スターチスを君に
ピロリン、と軽快な音が鳴り、携帯にメールが来たことを告げる。受信フォルダを開いてメールを確認すれば、そっけなく「誕生日おめでとう」とだけ書かれていた。
ープルルルップルルルッ
『何?』
「お前、いくらなんでも素っ気無さすぎねえ?」
『だって、一也だし…。』
「幼馴染だとしてももっと他になんかあんだろ…。」
電話をかけても素っ気ない対応に俺は少しがっかりする。せっかくの自分の誕生日だ、好きな奴にくらいきちんと祝われたい。…しかし、ゆりには無理な話か…、と自分も諦めモードなのは否めない。こいつが素っ気ない態度を取るようになったのは今に始まったことじゃないからだ。
『ねえ、一也。誕生日にお祝いしてくれる彼女いないの?』
「は?」
『だって、0時回ってすぐに電話かけてくるなんて…、普通なら彼女にお祝いしてもらってる時間じゃない?』
「いや、俺彼女いねーし。」
『は?』
「俺、野球やってるうちは彼女とか作んねーから。」
まあ、好きな奴はいるけど。それがお前だなんて、言ってやんねーけど。そんなことを思っていると、突然ゆりが静かになった。どうしたんだ、と思って声をかけようとしたら小さく『そっか』とだけ電話越しに聞こえてくる。
「ゆり?」
『や、何でもない…。誕生日だからって、羽目外しすぎないでね。』
「まあ、大丈夫だろ。そもそも誕生日なんて周りに伝えてねーし。」
『そんなもん?』
「そんなもん。」
『ふーん。』
なんか寂しいね、とサラッと言われる。こいつは本当に…。俺だからいいものの、そういう発想してるから友達いねーんだよ。まあ、俺もだから人のこと言えねーけどさ。
てか、今更だけど、電話越しにザーザー音がするのは気のせいか?どうも室内にいるとは思えない音がする。
「なあ、お前窓開けてる?」
『え、開けてないけど。』
「なんかザーザー音がするんだけど。」
『ああ、外にいるからじゃない?』
「…はあ?」
『だから、外にいるからじゃない?』
…外?…こいつ今、外って言った?今もう0時過ぎだぞ?こんな時間に女が1人で外を歩いてるなんて馬鹿か?
「っ、今どこにいる?」
『えー、道?』
「馬鹿野郎っ!どこにいるって聞いてんだっ!」
『っ、一也、どしたの?』
「どうしたのじゃねーよ!今何時だと思ってんだ!兎に角、迎えに行くから今すぐ場所を言え!」
俺がすごんだからか、寮からもほど近いコンビニの近くにいることを白状したゆり。人の気も知らないで、何やってるんだこいつは…。俺は急いで靴を履くと、周りの奴らにバレないように寮を出てコンビニへと向かう。
「あ、一也だ。」
コンビニに近づくとなんとも呑気な声が聞こえてきて、焦って走ってきた俺は拍子抜けした。煌々と光るコンビニの前で、ゆりは至極当然というような顔をして駐車場のポールに腰掛けている。
「っ、はあ、…っ、お前、こんな時間に、何やってんだよ…。」
「何って、別に、なんとなく?」
「…っ、なんとなくで出歩く時間じゃねーだろ。お前仮にも女なんだぞ。」
「別に大丈夫だよ。アパートから徒歩3分だし。」
「そういう問題じゃねえ!万が一何かあったらどうすんだよ!」
「っ、一也…?どしたの…?」
俺の様子がおかしいと思ったのか、柄にもなく心配そうにゆりが俺の顔を覗き込む。本当にこいつは、何も分かってねえ…。そう思ってゆりの腕を引き、きつく抱きとめた。いつの間にこんなに体格差が出たのだろうか。ゆりの体は予想以上に華奢で、俺が力を込め過ぎれば折れちまうんじゃないかと思った。
「か、一也…っ。」
俺の腕の中から逃げ出そうと身を捩るゆりだが、それを許さずに抱きしめ続ける。しばらくその状態を続ければ、ゆりは諦めたように大人しくなった。
「…心配かけて、ごめん。」
ぽつり、とゆりが口を開く。その言葉で俺も少し冷静になったのか今更ながら無理矢理抱きしめてしまったことに気づいて、速くなった鼓動がバレないように腕の中で感じる熱を手放した。
「それで、なんでこんな時間にコンビニなんか行ってんだよ。」
「…それは、別に、一也には関係ない。」
「お前、関係ないじゃないだろ。仮にも幼馴染だぞ、心配くらいする。」
「別に、心配なんかしなくていいよ。ただの幼馴染でしょ。」
「お前な…。」
ただの幼馴染なら、ここまで心配なんかしねーよ。なんでそれが分かんねーんだよ。くそっ、確かに俺が勝手に心配したかもしんねーけど、ここまで突き放されると流石にムカつく…。
「っ、悪かったな。余計な心配してよ。……俺、帰るわ。」
普段よりも低くなった声音にゆりがびくりと体を震わせていたが、そんなこと知ったこっちゃねえ。俺は大きくなる怒りに無理矢理蓋をするように、ゆりに背を向けて歩き出した。
ザッザッと自分の歩く音だけが周りに響く。誕生日はまだ始まったばかりだと言うのに、のっけからテンションを下げられて複雑な気持ちだ。
「っ、一也っ!」
突然背後からゆりの声が響く。それと同時にこちらに向かって走ってくる足音が聞こえて、背中に大きな衝撃を感じた。いきなり襲ってきた衝撃に、思わず前につんのめりそうになる。よくよく見れば腹の辺りに腕が回されていて、ゆりに抱きしめられていることに気づいた。心なしかその腕は震えているように見える。
「…っ、ごめん。」
「…何が?」
「ご、めん…。」
「何がだよ…。」
「ごめん、一也…。」
「だから、何がって聞いてんだろっ。」
俺の背中で謝罪の言葉を口にし続けるゆりが何をしたいのか分からず、思わず腹の前で組まれている腕を解いて振り返った。そこには、俯いて静かに涙を流すゆりの姿があった。…こいつ、なんで泣いて…。
「…なんで、泣いてんだよ。俺が泣かせたみたいだろ…。」
「っ、ごめん…っ。」
「もう謝罪はいいから、泣きやめ。ほら、家まで送ってやっから…。」
「ちが…っ、ほんとは、…っ、会いに来たの…っ。」
「は…?」
「だから、この時間に、外に出たのは…一也に、会いに来たからなの…っ。」
「ちょ、ちょっと待て。」
えっと、なんだ。こいつ何言ってんだ?そもそもこんな性格だったか?こいつとは幼馴染として長い付き合いだが、もっとつっけんどんでぶっきら棒なやつだったはず…。そんなやつが、なんで今俺の目の前で泣いてて、しかも俺に会いに来たなんて…これは夢か?神様が誕生日くらい良い夢見ろよってプレゼントしてくれた夢の中か?
だめだ、頭が混乱して考えが変な方向にイッちまってる…。
「か、一也…?」
「…、お前、本当にゆりか?」
「あ、当たり前でしょ!私じゃなかったら誰なのよ。」
「夢?」
「なに一也、頭バカになったの?」
「そんなことねーわ。お前がいつもと違うことばっかしてっから混乱してんだよ。」
「あっそう。私もあんたのそのアホ面で涙引っ込んだわ。」
さっきまでのしおらしい態度はどこへやら、すっかり元通りに嫌味を言ってくる辺りこいつはゆりで間違いない。それよりも…。
「なあ、お前さっき『俺に会いに来た』って言ったけど、どういう意味だ?」
「そ、それは…別に…。」
「ふーん。なに、もしかして俺の誕生日祝おうとしてくれたの?」
「ち、ちがっ!そんなんじゃない!」
「でも、会いに来てくれたんだろ?」
「そ、だけど…あ、甘いものが食べたくて、一也におごってもらおうと思っただけ…!」
「へいへい。どーせ俺はお前のお財布ですよー。」
ったく、こいつは…本当に素直じゃねーな。そこがまた可愛いんだけど…とか思ってる辺り、俺も相当やべーわ。俺はゆりに近寄り、優しく腕を引いて自分の胸元へ抱き寄せる。「ちょっと!」と抗議の声が聞こえたが、そんなのは無視だ。
「あの、さ…、…た、ん、じょうび、おめでと…。」
俺の腕の中で不服そうに顔を膨らませているが、街灯に照らされた耳は少し赤くなっている。こういうのが、男心をくすぐられるというものなのだろうか。少し前まで感じていた怒りはとうに消え去り、なんとも言い難いくすぐったさが心を埋め尽くしていた。
「ゆり、ありがとな。」
「……どう、いたしまして…。」
(にししっ、ゆりちゃん顔真っ赤〜!)
(っっ、一也!!!)