先を歩く君へ3
5回が終わり、御幸くん率いる青道高校は、相手高校に1点ビハインドという状況になっていた。相変わらずの強い日差しにクラクラとしてしまいそうになるけれど、スポーツドリンクを飲んで額の汗をハンカチで拭き取る。
暑い日差しに耐えながら座席に座っているとグラウンド整備が終わり、6回表、青道高校の攻撃が始まった。甲子園球場にはカキンッと金属バットがボールを弾く音がしているものの、上手くスリーアウトを取られてしまい得点に繋がらない…。
「御幸くん…。」
周りに座る人たちは「1点差なんてすぐにひっくり返せる!頑張れー!」と青道高校のみんなを応援しているが、1点差に泣く試合もあるわけで、私の不安は募っていくばかりだった。
6回裏になり、相手高校の攻撃。ホームベースの後ろに座る御幸くん。万が一ボールが飛んできても怪我をしないようにと顔や体に防具をつけている姿は、真剣勝負をしてる場では不謹慎かもしれないけど凄く格好良く見えた。
その後も試合は続き、ついに9回表。点差は縮まることなく1点ビハインドのまま、青道高校の最期の攻撃が始まる。私だったら絶対に逃げ出したくなるような場面だけど、青道高校のベンチには笑顔が溢れていた。
打順は一番から始まるらしく、万が一3人ともアウトになってしまえば四番である御幸くんには回らない。バッターボックスに立っている人もそれを理解しているからなのか、前の打席よりも大きな声を出して気合を入れているようだった。
相手のピッチャーが足を振り上げ、力いっぱいボールを投げる。パァンッとキャッチャーミットが豪快な音を立てれば、審判からはすかさずストライクという声が聞こえた。1球目はストライク。続けて投げられた2球目もストライクで、あっさり追い込まれてしまった。けれどバッターボックスに立つ男の子は未だに目をギラギラとさせ、自身が追い込まれている事に全く動じていないようだった。その様子を見た相手ピッチャーは面白いと言わんばかりに目を光らせ、素早く足を振り上げる。
「お願い、打って…!」
彼が打ち取られてしまえば御幸くんに打席が回る確率が下がってしまう。一点を返すのも難しくなってしまうかもしれない。目の前で繰り広げられる真剣勝負に、私は思わず目をぎゅっと瞑ってしまった。
カキンッー
目を瞑ってから1秒しか経っていないのか、それとも何十秒も経ったのか、時間の感覚が分からなくなるほど張り詰めた空気に響いたのは、バットがボールを打つ音と「先頭打者がでた!」という周りの歓声だった。
わあっと湧いた空気に恐る恐る目を開くと、一塁には青道高校のユニフォームを着た男の子がいる。周りは「倉持よくやったー!」とか「チーター!」などと叫んでいて、さっきまでの張り詰めた空気が嘘のようにお祭り騒ぎ状態。ベンチからも「足おばけー!」とか意味のわからない声援が飛んでいて、一塁にいる男の子が「うるせーぞ沢村!」とすごい形相で怒鳴っていた。
私もたまらず「がんばれー!」と精一杯の声を出して応援する。なんだろう。なんだか分からないけど、何かが変わる気がする。よく甲子園には魔物が住んでいるなんて言うけど、まさにその魔物が静かに動き出したような、そんな空気が球場を包んでいる気がした。
(私は野球のルールなんて分からないけど、何かが変わる気がする)
(それは小さな変化かもしれないし、とても大きな変化かもしれない)
(青道高校に…御幸くんにとって、それが良い方向に進むようにと私は必至に願った)