか?」
「ああ、野球っす。これでもレギュラーでキャッチャーやってるんすよ。」
「…そうなんですか。」
「その上キャプテン!やる事多すぎて休む暇ないんですよねー。」
…少し、自分と似ている気がした。ほんの少し、倒れる前の自分に。
「…私も入院する前まで、休む暇なんてなかったな…。」
ぽろり、と本音が漏れる。
「あ、じゃあ俺と一緒っすね。でも、そういう時ほど楽しくて、自分を疎かにしちゃいます…。」
彼の顔を見ると、少し遠くを見つめていた。怪我をした悔しさなのか、眉間に皺が寄っている。
「って、何言ってんだ俺。突然すんません。…俺、次は再来週なんで、良ければまた話してください。それじゃ。」
名前の知らない彼は、軽く手を上げてリハビリ室を出て行った。
「佐原さん、ちわっす!」
「あ、御幸くん!こんにちは!」
3ヶ月という月日は、あっという間に私と彼を友人にした。
野球少年ー御幸くんは、たまに病室に会いに来てくれる。と言っても、彼はもうリハビリをしていない。1ヶ月ほど前に完治をしたそうで、通院をする必要がなくなった。でも、たまに会いに来てくれる。彼曰く、私に愚痴をこぼすのが一番のストレス解消になるらしい。
「今日はもう部活終わり?自主練サボってないよね?」
「ハハッ、大丈夫っすよ!俺そんなにサボリ魔じゃないっすから!」
「ほんとかー?御幸くんすぐサボるからなー。信用できない!」
「うわ、佐原さんひっでえ!」
「ほんとの事だもーん!」
2人で病室でケラケラ笑う。御幸くんが話しかけてきたあの日、彼の事を苦手だと感じた私はどこへやら。冗談を交わすほどすっかり仲良しである。
「あ、そういやさ佐原さん、リハビリ最近調子いいんだって?」
「そーなの!結構ね、歩けるようになってきたんだよ!今日はねー50メートル杖なし!」
「おー!スゲーじゃんか!じゃあ次は杖なし100メートルっすね!」
「だねー!ちゃんと歩けるようになったら外出許可もらってショッピングしたいなー!」
「そしたら俺が案内しますね!」
「え、いや、大丈夫。街くらい把握してるから。」
「つれないな〜。せっかくだしデートしましょうよ!デート!」
「はいはい、いつかねー。いつくるか分かんないけど!」
「よし、俺もリハビリ手伝うんで!ちゃちゃっと歩けるようにしちゃいましょう!」
「なんだそれ!」
また2人でケラケラ笑う。この時間がとても楽しい。でも、1つだけ疑問がある。なぜ、私を気に掛けてくれるのか。御幸くんのリハビリはとっくに終わっている。他に御幸くんの知り合いがいるわけでもなさそうだし、そうなると私に会いに来ている事になる。
「なんで…。」
「ん、なに?」
「あ、や、なんでもない!」
あぶな…っ!つい聞きそうになっちゃった…。でも、本当に不思議。仮に、仮に御幸くんが私の事を好きだとしたら、辻褄は合う。けど、そんな素振りは一切見せない。本当、なんなんだろうなあ。
(ねえ、御幸くん)
(君といると前を向ける)
(気持ちが強くなるんだよ)